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犬の持つ予知能力、について

Posted by 高見鈴虫 on 22.2015 犬の事情
深夜、ふと頭をもたげた犬が、
なにやら神妙な顔つきで外の気配に耳を澄ませている。
ぐるぐると喉の奥を鳴らし、明らかに不機嫌そうな様子。
また奥の部屋の酔っぱらいが帰宅したのか、
あるいは、近所に住む犬同士で、
人間には判らないシグナルを送りあって居るのか。
果ては、このアパートの中ののどこぞの部屋の中で、
あるいは地底の底、もしくは空の果てで、
何かのっ引きならない事態が持ち上がっているのか、
今にも起きようとしているのか。

人間よりも遥かに聴覚に優れる犬たちは、
人間には聞こえない音の中から、
人間には計り知れない情報を受け取っている。

それはまさに、超音波、あるいは、テレパシーのようにも思え、
しかしそのように伝達される犬同士の情報の正確さに、
驚かされることも度々。

例えば、仲良しのサリーがバケーションから帰って来た時、
住んでいるのは数ブロック先である、というのに、
飼い主のジェニーから、いま帰ったよ、と電話が来るその遙か以前に、
既にその情報は近所中の犬達の間に知れ渡っている。

或いは、友人宅を訪ねる約束をしている時、
部屋を出る以前から互いの犬たちの間ではすっかりと話が行き届いている。
さあ出かけるか、という以前からドアの前ではしゃぎまわっている犬。
そしてそれと時を同じくして、
友人宅においても、おっ、ブッチが部屋を出たぞ、と判るやいなや、
ドアの前に頑張っては、待ちきれない待ちきれない、とばばかりに
キャンキャンと甘えた声を響かせ始めている、という次第なのである。

まったく犬って不思議よね、とつくづく関心した風なかみさん。
やっぱり予知能力とか、テレパシーとか、そういうのあるのかな。

何を馬鹿な、と鼻で笑う俺。

それはつまるところ、つまりは音。
音による情報量が、違うだけの話なのだ。

そして、そういう俺達も、
嘗ては実はよく似たような状況に生きていたではないか。



その昔、鼻垂れであった頃はご多分に漏れず
地元のゴロツキを気取っていた俺達。
そんな不良少年たちの間で、
誰にも判らない秘密の暗号が交わされていることは
なにも今に始まったことではない。

不良少年達の仲間の間だけで通じる、
大人たちには絶対に判ることのない暗号の数々。
各種スラングから始まり、サインとなる口笛から、
流行りの歌謡曲の歌詞のくだりからTV番組からの抜粋から、
そうやって日夜作り出される摩訶不思議な暗号の数々。

とそしてそんな俺達にとって、
こと、単車の音、それこそは自身の存在を示す最も重要なアイデンティティだった。

跨る単車の機種、その吹かしかたから、アクセルの絞り方から、
改造バイクの響かせるそのエンジン音は言うに及ばず、
各自の運転するその癖、アクセルのふかし方からギアのつなぎ方から、
夜空を響かせる単車の爆音の中に、驚くほどの情報を受け取っていたのだ。

おっ、KH。タケシだ。
ちぇっ、あのちゃっちいダブルアクション、聞いちゃらんねえな。
ったくあいつらしいぜ。

と、そんな風に、単車の爆音の中に、仲間内であれば一瞬の中に、
誰が何のバイクをどこでどう乗っているのか、瞬時の内に理解していたのである。

ともすると、
んだ、あいつどうしたんだ?
ああ、なんかちょっと苛ついてるみてえだな。
あれまただぜ。
随分とご機嫌斜めじゃねえか。
どうせまた女と揉めたりしたんだろう。
んだよ、またあのミカかよ?ちぇ、あいつらも懲りねえな、ハハハ。

なんて風に、その夜空に響き渡る爆音の中に、
メンバー達の機嫌から体調からまでも明確に聴きとっていたのである。

と同時に、

聞き慣れないエンジン音を聞き止めるや、
溜まり場に雑魚寝していたメンバーが一斉に飛び起きる。
んだ、あれ。GSX?
GSX?この辺りにそんな糞バイクに乗ってる奴が居るわけがねえだろ。
そう言えば隣町の糞ガキ、なんて言ったっけ?あの西城とかいうパープー。
ああ、あいつか。みっともねえ紫のメッシュ入れたチビだろ?
おっと、戻ってきたぜ。
ふざけやがって。俺たちを煽ろうなんて10年早いぜ。

という訳で、揃いの特攻服を羽織ったが早いか、
やにわに夜の町に飛び出していく俺たち。
まさに夜の街を司る地獄の天使たち。

そんな俺達はそう、犬ではないが、
そうやって普通人なら誰にも判らない暗号の中で確かに生きていたのだ。

という訳で、小首を上げて宙を睨む犬。
なんだよお前、どうした?と聞けば、
ん?いや、なんでもないんだ、と惚けた表情。
まあ、大事じゃ無ければ良いんだがな。
いや、ああ、大丈夫。気にしないでくれ、
とばかりに、鼻先をペロリと舐めて、
起こして悪かったな。さあもう寝ようぜ、とばかりに、
再び毛布の中に顔を埋める犬。
思わず、ご苦労さん、と頭を撫で撫で。

心配すんな。良く寝てくれ。
何かあったら俺がいの一番に起こしてやるから。
それまではぐっすりと寝ていてくれや、

とばかりに、すでにむにゃむにゃと寝息を立て始めている犬。
そんな犬の寝顔に引き込まれるようにやがて再び眠りの中に帰って行く。

そう、人類と犬族のこの長い歴史。
漆黒の闇の中を危険な猛獣たちの彷徨く荒野の下で、
人間が安眠を得ることが出来たのは、
まさにこの犬たちのこの敏感な五感のお陰。

時としてテレパシーにさえ思えるこの犬たちの情報伝達能力こそが、
武器を持たない丸腰の人類たちが、生存を勝ち得た何よりの礎だったのである。

という訳で、犬たちのあの身体のぬくもりとそしてかすかに響いてくるその寝息。

それこそまさに安心の賜物。ドアの鍵を閉め忘れようが、窓を開けたままであろうが、
こいつが居てくれる限り、俺たちはこうしてなんの心配もなく惰眠を貪ることができる訳だ。

という訳で、そう、この犬族という奴ら。
まさに、侮れない、どころか、人類最古にして最高の友。
尊敬の念を持って止まない訳である。


プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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