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男はなぜ浮気をするのか ~ 枯葉舞う舗道で人間の業について考える

Posted by 高見鈴虫 on 06.2015 嘗て知った結末
という訳でこの会社、言わせて貰えば良い女がひとりもいない。
ここまでまわりに誰一人として目を惹く女が居ないという状況が続いていると、
逆にまわりの浮いた連中の浮気心がまるで手に取るように判ってしまうところがあって、
しかもそれを、みんなでこそこそ囃し立てる、
なんてのもつくづくうんざりしているこのひねくれ者、
つまりはまあ、そんな奴らはただ放っておくに越したことはない、
ということも判っている。

がしかし、そう、こんな枯れ切った気分でいる俺の前で、
あいつがこいつがそいつが、あっちこっちで恋の鞘当てが行わているのだが、
それがもう目障りでならない。

良い年をして、かみさんも子供もいる奴らが、
いったいなにを考えているのか、
対して良い女でもない、というか、端的にいってただのデブのおばん、を相手に、
手を変え品を変えと、まあ忙しい限り。




まあつまり、そう、仕事がつまらないのだろうな、とは判っている。
そして、まわりにあまりにも目に惹く女がいないと、
ついつい、その中でもちょっとはマシなの、とか、
あるいは、もうなんでも良いから、と、
まあそんなところで血迷って行ってしまうのも判るのだが、
いやはや、バカだなこいつら、と改めて深い深いため息をつかされることになる。

まあそう、そういう俺にもそんな時期があったのは確かで、
しかもつい最近までそんなことをやっていたのかいなかったのか。
で、いまのこの体たらくも、つまりはそれが原因だったのか違ったのか。

という訳で、人間はどいつもこいつも、やっぱり似たような間違いを繰り返し続け、
そして至る結末は、大抵が一緒。

それが判っていながら、凡庸な罠にハマり込んで行くのは、
つまりは自分だけは違う、と思っているのか、
あるいはそれさえにも気がついていないからなのだろうが。

そんな中でもあまりにも目障りなのは同僚のドミニカ人。
露骨に嫌がっているデブのおばはんを相手に、
ちんこ臭い匂いを振りまきながら猿のように大はしゃぎ。
思わずすれ違いざまに思い切りケツをひっぱたいてやったのだが、
後になって会議室にわざわざ呼び出しては、
次に俺の尻を触ったらセクハラで訴えるぞ、
などと言われた日には、
そのあまりの馬鹿さ加減に思わず、はいはい、と苦笑い。

つまり、そう、人間そういうものなのだよ。

いろいろな人間がいることが前提となって、
そんないろいろな人間の違い性を互いに尊重しましょう、
なんて感じで、自意識の垣根ばかりを高くしては、
そしてみな、人種を問わず、宗教を問わず、
似たような過ちを繰り返しては似たような破滅の外縁をなぞることになるのだろう。

馬鹿め。
俺が最初にちゃんと言ってやったじゃねえか、とは思いながら、
関わりあうだけ野暮ということだろう。

そう、まあ良い。そう、良いのだ。
そうやって誰もが同じような過ちを犯し続けることも、
人間としての業であり綾でありそしてそう、それも生きる糧のひとつなのだろう。

まったくな、と苦笑いを浮かべながら、
が果たして、そんな俺自身が果たして幸せなのか、とも考える。

そしてひとり、ふらりとタバコに出ては、
枯葉舞い散る舗道を見下ろしながら、
ふと、あいつ、元気かな、などと思ったりもしてみる。

そしてそんな俺自身が、自分でも気づかぬうちに、
また新たな凡庸な罠にハマり込んでいるだけ、なのかもな、
とさえも思っているのである。


プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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