Loading…

かみさまからの電話

Posted by 高見鈴虫 on 25.2015 犬の事情
ケンタが逝って十日が経った頃、
悲しみの中で眠れずに過ごしていた深夜の3時過ぎに、
携帯に妙なメッセージが届いた。

いまから電話します。

リプライを返す間もなく電話が鳴った。

もしもし、と男の声がした。

天国から電話しています。 かみと申します、と男が言った。




え?あなた誰?と聞き返す間もなく、

ケンタ君からメッセージが届いています、と男が続けた。

ありがとう。
今まで大切にしてくれて本当にありがとう。
生きていて幸せだった。
本当にありがとう。

思わず頭が白くなった。
枯れた筈の涙がまた溢れ出してきた。

実はいまちょうどケンタ君と話していたところなのですが、
と電話の男が言った。
このメッセージを伝えて欲しい、と頼まれました。

ただ、ケンタ君もあなた達のことを大変気にしていて、
僕がいなくなっても大丈夫だろうか、とまだ迷いがあるようでしたので、
私からも、お二人のことは忘れて、
次の生まれ変わりに向けてしっかりと修行に励むようにと、
そう伝えておきました。

あの、と私は言った。

あの、ケンタはいまどこに?

男は答えずに、宜しいですか?と続けた。

今日から数えて半年後、つまり、12月28日、朝6時半。
37丁目にあるバイダ・ウィーというレスキュー・シェルターを訪ねてください。
ケンタ君からの贈り物が届いている筈です。

それでは。

男はそういうと唐突に電話を切った。

いったい誰なんだろう。
悪戯電話とは判っていながら、反射的にかけ直して見たが、
やはりこの電話番号は、のメッセージが流れるのみ。

そしてクリスマスを過ぎた12月29日の朝、
霙混じりの雨が降り続く中、
まだ暗いうちから37丁目のバイダ・ウィーというシェルターに向かった。

こんな時間に誰かいるのか?
とまだ主人は疑わしげだった。
妙な夢でも見たんじゃないのか?

最近になってようやくそんな悪態もつけるようになったが、
ケンタが逝ってからというもの、私たち夫婦は日常の会話さえも覚束ないほどに、
悲しみに打ちひしがれて過ごしていたのだ。

倉庫街の並ぶ暗い舗道の先に、薄明かりが灯っているのが見えた。
濡れたドアの前、タバコを咥えた当直のスタッフがぼんやりと雨を眺めていた。

なにか?とスタッフが言った。

あの、ここにケンタからの贈り物が、と言いかけて口をつぐんだ。

神様から電話があって、今日6時半にここに来いと言われた。
死んだ犬からの贈り物が届いているから。

そんなことを言える筈もない。

絶句を続ける私たちに、アレックスと名乗る当直のスタッフが、オープンは9時からなんですがね、
と言った後に、既に雨でずぶ濡れになっていた私たちを交互に見やって、
まあ寒いから中に入って、と促してくれた。

この季節、毎朝次から次へとテネシーから荷物が届く、とアレックスが言った。

去勢を許さないバプティストの連中は、
そうして生まれてきた子犬たちをみんなこっちに押し付けて来やがって、
おまけにクリスマスプレゼントに贈られた子犬たちが、
やっぱりいらない、とばかりに返品されてくる、と、
という訳で、シェルターのケージは子犬たちで一杯。
入りきらない奴まで出て来る始末で。

とそういうアレックスの足の間から、いきなり白い子犬が顔を覗かせた。

覗かせた途端に、そのキラキラと光る瞳でじっと私たち二人を見比べて、
そしていきなりジャンプをして膝に齧りついて来た。

おやまあ、とアレックスが言った。

お前どこに行ってたんだ?
こいつは飛んだわんぱく小僧で。
先週にやってきたばかり。
去勢の手術が終わった途端にこの通り。
ケージを飛び出してはセンター中を逃げまわって、
昨日も夜から逃げ出してずっと行方不明だったんだ。

その白い子犬は盛んに胸に抱いてくれとせっついて、
そんな子犬を主人が抱き上げた途端、顔中をかじり着くように夢中で舐め回す。

なんか、この子、と私は息を飲んでいた。

なんか、こいつ、と主人が目を見開いている。

なんかこいつ、まるで子犬の頃のケンタそのものじゃないか。

色も、柄も、犬種も、顔つきも、
なにもかもがケンタとは似ても似つかなかったが、
しかしそのあまりにも傍若無人なわんぱくぶりこそは、
まさに子犬の頃のケンタそのもの。

まったくこんなやんちゃ小僧は見たことがない、とアレックスが笑った。
いやはや大変な奴がやってきたもので。
まあ子犬のうちは可愛いですけどね、大きくなったら大変だ。
こんなのをアダプトしてしまった日には一生苦労することになりますよ。

で、犬ですか猫ですか?
そんな事情からいまこの時期はそれこそよりどりみどりですよ。

あの、と主人が言った。こいつをアダプトさせて貰ってもよろしいですか?

え?とアレックスが大げさに目を見開いてみせた。

本当にこんな子を?
言っちゃなんですが、大変なことになりますよ。
家中を暴れまわって部屋中が滅茶苦茶。
一日何時間も散歩しても、30分寝ればすぐにまた暴れだす。
あなた達の人生はそれこそ無茶苦茶になってしまいますよ。

それよりはほら、あそこに居るマルチーズとか、
あるいは、あそこにいるシバイヌとか、ゴールデン・ドゥードゥルからリトリバーから。
それこそペットショップに行ったら目の玉が飛び出るような、
血統証付の純血種だって沢山いますよ。

いやあの、と私は言った。

この子でなくてはならないんです。

主人の腕の中で盛んにじゃれまわる子犬は、
いまや私に向けてジャンプをしようと暴れ始めている。

こんな訳の分からない雑種の子犬を?
とアレックスが肩をすくめる。

明らかに、この子犬は「ハズレ者」ですよ、と言いたい風であった。

そんなアレックスの懸命な説得に、
はい、と私たちは再び声を揃えた。

この子でなくてはいけないです。

一日四時間、とアレックスが言った。

死ぬまでの間、一日に少なくとも四時間は、必ずお散歩してあげる、と誓えますか?
そんな馬鹿なことに、この先十何年も付き合ってあげられますか?

この子犬は特別な子犬です。
こんなパワフルな子犬はいままでにも見たことがないってここの職員もみんな驚いているんだ。
少なくとも一日四時間はきちんと運動させてやらないと、
それこそなにをしでかすか判ったものじゃない。
子犬のうちはまだ可愛いから良いものの、
そんな売れ線の時期を過ぎてから、やっぱり手に負えない、と返してこられても、
私たちとしてはもうなにもしようがなくなってしまうわけで。
そんな出戻りの売れ残りの奴らで、もう奥のケージは常時一杯なんだ。

主人と目を合わせて私たちは笑った。

ええ、存じてます。ついこの間まで、もう18年間もそうやって過ごしてきたんだから。

判りました、とアレックスが言った。

ではこちらに来て書類の手続きを。

後悔しませんね?とアレックスが念を押した。
こいつは本当にとんでもない子犬ですよ。

ええ、しません、と私たちは同時に答えた。

ただ、なんとなく、そう、ご主人とこいつ、なんか顔つきが似てますよ。

書類にサインをしながら、胸に抱いた子犬に顔中を舐められながら、

やれやれ、と主人が長い溜息を着いた。

一難去ってまた一難。

また朝6時に起きて散歩、帰って散歩、寝る前に散歩。
散歩散歩散歩の日々がやってくるのか。

だったら向こうにいる小型犬にする?だったらお散歩どころかバッグに入れて持ち歩けるわよ。

いや、と主人が言った。
いや、こいつで良いよ。
つくづくそういう運命なんだな。

既に18年間も犬を飼っていたこれまでの事情から、書類の審査は不思議なぐらいにすんなりと進んだ。

名前:KENTA
種類:雑種 (たぶんダルメシアンとジャックラッセルテリアとジャーマンシェパードと何かの雑種)
出生地:テネシー
出生日:10月

取り敢えずおめでとう、とアレックスが言った。
そしてありがとう。
ただ先にも申し上げたが、こういうタイプの子犬は早々にアダプトされるんだが、
すぐにまた帰ってくることがほとんどでね。
KING OF RETURN、出戻り王がまたやってきた、って懸念していたんですが、
おたくらもなんとも物好きというかなんというか。
ただ、なんとなく、こういう子犬に慣れているようなんでね。
ちょっと安心しました。
なんとも幸運な子犬です。

書類の手続きが終わった頃、出社してきた職員たちにいちいちじゃれついては、
ソファーに飛び上がりテーブルの下を駆けまわり、
あっという間に廊下の奥に消えては一瞬のうちに目の前を通り過ぎ、
そしてスタッフたちに体当たりをしては顔中を舐めまわし。
まさに目が回るほどにただただ元気で元気で元気すぎるその白い子犬。

まったくもう、本当の本当にとんでもないやんちゃ小僧ね。

そんな職員たちが口々に笑う。

かわいいでしょ?いままででの最高のパピー。
ただこの子は本当にとんでもない子ですよ。
こんなパワフルな子犬は誰も見たことがないぐらい。

そのたびに私たちは苦笑いを浮かべて目を合わせた。

はい、存じてます。私たち、慣れてますので。

ケンボー、と主人が言った。

さあ、帰るぞ。お家にいってご飯を食べよう。
と名前を呼ばれた途端、その白い子犬は、当然のことのように私たちの後を続き、
ドアのところで抱き上げると、さも慣れた風にジャケットの中に潜り込んで来た。

いやはやまったくな。

ケンタからの贈りものなんだから。

そう、そうなんだよな。

という訳で、なし崩し的に同じケンタと名付けられたその子犬。

アパートに着いた時から部屋中を走り回り、見るもの全てに片っ端から格闘をしかけた末に、
一時間もしないうちにリビングにあるものをことごとく破壊し尽くしたかと思うと、
かつてケンタの寝ていた小屋に飛び込むやいなや、パタリ、と事切れてしまったかのように眠りに落ちた。

また18年間、この暮らしが続くんだな。

それがあなたの一番望んでいたことでしょ?

まあ、それはそうなんだが。

本棚にある写真が目に入った。

そのキラキラとしたアーモンド形の瞳を輝かせた在りし日のケンタのポートレイト。

いやはやまったくな、と主人がため息をつきながら、小屋の中で眠る子犬の寝顔を飽きもせずに眺めている。

ケンタ、ありがとう。あなたからの贈り物は確かに受け取りました。

あなたの生まれ変わりだと思って、大切に大切に育てます。

涙にくれ続けた半年間
自殺する気力もないほどに打ちひしがれて過ごしてきた日々の、
その分厚い霧が一瞬のうちに冴え渡っていく。

いつしか窓に朝の光りが広がっていた。

おいケンボー、散歩に行くぞ。

さっそくトレーニングウエアに着替えた主人が声をかけた途端、

まるで弾かれたように飛び起きたケンボーが、夢中になって玄関に走っていく。

待ってわたしも行くから。

そうやって新たな18年間がいま幕を開けた。



プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

月別アーカイブ

検索フォーム