Loading…

BLANCA LI 「ROBOT」 ~ いずれ至るのは瓦礫の山

Posted by 高見鈴虫 on 09.2015 読書・映画ねた

友人の一人がプロモーションに関わっていた関係から、
ブルックリンBAMに招かれ、フランスのダンス・カンパニーである
BLANCA LI' の 「ROBOT」を鑑賞してきた。




これまでダンスというと、
よりは舞踏、つまりは山海塾やらのキワモノ系以外に観たことはなく、
このダンスというジャンルにはあまりにも縁がなかった訳なのだが、
このBLANCA LI 「ROBOT」。

ダンサーと子供ROBOT君と、
そして、音楽を担当した明和電機との共演。

人間という種の美の究極であるところのダンサーの演舞と、
そして子供ROBOT君のそのあまりにもぎこちなくも幼気な動作が絶妙にマッチし、
ジャンクヤードから鳴り響くブリキのおもちゃの楽団たる明和電機
この融合がまさにとても素晴らしかったのだが、
特筆すべきはそのメッセージである。

ダンサーの良し悪し、というのが良く判らない分、
ついついとその演出やら、この人達はいったい何を伝えようとしているのか、
というメッセージ性に目が向いてしまった訳なのだが、
この「ROBOT」で語られていたそのテーマ。

それはまさに人類という種の進化の過程。

道具を得て野生と一線を画したこの人類という種が、
次々と新たな道具を作り出しては知恵を絞り、
ついには自身の分身であるROBOTを作り出す。

よちよち歩きのロボットを、まるで子供を愛でるように育む人類の
そのあまりにも微笑ましい姿。

しかし直に一人歩きを始めたロボット達。
それと同時に巻き起こるテクノロジー革命。

道具の進化に連れて人々は便利になりはするのだが、
それによって楽ができるかというとその逆。
テクノロジーが進歩すれば進歩するほどに
人々はよりせせこましくも日々忙殺を強いられる訳で、
そんなあまりにも錯綜した超高度文明社会の中、
いつの間にか人間は自身をビッグデーターの手に委ね、
そこに資源を供給する細胞のひとつと成り下がり、
そして辿り着いたのは瓦礫の山。

という訳でこのBLANCA LI's ROBOT。
これはまさに、かのTHE MATRIX と
そして WALL - E とテーマを同じくする、
痛烈な文明批判でもあり、それと同時に、
そういう過ちを犯していることを知っていながらそれをとめることのできないのは、
つまりは人類の進化の必然。
まあ、そう、とどのつまり、
どんな御託を並べようが、なにを偉そうに文明がどうの、テクノロジーがどうの、
メガビがギガビでテラビの次はペタビか、おうおう、と猿騒ぎを繰り返したところで、
いずれにしろ行き着く先は瓦礫の山なのだ。

がしかし、忘れてならないのは、
人類が道具を知り、作り上げ、育み、
そしていずれはそれにすべてを委ねることになるであろうこの道具=テクノロジー、
その狂騒の過程、つまりは文明の進歩の中にあって、
しかしそこには確実に「愛」が存在していた、ということなのだ。

と、そう思った時、妙に甘く切ない無常感が足元をさらった。





で、そうそう、そう言えばさ、と要らぬ昔話。

そう、かつてのデーターセンター。

唸るファンノイズと空調の扇風に煽られながら、
汗と涙の十数年を費やしてきたあのサーバールームと呼ばれた空間。

真っ白いフリースペースとサーバ・ラックの並んだ、
草も木もないシンメトリカルなジャングル。
サッカー場がまるまる入ってしまうような広大な空間に、
ずらりと建ち並んだモノリス、
あるいは立てた棺桶のようなサーバラックの森。
そのあまりに無機質な迷宮の中、
ラックのドアの間から天井から、
まるではみ出た内臓のようにのたうっていたケーブルと、
そしてラックの中にぎっしりと詰め込まれた
あのデヴァイスと言われていた臓器の山。

それがいつの間にかlすっかりと取り払われては、
見渡す限り風が吹き抜けるばかりの広大な空虚の真ん中に、
まるで宇宙ステーションのように鎮座ましました王族の石像、あるいは棺。

そして馴染み深いあの連友、あるいは子供たちは、
いまやすっかりガラクタと化して
金網越しの倉庫の中に山と積み上げられるばかり。

お前たち、いつの間にすっかりこんなにされちまって・・・ 可哀想に・・

つまりそう、この十幾年の至った先は、この虚無と、そしてガベージの山
という現実を目の当たりにした訳で、
そしていつしか、そんなガラクタに塗れた俺のキャリア自体もすっかりとレガシー。
つまりは俺の存在自体がガラクタとなりつつあるということなのか。

という訳で、改めて言わせてもらう。

なんの御託を並べようが、我々が向かっている先は瓦礫の山であることにかわりはない。

そんな中、見渡す限り瓦礫と化した文明の残骸の中で、
ひとつひとつ、ガラクタを集めて回るガラクタ・ロボット WALL-Eの姿こそが、明日の私達の姿なのだ。

そしてそれを停めることはもう誰にもできないであろうし、
そして敢えてとめる必要もないようにも思われる。

そうそれが、道具というものと同時に突き進んで来た、
人類という種の宿命だからなのだ。

そして我々は、遠い天空の果てに浮かびながら、
いつの日か土に帰る夢を見る訳だ。

いま改めて、ピーガブのDOWN TO EARTHを聴く。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

月別アーカイブ

検索フォーム