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醜悪ヅラとはつまりは

Posted by 高見鈴虫 on 26.2015 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
あの、世に言う「醜悪な顔」のその典型、というか、
まさに、醜悪な顔とは、これそのもの、というぐらいにまで醜悪を極めていた醜悪ヅラのひゃくた、とかいうきちがい。
あれがやっぱり予想通りというかなんというかで消えてくれたのはとても良かったのだが、

それがとたんにまたまた、まあ似たようなタイプの醜悪ヅラがテレビに満載である。

んだこの、醜い顔は。
動物霊が憑いている、と言っても、これほど醜悪な面の動物などみたことがない、というぐらいにまで、
まさに、醜悪の極み。

顔のつくり、目が鼻が口が、とかそういう次元ではなく、
まさに顔そのものから「恥」がどろどろと流れ出しているような、
そんな、思わず顔を背けたくなるような醜悪ヅラな訳なのだが、

これが、デザイナー? ・・・ まさか、と思わず口があんぐり。




デザイナーって、クリエーターだろ?
つまりは、己の才能を信じて、人には創れない自分だけのものを表現して、
それを生業にしている人、なわけだろ?

つまり、そう、クリエーターとは、「恥」から最も遠いところで生きているべき人種である筈だろう。

それがなんだ。なんなんだこの醜い面は・・・

長く音楽屋などをやっていた関係から、
少なくとも、楽曲の創作やら、楽器の演奏でおまんまを食おう、と思っていた人間は、
人種年齢性別国籍を問わず、すぐにそのなんというか、同じ匂いを嗅ぎ分けることによって、
一撃で、下手をすれば、後ろ姿のその背中、歩き方を見ただけでも判断がついた。

そんな事情から、世界中どこに行っても、一目見ただけで、おっと、お前もバンドマン、
とすぐに友情の契を結ぶことができた訳で、つくづく職業というのは恐ろしいものだ。

似たような関係で、例えばテニスをやっている奴。
ラケットなど持たなくてもその面構えを見ただけで、その実力からプレースタイルから、
どれほどのものかすぐに判断が着いてしまったり、

現在のところ浮世の生業にしているIT業界においても、
まあ大体のところは実際に仕事をやらせて見るまでもなく
その顔つきを見ただけでスキルのほどが手に取るように判ってしまったりもするものだ。

という訳でそう、仕事というよりも、ずっと長くやってきたこと、ってのは、
悲しいぐらいにその人となり、に強烈な印象を刻み込んでいく訳で、
つまりそう、俺のこれまで相対してきた世に言うクリエイターという人々、
そのスタイルは種々あれど、やはりどこかに、強烈なプライドと、そして自閉の匂いを感じさせる、
言う成れば「孤高の美学」の片鱗を漂わせていたような気がするのだ。

そしてこの孤高、こそが、つまりは「恥」から最も遠いところにあるもの、と定義付けてもいた。

という訳で、そう、このあまりにも醜悪な顔をした某デザイナー氏。

そして、この間まで、じみんとーのワカテギインなんてのを相手に好き放題ふかしまくっていたあの化け物的にまで醜悪なひゃくたの面。

似ているものがあるとすれば、つまりは「恥」。

孤高こそが美徳であるところのクリエイター=創造者から、最も遠くにあるべき百鬼夜行の畜生面のその共通点とは、

まさに、この、「恥」であったのだろう、と改めて気がついた。

人間、嫌なことばかりをやっていると、顔の右半分と左半分がちぐはぐになって、顔のバランスが崩れていく、
というのは良く聞いた話で、だから顔が崩れている奴には気をつけたほうが良い、とは常々から処世術TIPとして記憶していた訳だが、

顔のバランスが崩れずどころか、まさに動物霊を通りこして、いやはや顔どころか存在そのものが「恥」の塊になってしまうとは。

やはり人間、悪いことはできないものだよな、と身につまされる。

という訳で、この自称デザイナー氏の面を一目見ただけで、世も末だよなあ、とは思っていた訳だが、
案の定、という、出来すぎ、というか、やっぱり、誰もが「こいつはうさんくさい」と思っていたのだろう、
ひとたび盗作疑惑なんてのが持ち上がったとたんに、出るわ出るわ、過去の盗作品のオンパレード。

あのなあ、もの作ってなんぼのクリエーターが、ぱくりで銭稼いでいるってのは、盗作どころか、ただの盗品、
つまりは泥棒、犯罪だろうが、と。
まあしかし、そんな悪事が面に出てしまうだけ、少しは後ろめたさもあった、ということなんだろうが、
いやはや、憐れな話である。

とまあそんなニュースを斜め読みしながら、
そうそう、やっぱりね、俺の見立てに間違いは無かったな、と妙に安心したりもしていた訳だが、
しかしながら、そもそも、なんでこんなひと目見ただけで胡散臭い奴ばかりが、と思えば、
つまりはまあそう、やっぱり待ってましたとばかりに暴露されたその種明かし。
なんだよ、全ての関係者がずぶずぶってこと?まったくやれやれ。まさにグロテスクなぐらいに憐れの極み。
という訳で、あのオリンピック関係者やら、原発やら、じみんとーやら、
あの手の利権に絡む奴らは、みんながみんな、ズブズブで同じ穴のムジナ、
ということなんだろうな、とまあ簡単な話だが、

という訳で、このチンケな盗作デザイナーがどうなろうが知ったことじゃないが、
どうせ、ほら、例の競技場問題、なんてのの、本当にヤバイ奴ら、動物霊どころか、
まさに生きる毘沙門天、鬼そのもの、のような、悪の権化な方々の、
その隠れ蓑にされているだけの話なんだろう、とは安易に想像がつく。

という訳で、オリンピック?
最初から、もう、うさんくささがムンムンであり過ぎた訳なのだが、
もういい加減やめればよ、とそこまでして利権に食らいつく人々の姿が、
つくづく憐れにも思えてくる気がする。

と同時に、こんなニュースを目の当たりにしてしまっている日本のガキ、
つくづく、こんな夢も希望もない世の中に、いったいどんな将来を見ているのだろうか。

ちゅうわけで、まあ、しかし、あっしには関係のねえ話でござんすとばかりに、
今日も今日とて犬の散歩。

人間ってさ、本当jの本当にアサマシい生き物だよな。
やれやれ、犬の面だけ眺めながら暮らしたいものだ、とつくづく思っている。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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