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蛞蝓に塩 印度人に赤首

Posted by 高見鈴虫 on 28.2015 ニューヨーク徒然
先日ちょっとお話をさせていただく機会のあったマネージャーさんから、
ここだけの話、と声を潜めて、インド人の扱い方、について質問を受けた。

いやあ、実は困っててさ、だそうである。
インド人の方々、まあ有能であるのは判るんだけどね、それは判るんだが、
それが判れば判るほどに、ちょっとね・・・

という訳で、このインド人の扱い方。

それはなにも日本に限ったことではない。
ここアメリカでも、社会の隅々に浸透を始めたこのインド人という摩訶不思議な人々の扱いに
困り切っている人々が実に多い。


という訳で、幸か不幸か、古くは学生時代のインドへの貧乏旅行、
あるいはその前に、バイト先の同僚としてインド人と机を並べあった経験と、
その後、同僚として、或いは時としてはよりによっての上司として、
そんな困ったインド人と接さざる得なかった、
苦い経験を踏まえて、インド人扱い方をご講釈申し上げた。


まずインド人から受ける最大の被害、それは俺が勝手に「タクシー戦法」という、例のあれ、である。

つまりインドの空港に着いて、最初に接することになるタクシー運転手、あるいは、リキシャワラー。

万事何事も直接交渉であった当時のインドにおいて、
このタクシー運転手、まあ言う慣れば「白タク」の運ちゃんとの交渉こそがまずは第一の登竜門。

いくら出す?相場はいくらだ?そんなことよりいくらだったら出せるんだ?メーターはねえのか?そんなものはねえ。
だから、いくらだ?お前が先に言え。いやお前が先だ。
ユーセイ・ラストプライス!ノーノー、ユーセイ・ラストプライス。

その後、インドにおいてそこかしこでありとあらゆる場において日常的に行うことになるこの値段交渉。

その第一関門である白タクとの値段交渉において、ようやく交渉成立したのも束の間、

いきなり畑の真ん中のような暗いところにタクシーを停めて、さっきの値段ではここまでしか行けない、と混ぜ返しが始まる訳だ。

なんだって?さっきはあの値段でOKと言ったじゃねえか。一度言った限りは約束を守れ。

いや、あの時はあの時、今は今だ。さあ追加の金を寄越せ。さもなければここで降りろ。

まあその混ぜ返し方はケースバイケースで、
ガソリンが無くなった、やら、タイヤがパンクだ、などと理由を挙げてお涙ちょうだいという戦法もあれば、
露骨に、拳、あるいは、ナイフを出して、金を出せ、とやってくるツワモノもいるにはいる。

まあそんな時には、いまはない。俺も金がねえんだ。それだったら金は後で払うから取り敢えず銀行にでもいってくれないか、
或いは、てめえ、そんなこというとここで埋めちまうぞ、から、
判った、だったら運転変わってやるよ、とそのまま印度人を置き去りにして走り去る、という方法もないわけではなく、
嘘には嘘、詐欺には詐欺で立ち向かう訳なのだが、

実はこのインド人の「タクシー戦法」。

場末の白タクの運ちゃんに限らず、いまや、ありとあらゆるところでこの「タクシー戦法」の被害が頻発している訳だ。

つまりは、開発を、時として破格の金額で請け負った筈のインド人業者が、
カットオーバーの日にちが近くなると必ず、いまの金額では作業を続けられない、と混ぜ返してくる。

もっと金をくれ。あるいは、このまま途中で降りるぞ、と脅しにかかる訳である。

それはまあ、当初に部分部分での短期的目標値であるマイルストーンを設定していなかったことで起きる
言うなれば管理者側の初歩的なミスでもあるのだが、
そのミスに付け込んだインド人の、この「タクシー戦法」。
これはこれで、なかなか手強い。
下手をすれば発注側の上層部を震撼せしめる大騒ぎに発展することも度々、
あるいは、最悪の場合、出来かけのままばっくれられてしまったり、
でしかたなく引き継いだところが、その出来かけのシロモノがまさにバグとトラップのてんこ盛り、
なんだこれは・・・、と途方にくれてしまうことも度々な訳で、
で改めて、おい、戻ってこい、と言えば、してやったりと顎をしゃくりながら、
ユーセイ・ラストプライス、と来るわけだ。

という訳で、この「タクシー戦法」こそが、インド人商売の根本を為すものであって、
信頼に根ざした細く長くの日本的商法とは対局を為す、まさに印僑魂の真髄、
相手の足元を見透かしてはボッタクリをしかけてくるダメ元覚悟のヤクザ商法そのもの。

いやあ、実はね、と先のマネージャーさん、
もう最近になっては、ありとあらゆるところでそれをやられては、事あるごとにインド流とやらを主張される訳でさ、
まったく困りきってるんだよね、と。

確かに、この理知的知性派のいかにも日本的人情主義の信奉者であるマネージャーさん。
駄々をこね続けるインド人に心底心を悩ましながら、
しかしそんなマネージャーさんの姿を見ながら、
まあぶっちゃけ、そんなことだからインド人なんかに舐められる訳なのだがな、
と思ったりもしていた。

良い意味でも悪い意味でも、インド人の根本を為すものは、
人道主義でも博愛主義でも、果ては民主主義でも平等主義でさえもない。
或いは、
かのヒンズー教でもなければ、カースト性でもなく、
いや、確かにそういう物が土台としてはあるのだろうが、
インド人性格のその最もたるところにあるものはと言えば、
実は「奴隷制」なのである。

つまりは、マスター・アンド・スレイブ。

インド人のその血の中には、太古の時代からの奴隷の君主の関係、
それに加えて、
かつての大英帝国に統治されていた時代からの、
まさに19世紀からの大時代的奴隷制度の記憶が脈々と流れ続けているのである。

かの英国統治時代、ヒンズー教のカースト制の伝統を持つこのインドという巨大な帝国を統治する上で、
イギリス人は、そのカースト制を否定するどころか、そのカースト制を逆利用する形を取って、
白人こそはインド人のカースト制の、そのまた上に位置するものなのであ~る、という立場を取った訳だ。

そんなイギリスの統治下の中で、インド人には徹底的に奴隷根性、
それも、白人種のマスター様に対する奴隷根性というのが骨の髄まで染みこんでしまったようなのである。

という訳で、結論を急ごう。

インド人を管理する為には、この白人を間に立てること、それがまさに特効薬である。

インド人は白人には絶対服従である。

それはまさに、ナメクジに塩をかけたように効果てきめん。

白人の、それも近年の日本オタクのような似非文化人のようななよなよとした輩ではなく、
その逆に、カイゼル髭を生していままさにイラクの戦場から帰ってきたばかりのような、
レイシストばりばりのような赤首の白人。
いかにも狭心な、底意地の悪そうな、理知性や人道主義の欠片もないような、
まさに田舎の赤首、そのもののような、まっしろけの白人。
そんな白人のインド人の上に置くことで、
インド人はもはやその複雑怪奇なインド人論法の全てを封じられてしまうのである。

ナメクジに塩、インド人に赤首。

お試しあれ。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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