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指の間から砂が落ちるように、夏がすり抜けてゆく

Posted by 高見鈴虫 on 28.2008 技術系

思い起こせば夢のように晴れ上がった木曜日の夏の朝、
長引いていたプロジェクトもひと段落、
これはこれは久々に平和な週末という奴を満喫できるか、
と、ほくほくとイベントカレンダーなんてのを開いた矢先、
あの・・・ちょっと・・・、と陰気な声に呼ばれて気がついた時には、
末期的なトラブルに見舞われたサーバールーム。
疲れ切ってこれ以上なく不機嫌な人々に、
恐る恐る、あの、なにがあったのでしょうか、と声をかけた途端、
ふと気がつくと顎の下、どころか、旋毛の上までどっぷりとトラブルの沼の底。
ああでもない、こうでもない、とやっているうちに深夜過ぎ。
そのまま帰って昏睡。起きて再びさっきまでの場所に逆戻り。
昨日と明日がまるっきりつながったまま
ふと気がつけば夜半過ぎ。
徹夜は覚悟の上、とは言いながら、
まさか月曜の朝までにはどうにかなっているのだろうか、
なんて、縁起でもない冗談にえへらえへらと笑いながら、
ふと気がつくと夜明けを過ぎて。
昼夜を問わずの際限なく飲みまくっている珈琲に腹もガポガポ。
手足が痺れてまぶたが震え初めて、
タバコをくわえたまま亡霊のように表に出てみると、
そこはまるで、夢のような夏の午後。
タンクトップからミニスカートから、
これでもか!ってなぐらいに剥き出しの肌のお嬢様たちが、
次から次へと目の前を後ろを通りすぎて、
まるで寝起きのままリオのカーニバルに紛れこんでしまったような。
おいおい、ここはどこだ、今はいつだ、俺は誰だ、
とやっている間も無く携帯に呼ばれてサーバールームに逆戻り。
ふと気がつくと夕暮れ近く。
夕暮れと言っても夏時間。
つまり夜も8時過ぎ。
もしかして終ったのかな?
いや、なんかまだまだという気が、
なんていいながら、
そう、仕事の終ったことが信じられないぐらいに、
まさにトラブルの底の底から奇跡の生還。

ふと転がり出た現実社会。
まさに、潜水艦のハッチを開けてぽっかりと空を見上げた感じ。
夕暮れの街。今にも弾け跳びそうなぐらいに行け行けで溢れかえった大通りに、
まるで亡霊のように立ち尽くしたまま、思わず顔を見合わせる俺たち。
オレタチハ、イッタイ、ナンナンダ・・・
という訳で誰ともなく。
じゃな、と別れるのがなんか不安な気もして、
飯でも食っていくか?なんて柄にもなく。
いや、と思い切って一言。
このまま晩飯まで付き合わされるには、おまえら顔に疲れすぎているから。
思わずにんまり。そう、それが本音の本音。
という訳で一人で歩きは始めた街。
この違和感。この喪失感、この遊離感、まさに、今浦島そのもの。
今が22世紀だ、と言われたとしても、
俺はそのまま、ああそうですか、と素通りしてしまったに違いない。

ふと見ると携帯にメッセージ。
どうですか?の一言。
ああ メールくれてたのか、と。
もう3時間も前のメッセージに、今更ながら苦笑い。
早々と世界中から見捨てられていたって訳でも、なかったみたいだな、と。
思わず立ち止まって、返信メール。
オワタヨ、の一言。
送信済みのメッセージと共に、
ああ、まじでこれで終りか、と、ようやく、ようやく、
ぷしゅーっと音を立てて空気が抜けるように、身体が軽くなってゆく。

という訳で夏の初めの夕暮れの街。
右から左から、前から後ろから、押されるたびに大げさによろめきながら、
まさに風に吹かれるように、まさに漂うように、これこそまさに幽体離脱気分。

奇跡のようにやって来たバスにすがりつくように乗り込んで、
ほっと一息をついてようやく目が覚めてきて、
ところで辿りついたこの世、いったい何月何日何時何分?

その瞬間、ああああ、と思わず、
押し殺した嗚咽を、長く長く引きずって。

もしかして、
あ、アリアナとのデートの約束って、
ああ、ということは、もしかして、コニーアイランドのマーメイドパレードは、
あああ、ということは、ジョニーとのテニスの約束は?
ジャムセッションは?週末の外食は?フリーコンサートは?ウインブルドンは?
あああ、おいおい、そうそう、そう言えば、
あいつがアメリカを離れる日って、もしかして・・・
あのなあ、と、思わず頭がスパーク。
俺はいったい何をやっていたのか、と。
マブダチの旅立ちの挨拶さえも忘れていたなんて。
思わず、思わず、思わず、呪ってしまうこの運命。
あいつ、一人で旅立ったのか。俺に電話一本することもなく。
膝の力が抜けて、指の間から携帯がすり抜けて。

バスの窓から覗く夕暮れの大混雑。
夏の初めの土曜日の夕暮れの風景。
ごった返す街。
輝くような白い肌を晒した女の子たち、
耳障りな嬌声も、汗に溶けたコロンの香りも、
気の利いたメロディーも心を震わすビートも、
ビールの苦味とタバコのヤニとどこからともなくハッパの残り香と、
夏の予感、夏の香り、夏の、夏の、
あれほど心を奮わせた夏の風景が、
今はみんなみんな遠い世界。

こうやって、去年も、その前も、その前の前も、その前の前の前も、
まるで指の間から砂が落ちるように、
俺は夏をやり過ごしてしまってきたんだよな、と。

つまりそれがシゴトという奴で、
つまりそれがシャカイジンという奴で、
つまりそれがオトナという奴で。

俺はこうして友を失って来ました。
俺はこうして愛を失って来ました。
俺はこうして信頼を失って来ました。
俺はこうして自分を失って来ました。
そして残ったものは、
いったいなんなんでしょうね、なんて上司にメールを打ってやろうか、
なんて考えて思わずにやり。

今頃、太平洋の上を飛んでいるであろうマブダチの姿を思い浮かべて、
あいつはこれを許してくれるだろうか、と。
多分、あいつぐらいしか、こんな狼藉を許してくる奴はいないだろう。
そう信じるぐらいしか、今更俺にできることはないんだな、と。

改めて、徹夜明けの土曜日の夜、
夏はすでにどうしようもないぐらいに、すり抜けていった後だったのでした。



            ~遠方の友に宛てたメールより


プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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