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園子音の『地獄でなぜ悪い』 十年に一つの大傑作であった

Posted by 高見鈴虫 on 16.2015 読書・映画ねた
なんか最近、映画が面白くなくてさ。

邦画はまあいつもの奴で、というか、
あいも変わらずセリフも覚えきれてない砂利タレのPVくずればかり。
こんなもの、ドラマで十分ってより、ドラマ以下、な愚作の山山々。

スポンサーに土下座しまくっては芸能プロダクションに食われまくって、
という全てがそろばんづくという事情も判らないではないのだが、
しかしながら、名作とまで言わなくても、
もうちっとぐらいマシな映画を撮ってもいんじゃねえのかな、
というか、この人達、まじめに本、というか、文字とか読めるの?
とまさに知性、というよりは、知能指数を疑いたくなるほどに、
つくづく絶望的に悲しくなるような糞映画ばかりを見せられて来た訳で、

これは金と資源の無駄使いだ、もう映画なんてものは世の中に必要ないんだ、
と痛感しながらも、なんだかんだと言いながらやはりDVDを借りて来てしまうのも、
元映画少年であった悲しい性。

今日も今日とて図書館の棚から、大した考えも無しに選んで来た数本。
どうせまた最後までどころか、最初の3分だけではい次、と、
そのぐらいの映画ばかりなんだろう、とたかを括っていたのだが、
いきなりとんでもない地雷を踏んだ。

地獄でなにが悪い。英題は、Why Don't You Play in Hell?




この訳の分からないグーグル翻訳的な題名を見ただけで、いやな予感しかしなかったのだが、
いきなり土曜の夜をまるまる持って行かれてしまうことになるとは夢にも思わなかった。








という訳で、ああ、園子音か。やっぱりこの人か。

言わずと知れた映画史上に残る不朽の名作「愛のむきだし」の人。



正直、それ以外の作品は全く見るに値しないものばかりで、
ちょっとまじめに幻滅させられたのではあるが、
いやはや、久しぶりにやってくれたな、という感じ。

ちゅうわけで、独断と偏見だけを持って改めて言わせて貰う。

この映画になんだかんだと屁理屈をつけるアホは死ね。
あるいは、そのくだらない脳みそで要らぬ能書きをこくな。

映画とはこういうものだ。こういうものであるべきで、こういうものだからこそ映画は尊い。

それが判りもしないうちから、偉そうな戯言を抜かすな。

作品の主題であるところの、この狂ったような芸術至上主義。
極道的映画オタクが、本ちゃんの極道を相手に、超極悪な映画を撮ってしまう、
その二重三重のパロディ構造。
そう、そうなんだよ、そうそう、そうなんだよ、と思わず大拍手である。

製作者と、そして役者の、狂気をも感じる程の情熱、その神降ろしの瞬間を映像に収めることこそが、
映画人が命を賭けて追い続けなくていけないカタルシス。表現者としての夢、そのもの。
そんな瞬間に夢をたくして待ち続けた情熱が昇華された瞬間。
まさに、それだよ!と思わず拳を握りしめてしまった訳だ。
そしてこの映画にも確実に映画の神様が降臨していた。
いやあ、まさに、そう、まさに、これだろう、と。

いやあ凄い。思い切り感動した!
こういう作品があるから、こういう人々がいるから、だから映画は素晴らしい。
そして、人類はまだまだ凄い、と思わせてくれる輝きに溢れていた。

一度ならず二度までも映画史上を覆すような超名作を撮ったこの園子音という監督。
日本、などとちんけなことは言わねえ。
まさに、人類の誇る真の天才のひとりである、と断言させて頂く。

次に園監督のこんな作品を見れるのはまた10年後かもしれないが、
待つに値する。
それを確信させてくれる名作であった。

そして改めて、この映画を過小評価する馬鹿な映画人。
この映画の意味するところがまったく判らない知恵足らずの似非評論家。
改めて、死ね、とは言わないまでも、
そんな人間とわざわざ言葉を交わしたいとも思わない、と心の底から侮蔑させて頂く。

そう、俺はそういう人だ、と言い切れる、まさにバロメーターになりうる作品であった。

そう、そんな映画って10年に一本あるかないか。
まさにトラウマ級の大傑作であった。

この映画を作り上げた全ての人々に心からの尊敬と感謝を送りたい。

いやあ、面白かった。本当に良い映画であった。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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