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ロック・ドラマー列伝 JOHN BONHAM とはKING KONG であったりする。

Posted by 高見鈴虫 on 24.2016 音楽ねた
JOHN HENRY BONHAM
んだよ、やっぱり、というかなんというか、
まあ言わずと知れたLED ZEPPELINのドラマー。
そのはちゃめちゃさ、というかぶっちゃけ、掟破りの手数の多さから、
かのKEITH MOONと比べる馬鹿もいるが、
まあ、俺から言わせれば全然違う、というか、なんというか。

でそう、この時代、ひとたびYOUTUBEでJOHN BONHAM、と叩くだけで、
それこそ星の数ほどに、JOHN BONHAMはこう叩け、なんていう自己流の解説ビデオ、
なんてのがUPLOADされている訳なのだが、
時として悲しくなるぐらいに、お前ら判ってねえなあ、というか、
そう、浅いの輩が多いのには改めて驚かされる。

で、そう、JOHN BONHAM?
ぶっちゃけ、なんちゃってBUDDY RICHでしょ?と。
終わり、というか(笑







なので、JOHN BONHAMについて学びたい、と思うひとが、
いくらLED ZEPPELINのプレイをコピーしてもなんとなく限界があって、
あるいは、妙な森の中に迷い込むのが関の山。

という訳で、JOHN BONHAMをやりたい、と思えば思うほどに、
ちょっとそのJOHN BONHAM当人からはちょっと距離をおいて、
そして、そのJOHN BONHAM自身がコピーを繰り返していた、という、
かのBUDDY RICHについて、まじめに学んでみようか、
と思った時点で、初めてJOHN BONHAMにちょっと近づける、
あるいは、
JOHN BONHAMが実はなにをやろうとしてたのか、
あるいは、なにがやりたかったのか、
なんとなくわかってくる、というのが実は正しいあり方、
という気がするのだがどうだろう。








なんだよ、違うのと言えば、
バスドラのインチ=ボリュームというか、マイクの録りが違うだけ。
あるいは、なんというか、
つまり、ジョン・ボーナム、実はこれをやりたかったのだが、
テクニック的に追いつかず、あるいはそのあまりにも粗野な性格が災いしてか、
あるいは、また酒が入り過ぎてしまったか、
思わずやり過ぎてしまった、と。
ただそれだけ、という気がしないでもない。

っていうかさあ、
ロックだジャズだ、とか、ジャンルを問わず、
やっぱり至るところは、ドラム、なんだよね。

つまりは、スネアとバスドラとハイハット。
あとはまあ、おまけ、というか刺し身のツマ、というか。

でそんなあまりにもシンプルなドラムって楽器を操ることを生業とするドラマーって種族は、
ぶっちゃけのところ、やればやるほどにその行き着く先は似たようなもの。
つまりはそう、スネアとバスドラで操るルーディメントの応用。
それだけ、というか。それ以上でも以下でもないんじゃない、ってのが
これを観ているとよーく判る、その良い例。

というわけで、はい、良い子のみなさん、
余計な御託はそれまでにして、
あとはきっちりと基礎をやりましょうね、と(笑






で、そう、そんな小手先のテクニック、
あの、三連の連打の上がり下がりはどうする訳?やら、
バスドラの刻みはどうやって、
なんてのは、まあ基本の基本なのでひとまず置いておくとして、
このJOHN BONHAMについて特筆すべきは、まさにそのグルーヴ。

で、このJOHN BONHAMのグルーヴの根本にあるのがなにか、と言えば、
そう、ぶっちゃけ、JAZZ。
それもおもいっきり粗野で爆裂した、あまりにも原始的なリズムの原型。

このひと、8ビートを裏で、つまりはレガートで取っていた訳で、
このビートをレガートで刻む、というのが実は俺が言う優れたドラマーに共通する点でもあるのだが、
そう、ぶっちゃけ、JAZZでしょ、というか、まあ、そう、それだけ、みたいな。

なんだけど、そう、このJOHN BONHAMをJOHN BONHAMたらしめているものに、
ハーフノーツってのがある。



実はこのハーフノーツと簡単に言ってしまっている、いわゆるひとつのHalf Time Shuffle。
日本語で言うところの、8分6拍子、という奴。
リズムの発祥の地であるヨルバ族から始まって、世界中に拡散していったこのあまりにも魅力的なビートが、
どういうわけかこと我々日本民族において、パタリと鳴りを顰めてしまうのである。

以前コリアンのサッカー観戦に巻き込まれた際、
その応援団の奴らの奏でる大爆音、そのあまりにも扇情的なリズム。
これがまさに8分の6拍子。
奴らの中にまさに煮えたぎるようなこの8分の6拍子のビートがウネッていることに気がついて、
へえ、と関心した訳なのだが、
どうもこの8分6拍子、対馬海峡を隔てて、海を渡ることができなかったのか、
あるいは、長い鎖国の間に、音頭、という形で別の形の洗練を見てしまったのだろうか。

がそう、実はこの私、ひょんなことから、
年端もいかないうちにこの8分の6拍子に目覚めてしまった経験があった。

どうも子供の頃に連れて行かれたのかもしれない映画館、
そこで上映されていた「KING KONG」という映画。
その中で使用されていた、南洋の土人がジャングルの神であるKING KONGを呼ぶ、
神降ろしの音楽に、この8分6拍子が使われていたのである。



(あまりに退屈な序章の後、三分過ぎぐらいから)


映画の内容などさっぱり覚えていないながら、どういう訳か俺の中に、
このコング!コング!の土人ビートがその幼き脳裏に深く深く刻み込まれてしまった、
あるいは、呼び起こされてしまったようなのである。

というわけで、
俺的にいうと、JOHN BONHAMこそは、この8分の6拍子を共有できる類まれなロックドラマー。

あるいは、JOHN BOHHAMこそが、MOBBY DICKならぬ、KING KONG、であった訳だ。

この究極のお祭りビートであるところの8分の6拍子。

これを血の中にもっているかどうか、が、つまりは運命の分かれ道、という気がしないでもないのだが、
ぶっちゃけそれって、ドラム・サークル?であったりもする(笑



というわけで、LED ZEPPELIN、
JOHN BONHAMの原始人ビート、
JIMMY PAGEのあのジプシーギター、
あるいはケルト民族のフォルクローネ、
そんなはちゃめちゃなメンツを、JOHN PAUL JONESという仕切りの天才が、
うまーくまとめていた、というまさに、神業的なバンド。

良い時は神様が踊り出し、
外した時にはまさに、んだこれは、のめっちゃくちゃ、であったはず。

確かにそう、LED ZEPPELINのBOOTLEG、まさに、んだこれ、めっちゃくちゃじゃねえか、
ってのばっかりだよな(笑

つまりそう、LED ZEPPELINって、神降ろしだったんだよな、はいはい。

というわけで、全ての音楽は、VOODOOに至る、ってな凡庸な結論に達してしまう訳である。


というわけで、結論、ジョン・ボーナム、とはなにか。

まさに、原始人が、ちょっと聞きかじったBUDDY RICHのまねをしてみました、
ら、こんなんなっちゃったよ、というまあ、
そう、いわゆるひとつのなんちゃってJAZZの偶然の産物であった、と。


というわけで、その偶然の産物、良い方に転がれば本家をもしのげる。
そのハプニング性と、抑えるに抑えきれないお祭り根性、
そんなお調子者の火事場の馬鹿力こそがロックの醍醐味。
それ以外にロックに意味なんかねえよ、と。


ちゅうわけで、そっか、JOHN BONHAMだったよな、はいはい、種明かし。

はーい、以下の曲、すべて、JOHN BONHAMの中では8分の6拍子(笑

こういうリフを全て一人で勝手に無理やりシャッフルで取ってしまっている、
と、それこそが、JOHN BOHHAMをBONHAMたらしめている秘訣、と。













プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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