Loading…

山下達郎の IT'S A POPPIN' TIME ~バンド極道の金字塔

Posted by 高見鈴虫 on 22.2016 音楽ねた   0 comments
夜勤帰りのニューヨーク。

夜露に濡れた深夜のビル街の舗道から、
灯りの消えた摩天楼の空を眺めた時、
それは突然に、あまりにも唐突に、

山下達郎の IT'S A POPPIN' TIME が聴きたくなった。

ああ、山下達郎の IT'S A POPPIN' TIME

それは、無性になんて言葉では表現できないほどに、
まさに、狂わしい程に、数十年ぶりに、あのアルバムが聴きたくなったのだ。

IT'S A POPPIN' TIME そんなアルバムがあったことさえ忘れていたのだが、
そう、俺は持っている。
日本から持ってきている。
このアルバムだけは、なにがあっても、
世界のどこに行ったとしても、
手放すことができなかったのだ。



41W3PJEP9ML.jpg




改めて IT'S A POPPIN' TIME である。

日本の音楽ファンで、まさか山下達郎の IT'S A POPPIN' TIME を知らない者はいないだろう。

特に、一度ドラマーを志した者であるなら、このアルバム、これだけ、でも良い、
このアルバムを聞かずして、ドラムは語れない、そう語っちゃならねえ、
とまで言われた、このLIVEアルバム。

録音は1978年。場所は六本木 PIT INN である。

俺はその後六本木 PIT INN の前を通る度に、
ああ、ここで、ポンタが、あの IT'S A POPPIN' TIME を叩いた場所なんだな、
と思わず足を止めては手を合わせ、しばし動かず、思わず頭の中では、
雨の女王からピンクシャドウからペーパードールからが鳴り響いている、
なんてことを繰返していた。

そう、このアルバムはそれほどの名作である。
ドラムのすべてがこのアルバムに集約されている、と言っても過言ではない。

しかも、この超低予算のライブ・アルバム。全てが一発録りである。
そう、実際にポンタは、教授は、そして山下達郎は、
まさにこのクオリティの演奏を、ガチで繰り広げていた訳である。

この演奏技術、この緊張感、このグルーブ、
なにもかもが日本の音楽史上の最高傑作、と勝手に言ってしまうおう。

ポンタと言えば、その奇行とも言えるほどの暴力性ばかりが注目されていた感があるが(笑
やれ、椅子の高さが一ミリずれたらかとボウヤの肋を折り、スネアスタンドの角度が一ミリずれたからと顎をかち割る。
だがそう、ポンタは優しい人だ。どんな超絶な暴力を振るっても、ドラマーの命たる腕、あるいは足は折らなかった。
そう、多少顎に罅が入ろうが肋の二三本が折れていようが、ドラムは叩ける。叩かなくてはドラマーとは言えない。
がそう、そんなポンタであっても、やはり、この人は、このIT'S A POPPIN' TIMEを叩いた人なのだ。
それだけで全ては愛のムチ、ああ、あのIT'S A POPPIN' TIMEを叩いたその手で足で、
私の顎に罅が入り、肋骨が折れたのだ、こんなありがたいことはない。

日本のドラマーたちには、まさにここまで崇め奉られたポンタこと村上秀一。

今聴いても、この歳になって聴いても、思わずエアドラムどころか、
深夜の床を踏み鳴らしてしまうほどに、まさに超絶なグルーブである。

そっか、と改めて思う。

あの時代、STEVE GADDがいたのである。

世界中のドラマーたちが、STUFF、そして、NEW YORK ALL STARS、
つまりは、あのSTEVE GADDのグルーブに、痺れまくっていたのだ。
それはまさに、熱情というよりは、熱病であった。

ああ、STEVE GADDのようにプレイしたい。
真似といわれようが何であろうが、爪の垢でもSTEVE GADDに肖りたい。

世界中のドラマーが恋い焦がれたあのSTUFFの演奏。

そう、ポンタのこのグルーヴの陰には、そんな燃えるような熱情が垣間見えるのである。

という訳で、このアルバム、まさに名曲、そして名演奏の綴織り。

その後、数年を経てようやくこのアルバムを本気でコピーをしようと決意した大学一年の夏。
あの幽霊の出ると有名であった地下室のスタジオに篭っては、
不気味な女の笑い声を蹴散らしながら、いったい何度このアルバムを聴いただろう。

そして今も尚、まさに数十年ぶりに聴いたこのアルバム、
しかし、まさに、なにからなにまで、
そのスネアの裏音の、そのハイハットのシャッフルの、バスドラのシンコペの、
まさになにからなにまで、未だに克明に記憶している、というはいったいどういうことだ。

そしていま、改めて、ポンタ若いな、と思う。そして、改めて、ポンタすげえなあ、と思う。

あの頃の、19歳のドラム小僧の気持ちそのままで、ああ、ポンタ、くっそおお、と壁を殴り続けていた、
あの頃の焦燥と、情熱と、その空回りと、飢えと疲労と寝不足と、
ようやくのことでありついた学食の素カレーと、
好きだった女と、好きでもないのにやっちゃった女と、やりたかったけどできなかった女と、
そして、いつか、いつか、いつか、俺はニューヨークに行くぞ、と吠えていたあの夏の雨の夜。

そしていま、俺はニューヨークにいる。
こうしてアッパーウエストサイドの窓から、春の匂いをにじませた夜の風にあたりながら、
あの地下室のカビ臭い匂いと、そしてしけたハイライトのあのきな臭さまでもを克明に思い出してしまうことになろうとは。

みんな、悪い。俺は結局、こんなもの、程度の人生であったが、
あの頃に夢見ていた、あの熱情はいまでも心の何処かに宿し続けている筈だ。

少なくとも、俺はまだ、ほい、とドラムを前にすれば、このアルバムの最初から最後まで、
完璧とは言わないまでも、完璧には程遠かったとしても、少なくとも構成とキメと目立ったオカズぐらいなら、
克明に再現することができる、とそう思っている。

ああ、こんなことを書いているうちに、CIRCUS TOWNが始まってしまった。

友よ、俺達の人生は結局その程度ではあったが、幸せだったよな、あの頃、
と思えるだけでも、めっけものとしようぜ。

という訳で、なんだよ、山下達郎って、YOUTUBEから徹底的に消されてるんだよな。

なので、代わりと言ったらなんだが、こんなの見つけてしまった。

すげええ、MORE STUFF だってよ!








改めて言わせてもらう。

あの糞JAZZドラム映画であった、WHIPLASH

なんて映画を見てしまった時、俺は本当に本当に悲しかった。

なぜかと言えば、

俺は虐めどころか、シゴキどころか、体罰どころか、

STEVE GADDみたいに、
あるいは、この IT'S A POPPIN' TIME のポンタのようにドラムが叩ければ、
本気で死んでもいい、と思っていた。

あるいは、本気で死ぬほどまでに、
メシ代どころか、命を削ってドラムを叩き続けていた。

そして俺の回りのバンド極道の奴らはみんなそんな感じであった。
あるいは、世界中にそんな奴らがゴマンと居て、
こんなことぐらいじゃまだまだ足りねえ、と己で己を鞭打ち、ぶん殴り続けていた、
まさにそんな感じ。それはまさに、今になって思えば、狂気、であったのかもしれない。

マーク・ボランではないが、もしも今目の前に悪魔が現れて、
おまえの命をくれたらポンタみたいにドラムを叩かせてやるよ、と言われれば、
おおおお、と思わず、みっつでもよっつでも、いくらでも持っていけ、
といいそうになって、
だがすぐに、いや、やめとく、と言い直しただろう。
テメエなんざの助けはいらねえ。
たとえ何年かかっても、どれだけ死ぬような思いをしても、
俺はそれを、自分の手で勝ち取ってみせる。

そう、ミュージシャンとは、つまりはそういう輩なのだ。

なので、知りもしねえ奴らに、
あるいは、命を張ってでもなにかに打ち込もうとしたことの無いやつには、
横から余計な口を挟むんじゃねえ、といいたい。

そんな完全に軌道を逸していたミュージシャンたちにとって、
この IT'S A POPPIN' TIME こそは、
そんな狂気に憑かれたあの当時のバンド極道たちの、
まさに最骨頂、金字塔であったのだ。
という訳で、冒頭に戻る。

なぜ俺がいまになって、突如このアルバムが聴きたくなったのか。

つまりはまあ、ぶっちゃけ、熱情であろう。

今のこの俺の生活が、あまりにもそんな熱情からかけ離れすぎているから、
というのが、まあその理由であるのだろうがな。

愛したものに己のすべてを捧げていた、
あの熱情を思い出せ、と誰かがテレパシーでも送ってきたのだろうか。

つまりそれこそが、俺のこの生活に、一番足りないものだから、なんだよね、はいはい。

そう、俺は、これのためなら死んでもいい、死んでやる、というぐらいにまで、
ほとんど人生そのものは投げ打ってしまったままに生きてきた男だったんだっけかな。

そう、忘れてたろ、俺は実はそんな奴だったんだぜ。
すっかり忘れてたよ。俺がどんな奴だったかなんて。。





  • password
  • 管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

月別アーカイブ

検索フォーム