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WILD 邦題:「わたしに会うまでの1600キロ」 を観る

Posted by 高見鈴虫 on 26.2015 読書・映画ねた
WILD 邦題:「わたしに会うまでの1600キロ」 を観た。

去年のアカデミー賞の時に、居並ぶ愚作の中で、
唯一、へえ、と思った作品ではあったのだが、
が実は、一月も前にNETFLIXで借りていながら、
まったく観る気になれなかった訳で、
封も開けられぬまま悪戯にテーブルの上に放置されたこのDVDの袋を観る度に、
つくづく、アメリカの映画、もう完全に終わってるんだよな、
と思わされてきた作品でもある。








という訳でこの映画。
女の子バックパッカーの映画であるらしい。

女の子が一人でバックパッカーか。
今どき珍しいな。最近になってまたそういうのが流行り始めた訳?

という軽い興味であった訳なのだが、
蓋を開けてみれば、1995年のお話。
ああ95年な。だったら俺もまだそんな旅をしていた、
或いは、またしてみようと思っていたりもした、訳だが、
そうか、つまり、20年前か、だったらな、
と言ってしまって思わず笑ってしまった。

そう、この20年間の隔たりとはなんなのか。
そして、いま、その20年前の大冒険を改めて見つめ返す理由とはなんなのか。

ブロークン家庭出身の女子大生、
人生苦労続きだった最愛の母を失い、
離婚してヤケクソ。ヘロイン中毒のセックス中毒、
とドツボにハマり込んでは既に完全に壊れきっている訳なのだが、
そんな荒んだ人生の中で、ふと思い立って荒野を目指すことに。

米国大陸西海岸側。
メキシコからカナダまで、全長1600キロに及ぶシエラネバダ山脈を
足の爪を引剥がしながらも
たった一人で踏破する、という話。

まあ日本で言えば、四国のお遍路巡りってことな訳で、
孤独な旅の中で、なぜ自分がこうして歩かねばならないのか、を
ひとつひとつ紡ぎながら歩き続けるのであるが、
その過去の中にあるものは、徹底的に壊れきったまま、
ただひたすらに一人行、つまりは自閉のどツボの中に突っ込んで行く訳で、
そして当然のことながら、そこにあるのは何一つとして救いのない現実、
あるいは自分と言う名の牢獄。

そして当然のことながら、そんなガタの来た自意識を引きずった先の未来、
なんてものにはロクなものが待っている筈もなく、
つまり、この旅を終えたからといって、自身には何一つとしてなにも残っていない訳で、
そう、自身に何一つとして何も残さないために歩き続けるということなのだよね。

そっか、喪失の旅か。そう言えば旅ってそんなだったよな、と。
それって俗にいう「旅行」と「旅」の違い。

旅行とはなにかを持ち帰る旅。そして予定があって帰る場所のある、旅。
旅とは、なにかを捨てる旅。そして予定どころか、
帰るところもなく行き着くところもない、つまりは移動、あるいは人生そのもの。

なんてことを良く思っていた時期もあったのだが、
この映画を観るに当って、いつの間にか、そんな喪失の旅にさえ、
何一つとして憧れを感じていない自分に気がついた。

辛い旅。重い荷物。そこで知り合う人々。目に映る様々な絶景。
走馬灯のように巡るこれまでのこと。行きずりのセックス。そしてそして・・
だからなんだって言うんだ、と思わず。
だからなんだってんだよ、旅に出たからなんだっていうのだ、
そしてその旅を終えたからなんだって言うのだ。
ジャンキーを止められました、もう愚痴はこぼしません。
この先も明るく楽しく町外れのダイナーでウエイトレスを続けながら、
愛と平和を信じて臭いヒッピーたちとボブ・マーレイを歌って過ごします。

そして20年後。
そういう奴らもいた。未だにそういう奴らもいる。
がしかし、確実に言えることは俺達はすでに救いようがないほどに徹底的に歳を取って、
そして、憧れの喪失どころか、その喪失にさえ憧れを感じることにも醒めてしまった。

という訳で、この映画、いったいなにが言いたかったのだろう。

全米の地方都市に存在する、事実上の棄民達。
この先に何一つとしてなにも希望も憧れを持ち得ない人々が、
ただなんとなく鎮痛剤と抗鬱剤に頼りきったまま、
映画どころか、テレビゲームの中に迷い込んだまま入り口も出口を失い、
そして、喪失、どころか、ただただ己の人生を摩滅させるがための旅に出る、
という事か。

という訳で、夢も希望も枯れ果てたアメリカ。
いったいこの旅はどこへ続くのだろう。
どこか行き着くところがあるのだろうか。
どうなれば終わりにできるのだろうか。
あるいは、ただ、旅の路の途中で行き倒れ、となるばかりなのだろうか。

旅の中にすでに一欠片の憧れも見いだせなくなっている中で、
強烈な喪失感ばかりに襲われる映画であった。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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