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HEROES ~ DAVID BOWIEの死に添えて・・

Posted by 高見鈴虫 on 11.2016 音楽ねた
デビッド・ボウイに命を救われた、というと大げさになるが、
そう、デビッド・ボウイが好きだったか嫌いだったかは別として、
この曲への思い入れの度合いの程から、
その人間の過去の壮絶さが計り知れたりもする、
まさにリトマス紙的な不思議な曲。

DAVID BOWIEのHEROESは、まさにそんな曲であったりもするのである。







今更になってこんなことを言うのもこそばゆいが、
こんな俺にだって、辛い時ぐらいはあった。

日々苛立ちと不安と焦燥に身を引き絞りながら、
だからと言ってどうして良いかまるで検討も付かぬまま、
ありとあらゆるものが悪戯に足を引っ張り続け、
そんなどツボの底にじりじりと引きずり込まれていくような、
かなり追い詰められた気分で日々を過ごしていたあの頃。

つまりはそう、十代のあの時代のことである。

目に映る物は全て悪意の塊り。
空気がまるでガラスの欠片をまぶしたように、
身体中にチクチクと刺さっては血がにじむようで、
胸のうちに広がる、黒い雨雲のような不安に怯えながら、
奥歯を噛み潰す程に食いしばっては、
身体中を引き裂きたいほどの苛立ちに身悶える。

俺は確かにそんな心境であの時期を過ごしていた。

バンドでもやっていなかったら、
単車でも飛ばしていなかったら、
今にも気が狂ってしまいそうな苛立ちに駆られては、
死ぬほどまでに単車を飛ばし、
息が出来ないほどに風に叩かれ、
そしてロックのビートに身体が溶け出している時だけが、
唯一の安息の時間であった。

そう、そんな時に、
ああもうどうしようもない、
このままいっその事、木っ端微塵に爆発でもしてしまえればどんなに楽か、
とそんな不穏なことを思っていた時に、
ふと、脳裏の底から聞こえてきた音がある。

まるで夕暮れの地平線を見渡すような、
あるいは、夕凪の海の真ん中にひとり浮かんでいるような、
そんな音であった。

それはまさに一瞬の死。
あるいは、生まれ変わった瞬間のような、
そんな救済に満ちた音。

つまりは、HEROESの旋律であった。

という訳で、そう、
そんな荒んだ十代をどうにかこうにか生き抜いた人々にとって、
この曲、HEROESは、まさに思い出の曲、などではおよそ及びもつかないほど、
まさに地獄に仏、溺れた先の藁、つまりは、救いの歌、であった筈である。

という訳で、いまさらながらHEROESである。

素敵な曲である。
素晴らしい歌詞である。

特に、どうしようもなく道を外れてしまいそうになった人、
あるいは実はすっかり外れてしまっていた人、
そしてそう、その最も安易な逃げ場所である、おくすり、なんてものが、
目の前に普通にちらちらキラキラしていた経験のある人にとって、
この曲は、まさに、そう、特別な音、であった筈だ。

果たしてデビッド・ボウイが、あるいはイーノがロバート・フィリップスが、
いったいどんな心境で、この曲を作り上げたのかは知らない。

ただそこは壁に囲まれた街・BERLINであった。

その閉塞、不安、そして焦燥。
退廃と享楽に逃げ込めば逃げこむほどに自虐の罠に嵌り込む、
嘗てのあの時代の象徴でもあった街である。

俺はあの頃、つくづくこの世を儚んだ末に、
ふらふらと迷い込んだNSビルの展望フロアから、
夕焼けに染まる新宿副都心の街並みを見下ろしながら、
脳裏に響き渡るこの曲に身体を委ねることが、
唯一の救いであった覚えがある。

その音、まさに脳味噌に響き渡り、
あるいは身体中にひたひたと染み渡るように感じたものだ。

そして俺は何日かぶりに大きく息を吸い、
そして目に映るすべての切なさとやるせなさの中に、
一欠片の救いを見出したような気にもなったものである。

俺にとってこの曲はそんな曲だった。
この曲がなかったどうなっていたか判らない。
がしかし、少なくともこの曲によって、
三面記事を躍らせるような、
最悪の事態を逃れることができたのかもな、
と今になって思ったりもしている。

後になって、俺はそのBERLINを訪れ、
ブランデンブルグ門の向こうの世界に思いを馳せながら、
そんなBERLINという街の人々にとって、
果たしてこの曲がいったいどんな意味を持ちえたのか、
身を持って知ることができた気がする。
そして、思わず涙が溢れでて来たのを覚えている。

そして世界は救われた。
幾度かの血が流され、そして壁が崩れ去り、
一瞬の歓喜の後に、
そして世界はより厄介な、新たな闇の中に絡め取られていった。

という訳でHEROESである。

そんなHEROESに救われた俺が、
そして後に訪れたこのBERLINという街の崩壊と再生と共に、
苛まれ続けた青春期の終焉を知ったように、
今となってはこの曲も、あの頃ほどには心に響かなくはなった。

という訳で、あれからどれだけの水が流れたのか。
俺はそして救いをえたのかもしれない。
あるいは、あの頃あれほど恐れた、凡庸な大人という沼の底に、
身も心も浸りきってしまっただけの話なのだろうか。

という訳で、
悩める青少年たちよ。

もしも、もうだめだ、もう死んでしまう、死んでしまえ、と思った時、

どうかこの曲を聴いてみて欲しい。

もしかすると、落日に染まる地平線の向こうに、
エメラルド色の焦点が垣間見れるかも知れない。

デビッド・ボウイが、まさにそんなグリーンフラッシュの焦点を目指すように、
天に召されたことを望むばかりである。

地獄の閻魔さん、

そのデビッド・ボウイって人は、確かにまあ、いろいろと悪いことをしてきたかもしれないが、
ただひとつ、
俺たちのようなどうしようもない餓鬼たちに、救いの手を差し伸べてくれたことだけは確かなのだ。

なんとか、そう、多めに見てやって欲しい、と改めてお願いしたい。

さらばデビッド・ボウイ。
さらばBERLIN。
さらば、もう思い出したくもない、あの青春の日よ。






プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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