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今更ながら、なぜか、Da-Do-Do-Do、と歌ってみる

Posted by 高見鈴虫 on 12.2015 音楽ねた
この週末、久しぶりにかみさんと二人で犬を連れて公園を散歩。

で、そんな時、かみさんが珍しく鼻歌を歌っている。


De-Do-Do-Do, De-Da-Da-Da
愛の言葉さ、

ねえ、これ何の曲だったっけ?というかみさんに、

ああ、確かポリスじゃなかったっけかな。

ポリス?そうそう、そうだったそうだった。

という訳で、家に帰ってからもなぜかその旋律が頭を離れず、

また週末恒例の床大掃除のBGMとして探してみた訳だが、

我が家には既にCDラックは存在しない。
全てのCDの音源はMP3化されてHDDの中に。

CDそのものはダンボールに詰められたままどこにしまったかさえも覚えていない。

で、このHDD上のMP3ライブラリーなのだだが、

果たしてこのDO-DO-DOが、いったいどのアルバムだったかな、と考えた末、

多分、ゴースト・インザ・マシーンだったか、
とかけ始めたところ、

おっと、Spirits In The Material World。



この出だしの裏と表、、未だにすっかりと騙されるな、と苦笑いしながら、
そう、そう言えば、この歌詞、

There is no political solution
To our troubled evolution
Have no faith in constitution
There is no bloody revolution

We are spirits in the material world


そう、まさにその通りなんだよな、と、
最近になってまたずっと考えていた事の解答をふっと得てしまった気がしたわけだが、
すぐに終わって次の曲。

Every Little Thing She Does Is Magic

思わず、おおおっと声を上げてしまった。

なんか最近ずっと頭に流れていた曲、そっか、この曲であったか。

やっぱ今更ながらポリスってのはキャッチーな曲が多かったよな、

ただそう、このスチュワート・コーポランド、
このドラム自体はあの時代えらく画期的であったわけだが、
その成り、見るからに性格の悪そうなあの馬面がどうしても好きにならなかった訳でさ。

で、退屈なB面を耐えに耐えた末に、なんだよ、
De-Do-Do-Do, De-Da-Da-Da 
結局最後までかからなかったな、と。

だとしたらSynChronicity?
いや、あのアルバムはたけ坊が持っててよく聴いたがDo-Do-DOは入ってない筈。

同じように一枚目でも二枚目でもない。

だとすると、なんだったっけ?

と思い悩むのも面倒くさく、
そうだ、最初からGOOGLE、あるいはYOUTUBE してれば良かった訳だ。

という訳で、解答はすぐに判明、銭やったもんだったか、と。

で、改めて、
俺そう言えば、この銭やったもんだった、
つまりはZENYATTA MONDATTAってアルバムを、
銭やったもんだった、として良く聴きこんだことが無かったな。

という訳で、

ねえ、Do-Do-DOまだ?と文句を言うかみさんを尻目に、

思わずアルバムの一曲目から。

えええ、Don't Stand So Close to Me ってこのアルバムだったっけ?



で、Driven to Tears、覚えてる覚えてる。

で、必殺のWhen the World Is Running Down。

このリフ、本当に凄いよな。三人でこれだけできる、三人であるからできる、
このアルバムの頭三曲こそはその頂点である訳だろ。

で、思わず掃除の途中に踊り出しながら、掃除が進む進む。

で、ついに飛び出たDe-Do-Do-Do, De-Da-Da-Da。



このシンプル過ぎる、がしかし、考えぬかれたスカスカな音。

この三人という成約の中で各自のその力を最大限に発揮する、
その姿勢こそがポリスであった訳だ。
つまり、互いが互いの音を邪魔することなく、
互いの音を最大限に活かす計算の中、
完璧なアンサンブルを構成する、

そう言えば、このバンドの前身って、
確かプログレ・バンドであったりしたんだよな。
つまりは元々理屈、というか理系の人たちであった訳だ。

だがしかし、お目当てのDe-Do-Do-Do, De-Da-Da-Daが出るまで優に一時間。

がしかし、この待ちの時間こそが音楽の醍醐味。
つまりは、そのストーリー性、
そこに至るまでの過程こそが音楽そのものであった訳なのだが、
そう、レコード盤に針を落としてから、お目当ての曲が出るまで待って待って待って、
で、その待ち続ける過程そのものが、
クライマックスを含めた上での一曲として統合されていった訳だ。

そう、それがあの時代の音楽の聞き方だった。
無駄な時間も多かったが、俺達はそうやって、
その黒いレコード盤の中に壮大なドラマを見い出していたのだ。

が、そんな俺の感慨を尻目に、

へえ、ポリスってでも知らない曲も多かったよね、というかみさん。

えええ?ポリスで知らない曲?そんなもの在るわけないだろう、と。
どんな退屈な曲だって一応ソラで歌える、つまりはドラムのコピーをした記憶がある。

そっか、あの時代を共に過ごしながら、
実はTOP40、つまりはシングル・カットしか知らない人ってのが殆どだったんだよな。

という訳で、そう、このYOUTUBERの時代、

そんなシングル・カットな人々達にとってはまだまだ発見が多い、ということなのだろう。
過去の遺物を掘り起こすだけでもそれなりにまだまだのりしろは残されているということか。

という訳で、ポリスか。

あの時代には断然クラッシュ派であった俺的には、
ポリスのこのキャッチーな曲調はまさに売れ線狙いの商業主義の局地と映って、
当時はちょっと目の敵にした部分もあるのだが、
確かにな、ハズレも多いが良い曲も多い。

今となっては、あの時代の愛憎劇さえもすべて懐かしい気がするな。

そう、時間はすべてを解決してくれるのだろう。

今更ながら、追悼・ジョー・ストラマーと言わせて頂く。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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