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戦中派爺さんたちの長寿の秘訣

Posted by 高見鈴虫 on 16.2016 日々之戯言(ヒビノタワゴト)

戦中派の爺さんたちは、なんだかんだ言いながらしぶとい。

九十を越えてまだ矍鑠としている爺さん婆さん達。
その驚異的な生命力の秘訣とはなんなのか。

つまりはそう、よく言われるところの粗食。

子供の頃は戦時中でろくな物が食えなかった、
とは良く聞かされたのだが、
育ち盛りに栄養不足であった筈のその御仁たちが、
その粗食が理由で寿命が伸びた、ということらしいのだが、
育ち盛りに栄養失調が長寿の秘訣?と
言われるとついつい、そうじゃねえだろう、と首を傾げてしまう。

或いはひとつの軍国式スパルタ主義。
つまりはそう、質実剛健。
月月火水木金金、休みもなく働き続けては、
まさに馬車馬と言うよりは、一億火の玉の化身として、
戦後の復興を担って来たこの豪傑たち、
つまりはそう、生物学的な常識を覆す程にまで鍛えられている、
ということなのであろうか。







ちなみに俺の爺さん連中はまさにこの軍国大将の権化のような人で、
餓鬼どもが言うことを聞かないと、
怒鳴られるどころか日本刀を持って追いかけられる、
なんていうとんでもない人々であったが、
そんな軍国家庭に生まれ育った俺の親たちも、
まさに、そんな軍国偏向教育の権化。

テレビなど見るな、バカになるぞ、から始まって、
喧嘩に勝つまで家には入れない。
男が見た目など気にするな。床屋に行ったらなにも言わずに目を瞑れ。金だけ払って鏡も見ずに帰って来い。
何事も死ぬ気でやれ。負けたら腹を切る、その意気込みでやれ。
男というのは、毎朝目が醒めた時に、今日こそは死ぬに佳き日、と思い定めるものだ。

という訳で、まあそう、なにかあるたびに本当に良く殴られたものだ。

口の利き方が悪いとげんこつを喰らい、
箸の持ち方が悪いとひっぱたかれ、
あれ、今日は肉はないの?と一言呟いたが最後、
口が曲がってなにも食えなくなるぐらいまで殴られた。

あまりの理不尽さに半べそをかく俺に、
ふん、このぐらいがなんだ、と頭ごなしに怒鳴りつける。

好きなものを食いたければ自分で金を稼いでみろ。
テレビが見たければ自分の金で買え。
挙句に、
この家がそんなに嫌ならすぐにでも出て行け、
と裸足のまま引きずり出されてドアを締められ、
犬小屋で寝るようなことも一度や二度ではなかった。

あまりのことにお袋が助け舟を出したとたん、
こんなことがなんだ、と一括。

お前が甘やかすからこういうことになるのだ。
いいか、俺が子供の頃にはなあ、とばかりに、
嘗ての戦時中の日本、そして軍国教育がどれだけ凄まじかったか、
ってな話をとうとうと聞かされる訳だが、
はっきり言ってそんなことは俺の知ったことではなかった。

時代は変わったのだ。

テレビが日本中を熱狂させ、世界は極彩色の甘い香りに溢れ、
子どもたちはまさに歌謡曲に夢中。
小学生でさえもが、男の子女の子、GO GO !
と歌いながら自由恋愛花盛り。




そんな俺を、親父は、この軟弱者が、と叱り続けた。

クラスの人気者大将に選ばれた時には、
喜ぶどころか鼻で笑われてはこのお調子者が、とげんこつを食らった。

バレンタインデーのチョコレートを山の様に持ち帰った時、
親父はそれをすべて捨ててしまった、というのは嘘で勝手に食べてしまった。

お誕生日会にクラスの全員が集まってしまった時には問答無用に散会を告げられ、
あまりに頭にきてそのままみんなと一緒に家を出てしまった。

宿題をやる、と嘘をついてこっそりとFENを聞いていたところを、
そっと背後から忍び寄ってはいきなり後ろ頭をぶん殴る。

中学に上がってからは、クラスの女の子と夜中まで長電話していると、
決まって怒鳴りこんできては電話線を引きちぎりやがった。

この意気地なしの意思薄弱の軟弱者のバカっタレが。

がしかし、そんな親父になんと言われようと、
時代が変わったことは、この俺が一番良く知っていた。

そして俺は、例え親父になにを言われようが、
時流の流れ、つまりは、
男の子女の子と、仲間たちの絆と、そしてロックンロールだけは、
なにがあっても諦める訳にはいかなかったのだ。


小学校時代は神童とまで謳われたこの俺が、
中学に入ったと同時にあの頃に全盛であった不良街道をまっしぐら。
お袋の手前、取り敢えず形だけでも高校にだけは入ったものの、
さあ、これで義務教育は終わり。
後はなにがどうあろうと俺の好きなようにさせて貰う、
という訳で、高校入学と同時に俺は暴走した。

つまりはそう、男の子女の子と、そしてロックンロールである。





学校などさっぱり顔を出さずに、
日々仲間の溜まり場とバイト先と練習スタジオを行ったり来たり。

夜な夜な単車で飛び回っては、
男も女の子も見境なしに雑魚寝の日々。
家の玄関にはエナメルから網サンは愚か、
雪駄から鋼鉄入りの安全靴なんてものまで脱ぎ散らかされるようになり、
夜な夜な新宿だ渋谷だのライブハウスで大騒ぎ。
家の電話はファンの女の子達からのラブコールで鳴り続け、
挙句にロック雑誌に写真が載るどこからローカル局からテレビ出演なんてことになる至って、
親父にとって、最早このバカ息子は宇宙人。

しまいには下手を踏んで警察の御用、
家庭裁判所に呼び出し、となったのを機会に、見事勘当、とあいなった訳だが、
バカやろう、せいせいしたぜ、と中指を突き立てて夜の街に消えることになった。

という訳で、軍国親父に育てられたこの放蕩息子。

後には世界放浪の旅に出てはセックス・ドラッグス・ロックンロール。
白人黒人アジア人入り乱れての大狂乱の後に、
あわやアフガンで地雷を踏みそこねて木っ端微塵。

その後、なんとか日本に帰りついては、
いきなりカタギになった、と連絡を入れるも、
舌の根も乾かぬうちにヤクザ者と悶着を起こして逃げまわる羽目に。
あんなあ、話は後だ、俺宛に電話が来ても取るな、
十年も前に勘当したから後は知ったことじゃねえ、おととい来やがれ、
といつもの調子突っぱねろ、じゃな。

という訳で、いきなりまた云年ぶりに連絡があったかと思えば、
このオンナと結婚してアメリカに行くことにした、と一言告げて海の向こう。

その後の云十年、またまた音沙汰がなかったかと思えば、
いきなり外人連中を引き連れて里帰り。
今やニューヨーク一の高級住宅街のコンドミに暮らしながら、
米系企業でアメリカ人たちに囲まれてはブイブイ言わせている、
ってな話で、いったいこの馬鹿息子は世界を相手になにをしていることやら。





という訳で、そう、
こんな俺は、軍国親父の世代に取って、そんな俺はまさに宇宙人。
まったく理解の範疇を越えたモンスターに成長してしまったのだろうが、
今になって判る。

そう、それもすべては親父の筋書きどおりだったのだ。

俺はあの軍国親父の鼻を明かそうとすればするほど、
軍国親父たちの果たせなかった夢、
つまりは、誰にも縛られることなく、
徹底的に好きなように生きる、という夢を身をもって体現したのだ。

あれだけ反抗の上に反抗を重ね続けた俺が、
がしかし、ここに来て、そんな俺も老年に差し掛かるにあたり、
嘗ての軍国親父たちがいったいなにを考えていたのか。
なんとなく判るような歳にもなってきた。

つまりはそう、やはり嫉妬だったのでは、と思い当たる。

あの軍国下の日本において、
欲しがりません勝つまでは、の果てに日本中が焼け野原。
何一つとしてなにも好きなことができないままに、
軍国少年はそのまま企業戦士として走り続け、
そしてようやく隠居の身分になった今も、
幼き頃にかかえていたあの渇望、
つまりは、好きなことを好きなように思い切りやりたい、
あの切実な思いが、
あの爺さんたちはいまだに胸の中に抱え続けているのではあるまいか。

俺にだって覚えがある。
やることもなくふとした弾むで垣間見たインターネットのポルノサイト。
年端もいかない若い娘たちが、アンアンと腰を振っている様を観るたびに、
くっそお、俺も若かったら、こんな女達を好き放題に食いまくってやったのに、
と奥歯を噛み砕きそうなほどの憤懣を覚える。

あれだけ好きなことを好きなようにやっていたつもりの俺でさえがそれなのだ。

それができなかった人々が、いったいどれだけの欲求不満を、
欠乏感を、欠落感を、枯渇感を、抱えてきたのか、
そんな欲望に身を捩りながら、その大切な時期のすべてを踏みにじられた、
その喪失感に、どれほど苛まれて来たかことか。

その気持が手に取るように判ったりもしてきたりもするのだ。

そうか、親父たちの抱えていた思いとはまさにこれだったのだな。

そう、つまりは怒りである。

人生を好きなように生きれなかったことに対する恨み、辛み、そして怒り。
そのやり残した感が、齢九十になってもまだ身体中に燃えさかっているのだ。

死ねない、俺はこのままでは死ねない。
あの飢餓感を、喪失感を、あの悲しみを、そして怒りを、
晴らすまでには絶対に死ねない。

その思いこそが、彼らの寿命を伸ばし続けている真相なのではないだろうか。





という訳で、俺である。
そろそろまじめにちんこの立ちが悪くなって来た。
朝のあのパンツを押し上げる勢いに陰りが見られる。
一度終わると次に使い物になるまでかなりの時間を要するようにもなってきた。
女子高生とは言わないまでも、そのあたりの暇そうな犬のお姉さんでも引っ掛けて、
などと不穏なことを考えないでもないのだが、
なんとなく、面倒くさいな、というか、そう、つまりは自分に自信がなくなってきたのである。

つまりそう、これが老化という奴なのだろうが、
そんな老化を、俺はどういう訳か割りと素直に受け入れようとしている。

まあオマンコできないならそれはそれでもいいじゃねえか。
今更白人が黒人がなど、別に珍しくもねえ訳で。

そう、俺はこの歳になって既に割りとやり終えたつもりなのである。

いつ死んでも良い、とまでは言わないが、
しかし、このまま老いさらばえていったいなにをしたいのか、
と考えると別になあ、と苦笑いを浮かべてしまう。

またあの若き頃の冒険旅行の痕跡を辿りたいか、
というとはっきり言ってもうゴメンである。

あんな旅、たまたま何も知らなかったから生き残れただけで、
知れば知るほどに、俺が生きて帰れた理由が、
ただただ異常なぐらいにラッキーだった、それだけなのだ、
ということが判って来てしまってからは、
もう旅に出たいという気もなくなってきてしまった。

あのカリブの風、身体の真ん中を吹き抜けていくような、
生暖かい風のことを思わない訳ではない。

砂漠の果ての蜃気楼のその先に見えるオアシスを求める旅に、
ロマンを見ない訳でもない。

まだアラスカにもパタゴニアにも行っていないし、
アフリカのサファリにも行っていない。

そう、まだまだやり残したことは山程有るはずなのだ。

だが、なのである。

ま、いいか、そんなこと、とも思っているのである。

なんか俺、ヘタレてねえか?これこそがまさに老化という奴なんじゃねえのか?

つまりそう、好きなことをやり尽くしてしまったつもりになって、
そして俺は勝手に充足を始めている訳である。

おいおい、こんなことで良いのか、とふと思う。
そして、そう、あの九十歳のバリバリの爺さんたちの持つ、
あの死神さえもを蹴散らし続けるその怒りこそが、
まさに、長寿の秘訣、そのもの、という真実に行き当たった気がするのだ。

くっそう、そうとなれば俺も黙っちゃいられない。

若いものには、どころじゃない、あの糞爺たちには負けてられないのだ。

若いオンナ、ひっかけるぞ!
バイアグラでもバイブでもローターでも、
シャブでもコケインでも、
なんでもかんでも使ってやろうじゃねえか、
という気にもなってくるという者。

そのためには金だ。うっし、金を作ろう。

という訳で、俄に勤労意欲の湧いてくる今日このごろなのである。





プロフィール

高見鈴虫

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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