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その男からは死の匂い

Posted by 高見鈴虫 on 06.2016 ニューヨーク徒然
その男からは、死の匂いが漂っていた。

死の匂い、などと言うとなんとなく三文ハードボイルド小説のようだが、
ぶっちゃけそれは死臭。
つまりはその男、身体中から死人の匂いがむんむんしていたのである。

嘗ての長い旅の中で、俺は何度となくこの死体の匂いに付き合わされることになった。
そんな旅を上がって既に十数年年が経つというのに、
この匂いだけは脳裏の奥深くに刻み込まれたまま、
まるでたちの悪い死神のように、
べったりと俺の背中に張り付いたままのような気がしていたものだ。


という訳でその男、
混みあった深夜の地下鉄の中、ひっそりと佇んでいた、
一見して見るからにくたびれきった中年の男。

そんな匂いを立ち上らせていることからすると、
つまるところホームレスなのであろうが、
しかしながら近年のニューヨーク。
近年の狂乱地価の高騰に住む家を追い出された人々から始まり、
そんな高い家賃と税金を嫌って、
ニューヨーク中の一流企業が次々と地方都市への移転を繰り返し、
そんな俺の知人の中にも、嘗ては六桁リーマン、
つまりは絵に描いたような勝ち組であった筈の人々が、
ここ数年仕事がまったく見つからないまま、
あるものは悪戯にデイトレに手を出しては手痛いしっぺ返しを喰らい、
あるものは甘いアルコールの霧の中を彷徨い続けているばかり。
それに加えてますます空洞化、廃墟化の一途を辿る地方都市から、
都会に出さえすれば仕事にありつける、
と大した考えもなしに押し寄せてくる流民の群れが重なり、
ニューヨークは、観光客向けの表の顔を一皮めくったところでは、
日一日と崩壊に向けた不穏な地響きが広がりつつある。

そんな事情から、深夜を過ぎても地下鉄は満員状態である。

嘗ては24時間眠らない街。
世界一のパーティータウンと謳われては、
深夜は愚か明け方近くまで、
陽気な酔っぱらいたちの嬌声に満ちていた地下鉄も、
今となってはまさに、疲れきった人々のつく溜息ばかりが
陰鬱に立ち込めるばかり。

そうやって一人また一人と棲家を追われた人々が、
為す術もなく、こうして地下鉄を棲家として暮らしているのである。

一見して普通の労務者、或いは家族連れと思いきや、
その巨大な荷物と、そして隠すに隠せようもないそのやつれきった表情。

影が薄いどころか、全身が影の中にすっぽりと包まれてしまったような、
そう、まるで死人の雰囲気を身に纏い始めたホームレス達。

そんな人々が、深夜の地下鉄のそこかしこに、
何の気もなしに、あるいは置き忘れられた荷物かなにかのように、
ひっそりと、影のように、存在しているのである。

という訳でその男である。
死臭を纏った男。

一見して普通の労務者風。
くたびれきったとは言えジャケットを羽織り、
髪も髭も常人を逸するほどに伸びきっている訳でもない。
ただがっくりと肩を落とし、その落とした肩から尚更に首を落とし、
まるでそのまま今にもガラガラと崩れ落ちそうなぐらいに、
見るからに疲れきった男。

一体彼の身になにがあったのだろう。
或いはそう、一体どこで寝て、こんなとんでもない匂いを身にまとうことになったのか。

まさか墓場で寝ている訳ではあるまい。
あるいは、どこぞの病院で死体の処理のバイトでも見つけたのだろうか。
まさか、死んだ家族をどうすることもできずに、
そのままなし崩し的に死体と共に暮らしている、なんてことがあったりもするのか。

事情はどうあれ、それにしてもこの凄まじい匂い。
地下鉄の中に身体中から死臭を漂わせた男が乗っているというのに、
誰も気が付かないのであろうか。

あるいはそう、これだけ混みあった地下鉄の中で、
この男の隣の席だけがぽっかり空いていたのは、
つまりはそこに、不吉な死神の姿でも見つけた結果、
であったりしたのだろうか。

バカだなお前、その席には死神が座っているって、
誰もが気づいていたのに。。。

つまり知らないのは俺ばかり、という奴?

おいおい。

という訳で、ようやく地下鉄を降りてその死人の匂いから解き放たれた夜の街、
思わず肩越しに背後を振り返って、おいこら、着いてくるな、ぶっ殺すぞ、
と呟いていたのであったが、
その鼻の奥に絡みついた死臭が、
その後、数日経ってもなお、鼻腔に付き纏っては離れない。

まるでニューヨーク中を、死臭が取り巻いているような気分なのである。



プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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