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つわものどもが夢の後・・ ロジャーが負けてニューヨークにまた秋がやって来た

Posted by 高見鈴虫 on 13.2015 テニスねた
そしてUSOPENが終わった。

まさかとは思いながらも、最後の望みをかけたロジャー・フェデラー。
これまでの勝ち上がってきた試合での、あの奇跡の様な完璧さも、
いざ決勝で宿敵ジョコビッチを前にした途端に全てが水泡。
相変わらず無駄に力んだバカうちとナーバスショットを繰り返しては、
まさに自爆に近い形で無残にも粉砕されることにあいなった。

全てのボールをまさに壁のように弾き返すジョコビッチに比べ、
ロジャー・フェデラーのプレーはまるでふざけているんじゃねえか、
というぐらいに安定性に欠いて見える。
それだけジョコビッチのプレーが完璧である、ということなのだが、
それにしても、あれほどバックハンドばかりを狙い打たれては、
ミスショットによる自爆を繰り返しながら、
しかしその弱点であるバックハンドにおいて何一つとして改善が見られなかった、
というところがつまりはロジャー・フェデラーの限界でもあった訳なのだろう。

という訳で、USOPENが終わるたびにやってくる、この脱力感である。
英語で言えば、SO DISAPPOINTED。
今度こそは、と望みを賭けたロジャー・フェデラーが気泡と化し、
全ての熱情が憐れにも崩れ去った後、
重い足を引きずるように犬の散歩に出ると、
いきなり吹きすさぶ木枯らしである。

Tシャツに短パンの姿がまるで悪い冗談に思える程に、
吹きすさぶ風の中で呆然として肩をすくめているばかり。

という訳で、例年のことながら、
USOPENの熱狂が過ぎ去ったと同時に、
ニューヨークには秋がやって来る。

この先、いったいどうやって生きていけば良いのだろう、
と途方に暮れる夜なのである。






改めて思い返すのはこれまでのテニスの歴史である。

マッケンローがレンドルに、
レンドルがベッカーに、
そして彗星のように現れたミスター・キューカンバ・フェイスことピート・サンプラスから始まる、
アンドレ・アガシ、マイケル・チェン等の、ボラテリキッズ達が席捲し、
その間、ステファン・エドバーグ、そして、パトリック・ラフター、
その後、ヒューイットから、ロディックを経て、
ついに登場したロジャー・フェデラー。

それまでのテニスの歴史の全てを完膚なきまでに叩き潰しては塗り替えて、
その後の10年間に渡って、テニス界は言うに及ばず、
社会現象化する程のムーブメントを巻き起こしたまさに天才中の天才。

この難攻不落の超人であったロジャー・フェデラーを、
いったい誰がどんな方法で倒すことができるのか、
それがまさしく、不可能である、と思えていたその時に、
スペインはマジョリカ島から出現した野生児・ラファエル・ナダール。

王者たるロジャー・フェデラーと、
そのロジャー・フェデラーを倒す事のみに一生涯を傾けたラファ・ナダールの執念の結集。
それはまさに、天下分け目の関ヶ原、あるいは、岩流島での一騎打ちそのもの。
その全てがテニス史上に残る名勝負となったこの二人の対決の後、
まさに燃え尽きた感のあったテニス界において、
そしてそんな二人の王者の、まさに良い所取りをしたかのような、
全てにおいて完璧過ぎるまでに完璧なジョコビッチという怪物を排出することになった。

という訳で、改めてこのジョコビッチである。

現在のところ、まさにテニスの完成形というところである。
フォアハンドは言うに及ばず特筆すべきはやはりそのバックハンドである。
これほどまでに完璧な、つまりはミスのないバックハンドを持ったプレイヤーは、
長いテニスの歴史にも例を見ないほど、
このジョコビッチの完璧さはこれまでの歴代のテニス選手の誰と比べても、
まさに頭ひとつもふたつも秀でている感がある。

弱点の無い男・ジョコビッチ。
まさに壁のように的確に正確に全てのボールを弾き返しては、
相手がミスをするまでそのラリーは永遠と続くことになる。
これは疲れるであろう。
いつまで経ってもゴールの見えないレースを走らされている気分の中で、
思わずリスキーな勝負を仕掛けては、
待ってましたとばかりにその弱点につけ込んでくる、
まさにこのジョコビッチは陰湿な、まるでマムシのようなプレースタイルでありながら、
誰がどうやって壁に打ち勝つことができるというのか。
そう、弱点が無い以上、壁を相手にしたその陰湿なゲームに勝ち抜く方法は、
今のところ誰にも見いだせないのである。

ラファが、そして、ロジャー・フェデラーが、
あの華々しくもテニスの歴史を飾ってきたこの二人の天才が、
新鋭であったこの壁男、マムシのジョコビッチを前に敢え無く自爆を繰り返すたびに、
怒りに目が眩み椅子をテーブルをひっくり返しては拳で壁を殴り続けたテニスファンたちも、
ここに来て、そんなジョコビッチの強さ、
つまりは、壁男の余りの強靭さを前に、心の底からの脱力感の中で、
くそったれ、この壁男、てめえのテニスはつまらねえ、と悪態を付きながらも、
がしかし・・勝てない、と長い長い溜息をつくことになる訳だ。

とそんなジョコビッチも、既に28歳である。
がしかし、そんなジョコビッチに続く若手が、実は誰も育っていない。

我らが錦織を筆頭に、
去年のUSOPENを飾った、ラオニッチ、そしてデミートロフの若手三羽ガラスも、
しかし、ロジャー・フェデラーやラファ・ナダール、あるいはこの王者・ジョコビッチを前にしては、
まったく格が違い過ぎる感がある。

つまりはフェデラー、ナダール、そしてジョコビッチの余りの凄まじさを前に、
人類は既にそこにテニスの完成形を見てしまった、ということなのだろうか。

という訳で、壁男ことマムシのジョコビッチを前に、
我らがロジャー・フェデラーはまたしても敗れ去った。
既に年齢は34歳。
いくら若手が育って来ていない、とは言っても、
早々と決勝までやすやすと上がってこれるということももう難しいであろう。

とは思いながら、しかし、今年もそして来年も、
やはりロジャー・フェデラーの勇姿を一目見ようと、
或いは、できることならば、
そんなロジャー・フェデラーが、最後にひと目だけでも、
グランドスラムの栄冠を手にする姿が見たい、
それだけを夢見ながら今日も今日とてテニスなんてものにしがみついている訳である。

改めてロジャー・フェデラーである。

嘗ては不動の王者であったこの天才中の天才も、
バックハンドの安定性という弱点をこれでもかと突かれ続けては、
自爆的崩壊を繰り返しながら、
その内心でまさに煮えたぎっているだろう苛立ちと怒りが
観ている方にも伝染し、
まさにこれほどまに、胃がねじ切れては握りしめた拳に血が滲むまでに、
これほどまでにやきもきさせられるプレイヤーというのも早々と居ないような、
そんなとてつもなくストレスフルな選手である訳なのだが、
が、しかし、それこそがテニスな訳であって、そのやきもきがないプレイヤーには、
やはりテニスの魅力をまったく感じさせない訳である。
今やランキング的には押しも押されもせぬナンバーワンでありながら、
ジョコビッチの試合にはまったく観客が集まらないのがその理由。

という訳で、負けると判っていながらそれでも声を枯らしてロジャー・フェデラーを応援しては、
そしてこうして敗れ去るたびに、がっくりと肩を落としては秋風に煽られながら
とぼとぼと家路をたどることになるのである。

しかしながら、毎度のこととはいえ、この落胆、この脱力感、半端ではない。

ああ、ロジャー、もういい。もう頼むからひと思いに引退をしてくれないかな。

そうしたらもうこれほどまでの落胆を味合わされることももう無いだろうに。

そしてそんなロジャー・フェデラーが引退をしてくれれば、
もう心残すことなく、テニスなんてものはすっぱりと忘れてしまうことができるのに。

とは思いながらも、
そう、ロジャー・フェデラーの引退とはつまりは、テニスのない人生を意味する訳である。

つまりは、世界のテニスファンのほとんどにとって、
良い意味でも悪い意味でも、このロジャー・フェデラーこそが、テニスそのもの、な訳である。

という訳で、今年も思い切り熱狂と、やきもきと、そして心の底からの落胆を味あわされた後に、

つわものどもの去ったニューヨーク、
ああ、ロジャーが負けて、秋がやってきたんだな、と思い知らされる訳だ。

これはもう、立派な風物詩、と言っても良いではないか。

ちゅうわけで、んだよ、またかよ、またフェデラー負けやがったのかよ、と悪態をつきながら、
迎える秋風の心地よいことである。

さあ明日からまた仕事だくそったれ、な訳だ。


プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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