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馬鹿に関わるべきではない

Posted by 高見鈴虫 on 30.2015 今日の格言


馬鹿を馬鹿として放っておく、ということができない性分、
つまりは、おい馬鹿、お前はどうしてそんなに馬鹿なんだ、
とわざわざ聞いてしまったり、
あるいは、
いや、待てよ、もしかしたらもしかしたでもしかししたら
いわゆる一つの紙一重であったりもするかもかも、
なんて妙なところで期待をしてしまったり、
あるいは、
そう、人間皆平等である筈、なんていう誤った認識から、
馬鹿にも人権を、と妙な仏心を起こしてしまったり、
あるいは、そう、ムカつく馬鹿に痛い目を見せてやろうか、やら、
そうで無ければ、
いや、そうそうと馬鹿な人間なんてのが居るわけがないではないか、
つまり俺の了見が浅いだけの話だろう。
馬鹿であってももしかしたらなんらかの利点もみつかるやもしれず、
馬鹿には馬鹿の正義があり、
つまりその馬鹿の正義というやつを学んで見るのも悪くないかもな、

なんていう理由からか、
ついつい馬鹿に話しかけてしまったり、ということにもなるのだが、
敢えて結論だけ言わせてもらえば、

馬鹿には関わるべきではない。

俺が馬鹿ではないにしても天才でもない限り、
俺が馬鹿だと思ったやつを、大抵の人々もやはり馬鹿、と思っている。

大抵のお利口人は、馬鹿には関わるべきではない、と思っていることから、
よって大抵の馬鹿はなんだかんだいって誰からも相手にされず、孤独である。

そんな所に、こんな俺がひょこひょこ顔なんて出してしまうものだから、
なんだこいつ、馬鹿な俺を馬鹿にしているのか、
あるいはもしかしてこいつも馬鹿なんじゃないのか?
なんていう誤解を招いた末に、そんな馬鹿から絡まれ付きまとわれしがみつかれ、
挙句の果てに、
なんだよお前だって馬鹿の癖して、どうして俺みたいに馬鹿やらしく馬鹿ができないんだ?
なんていう妙な理屈から、つまりは足を引っ張られることになる訳だ。

そんなこんなで、そんな馬鹿との無益な干渉の為に、
俺はどれだけ馬鹿な思いをさせられなければならなかったのか。

つくづく俺は馬鹿だなあ、と思う訳で、
そっか、俺ってやっぱり馬鹿だったんだよな、と思い知る次第。

という訳で、馬鹿を馬鹿と割りきって関わりあいを持たない、
ってのは、生きる上でとても大切なスキルであったりもするのか、
どうして誰も教えてくれなかったのかな、と改めて思ったりもしている。

ちゅうわけで、良い子の皆さん。

馬鹿に関わりあってはいけない。

こいつ馬鹿だな、と思ったら、極力その馬鹿からは逃げまわるべきだ。

馬鹿にどんな馬鹿なことを言われても、言い返したり、あるいは、戦ったり、
あるいは、ぶちのめしてしまったり、など、絶対にするべきではない。

相手は馬鹿なのだ。
関わりあってもろくなことはないし、
何れは足を引っ張られて同じ馬鹿の穴に引きずり込まれそうになる。

馬鹿がどうしても馬鹿であること、それを悲しいことなどと思う必要もない。

馬鹿は所詮馬鹿なのだ。そしてそれは俺のせいではない。

馬鹿に構うな。放っておけ。面白がってちょっかいを出すなんてそれこそ大馬鹿だ。

とは判っていながら、どうしたわけか、
そんな馬鹿を見ると、ついついちょっかいを出したくなってしまうのは、
つまりは俺が馬鹿だということなんだろうがな。

という訳で、そう、俺はもう馬鹿に関わっている暇などない。

馬鹿よ、頼むから俺を放っておいてくれ。
馬鹿にちょっかいを出すような俺はつくづく馬鹿なのだ。
そんな馬鹿には関わらない方がいいぞ。

馬鹿に関わらないこと。

馬鹿を馬鹿として放っておいてやること。

馬鹿になにを思われようが気にしないこと。

まずはそれを、2016年の課題としてあげたい。







プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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