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全ての女はサザエさんに至る

Posted by 高見鈴虫 on 12.2015 嘗て知った結末
すでにどっぷりと中年期に差し掛かった俺たちである。

嘗ては、ニューヨークのナイトライフの花型であった筈のいけいけの女の子たちも、
今となってはただのおばさんである。

という訳で、今更ながら、

おしなべて女の子ってのは、その素養がどうであれ、

結局はサザエさんに至るってのが、その定番であるのかな、と思った。

とふと見れば、隣りのかみさん。

これがこれが、もう見事なぐらいのサザエさんぶりである。

バブル最盛期の六本木で、黒服の袖引きたちが群がるどころか、
避けて道ができた、ぐらいの女であった筈のかみさんが、である。

とは言う俺も、このかなり頼りなくなってきた頭髪から、
弛んだ筋肉から、そしてこの顔中を覆った小じわ。

そう、なにがどうあっても老化だけはどうすることもできない訳で、
まあどこかでケツをまくるしかねえんだろうな、とは思っていたが、

つまりそいうことって訳なのね。

という訳で、今となっては十把一からげではないが、

押しも押されもせぬ、普通のおじさんとおばさんの俺たちである。

東京一は世界一の時代の日本を泳ぎまわった末に、
世界の海を渡り歩き、究極のビーチを求めてアイランド・ホッピング。
その後に辿り着いた世界の中心たるニューヨークという街で、
夜も寝ずにマンハッタンのカレイドスコープの中を練り歩いていた俺たちが、
いつの間にか、そんなことをどう説明しても誰にも判ってもらえないような、
そんなありふれたただただ普通に糞みっともない中年に成り果てた、というのも、
なんとも小気味が良いぐらいの変貌ぶりである。

そして人生の春が過ぎ夏を経てしんしんと秋の深まりつつあるこのご時世。

かなりとうの経ったサザエさんとマスオさんが、肩を寄せ合うように今日もニューヨークの雑踏をさまよっている。

そんな世の中で、嘗て俺達が光り輝いていた、なんてことさえも、覚えているのはお互い同士、ただふたりだけ。

そんな残光の中で、死ぬまでこうして寄り添うことになるんだろうな、と思い始めている。

という訳で、まずは老後の為の資金作りだろう。

まだまだ老いぼれている訳にはいかない訳か。



プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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