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犬、という名の犬

Posted by 高見鈴虫 on 06.2015 犬の事情
会社の友人の飼っている犬。

犬種はと聞けばよく判らない、とのこと。
見たところ、ボクサーと、そして多分ピットブルの雑種。
で、いくつ?と聞けば、それも判らない、とのこと。
つまりシェルター・ドッグ?と聞けば、
まあ、そうらしんだけど、とそれも的を得ない。

でつまりこういうことらしい。

元々は元カレの飼っていた犬で、
別れた時に置いて行かれて、
で、仕方がないから自宅のあるニュージャージーに連れてきたのだが、
そのうち自分もマンハッタンのアパートを引き払って、
そして先に犬を連れてきた実家に出戻った、と。
で、その犬、元カレの置いて行った犬である訳だが、
でも実はその元はと言えば元カレが元つきあっていた彼女、
つまりは元カノの連れてきた犬。
なんだけど、その元カノも犬が好き、というタイプではなかったらしく、
つまり、それも元カノの元々カレが置いて行ったもの、らしく。

という訳で、この犬。
名前は?と聞けば、ドッグ。
DOG、つまりは犬。

で、そのDOG。
先日、犬好きの知人によくよく見てもらったところ、
もう十五歳は軽く超えている老犬である筈、とのこと。

まあ確かに、と指折り数えて見れば、
我が家に来てすで五年。
元カレと一緒にいたのが四年。
その前に元カレが元カノと付き合っていたのが三年と聞いていて、
その元カノが元々カレと一緒にいたのが判然としないのだが、
確かにそんな計算にもなる。

で、このDOG。

人から人へと渡り歩くこれまでのまさに数奇な運命。

ミッドタウンのレスキューシェルター(多分)から、
クイーンズへ。そしてブルックリンを経てアッパーウエストサイド。
と、そして今はニュージャージーのバックヤードでのうのうと暮らしている訳で、
そう言われてみればまさにニューヨーク・シティー・ドッグ。

その住居の変遷は、ニューヨークを生き抜いた人々が辿る一つの典型であったりもする。

とそんなDOG。

これまで飼い主という飼い主からことごとく捨てられてきたという事情からか、
まさになにがあっても、誰と居てもまったく意に関さず。
いたってマイペース。いつでもマイペース。なにがあってもマイペース。

つまりはこのボクサーという犬。
いくつになっても子犬のままで、懲りないというかなんというか。
日がない日に近所の猫を追い掛け回していたかと思えば、
隣りの家とのフェンスをくぐり抜けては裏口のゴミ箱を漁り、
その脚で勝手に隣家のリビングに押し入ってはそこで勝手に数日を過ごし、
そういえばうちの犬が居ないねえ、と思った頃にひょっこり帰って来ては、
ただいまも言わずに二階の小部屋で居眠り三昧。
で、ふと気が付くと姿が見えず、と、そんな繰り返しらしい。

散歩になど行ったこともなく、食事だけは与えているものの、
聞いてみればそこかしこの家を訪ねて行ってはそこでちゃっかり昼飯だか夕飯だかにありついてもるらhしく、
誰に見取られることもなくまさに気の向くままの風まかせな日々。

まあでも、犬なんてそんなものでしょ?
としらっとして答えるその友人からして実にそういう人な訳で、
つまりそんな友人と付き合っていた元カレも、
そしてそんな元カレの付き合っていた元カノも、
実はそういう人であったのだとすれば、
まあ、この世の中なんて実にそんなもの、
とゆるーく構えた犬に育ったとしてもなんの不思議もない。

という訳で、そのDOG。
今日も今日とて風の向くまま気の向くまま、
野良犬気分での放浪人生を続けているらしい。

なんとも羨ましい限り。
というか、
ニューヨーカー、そうあらねば、とその見本を見るような気もする。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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