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RESPECT! ~ アメリカ社会における水戸黄門の印籠

Posted by 高見鈴虫 on 23.2015 ニューヨーク徒然
リスペクト、という言葉がある。

RESPECT!

言わずとしれた、
あーるいーえすぴーいーしーてぃー
R-E-S-P-E-C-T

そう、例のあのRESPECTである。

が実は、この使い古された言葉が、
ここアメリカにおいては、まさに水戸黄門の印籠、
つまりはまあ、この人種差別社会における伝家の宝刀、
いわゆる一つの「人権の主張」、な訳である。






アメリカの社会というこの人種の坩堝において、
一度このRESPECT!という言葉を聞かされると、
立ちどころに胸を手に当てて、星条旗よ永遠なれ、を歌い出す、
なんてことではないが、
まあそう、その先にあるところの、裁判沙汰、の面倒臭さを思いやって、
ああ、はいはい、判った判った、いやあ、俺はそんなつもりがあった訳じゃなくて、
というまあ例の言い訳、というか、詭弁のこね回しが始まる訳なのだが、

当の俺、つまりはこの俺、
言ってみれば、そんな人権擁護などからは最も遠い人種である筈のこの俺、

んだよこの臭えコクジン、から始まって、
豚、赤首、そこどけ、デブ、やら、
あるいは、っだからこの糞ジューの奴らってのはまったく、やら、
うるせえぞ、このアイタリアーノ、から、メキ公、から、スピックから、
ロシア人、おまらそのワキガだけでもどうにかしてくれねえかな、とか、
挙句の果てに、てめえ、このちょーせん、やら、
あのなあ、ちゅーごくじん、お前らほんと、どうしかしろよ、とかなんとか、
目くそ鼻くそも極まれりの暴言を、これでもか、と、吐きまくっている訳だが、
だがしかし、それは日本語だけのこと。
つまり、英語になると、そんなことはおくびにも出さず、
自由と平等と博愛主義をこよなく愛する模範的市民を演じたりもしている訳なのだがな。

という訳で、アメリカ、この人種のるつぼ。
取り敢えず、奴らの言葉でなにを言われていようがそんなことは知ったことじゃない。
ただアメリカ語、つまりは公的なところでそれを言わないかぎりは、
なにを言っても許されるという、つまりはそう、内なる差別は野放し状態を承知の上で、
上辺だけは、はい、人種差別はいけませんねえ、その通り、とやっているだけに過ぎない。

という訳で、リスペクト、である。
互いが互いを尊重し尊敬し、という例のあれである。
まじめに考えればちゃんちゃら可笑しいのであるが、取り敢えず良い意味でも悪い意味でも、
この言葉、使い方さえ間違えなければ、いついかなる時にもつかえるまさに殿下の宝刀。

という訳で、遅々として進まぬ会議中、
誰もが好き勝手に好き勝手なてめえの事情ばかりをぶちまけやがって、
いつになってもまったく司会進行役である俺の言うことなど誰も聞いてくれはしない。

あのなあ、はいはい、判った、ちょっと黙って黙って、とやってみたところでまさに焼け石に水。

とそんなときに、思わず、リスペクト!である。

つまり、お前、俺を尊敬しろ、馬鹿野郎、な訳である。

これが効いた。一瞬のうちに静まり返る面々。

なぬ?リスペクト?ってことはこれは人権問題な訳か?

馬鹿野郎、俺の言うことを聞かねえと人権問題で訴えるぞ、とそんな無茶苦茶な話もないのだが、
まあそう、取り敢えずこの一言で、今日の議題は無事終えることが出来そうである。

バカタレが。

犬におすわり、アメリカ人にはリスペクト。

これは使えるぜ。








プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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