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蕎麦湯?蕎麦湯ってなんだよ

Posted by 高見鈴虫 on 06.2016 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
恥ずかしながら、この歳になるまで、
果たして蕎麦湯とはなんなのか、判りかねていた。
と同時に、
蕎麦を食べ終わった後の、あの満たされぬ思いに、
一種の喪失感を味わっていたのも事実。

ザルにへばりついたそばの最後の一切れを箸の先で摘みとって、
ああ、ぜんぜん食べ足りない、とちょっと切ない気分。

いったい全体、こんな蕎麦ぐらいなもので腹が満たされるなんて、
この日本人という奴ら、どんな胃袋してやがるのか、
と思わず宇宙人を見るような気分にもなっていた。

俺は蕎麦が好きだ。
蕎麦は好きなのだが、蕎麦だけで腹がいっぱいになったことがない。
ああできることならいつの日か、
その後に届く勘定書きなど気にもとめず、
ざるそばばかりを、おかわり、おかわり、おかわり、と三つも四つも、
それこそ腹いっぱいになるまで食べてみたいものだ、
くっそお、早く金持ちってやつになってみたいぜ、
などと常々思ったりもしていた。

とそんな時、はーい、おあいそお願い、くそ全然腹一杯になんななかったな、
という俺の前に、あの、蕎麦湯戴かれますか?とやってくる店番さん。

蕎麦湯?蕎麦湯ってなんだよ、と俺。
つまり蕎麦を煮た後の残り汁だろ?
そんなもの持ってきてどうしようってんだよ。

と言いながら、試しにちょっと飲んでみた蕎麦湯。
やっぱり味のしない残り汁。
伸びた蕎麦のかけらなんてのも浮いていてまるで残飯じゃねえか。
こんなものいらねえ、と退けて、
はい、おあいそ、ごちそうさん、とやりながら、
うーん、これだけの金を払いながら満腹感は皆無。
やっぱり見栄張って天ざる、なんてしないで、
ミニ丼付きのお徳用セットにしておくべきだったか、
と悔やんでも後の祭り。







とそんなある日、古い仕事仲間から、
ねえ、近所に美味しい手打ちそばのお店ができたんですが、行ってみませんか?
と誘われて二つ返事。

店の入り口に並んだメキシコ人たちが、額に汗しては蕎麦をこねているその店。

メキやんの打った蕎麦か、ニューヨークらしいよな。
そのうちインド人の寿司屋なんてのができたら、
もしかして、ネタはカレー臭くて、そんで、シャリは・・・
といつもの下品ネタに、

いやあ、相変わらずですねえ、と笑うその元仕事仲間。

ではい、ご注文は、と言われてはたと悩む。

うーん、お徳用のランチセット、ってのが惹かれに引かれるのだが、
せっかく手打ちそばの店に来て、看板である「ざる」をお召し上がらない、というのも頂けない。

くそ、こんな時、かみさんと一緒なら、だったらお前、どんぶりもんたのめ、俺がそば頼んで半分こっこ、
となるわけなのだが、まさか仕事がらみの中年のおっさん同士て皿をシェアしても始まらない。

だったら、うーん、どうせ経費だろ、だったらざる、それも天ざる、と大奮発。
でしたら、わたしも、と二人揃って昼間から天ざるの大盤振る舞い。

なんだよ、お前、いつの間にか随分金持ちになったじゃねえか、と言う俺に、
まあ、あの、一応は米系なんで、と軽く返されて苦笑い。
でも、なんとかさんも米系だったんでしょ?と聞かれて、
ああ、でもレイオフされたけどな、と。
ああレイオフですか。うちの会社でもやってますねえ。
バケーションから帰った途端に、なんていう笑えない例もあったりして、
ほんと、米系、お給料は良いですけど、いつになっても腰が落ち着かないところがありますよね。

でまあやってきた蕎麦。美味い。確かに美味い。
がしかし、手打ち、とだけあって、箸でつかむとボロボロと切れてしまったり。
でその残された蕎麦の切れ端。これをちびちびとつまみながら、
しかし、そうはしてもざるの上に乗ったその蕎麦の塊りは、一瞬のうちに掻き消えてしまう。

あーあ、失くなっちゃった、と俺。
やっぱり蕎麦って本当に日本人って言うか、なんか食べたりないよな、という俺。
まさになんというか、もののあわれ、というかさ。

ああ、だったら蕎麦湯を頼みましょうよ、と軽く返す連れ合い。

蕎麦湯?なんだそれ、と俺。
蕎麦湯ってのはつまりは蕎麦を煮た煮汁のことで。
つまりは残り汁だろ?
あ、でも、と俄かに物知り顔。
蕎麦の栄養分っていうのは実は茹でている間にお湯に溶けてしまって、
なので蕎麦そのものには余り栄養がなかったりするんですよ。
で、その蕎麦から流れ出た栄養分がその蕎麦湯にたっぷり含まれているという訳で、
蕎麦湯こそにお蕎麦の利点が凝縮してる、と、まあそういう訳なんです。

まあどこで聞きかじったかは知らないが、最近とみにこういうGOOGLE博士が増えている。
つまりは実態の伴わない豆知識野郎ということなのだが、
いちいちそんな蕎麦湯ぐらいのことで講釈をたれられても面白く無い、
などと思っていたところ、はーい、蕎麦湯お持ちしました、とやってきたお姉さん。

あ、で、この蕎麦湯、どうやって頂けば良い訳?と聞いてみると、
はい、あの、と口ごもる姉ちゃんの横から、

ほら、こうやって、と、いきなり残った蕎麦つゆの中にどぼどぼと満たす蕎麦湯。
で、ほら、この薬味も少々、で、ほら、どうぞ。これ、まさに飲む蕎麦。

飲む蕎麦?蕎麦を飲む?ってこと?

そうそう。手打ち蕎麦から融けだした蕎麦の栄養満点。美味しいですよ。

という訳でその蕎麦湯。飲んでみればまさに、飲むそば。

こってりと濃厚な、ともすればどろりとまるでヘドロの塊りを思わせるその灰色の液体。
これをずずずずっとすすればまさに、ドシンと腹に響くようなその重厚な質量。

おお、なんかなんか、凄く腹がくちくなった気分。

でしょ?蕎麦湯で締めないとやっぱりお腹が落ち着かないですよね。

ああつまりそういうことか。蕎麦湯ってのはつまりはそういうものであったのか。

あの、今更ですけど、とその元仕事仲間。

なんとかさんって、本当になんでも知ってるっていうか、
普通の人なら誰も知らないようなことにいきなり凄く詳しかったりして、
いつも驚いていたんですけど、
でも、凄く一般的なこと、例えば、ほら、この蕎麦湯にしたって、
そういう普通の人なら誰でも知ってるようなことをなんにも知らなかったりとか、
本当に不思議な人ですよね、と。

普通の人?普通の人で誰だよ。俺も普通の人だが蕎麦湯なんて飲んだことも無かったぜ。

だから、とその元仕事仲間。
まあそうみんなそうなんでしょうけど。
でもいまさら蕎麦湯で驚かれるなんてちょっと不思議な気がしますよ。

ほほう、そういうものか。つまりこの世の殆どの人間は、
蕎麦湯で締めないと蕎麦だけでは腹がいっぱいにならない、と知っていた、
という訳なんだよな?

当然でしょう。常識ですよ。いやはや参ったな、というそのグーグル豆知識博士。
昔ながら、こまっしゃくれた野郎だ、とは思いながら、
そっか、蕎麦湯か、確かにそういうものだったのだな、
とこの歳になってまたひとつ、
とても大切なことを学んだような気がしたわけであった。


プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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