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移民の歌 そのいち

Posted by 高見鈴虫 on 03.2015 アメリカ爺時事
それは俺がまだ日本なんてところで鼻垂れのガキをやっていた頃だから、
多分80年代、

それも一緒に観ていたのが姉貴であったりもしたので、
ってことは俺がまだ実家なんてところに出入りしていた頃、
だからそれはつまりはいくつの時?

まあ取り敢えずは遠い遠い、あまりにも遠い昔、
と思いながら、
そっか、GOOGLEか、とちょこっとWIKIを覗いてみれば、
へえ、1985年頃であったか。

つまりはそう、かのピースボートなんていうおめでたい団体が、
喧々諤々の中を初航海から戻ってきた、なんて頃。

まあ、そんな時代のことは誰も覚えていないだろうから、
敢えて俺が言ってやろうと思う。

今からすると、まさに遠いイニシエの頃の、
甘い甘い、あまりにも甘ちゃんであった日本という国の話である。







それは多分、俺たち姉弟が深夜にテレビを観ていた、
なんて状況からして、つまりは親がお出かけの時とかであったのだろう。

その番組、つまりはまあその後になって「朝なま」なんていう名称になったのか、
つまりは、まあ、こましゃくれたガキにも興味を引く話題を選んで、
その筋の連中が喧々諤々とやる深夜の討論番組であった訳なのだが、
で、その際のテーマが、日本の国際化、であった訳だ。

以前その番組において、かのMR.何でも観てやろう・故小田実大先生が、
あの苦虫潰しの痔病持ちのサイのような顔で、

日本が多民族国家であったことなど一度もない。そんなものこの先すぐにDNA鑑定をすればすぐに判ることだ。

天皇家の三種の神器を公開してみろ。百済王朝のものと瓜二つだろが。それが怖くて公表できないような腰抜けどもが、やれ国体だ、国益だ、など聞いて呆れる。

と、まあいまとなってはほとんど常識であること、とはつまりはあの時代のこましゃくれたガキの間でも既に常識だったのだが、それをよりによってテレビなんて媒体で言ってのける、ってところに、このオヤジ、度胸あるなあ、とそれだけでちょっと関心した覚えがあって、ただ、こいつ、サヨクだろう、と。
俺はちなみにその時いまも覚えているが、憂国烈士の特攻服を着ていた覚えがあって、つまりは俺はそういうガキだった訳だが、そんな絵に書いたような跳ね返りのガキの前で、かの小田実先生が一言。

日本は核武装すべきだ!

なんて発言に、いきなりウヨクもサヨクも椅子から転げ落ちて大仰天。
かの憂国烈士姿の高校生暴走族は手を叩いて大喜び。

おお、ウヨクでもサヨクでもチョーセンでも勝共統一原理でもなんでもいい。

こりゃいいや、核武装か、これであのにっくきアメ公ともタメってことじゃねえか、がははっは。

と訳も分からずこの少年の胸を熱くしたものだが、そう、そんな番組がかつて日本にもあった。

で、その番組で、まさか、日本の国際化、ってなことを論議するらしい。

沖縄を除けば、福生、横須賀、と並んで、三大米軍キャンプの土地で育った俺たちである。

この日本の国際化、ってな問題については、まさにミックス・エモーション。

あのくそやかましい米軍機を撃墜することができるのか、
がしかし、プレイボーイやマリファナやらロックンロールや、
あの辺の楽しいアメリカ文化はもっともっとウエルカム。

ついでにあの、マドンナやら、チャカ・カーンやら、ジェニファー・ビールズやら、
あんなねえちゃんがわんさか来てくれたらそれはそれで大歓迎。
がしかし、これ以上、米軍の政治的圧力、あるいはその衣を被ったくそ変態おかますだれハゲの横暴は許せねえ、

とまあ、そう、日本という国の矛盾の全てと割りと早いうちから直面せざるを得なかった基地の街の悪餓鬼である。

へえ、国際化か、と思わず。

まあそう、がしかし、基地の街と他の日本人とはまったく違う。
或いは、朝鮮部落と混在した戸塚やら瀬谷やらの連中とも俺たちはまったく違ったりした訳で、
そう考えるとあの当時から日本は立派な多民族国家であった訳なのだが、
なぜかその日本の国際化、という題名における国際化、とはぶっちゃけ、あの、
チョグラチョンガラのちょんこーやら、浅黒いジャパユキさんのピンコーではなく、
つまりは、マダナー、やら、ちょっと古いがあのアグネス・ラムやら、
なんてばかりを想定していたのは間違いない。

という訳で、日本の国際化である。

そんな理由、つまりは、アグネス・ラムとおまんこしたい、とまあそれだけの理由から、
俺は日本の国際化には大賛成であった訳だ。

その当時の日本といえば、まさに黒くろクロ、黒一色。

つまりは、黒髪の黒い瞳のダークスーツの、東洋人たち。それだけ。

ちょっと髪を脱色して、メッシュを入れただけで、大目立ち。
なにを間違ってかいきなりその自慢のアフロを金髪に染め上げたシゲルなんざ、
電車に乗ったとたんにガキに泣かれた、と大笑いしていたが、まさにそう、
日本ってところはまさに黒髪天国。どこを向いても日本人しかいなくて当然の国であった訳だ。

という訳で国際化である。

おもしれーじゃねえか、な訳である。

もっともっとはくいジンガイ、

俺的にはまさに、デボラ・ハリーと、ネーナと、シャーディーであった訳で、
もしかしてあんなねえちゃんとまじで原宿やら表参道やらをデートできる、
なんて考えただけで頭がからんからん。

国際化、まさに、国際化、大賛成、であった訳なのだが、

そう、あの時代からいた想像力の足りない「保守派」の連中が、

いやあ、でも、まあ、そんなことをして、日本の伝統が、格式が、とか、また眠たくなることを言いやがって、
バカかお前は、と。

お前、どの面さげて、マツダセーコ、やら、ナカモリミンツァイなんてのと、
デボラ・ハリーが比較になるとでもおもってんだよ、と。

そう、俺は憂国烈士でありながらしかし列記とした白人オタク、
俺のアイドルは明けても暮れてもジンガイであった訳だ。

日本は国際化するべきです。世界の国々と民間レベルでの交流を増やすことにより、

とまあ、高校生の俺が聞いても青臭いなこいつら、と思われるそのピースボートなる人々。

つまりはアジアの恵まれぬ人々との文化交流を通じて、やらなにやら、まあつまりはジャパゆきさんやら開発援助金のバラ巻き銭のぶん取り合いのことなどつゆ知らぬ、純真無垢ないーところの坊ちゃん嬢ちゃんであった訳だが、
そのジョシダイセーねーちゃん連中の神をも恐れぬ理想主義ぶりには一種、暴走族少年の心さえも熱く揺さぶるものがあったかなかったか。

そう、交際化だ。
困った色黒の人たちの中にも、チャカ・カーンやらドナ・サマーやらシャーディやらみたいな人もいる筈じゃないか。
ウェウカム、ウェルカム。

取り敢えずあの墨で塗ったような黒髪と、そしてあの陰鬱な仏頂面をした奴らの中に、なんとしても別の色を混じらせたい、俺の望みはただそれ一つであった訳だ。

という訳で、お決まりの喧々諤々の議論の後に、

現に国際人として日本に滞在している三人の外人、
それは確か、ケント・ギルバートと、ケント・デリカット、
そしてデイブ・スペクターであったかと思うのだが、

そんななんの目的で日本なんて国に長居を決め込んだ外人たち、
つまりはおしなべてアメリカジンたち、のご意見を聞いてみましょう、ってなことになった。

で、その際、俺も含めて国際化賛成派は、勿論この国際人たちも、俺達の味方、

国際化、バンバン行きましょう、と言ってくれるに違いない、と勝手に期待していた訳なのだが、

蓋を開けてみれば、三人が三人してもじもじモード。

意を決して、確か、ケント・デリカットであったと記憶するが、

まあ国際社会的に見れば、日本の国際化は避けては通れないことだろう、と。

がしかし、極個人的な意見から言わせてもらうと、日本の国際化には反対です、と一言。

思わず会場中が大驚愕、どころか、水を打ったようにシーンとなってしまったのを思い出す。

そしてケント・ギルバート。

私も同じ意見です。公的には国際化は促進するべきなのでしょうが、個人的には、日本はまだまだ世界を受け入れるのに準備が整っているとは思えない。

でも、と思わずピースボート。

でもあなたたちは、そんな移民の国であるアメリカからいらっしゃっているのではないですか。

だから、と三人が口をそろえて。

だからこそ、日本の国際化には反対、というか、時期尚早、と申し上げている、と。

で、そう、確かデイブ・スペクターだっただろう。

アメリカという国が、移民を受け入れることによっていったいどれだけの苦労を強いられることになったのか、
つまりそのアメリカという国の真の現状、あるいは惨状を、あなたたちはまだ良くわかっていない。

つまりねえ、その、そう、といかにも言い辛いらそうな三人。

そうぶっちゃけ、コクジンだろ、と俺。
やっぱあのコクジン、兵隊連中からも鼻つまみもいいところだしな。
やっぱアメリカって酷いよね。人種差別撤廃とか言いながら一皮剥けばみんなこれなんだろうね。
つまりこいつらみんな白人だからさ。コクジンが嫌いなんで日本なんか来たんだろうな。なんてまあ。

という訳で、そう、この外人三人。揃いもそろって、

日本は日本として日本だけの、つまりはこのあっぱれなぐらいのガラパゴスぶりを貫いて欲しい、と、
いやはやまるで、小泉八雲の時代とまったく変わらないご感想。

駄目だこいつら、と思わず。
こんなヘタレだから日本なんてところにしがみついていやがるんだろう、と。

てめえらの特権、外人ってだけでテレビに出れる特権を取られたくねえのかな。まったくちゃちな奴らだぜ。

とまあ、そう、そんなこんなで番組はどっちらけのままに幕を閉じたのであったが、

その後、なんの因果か世界中のゲットーというゲットーをこれでもかと這いずりまわる人生を送ることになった俺。

東南アジアの貧民窟のあの下水道の底を蠢くドブネズミのような暮らしから、
インドのハリジャンたちの究極の乞食ぐらしから、
ネパールの無医村からチベット人の難民キャンプから、
アフガンのケシの花畑からイランのブラックマーケットから、
この世で最も質の悪かった革命防衛隊の奴らから、
そして、ヨーロッパの若者たちの引きずっていた
あのどうしようもないぐらいに出口のないでろでろのヘロイン地獄から。

つまりはそう、それは全て貧困のなせる技であった訳なのだが、
そんな世界の常識のようなものに肌で触れたつもりになっていた俺が、
帰りついた日本でまさに思ったのは、

この国は世界を受け入れるにはまだまだ早い。

あるいは、この国においてさえ尚、いついかなる時にも盗人と強盗に気を張り続け、
ドラッグの泥沼と、そしてジャンキー達の救いようのないあの様を間近に見つめ、
あるいは、そう、銃火器の使い方にまったく慣れていない日本の警察に、
実際に戦禍の巷を生き抜いて来た歴戦の無法者たちが手に負える筈などさらさらなく。

つまり、日本という国はまさにおめでたいぐらいの水槽の中。
つまりは、羊水の中に浸りきったお魚ちゃんに過ぎなかった訳で、
そんな水槽に、いきなりピラニアやサメやワニなんてのを突っ込んだが最後。。

そう、例の対談番組でかの外人三人組はまさにそのことを言っていたのだ。

あの長い長い旅から帰り着いた後、俺はまさにあの外人三人組とまったく同じ心境であった。

旅から帰った俺は、旅の間のことはすっぱりと忘れた。
つまり、外国と日本、との間に明確な線引をしたのだ。

という訳で、俺は日本に帰ってからクリーンであった。

自ら率先して外人のマネをすることを避けようとしていた。
ガンじゃから始まって、ドラッグというドラッグから率先して遠ざかろうとしていた。
そのかわりに、おまんこにいちいちコンドームをつけることも稀だったのだが。

そう、日本は安全なはずだった。
このおめでたいほどに安全な場所をわざわざ汚したくはなかったし、
この脳天気な平和ぼけの人たちを、悪戯に揺り起こす必要などないではないか、と思っていた。

日本はどこまでも日本らしくあるべきなのだ。
アジアが恋しくなれば、またアジアに旅立てば良い。
わざわざこの日本に外国のあの混沌と刺々しさを持ち込む必要などどこにある?

とそんなことを思っていた俺であったが、
そのバランスの悪さに自らが足元をすくわれることになった。

旅の間に張り切っていた神経が、日本に帰ったとたんにゆるみまくってぶらーんぶらーん。
こんなことではいけない、とその神経のたがを締めなおそうとするたびに、
平和ボケのとろーんとした現実の中で思い切り空回り。
そのうちにそんな空吹かしがおもわずオーバーヒートしては、
まさにかのPTSDを発症するかのように神経がすり減ってしまって。
ついに俺はこの日本という国のなんとも生あくびを噛み殺すような平穏に
どうしても身体を適応させることができなくなっていた。

という訳で、俺は日本という丘の上にいると身体がしなびてしまう両生類のような心境で、
一時でも海外で出れる機会があれば、そしてそんな機会のある会社ばかりを渡り歩いた後に、
面倒くさい、とばかり全てをうっちゃってアメリカという国にやってくることになった訳だ。

という訳で、あの三人の外人が観ていた筈の、あの真のアメリカの現状、というか惨状、の、
そのもっともたるところ、つまりは俺自身がその底辺移民としてアメリカという国に渡った訳で、
正直、いまになっても心が冷え冷えと凍え切るような、寒い寒い経験を積ませて頂いたつもりだ。

とそんな中、つい最近にやってきた友達の友達のまた友達の、なんていう日本から来たばっかりの友人。

へえ、ニューヨークってすっごくクリーンなんですね、と一言。

つまり?

そう、つまり、なんていうか、クリーンなんですよ。

まさかお前、何見てるんだよ、これほど汚くてうるさくて騒々しい街は他にないぜ。

いや、あの、そう、つまり、正気の人が多いな、と。

つまりはまあ、日本において、彼のまわりにはもっともっとドラッグが蔓延していて、
もっともっと不健全且つ反社会的な輩がわんさかいる、という話なのだ。

まあそう、ニューヨークでもそういう奴らを探せば
それこそ朝から晩までヘロイン射ってる奴だっているんだろうが、
つまりは俺がもうそういう奴らとは付き合いがねえってだけの話でさ。

へえ、とその友達の友達の友達のが一言。つまらねえの、だそうだ。

ってことは、ヤク中のジャンキーの錯乱したアホがわんさかいたほうが面白いってことかよ。
そういうのを面白いって思えるだけ、まだまだ健全なんじゃねえのか?

つまり、そう、俺はもう、そういうのは見飽きた。
そしてもう、金輪際、見たくない、と心底そう思っているだけの話しなのだ。

ヤクとかもうやんないんすか?と聞かれて、んなものやりたいとも思わねえ、と一言。

女は?
女?女なんかその気になればどうにでもなるだろう。その気にならないからその気もねえがな。

なんだ、まじで徹底的に犬のおっさんなんだな。

おお、徹底的に犬のおっさんでなにが悪い?

とそんな不毛な会話を続けながら、
そう言えば俺にも、つまりはあの長い旅に出る前の俺もそんな感じだったよな、と思い返した。
そしてそんな怖いもの見たさのガキの姿に、つまりは平和ボケの一つの典型を観る気もしたのだ。

まあ好きにやればいいよ、と一言。

類は共を呼ぶ。お前がそれを求めていればいつか似たような奴がやってきてお前の行きたい世界の扉を開けてくれるはずだ。だがそれは、俺ではない、ってだけの話でさ。白けさせて悪かったな。じゃな、あばよ。まあ犬死しねえようにせいぜいがんばるんだな。

という訳でそう、いま再び、似たような次元で似たような論戦が繰り広げられている。

移民に賛成か、反対か。

誰がどう考えても、賛成なはずはあるものか、なのである。

移民たち。
ちょっと胸が大きかったり足が長かったり、安い値段でやらせてくれたりするのかもしれないが、
そのかわりについてくる、ドラッグ、性病、そして、世界のあの怒涛のような現実、つまりは日本人の想像を越えた凶悪犯罪。

この時代、既に誰もがそんな移民たち、あるいは、そんな色黒の方々と、そのおみやげの扱いには困り切っている筈だ。

つまりそう、あの外人三人が言っていた事態に、誰もが気づいているはずなのだ。

だがしかし、である。

誰がどう考えても、だったら日本は移民を受け入れません、なんてことが、この先どれだけ可能であるのか、ってことな訳だ。

それはアメリカに押し付けられた安倍が、どう言ったの言わないの、とかそういう次元の問題ではない。

あれは安倍がアメリカ、それもこれまでの親方だった米軍部、つまりはしーあいえーの奴らとは別のチャンネル、ぶっちゃけ、ひらひらりー元国務長官、なんてところから押し付けられた御題目。
つまり、それは、安倍であろうがなかろうが、自民党であろうが共産党であろうが、日本が米国の実質的な植民地である、ということに変わりがないかぎり、あるいは、日本が世界という大きな船に乗っている限り、事実上そういう方向に進まざるを得なくなってきている、それは避けられない、ということ。
つまりは、現実問題として考えて、移民を受け入れない、ということは到底無理な話なのだ。

がしかし、受け入れた移民をゲット~に押し詰めて、なんてことになれば、移民同士でツルンだ連中が、日本人というこの世でもっとも喧嘩の弱い幼気なカモを相手に大暴れするようになることは火を観るよりも明らか。

そんな困った人々をどのように社会に組み込むのか、その匙加減がもっとも大切なのだ。

日本は、海外からの文化をああも巧みに日本文化の中に取り込んでしまった驚くほどの包容力を持っている不思議なガラパゴス国家である。

アメリカでヨーロッパで失敗した移民受け入れのその現状を、
日本という国ならばまたあの魔化不思議な魔法ですんなりと受け入れては溶けこませてしまったりするのではないか?
世界はその可能性を日本の中に探っているのである。

という訳で移民である。

ではそんな移民たちをどのように迎えるべきなのか。

いや、と俺はあえて言う。

日本は既にそんな移民たちを、ごく自然に迎え入れてきたではないか。

つまりそう、それは既に始まっていたのである、と考えるべきだ。

つまりそう、それは極日本風なやり方。つまりは自然体である。

なんの構えもなく、用意もないままに、ごくごく普通に、まさにあの渡り鳥たちを迎え入れるように、
あれまあ、という感じで彼らを受け入れるべきなのである。

ちょっと風変わりな隣人が、サンダルをつっかけて駅前の商店街で半額セールの白菜を買っては、
肉屋の前でコロッケ待ちの行列に並んでる、そんな風景が普通に観られるはずである。

とんかつを頬張るそんな輩に、ちょっとあんた、もっと野菜も食べなきゃダメじゃないの、と無理やり山盛りの千切りキャベツを押し付けてくるような、そんなおせっかいな日本人として、普通に接してやればそれで良いのである。

あるいは、そんな移民たちと触れることによって、日本人は既に見失ってしまった日本人としての日本人性を、再び思い出してくれるのではないか、実にそんな甘い希望も持っていたりもするのだが。。。

甘いか?
ああ、甘いんだろうな。

そう、俺たち、こんな爺たちの考えることは、
今の時代にすればあまりにも甘い、甘い、甘い、甘ったれすぎていた頃の、日本の幻影なのだろうな。


プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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