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夏の太陽の下、なぜかペストが読みたくなったのだが。。

Posted by 高見鈴虫 on 13.2015 日々之戯言(ヒビノタワゴト)

これ以上なく晴れ上がった夏の朝、
失業貴族の面目躍如とばかりに、
緑の芝生の上に脱いだシャツを広げて日光浴をしていると、
かげろうに揺れる丘の向こうから、
いつもの様にこれ以上なく暑苦しい格好をした
ヤスオさんがゆらりゆらりとやって来た。


暑いなあ、とヤスオさん。
この真夏日の中、一面に汗の染みたダレダレの長袖シャツに、
何を間違えたがまるでスキーにでも行くようなダボダボの長ズボン。
その一見してホームレスと見紛うほどに無作苦しい格好では、
暑くても当然な訳だが、
がしかし、
実はこのヤスオさん、
こんな格好をしているとは言っても、実はこの人、
知る人を知る、なんでも知っている人、なのである。

そんなヤスオさんがこの歳になるまでいったいなにをしていた人なのか、
実は誰も知らない訳なのだが、
とにかくのところ、このヤスオさんは少なくともこの20年間、
この街を一歩も出ることなく、日夜ジャパレスでウエイターを続けてきた人であるらしい。

がしかし、そんな二十年にも渡るウエイター稼業の中、
夜の街に飛び交うありとあらゆる噂という噂をかき集めた末に
とりあえずのところ、
とにかくヤスオさんに言わせるところ、
なんでも知っている人、になり得た、という話なのだ。

見たところそれほどの読書家にも見えないどころか、
家にテレビは無いそうだし、
日々の新聞まで読んでいるとはどうしても思えないのだが、
そんなヤスオさんがしかし、なんでも知っている、ということは、
つまりは、彼の職場であるジャパレスのテーブルを行き交う、
その噂話だけで、この世界のことはまさに、何でも、知りうることができる、
ということなのか。

そんなヤスオさんは、既になんでも知っている人であるから、
よって他人の話を聞く、ということがない。
どんな話にも途中で口を挟んでは、
ああああああ、だからああ、を被せて来ては、
ったく、なんにも知らないんだなあ、
といきなりバケツの水をぶっかけるような大技をくれるのである。

ああ、ああ、ああ、判ってる判ってるって。
おたくの話なんか聞かなくても俺にはぜーんぶ判ってるの。

しかしさあ、あんた、まったくなんにも知らないんだな、
とすっかりと鼻で笑われては唖然とさせられてしまったのを合図に、
おもむろに、えへん、と咳払い。

で、歪めた唇からこれ見よがしにヤニに黄ばんだ歯を覗かせては、
この時とばかりに、
ニューヨーク中のジャパレスを狐火のように飛び交ううわさ話の集大成、
という奴のご披露が始まる。

という訳で、今日も開口一番、

どう?職探し、がんばってる?と声をかけられて、
いやあ、実はね、と口を開いた途端に、
ああ、はいはい、分かった分かった、と。

まったくねえ、おたく、どうせなにも知らないんだろうからさ、
だったら、教えてやるけどさ、
と前振りも宜しく、

つまりなあ、ぶっちゃけ、なにをやっても無駄だ、ってことなんだよ。

とどのつまりはそういう事。わかった?

なのだそうだ。

ほおおおお、そうかあ、そういう事か、と思わず笑い出してしまった。

あのさあ、ヤスオさん、
今更なんだけど、
なにをやっても無駄だと判っていながらもなにかをやり続けない限り食っていけない。
或いは、
不条理を不条理と知ってなおそれと戦い続けなくてはいけない、
というところに、人の世の難しさ、あるいはロマンがあるわけなのですがね。。

とかなんとか、言いたいのは山々なのだが、まあしかし、
こんなこれ以上晴れ渡った夏の空の下で、
こんなネガティブなおっさんとそんな暑苦しい話をしてもなにも始まらない。

ああ、そう、そうなんですねえ。じゃあひと思いに死んじゃおうかな。
はいはい、じゃあまた、とニコニコと笑って別れたのであった。

見上げれば夏の青空である。
今日も暑い一日になりそうだ。
午後に出直してまた日光浴でもしようか、と思った時には、
すでについさっきヤスオさんに会ったことさえも忘れていたのであったのだが、
もしかして俺、無意識のうちにどこかに埋めちゃってたりとか、してないよなあ・・
まあ、いいか、こんな良い天気だし。

で、午後になってまたパークに繰り出して、
情け容赦無い夏の太陽の下、また芝生の上でシャツを脱いで大の字になって空を仰ぐ。
クソッタレ、暑すぎるな、と眼に入る汗に目を瞬かせながら、
どういう訳だかそんな時、
ふと、カミュのペストなんて本が読みたくなったんだが、いきなしなぜなんだろうな、
と考えてみて、
あ、そうか、そうそう、朝にあのディフォルト・ネガティブの暑苦しいおっさんに会ったんだったな。
と思いあたった次第。

なにをやっても、無駄だ、か。
笑わせるな。
あんたはそこでそうやって一生そう言って愚痴を言っているが良い。
俺はこうして全身をじりじりと焼き尽くされながら、
しかしいつかきっと夕日の海に向かって泳ぎだして見せる。
それが例え、どれほど無駄なことだと判りきっていてもだ。


プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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