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ニューヨークの潮時

Posted by 高見鈴虫 on 17.2015 ニューヨーク徒然
知人である日本人ご夫妻からまた急なご帰国を宣言された。

突然でなんだが、日本に帰ることにした。

えええっ!と思わず。

米系企業のばりばりのエグゼクティブであった筈のご主人が
いとも簡単にアーリーリタイアメントを決断してしまったという訳か。

なんでなんでなんで?と首を傾げるに、つまりはそう、金であろう、と思い知る。





そう、万事が金の世の中。
激動する時流の中を上手く立ちまわってはあざとく利鞘を跳ねなくてはいけない。

と言えばまさに、近年のニューヨークのこの狂乱地価である。

景気回復は名ばかりで、
このニューヨークからは、この高税を嫌って
これまでニューヨークの看板であった筈の巨大企業が次々に地方への移転を続けている関係で、
それまで人も羨む大企業勤務のエグゼクティブであった筈の方々が、
いまや面白いほどに大量解雇されているこのご時世。

と同時に、表通りのそこかしこし、これまでランドマークとして愛されてきた老舗が軒並み暖簾を下ろしていく。

こんな家賃じゃあいくら給料をもらったってまともな生活などできる筈もなく、
そう言われた雇用主も、こんな家賃じゃあいくら売上を上げたって経営が成り立つ訳もない。

この街でもう30年も商売やってきたが、こんなひどい状態はまったく初めてだぜ、
とつぶやくニューヨークの顔役たち。
そろそろけつまくって、日本にずらかった方が良いのと違うか?

という訳でこのニューヨーク。
タイムズスクエアあたりではしゃいでいるのはやってきたばかりの観光客半分の人々ばかり。
人種の坩堝と言われたこの街が、いつしか人間のサラダボウルと名を変えながら、
そしていまや、世界のショウウィンドウと化している訳なのだが、
そう、ショウウィンドウに人は居ならない。
あるいは、ショウウィンドウの中にあって主役は商品。人間はただの添え物に過ぎない訳だ。

人の消えて行くニューヨーク。
そんな状況の中、この街で長く暮らしてきた強者達はみな口をそろえて、
もうニューヨークも終わりだな、と深い溜息をついている。

逃げ出せるうちに逃げ出しておいた方が良い。
それはまさに、沈没する豪華客船の様を見るようで、
この狂乱地価の中、売れるもののあるものはさっさと売っぱらってずらかった方が勝ち。

がしかし、そんな断末魔が現実的な数字として現れてこない理由はと言えば、
まさにそう、チャイナ・パワーなのである。

ニューヨークと言わず、いまや世界中の高級物件のそのすべてをチャイナ・マネーが買い占めていると聴く。

ここニューヨークにおいても、一時は完全に破綻したかに思われたトランプ・プラザの超高級コンドミニアム街が、
いつの間にか中国系の企業の手に渡り、そしていつしかニューヨーク随一の高級コンドミのその中庭て、
ちーとっと、とお尻を丸出しにしておしっこをさせる微笑ましい中国人の家族連れ、
なんて姿を目にしたりなんてことにもなっている訳だ。

そう、良きにつけ悪しきにつけ、いまや時代はチャイナ・マネー。

近年むんむんときな臭い匂いの漂い続けているこのチャイナさん。
本格的な破裂も秒読み状態とのことから、
売る方も買う方もまさに断末魔。
世界中でパニック買いを続けるチャイナマネーにピラニアのように群がる人々。
とう訳で、世界中が血眼になってこのチャイナ・マネーとの間で壮絶な食い合いを続けている訳だ。

という訳で、この沈没しかけた豪華客船同然のニューヨーク・マンハッタン。
もしも既に何らかの不動産を手にしている者にとって、
それを売り払う、としたら、まさに今しかない。


と同時に、この円安である。

かの島国のバカ殿風情がなにを考えているのか知ったことではないが、
この降って湧いたような円の大安値。
まさにあべちゃんさま様というか、このあまりにも不自然なアベノミックス円安の大恩恵こそは、
まさに、海外の投資家、あるいは、輸出業者さんに特化したもので、
それが良いの悪いの言っているよりは、自分の身の振り方だけを考え、
つまりこの在外浪人にとっては、この機を逃さずそれに便乗する以外に手はない、という訳だ。

友人の一人、いまだにぷらぷらと腰の落ち着かないウエイター風情を続けている紐育浪人、
が、そのかわりと言ったらなんだがあまりにも堅実家であるその奥さんが、
実は独身時代に購入していたミッドタウンのスチューディオ、つまり、ワンルームマンション。
これがなんと、購入時の三倍四倍の値をつけている訳で、
こうしている今も、実はそのワンルーム・マンションを高額で賃貸しては、ちゃっかりと値鞘を得ている、
なんて話を聞いて、そっか、やはりなにはなくとも持てるもの、つまりは「財産」を得なくてはなにも始まらないのだな、
と今から思い知ってもなにもかもが手遅れ。

とそんなちゃっかり者の紐育浪人たちにとっても、この高騰地価と円安のダブルチャンスこそは、
これまでの紆余曲折にけじめをつける最後のチャンスと息巻いているという訳か。

とそんな時、やあおひさし、と尋ねたクイーンズの友人。

嘗てはまさに、目を覆うような貧民街であった筈のクイーンズのゲットー街が、
しばらく観ないうちにいきなり駅前にショッピング・アーケードなんてものが出来上がって、
日が暮れると帰り道に命の危険さえも感じたそのタフなご近所さんも、いまやすっかりと高級住宅街風情。

聞けよ、この貧民街の糞アパートがさ、買った時には確か7万ドルもしなかった筈なんだが、
それがいまはなんと40万ドルだぜ。
このまま行けば、そのうち、50万ぐらいにはなるんじゃねえのか?
50万って言ったら日本円じゃあ、5千万円。
いやいや、この円安の真っ最中だ。
この先、もっともっと日本円が落ちてくれたら、それこそ六千万、七千万とかも夢じゃねえって訳でさ。
まあ一億には届かないにしてもだ、
それだけあればこのさき無理をしなければ十分にやっていける筈じゃねえのかな?
いやあ、まさに、あべちゃん、さまさま、チャイナ・マネー万歳ってな感じだよな。

という訳で、前出の日本人の知人ご夫妻。
そのご住居たる超高級コンドミニアム。まさに2億は下るまい。
つまり、この狂乱円安の中にあっては、まさに想像を絶する利鞘が稼げる計算になる。

この街を出るには今を逃して他にはない、というのが持てるものの共通見解なのである。

がしかし、それはもちろん持てる者たちのお話。
で、果たして普通のニューヨーカー、
つまりは裸一貫でこの街に辿り着いてから何一つとして進歩のなかったニューヨーク浪人たちは、
この先いったいどうすれば良いのかと言えば・・・


楽しみにしていたセントラル・パークのニューヨーク・フィルハーモニックのコンサートも、
いきなり降り始めた雨の中でまったくの台なし。

とぼとぼと帰り道を急ぎながら、そうだね、あの人達帰るんだよね、とまたその話。

なんか、最近よく人が帰るよね。10年20年選手の古株の人たちがさ、次から次に日本に帰ってくじゃん。
なんか取り残されるようでさ、ちょっと寂しいよね。

そんな話も素知らぬ振りで、ひとりではしゃぎ回る犬に手綱を引かれながらも、
で、ねえ、あたしたちどうする?とかみさんがぽつり。

あんたの仕事も見つからないしさ。家賃は上がる一方。
これでどちらかが病気なんてしようものなら、まさに万事休すよ。

大丈夫、心配すんな、と相変わらず理由もなく強がりの俺。

資格試験も通ったんだ。いままた新しいの取ろうとしてるしさ。
それなりのポジションが開けば必ずゲットできる筈だ。
だから心配するな。そのうちがんがん金稼いでやるからさ。

それがいつになることやら、とため息をつくかみさん。
先日受けた定期健診で乳がんの再検査を宣告されてからがっくりと元気のなくなってしまった。
それだけが理由ではないのだろうが、
近頃は普段の元気ハツラツとした南国気質の気丈さがすっかりと影を落としてしまっているのは気のせいだけでは無いはずだ。

そう、つまり俺の仕事が見つかりゃ良いんだろ?

その気になればドッグウォーカーだってバンドマンだって用心棒だって、なんだってやるさ。
だから心配するなって。俺達は大丈夫だ。これまであれだけやばい山を乗り越えて来たんだ。
こんなことでこけるタマじゃねえよって。だから心配するな。

だから、とかみさん。そういうことじゃなくて、このさき、そう、このさきずっとこうやって働き続けることになるのかなって。

60になっても70になっても、ずっとずっと働き続けて、結局そうやって一生を終えるのかなって。

あのなあ、先のことなんか誰にも判らないだろう?

いまこの瞬間に東京を大地震が襲っている可能性だってある訳でさ。
そんな中でいくら先の心配なんかしたって始まらねえじゃ無えか。

あんたがいつもそんな風だから、我が家はいつまでなっても行き当たりばっかり。

まあ確かにな。こうなることが判っていれば20年前に不動産のひとつやふたつ買っておけば良かったとは思うけどな。
でもほら、先のことなんか誰にも判らない訳でさ。
こうしている今にも、タイムズスクエアで限定核爆弾の自爆テロとかでこの街自体が吹っ飛んじまうなんて可能性も無きにしもあらずなわけでさ。

あんたってさ、ノストラダムスの大予言を信じてた頃からまったく変わってない訳なんだよね。

そう、それがこの俺、ルパン三世。なあに、うじうじ悩んだってなるようにしかならねえよ。だから心配すんなって。

とそんな時、背後にいきなり爆発音が響く。

おおお、自爆テロか、と思って振り返れば、72丁目の空高くに上がる花火の大輪。

途端にオンオンオ~ン、と吠え始める犬を押さえこんでは、
摩天楼の渓谷の谷間の空一面に、轟音を轟かせては広がる
色鮮やかな花火の大輪をしばし恍惚と見上げる。

ただ、こんな絶景を前にしながら、まったく心が踊らないのはなぜなんだろう。

とそんな花火にふっと背を向けて歩きはじめるかみさん。
ニューヨーク、もうなんか、ちょっと飽きたな、とつぶやく。

夏のはじめにしてはやけに冷え冷えとした夜なのである。



プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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