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詫び状、という写経

Posted by 高見鈴虫 on 07.2016 とかいぐらし
因みに俺が社会人一年生になった時、
最初にやらされたのは「詫び状書き」であった。

心を込めて、一枚一枚、一字一句、真剣に集中して、
たったひとつの書き損じも、シミのひとつも許さず、
つまりはマゴコロ、つまりは人と人、つまりはそう、「心」なのだ、
と耳にタコができるぐらいに聞かされた。

バブルの時代であった。

24時間働けますか?
死ぬまで働け、骨は拾ってやる、のあの時代であった。

という訳で、連日連夜、寝ないままの営業活動である。

朝一番から深夜、どころか明け方まで、
客先廻りと接待攻勢そして度重なる出張。

土日がない、どころか、昼も夜も無く、
そうやってしてようやく辿り着いたオフィスの机に、
俺を待っていたのがこの「詫び状書き」。

俺自身にとっては身に覚えも無い、
どこかの誰かがやらかした大ポカ、
それに腹を立てた目に見えぬ顧客に向けて、
一字一句、心を込めてお詫びを綴り続ける。

がしかし、
お詫びはしながらも、最後の一線からは引いてはいけない。
告訴された時に証拠にならないように、つまりは免責、
心を込めてお詫び申し上げながら、
しかし、でも本当はうちのせいじゃないし責任も取らないよ、
なのである。

その曖昧さを、まさに一筆入魂の手書きの詫び状で押し切るのである。

この詫び状書き、まさに写経、であった訳だが、
それによってなにを学んだのか、と今になっても思うことがある。

詫び状を叩き返してきた客には、改めてお伺いを申し上げる。

時として土下座をし、頭を丸め、泣き叫び、悶え苦しみ、
そして最後には、客から、参りました、と言われるぐらいに詫びて詫びて詫びまくって、
最終的には、その客に気に入られ、そしてアカウントを丸取りする。

いいか、クレーム対応とはその絶好のチャンスなのだ。
そうがなっていた元上司はいまや業界紙の表紙に載る大社長である。
ウエブで見る限り、相変わらずあの調子でやっているそうであるが、やれやれである。

という訳で、あのバブル行け行けの時代、
俺はあの深夜のオフィスに独りのこって、
いったいどれほどの詫び状を認めたのだ王。

確かにあれでなにかに踏ん切りがついた気はする。

社会人として、全ての個人的な快楽を諦め、
あるいは、快楽こそは会社の中に見出さねばならない、とかなんとか。
そしてそう、度胸がついた。
うろ覚えのヤクザ言葉を翳して怒り狂う客を前に、
嘘泣きをしたまま、いやはやまったく申し訳ございません、
と言いながら、首をへし折ってやる、
ぐらいのことは平気でできるようになっていたと思う。
そしてそう、社会人学習、
敬語の使い方から始まり、
業務用語から大人の使う漢字から言い回しから、
そしてそう、法律知識。
そんなこんなで、
社会の成り立ちとまでは行かなくても、
なんとなくそれに似た物、つまりは社会の肝のようなものを、
漠然とではあるが、理解できたような気もする。

そしていまだに、あの時代のトラウマを引き摺り続けている、
という気がしないでもない。

うさぎ跳びで校庭10周、やら、練習中に水は飲むな、やら、
まあそんな時代のことが、悪夢、どころか、懐かしき想い出、
として脳裏に浮かぶ今日このごろ。

ああ、昭和の時代は良かった、なんて誰にも言わせないぜ。








プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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