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子どもたちになにかを伝える、というこ

Posted by 高見鈴虫 on 20.2015 音楽ねた



ちょっと前の話になるが、
ドッグラン友達でもあるプロモーター会社の社長から、

ドラムの才能がある子がいるんだが会ってやってくれないか?

と言われて、はたと思い悩んだ。

ドラム?俺がドラムを教えるの?

聞けば相手は5歳の男の子。

言わずと知れた問題児。
そのあまりにも並外れたバイタリティが、
シングル・マザーの手にはあまりにも余しすぎて、
家の中で暴れまくり、デイケアではすっかり乱暴者の鼻つまみ。

なんて話を聞きながら、なんかそれ、どっかで聞いたことないか?
とふと見る我が駄犬。
なんだよ、俺になんのようだよ、と小首を傾げる犬をニヤニヤ眺めながら、
そうこいつもこいつなら、俺も実はガキの頃はそんなだったよな、と。

そう思うと、なんとなくちょっと興味が湧いた。



で、その五歳の問題児。名前はオスカル君。

問題児ではありながら、どういうわけか妙に音楽の才能があるらしく、
コンサートに行くたびに聴衆から大喝采を浴びるぐらいのダンスを披露しては、
そのままステージに上げられたことも一度や二度ではなく。

でそのオスカルくんが、どうしてもドラムをやりたい!と言い張っている、というのである。

なぬ、その天才児がよりによって俺のところに?

だって俺、ドラムを人から教わったことなんてないし、
ましてや人に教えたこともなければ、
それにほら、俺もう完全に引退モードで、
正直、ここ数年スティックすら握ったことない、どころか、
もう頭のなかから音楽なんてものはすっぽりと抜け落ちてしまってさ。


とかなんとか言い訳をしながらも、
よくよく聞いてみれば、
どうも俺が昔やったライブをYOUTUBEで見せたところ、
異様に興奮して、家中の物を片っ端から叩きまくっては、
こういうのがやりたい、これが欲しい、と騒ぎ始めて、
なんて話を聞かされては、ここでばっくれる訳にもいかない。


で、そう、改めて、ドラムの情操教育っていったいどうすりゃ良い訳?

つまりなに?メトロノームを相手に、
シングル・ストロークから、4分音符、8分音符、16分音符、
とやっていけば良いわけか?

或いは、やっぱりジャズだろう、と、
ジョー・モレロのドラム教室のビデオを一緒に見ながら、
はい、こうやって、こうやって、とやってやれば良いのか、

いやいや、そんなものはやはり表層なのである。

いきなりド素人の子供にそんなこと言っても聞くわけもないし、
まずはドラムを叩くことの面白さを教える為に、
思い切り叩かせてやる、ことが一番なのでは?

だったら、やっぱり、
最初は曲に合わせて演りながらそれをコピーしたほうが判りやすい、

だとすれば、その課題曲を何にするのか。
まさかドラムでモーツアルトというわけにはいかないだろう。
いきなりストーンズやレッド・ゼッペリンという訳にもいかないだろうし。

やら、

いや、やはりドラムの情操教育に必要なのは、
ビートの核の中に巻き込まれる経験だろう。
つまりは、どこぞのドラム・サークルにでも連れてって、
そこで実地教育をするべきなのか。

などと、柄にもなくいろいろと思い悩んでしまった。

そうなんだよ、その辺りのロッカー気取りのアホに、
あ?パラディドル?ああこうやってやんだよ、ほらよ、足つけんの忘れんなよ、
なんて言うのは実に簡単なのだが、
こと、ずぶの素人、それも子供である。
下手をすれば本来なら人類の財産となるべき筈であった一つの才能を、
俺の手によって潰してしまうこともあり得るじゃないか。

つまり責任重大な訳である。

で、うーん、と思い悩んで、思い悩んだ末に、
ちょっとドラム仲間にも相談してみたり、
あるいは、そう、たまに犬の散歩の途中に立ち寄る、
キューバン・ルンバの連中に、こんな子がいるんだが、
なんてことで相談してみたり、とやっていたのだが、

改めて、そう、相手は5歳である。
そして、俺が、人に教える、のである。

この若い才能に教える、と考えた時、
やはり、慾を出してしまうと、俺がこれまで培ってきたもののなかで、
最も大切な物、そのコアの部分をしっかりと伝えなくてはいけない、
なんていう妙な気負った使命感なんてのまで感じはじめていて、

うーん、いやあ、困った困った、と割りと真面目に思い悩んでしまった。

という訳で、いろいろいろいろ考えたが挙句、
5歳であろうが50歳であろうが、そういう聴衆に迎合するような姿勢はミュージシャンとしては宜しくない。
つまり、この俺自身が思い切り本気でやるところを実際に見てもらって、そしてその評価は相手に任せる。
その俺の本気のプレイの中から、一番大切な物を掴み取って貰えばそれで良いのだ、
とまあ、割りとそういう感じに思い始めて、
だったら、次のライブの時に呼んでやるよ、と約束しながらそれっきり(笑

という訳で、
そう、教育にとって一番大切な物は、本気の姿を見せる、
見せることによって、それを疑似体験させる、ということなのだ。

妙にガキに合わせたつもりになってち~ちーぱっぱ、などとやっては行けない。

ガキであろうと素人であろうと、思い切り本気の姿を見せる。
見せることにより、本当に大切な物を学んで貰う。学んで貰うことが出来なければ、
それは表現者自身が未熟だ、ということなのだ。

つまりそう、ド素人の、しかも子供相手のライブ、いやあ、考えただけでも緊張するだろうな。

つまり俺ってその程度だったんだね、とか思ってしまった。はははのは。


プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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