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2015年 12月24日の脳内BGM ~ このやるせない日常のささやかな救済

Posted by 高見鈴虫 on 25.2015 音楽ねた
なんとなく、今年のクリスマス・EVEの一日に脳内で鳴り響いていた曲の羅列。



ユーミンのベルベットイースター。




朝遅く起きてセントラルパークに犬の散歩へ。
曇り空を見上げながら、なんとなくこの曲が鳴っていた。

良い意味でも悪い意味でも、
俺らの世代はユーミンと郷ひろみの呪縛からは逃れることができないのである、
なんてことを考えていた。






としたところ、
いきなりのスティーヴィー・レイ・ヴォーン。



セントラルパークの濡れた芝の上でボール遊びをやりながら、
なんとなくリヴィエラ・パラダイス。

喧嘩上等のテキサス野郎の中に垣間見えるこのセンチメンタリズム。
まさにスティーヴィー・レイ・ヴォーンの面目躍如。
で、なんで、ユーミンからいきなりテキサス魂に針飛びしたのか、
自分でもまったく訳が判らない。



散歩を終えて昼飯を食い、ちゃちゃっと用事を片付けた当たりでようやくと目が醒めた。

で、シャワーを浴びてスーツに着替え、さあ、仕事だくそったれ、と思っていた矢先、
突如のイギーポップである。



しかもこれ、 NEW VALUES からの一曲なのだが、
まあ高校時代には擦り切れるぐらいまで聴いた覚えがある。
が、いざ仕事に行こうとしてなんでこんな曲がぽんと飛び出るのか、
まったくまったく訳が判らない。
が、なんとなくそう、そういう感じなもな。



会社についてやあやあ、と仲間たちと挨拶の後、
じゃな、良いクリスマスを、
まあ今夜はそれほど大事はない筈だぜ、じゃあ後は宜しく、
と取り残されたクリスマス・イヴのオフィスに一人。

としたところ、なんとなく無性にこの曲が聴きたくなった。



いやあ、このドラム、本当に良いんだよなあ。
まさにトッパー・ヒードンの面目躍如。

クラッシュは言わずと知れたロンドンの与太者=パンクであった訳だが、
この妙にキャッチーなメロディが今になって無性に懐かしくなったりもする。
まさに、時代を越えて血と肉になっては身体に染み込んでいるという訳か。


という訳で、なんだかんだで1時を過ぎて、仕事も終わった、馬鹿野郎、
とオフィスをでた時に、知らぬ間に口ずさんでいたこのリフ。



なんだよ、結局ストーンズかよ。俺も懲りねえなあ、とは思いながら、
なんとなく、そう、生活の節目の至るところでこのストーンズが鳴り響いては、
ある時は人生を狂わせ、そしてある時には支えとなり、
場所を変え、時を変えながら、いつも俺はストーンズと共に生きている、というところなのか。


ちゅう訳で、夜更けの地下鉄を乗り継いで午前二時過ぎ。

家に帰る前になんとなく72丁目駅前のベンチでタバコを一本。
さすがにパーティ帰りの酔っぱらいたちの影も消え、
ゴミのように転がったホームレスが死に際の嗚咽を漏らしている中、
夜露に濡れた寝静まった街並みを眺めながら、
なんとなくこの曲で今日一日が終わったのか、と。





という訳で、くそったれ、クリスマスだぜ。

限りなくそんなイメージとは程遠いが、
まあそう、今日も世界のどこかでろくでもねえ人生の残骸を引きずるダチどもよ。
俺はいまだにこんな感じで生きている、というのを、
なんとなく確認してみたかっただけなのさ、と。

なあに、気張ることはねえよ、
良くも悪くも、どうせろくなことなんかにゃあなりゃしねえんだ。
ただそう、死に際までどこまでジタバタできるかが、
俺達のこの糞くだらねえ人生の落とし前ってところなんだろ?

まあそう、そんな訳だ、メリー・クリスマス。

じゃな、せいぜい良い終末を。



プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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