Loading…

ライブハウスというあの空間

Posted by 高見鈴虫 on 31.2015 音楽ねた
ロックを辞めて既に5年が経つ。

俺の言うロックというのは、
つまりはぶっちゃけライブハウスというあの空間のことである。

触れる手にべっとりとタバコの脂が染み付くような、
あの据えた匂いの立ち込めた埃の積もった地下の密室。

一体どれだけの時間をあのライブハウスという空間で過ごしたのだろうか。

できることならばここに住みたい、とまで思っていた、
あの不穏な気配の立ち込めた落書きだらけの薄汚れた地下室。
響き渡るバスドラとスネアの音、
鼓膜が張り裂けそうな轟音の底。
俺はあの場所に居る時が本当に幸せだった。
心の底から安息を感じることができた。

俺はそんな安息から、いったいどれだけの間、遠ざかって生きてきたのだろう。

素肌に着る革ジャンと、汗に湿った髪と、そしてじっとりと脂ぎったジーンズ。
そんな裏寂れた都市のドブの底の匂いが、無性に懐かしくなる今日このごろである。

そんな時、嘗ての仲間からメールが届く。

メリクリもあけおめも言わないうちから、またツアーを回っている、とある。

つくづく懲りねえな、と苦笑いを浮かべながら、
まあせいぜいがんばりや、とは思いながら、
そんな時にふと、あの新宿LOFTに立ち込めていた匂いが、
ありありと鼻腔に蘇って来たりする。

という訳で、新年の挨拶だ。

元気そうでなにより。
俺はすっかり引退モードだ。
この歳こいて今更ながらのカタギ修行だ。
毎日ネクタイ締めて変身モード。
せいぜいバンド極道の成れの果てが、と後ろ指さされねえねえように、
それなりの銭が作れるまではがんばろうと思っている。
ただな、いまだにギグが恋しいぜ。
カタギはつまらねえぞ。
できることなら死ぬまでギグやって過ごしたかったぜ。

とここまできて、我ながらやれやれ、
思わずクソッタレ、とモニターにパンチをくれてしまう。

ちゅうわけで、
ロックを辞めた俺がいったいどこに向かっているのか。
ロッカーにとっての安息の場所とはいったいどこなのか。

ばかたれ、敢えて安息の地を求めないことこそがロックって言うんだろ。

やれやれ、新年そうそうこんな事を言ってる
もしやお前、まさかまたあの場所に舞い戻ろうなんて、
考えてる訳じゃねえだろうな、
と我ながら苦笑い。

という訳で、次にステージに立つ時は、
いったいなにをやらかしてやろうか、
なんて不穏なことを考えながら、
迎える新年ってのも悪くはねえだろう。

で、なにがやりたい?
決まってんだろ、アナーキーだよ(爆





プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

月別アーカイブ

検索フォーム