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諸行無常のスレッジ・ハンマー

Posted by 高見鈴虫 on 04.2016 旅の言葉
夜明け近くにおかしな夢を見た。

俺は独りアフガンの砂漠を彷徨っていて、
荒れ地の岩陰に横たわる女の姿を見つけた。

美しい女だった。
まだ少女の面影を残すその美しい顔立ちは、
躯となり、砂に塗れ、土との同化が始まってさえも、
その美しさには思わず目を惹くものがあった。

この女の身にいったいなにがあったのか、
などはもちろん俺の知ったことではない。

長く戦場であるこの土地では、
理由も知れない死体がそこかしこに転がっている、
それが日常のありふれた風景にさえなっている。
そんな土地では、どんな事情であれ、
死体となってしまった以上、
今更その理由など知れたとしてもどうなる訳でもない。

そんな死体は、死体となってしまったが最後、
みるみると砂の中に埋もれ、
まるで保護色を使う昆虫のように、
辺りの風景の中にかき消えて行くことになる。

なぜだろう、そんな死体の顔は一様に黒ずんで見える。

血が通わなくなり、生気が失せた途端に、
顔は顔であることをやめてしまう。
そして魂の失せた顔は浅黒く変色し、
そして一面に砂を被っては埋もれていく。

死んでまだ間がないのか、
しかし女の姿には遠目に観てもどこか輝いたところがあった。
その美しい死顔。
表情を失ったまま、まるでその眠るように凍りついている。
そのちょっと頬骨の張った丸顔。
しかし大きな瞳と細い鼻、
そして尖った顎に向けてのライン。
生きていた頃はどれほどに美しい女だったであろうか。
或いは、死してようやく魂の安息を経て、
こうして安らかな死顔を晒すことになったのだろうか。

美しい女は死体になってもなお美しくあり続けるものなのだろうか。
そんなことを考えながら、俺はそんな女の死顔に見惚れていた。

とそんな矢先、ふとその頬がピクリと動いた。
え?生きているのか?
顔を寄せてみたところ、
見れば女の顔の一面が小刻みに震えて見える。
と、いきなりその頬の中から、一匹の白いウジ虫が溢れ落ちた。
思わず息を飲んで跳ねのいた途端、
薄く開いた唇の間から、わっと黒い蝿が飛びだった。

全身が総毛立ち、
俺はじりじりと後ずさりしながら、
しかしその美しい死顔から目を離すことができなかった。

死、とはつまりそういうことなのだ、と俺は思った。

どんなに美しい物でも、
生あるものにはしかし必ず死が訪れる。
死してしまえばその躯は土に帰る。

が、生あるものの形を残したまま、土に帰って行くその過程を、
生きている者達は正視することに耐えられない。

なぜなら、死、そして嘗ての生者が土に帰って行くその過程こそが、
この世の恐怖のその原型、
つまりは、世で最も恐ろしく醜悪なものに他ならないからだ。

そんな、この世における最もおぞましい姿、を晒さない為に、
死体は埋められ、あるいは灰に焼かれるのだ。

それが許されなかった者たち。
野垂れ死ぬ、ということの意味、
屍を晒す、という言葉の本当の意味、
死がまだ身近に存在した時代のそんな言葉の意味が、
いまになってはっきりと理解ができる気がした。



そんな夢から醒めた時、俺はなぜか妙に穏やかな気分だった。

ふと隣りで眠る妻の寝顔を見つめる。

かつて妻の寝顔は美しかった。
目が醒めているうちは、やれなんだかんだと憎まれ口ばかり叩く癖に、
眠りに落ちた途端にその造形の美しさが逆に際立つ。
妻が寝入って初めて、ようやくこの女を独り占めにできた気がして、
俺はそんな妻の寝顔に一抹の安堵を感じながら、
いつまでもその薄く開いた唇から漏れる寝息に
耳を傾けていたものだ。

しかし、俺達は歳を取った。
抗うことのできない、この老化という死への過程。
土に帰る日までの長い長い坂道を下りはじめた今、
そんな妻の寝顔にも、明らかに老化、
つまりは微かな死の影がまとわりつき始めていた。

そう俺たちは歳を取ったのだ。

何の因果か、美しいままの死顔を人目に晒すことなく、
こうして老化の影を残す年齢まで、生き延ることができた、ということなのだ。

ふと、先の夢に見た死体の女を思い出す。

どんなに美しい者であっても、そこに永遠はありえない。

死ねば全ての生物は、体内のバクテリアが繁殖を初め、
身体中をウジに食い荒らされ、膿み爛れ腐り果て、
そして土へと返って行く。

その過程を避けて通ることはできない。
死は誰の元にも確実に訪れるのだ。

がしかし、と妻の寝顔を見て思う。
この女は良い。
この女が死んだ時には、つまりは俺の生命も終わる時。
ああ、終わった終わった、これでせいせいしたぜ、
と、拳銃で頭をぶち抜くことになる、それだけの話だ。

が、しかし、とふとその隣りの犬を見やる。

こいつにはそういうわけにはいかないよな。

つまりは飼い主の責任として、こいつの死を看取ってやることになる。
つまりは、その死に付き合わされることになる、ということだ。

美しい犬である。
その毛並みの輝きから、スタイルから表情のひとつひとつからが、
堪らなく美しく、そして愛おしい。
雑種ではありながら、
その混血の偶然から生まれ出た傑作。
まさにこの世に二つと居ないであろう唯一無二の美しい犬である。

そんな犬を俺は愛している。
心の底から愛して愛して愛し抜いている、そんな犬である。

もはや犬というよりは、子供というよりは、俺自身の分身、身体の一部でさえある。

がしかし、そんな美しい犬であっても、いずれは必ずそこに死が訪れることになる。

犬の寿命は短い。
犬を飼うものの宿命として、その人生最良の友の最期を見とる、ということが含まれていることは判っているつもりだ。

しかしながら、
俺はこの犬の死を看取った後に、正気を保てる自信がない。

この犬のいない世界を、生き続ける意味を見出せない。

その時を思えば思うほどに、あまりの悲しみの中に涙がにじみ、
そして果てしもない無力感の中に身を引き裂かれることになる。

死はあまりにも絶望的だ。そして誰も、それを止めることはできない。

ましてや剥製にして、あるいは、クローンを作ったとしても、
この犬の体内に満ちた、彼の自身のそのものである、その魂を、その輝きを、
保ち続けることは絶対に不可能なのだ。

ふと夢に見た女の死顔を思い出す。
そして嘗て彼女を愛して来た人々のことを思う。

死はあまりにも絶対だ。

それを避けて通れない以上は、それを恐れるべきではないのだろう。
それは判っていながら、やはり死はあまりにも不条理であり、あまりにも絶望的だ。

ものの憐れ、と思う。

嘗ての旅の間、俺は実に数えきれないほどの死を目撃して来た。

そしてそんな様々な死と対峙しながら、俺はその悲しみや恐怖に絡め取られる前に、
まずは己の生命を保ち続けることへの危機感の中で、その現実を捉えようとしていた。

数々の死体を横目に通り過ぎながら、俺は心で繰り返したものだ。

俺は死なねえ。俺はなにがあってもこうはならねえぞ。

ふと、旅の中であった風景を思い出した。

国境の街からの長距離バス。
夜明けの街道の真ん中に立ちふさがり、
両手を広げてバスを停めようとしていたあの老婆の姿。

乗るのか?なら急げ、と言う運転手に、

息子が死んだ。主人が死んだ、孫たちも、ひとり残らず殺された。
埋めてやってくれないか。この老婆の手では穴を掘ることができない。

見れば街道から外れた先に、いまだにきな臭い煙を上げ続ける丸焼けの車があった。

つまりは戦火に焼かれて街を脱出した金持ちの難民が、
しかしそんな夜逃げの途中、この街道沿いで山賊ゲリラに襲われたのだろう。

お願いです。埋めてやってください。

そう泣き叫ぶ老婆を前に、
あるものは顔を背け、あるものはちっちっち、と舌を慣らし、
あるものはチャドイの中で鼻を啜っていた。

いや、とバスの運転手は言った。
先は長い。
夜半になってまた空襲が始まる前になんとしても目的地に辿り着かねばならない。
だから、穴を掘るのは無理だ。
ただ、あんたが乗って行くというならどこへでも乗せていってやる。
ただもしかすると、それはあんたたちが逃げ出して来た場所に、
逆戻りすることにもなり得るがね。

老婆は両手を振り回しながら、
いや、私はどこにも行かない、
ただ、お願いです、
子どもたちを埋めてやってください、
と泣き叫び続けた。

バスの運転手は深い深い溜息を響かせて、そしてなにも言わずにドアを閉めた。

走りだしたバスの車窓から振り返ると、老婆はまだ両手を翳して泣き叫び続けていた。

夜明けの薄闇の中、砂漠の空から雪が舞い始めていた。

大丈夫さ、と隣りの男が言った。

この寒さだ、腐り始めるにはまだまだ時間がある。ああしているうちにまた誰かが通りかかるか、
あるいは、山賊が戻ってきては息の根を止めてくれるだろう。インシャアッラー、神のみぞ知るだ。

****

ふと見れば、俺の気配に気づいたのか、
起き上がった犬が大きく欠伸をしてはすりよって来た。

寝ぼけたまま俺の顔を舐め、そして眠そうな目を瞬かせながら隣の妻の寝顔を覗き込んで、
そして二人の間にゴロリと寝転んでは再び大きな欠伸をした。

まったくなあ、と俺は毛布の中に身体を埋めた。

ふと、寝際まで考えて続けていた諸々の諸事情を思い返してみた。

くそったれあいつらいいかげんに舐め腐りやがって。
まあつまりは次の仕事を探した方が早いということだろう。
ああまた転職か。面倒だがそれしか方法があるまい。
リスクはあるが収入は三割増し。
がしかしその分、保険と401Kがなくなって、
計算すればどっちが得か。
がしかし、今の仕事をどれだけ続けていたとしてもだ・・・・

未だに夢の余韻、あの生々しい死の影から逃れられないままに、
そんな生者達の世界のひとつひとつが、つくづく馬鹿馬鹿しいものに思えた。

俺もヤキが廻ったものだぜ、とふと笑った。

俺はこのニューヨークと言う街で、あまりにも死から遠ざかり過ぎた。
つまりは、やわになっている、ということなのだろう。

そう、人は何れは死ぬのだ。黒い顔に砂が被ってそしてバクテリアと蛆虫に食い荒らされる。

全ての生はその結末に至るただの過程なのだ。
死を恐れてはいけない。死を悲しんではいけない。
人はただ、死なない為に生き続けるだけなのだ。

旅の間、そう呟きながら、死があまりにもありふれた日常であった世界から、
そして今、俺はそんな世界とまったく縁の無い暮らしの中で、
馬鹿馬鹿しくも終わりの見えない徒労を積み重ねている。

そう、つまりは、それを幸せというのだ、とふと思った。

そういう馬鹿馬鹿しくも慎ましい悶着の中で葛藤を続けることを、生きる、というのだ。

生きている限りは、無駄に死の存在など思い出さないにことしたことはない。
メメント・モリ、糞食らえだ、と思った。

死を思って生きる、なんて、そんなことは、あの旅の間にすっかりと忘れてきた筈だ。
あるいはそれを忘れる為に、俺はあの旅から帰り着いたのだ。
それの何が悪い、と嘯く。

俺は煩悩にまみれて生きる。
せこく見苦しく、全くどうでも良いことで見栄を張り合い、せめぎ合い、
そんなくだらない世界に、虫のように生き続ける。

俺たちは死なない、誰も死なない、死なんてものはこの世に存在しない。

そう自分を騙しながら生き続けることを、ささやかな幸せ、というのだ。

何が悪い、と嘯いた。

俺たちは死なねえぞ、なあ、と寝ぼけた犬の胸に顔を埋めて、
その愛しい匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。





プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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