Loading…

午前5時の乗客たち

Posted by 高見鈴虫 on 04.2015 ニューヨーク徒然


夜勤が終わり、長い長い夜の果てに、
朦朧とした意識のまま、無人の街を駅へと向かう。

そしてやって来る午前5時の地下鉄。

すでに疲れきった身体には、立っている気力さえもなく、
なんとかどこかに身を横たえたい一心であるのだが、
そんな午前5時の地下鉄は、こともあろうに乗客たちで一杯である。

朝の5時に地下鉄が一杯?

その乗客の殆どは労務者たちつまりはブルーカラーと言われる肉体労働者、
と、そしてホームレスたち、である。




座席を埋め尽くした午前5時の乗客たちは、
どの顔もこれ以上なく、疲れきっている。

これから現場に向かうのであろう男たち、
そして夜通し作業の現場から引き上げた来たばかりの男たち。

そのどれもが無骨な体格をした肉体労働者。
皆一様に全身が砂まみれ泥まみれ。
疲れ切り、まるで砂袋のように力の抜けきった身体を、
固いシートの上にもたげているばかり。

ある者は死体のようにぽっかりと口を開け、
あるいは目深にフードを被っては、
ただただ泥のように眠りこけている。

午前5時の地下鉄は、そんな疲れきった人々で溢れかえっている。

そんな乗客たちの中に混ざって、巨大な荷物を抱えたホームレスたちがいる。

何らかの理由から住む場所を失ったまま、この地下鉄に唯一の安息を見出しているホームレスたち。

がしかし、ホームレスと言っても、
完全に常人を逸脱した汚物まみれの怪物のようなホームレス、
というのは極稀。
一見してごく普通の人々。
ただ何らかの事情から住む家をなくしたまま、
こうして地下鉄を寝ぐらにして暮らしているだけの、
至極普通の人々に見える。

そんなホームレスの中には女もいる。
そして家族もいる。

午前5時の地下鉄の中に、眠そうな目をした子どもたちが、
ねえ、おかあさん、これからどこに行くの?またあの地下街に戻るの?
と幼気な表情で繰り返している。

がしかし、そんなホームレスたちは、
他の乗客たち、つまりは労務者達と、驚く程に見分けがつかない。
つまりそう、労務者もホームレスも、誰もが紙一重のところで漂っている人たちなのだろう。

そんなホームレスの人々は決まって34丁目ペンステーションの駅で降りていく。

どうもあの家族連れの話からすると、
マジソン・スクエア・ガーデンと繋がるペン駅の地下あたりに、
ホームレスの人々の巨大な集会場があるらしい。

そんなホームレスの人々が消え、
そしてようやく風通しの良くなった途端、
次のタイムズスクエアの駅では、
疲れきっていた労務者達もようやくその重い身体を起こす。

そこで乗り換えてクイーンズの寝ぐらに帰るか、
あるいは、建設ラッシュの続くロング・アイランドシティ、
あるいは、新規に運行を予定されるセカンド・アベニュー線の工事の為に、
再び地下の奥底に降りてゆくのかもしれない。

そうこうするうちにタイムズ・スクエアを過ぎ、
一挙に伽藍堂になった車内には、
そして徹底的に行き場所をなくしてしまった人々が取り残されることになる。

ここから、ニューヨークきっての高級住宅街であるアッパーウエストサイド、
そしてその先にあるハーレムと、終点であるブロンクス地区。

不思議なことに、そんな午前5時の乗客たちの中には、
嘗ての我々がそうであったような、
ホリデーシーズンのパーティ帰りの人々や、
或いは、朝までクラブで踊り狂っていた遊び人たちや、
深夜の探検を終えた酔狂な観光客や、
あるいは、夜通しの恋に身を燃え尽くした浮気な恋人たち、
嘗てこのニューヨークの主役を成していた、
そんな不埒な人々の姿は、一切に見当たらない。

見渡す限り、そんな祝祭からは徹底的に見放されてしまったような人々ばかり。

まるで駅に着くたびの人の流れなどまったく気にならないように、
ただただ泥のように眠りこける人々。
その中には、きっと日雇いの労務者であろうと思っていた人々も多く含まれていて、
つまりは労務者でありながらホームレス。
夜通しのきつい仕事を終えた後にこうして地下鉄のシートで浅い眠りを取り、
そしてまた別の仕事場に向かうであろう人々。
あるいは子供のように小柄なマヤ族系の中南米系の移民たち。
多分、ファストフードか、あるいは清掃業の帰りなのだろう、
これもやはりまるで身を寄せ合うように、
あるいは、冬眠中の葉陰に固まるなにかの虫達のように、
大きな荷物を抱きかかえるように、つかの間の眠りを貪るばかり。

そんなゾンビの群れのような人々からは、
しかしいきなり赤い目を開いて襲い掛かってくるような、
そんな危うささえも微塵も感じられない。

ただただ日々の生活、あるいはこの都会暮らしに心底疲れきり、
摩耗しつくさえ、押しつぶされ、すり潰され、
そして行き場をなくしては、
途方に暮れるばかりの無力な都市の敗残者たち。

そんな午前5時の乗客を乗せた地下鉄は、
まさに霊安室、あるいは、それこそただの墓場のようである。

世はサンクスギビングを過ぎ、これからクリスマスへと向かうお祭りシーズンである筈。

日中の街中に彩りを添える一見華やいだ人々は、
実は観光客、或いは、それと変わらない、
つまりは、街の外に金づるを持った短期滞在の人々ばかり。

そしてそんな外来者の世界から一皮剥いたニューヨークの地下には、
まるで、敷石の下の便所虫のような、
疲れきって寝る場所もなく、ただただ身を丸くするだけにまでにひしゃげきった人々が、
青い吐息を漏らしているばかりである。

改めて思う。

ニューヨーク、いったいどうしてしまったのだ。

嘗て、この地球の中心と歌われた都。
世界一のパーティ・タウン。
24時間眠らない街。
世界中からのパーティ・ピープルたちのメッカであった筈のこの街が。

このくたびれきりようと言ったらなんなのだ。

午前5時の地下鉄。

まさにこのニューヨークという街が、
土台から崩れ落ちようとするその不穏な地響きが伝わってくるような、
そんな不気味な風景なのである。


プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

月別アーカイブ

検索フォーム