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チカラ無いうどん ノー・グッド!

Posted by 高見鈴虫 on 06.2016 日々之戯言(ヒビノタワゴト)

日本に居た当時、良く行く駅前の蕎麦屋に、
週末になると決まって、おかしな外人客がやってきた。

その蕎麦屋の外人、白人の筋骨隆々たる大男。
いまにもはち切れそうなTシャツの袖から、
盛り上がった腕の筋肉の張り具合からすると、
たぶん空手か柔道かの修行にやって来ていたのではないか、と思う。

その一見、世界まるごとHOWマッチのケチャックさんこと、
チャック・ウィルソンに似た感じの、
まあ典型的な田舎のアメリカ人。

それがいつも一人。
まるで道場破りに来た、とでも言った風に、
のそりと蕎麦屋の暖簾の向こうからその巨体を覗かせるや、
のしのしと店を横切っていつも一番奥中央の壁際のテーブル。
椅子に座るなり、

チカラウドン、クダサイ!

と店中に響き渡るような大きな声をあげる。




店の奥から女将さんが、
はーい、と気のない返事を返すと、
サンキュウと何故か恥ずかしそうにうつむいて、
そしてさっそく割った箸を両手に一本づつ握りしめて、
さあ、まだか、まだか、とやる気満々。

という訳でやってきたチカラうどん。

見るからに不器用そうなその超人ハルクなアメリカ人、
箸の使い方に四苦八苦しながらも、
しかしフォークをください、とは言わない。
あるいはそもそも、蕎麦屋にフォークなどあるものか。

そのチカラうどんと格闘することしばし。
大きく捧げ持ったどんぶりを掲げて、
最後のうどん汁をずずずっと飲み込むと、
またまた大きな声で、ゴチソウサン、と一言。

はい、毎度あり、とやってきた女将さん、
がしかし、いつもながらちょっと怪訝な表情。

つまり、汁の飲み干された空のどんぶりには、
チカラうどんのチカラたる、
その四角いお餅がまるまると残されている。

力うどんを頼んどいてお餅を食べないなんて、
まったく妙なガイジンだよ。

そんな女将さんの困惑もなんのその、
いつもきまってきっちり550円をテーブルの上に置いて、
ゴチソウサン、アリガトウ、ゴザマシタ、と一礼。
そしてまたのしのしと巨体を揺すって帰っていく。

テーブルに残された空のどんぶり。
そのどんぶりの底に丸々と残されては貼り付いたお餅の残骸。

まったくねえ、と女将さん。
お餅食べないなら普通のうどん頼めばいいのに。
だったら450円で済むのにねえ。

とそんな女将のぼやきを聞くともなく聞きながら、
そっか、あの餅だけで100円も取っているんだな、
だったら俺が食いたい。こんど聞いて見ようか、
などと不謹慎なことを考えてもいた。

とそしてまた次の週。
いつものようにカツ丼とミニ蕎麦のお徳用セットを搔き込んでいたところ、
ごめん、とばかりに姿を表したその外人客、
のしのしと巨体を揺すっていつもの席に陣取ると、
決まったように一言、チカラウドン、クダサイ!

はーい、と答えながら暖簾の間から顔を覗かせた女将さん。
ねえ、どうしよう、また来たけど、あのガイジンさん。
いつもちからうどん頼むんだけど、それでいて決まってお餅だけ残すのよ。
勿体無いでしょ?普通のおうどんもあるって知らないのかしら。

だったらいいさ、と店の奥のご主人。
素うどんを出してみて、やっぱり餅が欲しいって言ったら、
上に乗せてやればいいさ。

という訳で、はーい、お待ちどうさま、と出てきた素うどん。
割り箸を両手に持って喜び勇む外人客、
いただきま~す、とどんぶりを覗き込んだ途端、
むむむむむ、と俄かに凍りついている。

険しい表情であたりを見回して、そして一言、

チカラ、無い!!

え?と女将さん。

これ、チカラ、無い!と今にも泣きそうな顔。

チカラ?お餅のこと。

うん、と大きく頷く外人。

やっぱりお餅欲しいの?だっていつも食べないで残すでしょ?

チカラ、無い! 力無いうどん、ノー・グッ!

思わず吹き出してしまう女将さん。
はいはい、判りました、と奥に引っ込んで、
はいどうぞ、と小皿に持ってきた焼きたてのお餅。

がしかし、それを脇に置かれても怪訝な表情の外人客。

え?なに?お餅でしょ、それを入れれば良いのよ、
という女将さん。
うどん、とどんぶり、ちから、とお餅、を指さして、
うどん プラス お餅、いこーる、ちからうどん。判りましたか?

そんな女将さんを前に、いまだに駄々っ子のように、うーん、と困り続ける外人。

なに、これ、入れて欲しいの?の女将さん。
とたんに笑顔を弾けさせて、はい、と大きく頷く。

だったら、と小皿のお餅をうどんの上に乗せて、
はいどうぞ、うどんとお餅で、チカラうどん。

おおお、と感嘆の声を上げる外人客。

ちからうどん、チカラ、ある。OK!

という訳で食べ始めたチカラうどん。
いつものように箸と格闘しながらも、
相変わらずの豪快な食べっぷり。
ずずずずっと最後の汁を飲み干して、ごちそうさん!

で見るや、やはりお餅、食べ残している。

ちからうどん、チカラ、ある。ベリーグッ!
と、ガッツポーズ。

という訳で見るからに大満足、と言った風に、
さっそうと巨体を揺すりながら引き上げていく外人客。

珍しく暖簾の奥から顔を出したご主人。
ほらね、という女将の横で、本当だ、食べ残してる。

とそんな時、ねえ、あんた学生さん?と俺を振り返る女将さん。
ねえ、あんた、こないだ外人さんと一緒にいらしてたわよねえ。
もしかして英語喋れるんでしょ?

ああ、あいつ?そうそう、でもあいつ、外人って言っても日本育ちの日本語ベラベラだし。

そんな俺の弁解を聞こうともせず、ねえ、こんどあの外人さん来たら、
英語で言ってやってくれない?素うどんなら450円なんですよって。

でもさあ、と俺。
素うどんだと、力無しうどん、ノー・グッド、とか言ってたじゃん。
だったら良いんじゃない?

そうかしらねえ。まあお金ちゃんと払ってくれてるから良いんだけど。
どうせ食べないのにねえ、どうしてわざわざちからうどんなのかしらねえ。
なにより勿体無いし。なんか外人さんを騙しているみたいでねえ。

という訳で、まあ謎は深まるばかり。
外人の食い残したお餅の残骸を眺めながら、
さて、どうしたことか、と首を傾げる蕎麦屋の人々なのであった。


という訳で後日談。

アメリカ生活が20年を越えたこの正月。
連日のおせちパーティにも飽きて、
遅ればせながら年越しそばでも食べるか、と。
あ、そう言えばこないだ貰ったお餅があった、とかみさん。
さっそく電子レンジでチンしたお餅を食べかけだった蕎麦に乗せて、
ほら、チカラうどん、じゃなくてチカラ蕎麦か、なんてのをやって見たのだが、
その溶けかけたお餅、それが蕎麦の汁と馴染んだとたん、
醤油のきつさが軽減されてなんともまろやかな味わい。

なんかお餅入れると美味しくなったなあ。
そうねえ、確かにしょっぱくなくなったかも。

つまりそう、あのちからうどんの外人。
江戸前風の醤油味のうどんの汁が実は苦手であったのかもしれないな。
お餅が入るとそれにとろみが出て確かに食べやすい、
とそんなことを思ってもみた。

という訳で、あの、ちからうどん、ください!
未だに耳にこびりついている訳で、
いやあ、日本って良い国だったんだよな、確かに。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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