Loading…

友達などいらない

Posted by 高見鈴虫 on 21.2016 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
疲れきって帰る深夜の街。
人影の失せた閑散としたビル街の中、
路肩に停められ車から、
懐かしい曲が流れていた。



かつて俺にも友達、と言えるものがいた。
そんな時代のことを、ふと思い出した。
あるいは、旅の道すがらにすれ違っただけの旅人同志の間にも、
そんな慈しみを感じることもあった。

そう、俺は若かったのだ。
周囲を友達に囲まれていて当然だった。
互いに頼り合い、もたれ合い、迷惑をかけ合い、傷を舐め合いながら、
しかし俺達は友達だった。
そんなことを改めて思い返すこともなく、
ただたんに、当然のことのように、俺達は友達だったのだ。



そしていま、俺はすでに大人であった。
それはもう絶望的なぐらいにまでに、大人であった。
それはあまりにも救いようのないぐらいにまでのやるせなさだった。

俺はどこで道を間違えたのだろう、と思った。
俺はもしかしたら、徹底的になにかを見失ってしまっていたのかもしれない。

が待てよ、とも思った。

だとすれば、もしもそれが可能であるならば、
あの頃の友達というものを、果たして今でも欲しているか、ということなのだ。

あるいは、俺にはもしかして、そんな友達というものが、嘗て存在したことがあったのだろうか。

答えは、、否、だろう。

俺には友達など要らない。
必要なのは、BUDDYだ。
つまりは、仲間である。

そう思った時に、なんとなくちょっと気が晴れたような気もした。

そんなときに聴こえてきたのがこの曲だ。



そうだな、やはり俺にはストーンズが似合いなのだ。

クソッタレ、と路肩にツバを吐いて、肩を揺すりながら地下鉄の階段を駆け下りた。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

月別アーカイブ

検索フォーム