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アメリカをアメリカたらしめているもの ~ バルベイドス移民のリアーナがアメリカを歌う意味

Posted by 高見鈴虫 on 13.2016 アメリカ爺時事
冷戦時代のスパイ戦を扱った映画、
BRIDGE OF SPIESの中で、
象徴的に使われていたセリフがあった。

ドイツ系のお前、俺は両親共にアイルランド系だ。
そんな俺達がなぜアメリカ人たりえるのか。

それはな、ルールブックだ。
それを俺たちは、憲法と呼ぶ。
この憲法こそが(人種の坩堝、移民たちの寄せ集めである)
このアメリカという国を成し得ている基本なんだ。



という訳で、改めて、このアメリカ人をアメリカ人たらしめているルールブックとはなにか。






アメリカをアメリカたらしめているもの、

それは端的に言って、民主主義、である。

では民主主義とはなにか?

民主主義とは、個人の人権である自由・平等・参政権などを重視し、
多数決を原則として意思を決定することにより、
人民による支配を実現する政治思想、を言う。

つまりはそう、あの有名な言葉。

人民の人民による人民のための、という例のあれ、である。

その民主主義こそが、アメリカという新大陸に世界中からの人々が集まり、
人種を越え、言語を越え、宗教を越え、てアメリカという国家を成し得ている、
その基本なのである。

が果たして、と誰かが言う。

その民主主義の原則は、いま果たされているのか?

アメリカのダイナミズムのその原動力は、その民主主義という概念に対する自問自答と、
そして、その発展途中にある民主主義という概念、
或いは、その概念を基調にして多民族の人々が共存するという壮大な実験の、
その過程にある、という認識である。

よって、アメリカ人は変革を恐れない。恐れてはいけない。
歴史の浅いアメリカは、過去の因習に囚われることなく、
あるいは、嘗て自分たちの先祖を苦しめ続け、そして新大陸への脱出を余儀なくした、
その過去の因習という轍に対し、いついかなるときにも果敢に戦いを挑む。

あるいは、見渡す限りなにひとつとしてなにもない荒野の最中に、
幌馬車ひとつで安住の地を求めて彷徨い続けた開拓者の精神。

その姿勢こそがアメリカをアメリカたらしめている根本理念なのである。

日本人には理解しがたい、アメリカの様々な矛盾。

銃規制への抵抗から、人種差別と、そしてそれへの過剰反応から、
そんな様々なアメリカ社会の謎が、つまりはここに起因し、
そして今もなお、その矛盾を解決するために七転八倒を繰り返している。

がしかし、そう、俺はそんなアメリカが好きなのだ。

改革を恐れず、個人が個人としての権利を主張し、
それがある時は法、あるいは国家の利益に反するものであっても、
己の一人の権利を頑なに主張し続ける、
そんな、時としてどうしようもなく融通のきかない、
時として、まったくまとまりのない、どうしようもなく面倒くさい混合集団が、
しかし、今なお世界中を驚かす、時として失笑を買いながらも、
七転八倒を繰り返すその様。

以前にも言ったことがあるが、アメリカというこの国は、
世界中からの食い詰め者の開拓者達の作った国である。
あるいは、海を渡って新天地を目指した冒険者達の作った国である。
それはまさに、300万人のジョン・万次郎と、その末裔たちが暮らす国なのである。

俺がワビサビと歴史と伝統の国である日本という国を離れ、
離れながらもしかし、一人の日本人としてこのアメリカという国に暮らし続ける理由は、
まさに、そう、そのダイナミズム。
民主主義という幻影を追い求めながら今もなお七転八倒を繰り返すそのジタバタが、
実に、実に、面白いから、に他ならない。

そして今、アメリカはまた新たな課題を前に悶絶を繰り返している。

つまりはグローバリゼーション。

世界が国境を越え、人種を越え、言語を宗教を越えて、つながり始めている。

と同時に、国家を作る上で必要不可欠であった、ルール・ブックが、今や形骸化の一途を辿るのみ。

その新しい時代に向かって、あるものは復古主義を唱え、原理主義的なまでに民主主義のあり方に固執する。
そしてあるものは、形骸化された民主主義もまたひとつの民主主義の形であり、
民主主義は変化を続けていくべきもの、との概念から、果敢にそのヴァージョンアップを試みる。

好き嫌いはあるが、どちらが正しいとも言えない。
それはつまり、歴史が証明するもの、とも思えない。
つまりは、そう、俺たちアメリカ人が議論に議論を重ね、そして作り出していくもの。
時には失敗もある。失敗があって当然なのだ。がしかし、変革をやめない限り、そこに敗北はない。

カリブの小島、バルベイドス島に生まれ育ったリアーナという歌手が、アメリカ、という歌を歌い、
あるいは、ケニア人との混血であり、ハワイとインドネシアで育った黒人が、このアメリカという国の大統領を務める、
その不思議を、しかし、そこに民主主義という概念がある限りは、それこそがアメリカ。
だからこそ、アメリカなのだ、と言い切れる。

そして俺、この日本産まれ日本育ちの生粋の日本人である俺が、
アメリカを憎み、アメリカを愛し、そして一抹の不安を抱きながらも、このアメリカという国を信じ、拘り続けるのも、
そこに、民主主義という理想に向けたこの冒険者たちの末裔の、その末席を汚すことが、
何にもまして面白く、そして、そう、そんなアメリカが、実はとてもとても好きなのだ。

という訳で、RIHANNA、のAMERICAN OXYGENである。





見方によれば、ただたんに愛国鼓舞の扇動曲、とも成り得、
がしかし、そのやるせないほどに物悲しいメロディと、MVに映しだされた映像と相成ると、
そこにまた、一つの別の局面が見えてくる。

だがそう、俺達はアメリカ人なのだ。
この国に暮らし、この国を憎み、そして愛し、
あるものはここを牢獄と言い、あるものは楽天地と言い、
あるものは、金を稼ぐ為だけの仮の住まいであり、
そしてあるものはこの地を、帝国、エンパイアと呼ぶ。

そんなアメリカである。
今もなお、宛なきフロンティアを続けるアメリカである。

バルベイドスの歌姫が、ケニアの大統領が、そして、日本のサムライが、
共に集い、語らい、時として罵り合い、怒鳴り合い、しながらも、
共にピザを食いコーラーを飲みながら犇めき合い鬩ぎ合い、
がしかし、時として共に手を取り合う、そんな危なっかしい共同体である訳だ。

日本においてはどうしようもない落ちこぼれの鼻つまみであり、
目に映るものの全てに歯を剥きだしては反抗の限りをつくしていたこの俺が、
このアメリカという国において初めて社会の一員であることの、
一抹の喜びさえも感じられるようになったのも、
そんな、とてつもなく好い加減な国であるアメリカという国の、
その懐の深さによるもの、と感謝の気持ちさえ感じているのである。

という訳でアメリカである。
この先、どんなことになるかは誰にも判らない。
判らないながらも、その見果てぬ大地に向けて果敢に挑戦を、
そして変革を続けていく人々である。

アメリカ人である、ということは、つまりは一生に渡って戦い続けること、ジタバタを続けることを言うのだ。

そして、時として、国に、社会に歯向かうことも、この民主主義という理想を追うものとして必要なことなのだ。

プレスリーが、チャック・ベリーが、そして、イージー・ライダーのキャプテン・アメリカが、ヘアーのバーガーが追い求めたアメリカ。
そして、ユダや人のポール・サイモンが、イギリス人のジョン・レノンが、バルベイドスのリアーナが歌うこのアメリカという集合体。

世界中を巻き込みながら、七転八倒を繰り返すこのアメリカという国。
それはまさに、愛すべき馬鹿野郎、と呼ぶにふさわしい、
まさに、いまだにどうしようもなく腰の座らない悪ガキなのである。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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