Loading…

春はゆらゆら、涅槃の調べに誘われて

Posted by 高見鈴虫 on 29.2016 音楽ねた
ニューヨークも春である。
咲き始めた桜と木蓮の狭間で、
風に吹かれてゆらゆら気分である。

分厚いアウターを脱いではみたものの、
なぜかどこから心もとなくて
ついつい着てしまったヒートテックに、
汗が浮かんで背中がカユイカユイである。

という訳で春である。心はどこかゆらゆらな気分。

こんな時、なんとなくフィットする音楽、と探していたのもつかの間、
そう、このゆらゆらな春、
そういえばこないだから頭の中で回っているIt's a poppin' time。
あの中途半端に軽いフュージョンのグルーヴが心地よいのは確かなのだが、
そう、なんかあれだけビシビシに気合を入れられると、
なんとなく説教をこかれているみたいで居心地が悪い。

なんてことを考えていたら、
そういえば、とちょっと気になっていたこの人。







ちゅうわけで、この坂本慎太郎。

実は俺は坂本慎太郎を見たことがあって、
十年も前になるが、ニューヨークでかのゆらゆら帝国がGIGをやった際、
また例によって、なんの予備知識も無くでかけた訳だが、
糞つまらない前座のバンドに辟易して、
一番後ろのバーの陰で草でも決めようか、とうろうろしていたところ、
いきなりぬっと顔を出したカリフラワー頭。
その血の気を失った真っ白な顔が、
ライブハウスの暗がりの中でも闇に浮かぶようで、
んだ、この気味の悪い野郎は、と思わず背筋がぞっとして恐慌状態、
そのまさにお化けのような東洋人が、いきなりステージの上に降臨しては、
突如としてとんでもないギターをかき鳴らし始めた時には心底驚いた。

うへえ、このゆらゆら帝国、
まさに、ニューヨークの度肝を抜くライブをやってくれた訳で、
本人の意向はともかく、鮨詰めの観客はまさに乗り乗り。
まるで脳天気にそのサイケ・パンクの超絶グルーブを満喫させて頂いた。

でそう、このゆらゆら帝国。
惜しくも解散してしまったとは聞いていたのだが、
ひょんなことで見つけたこのテイク。

なんとも心地の良いクラッシック・ソウル。
名前を見れば、坂本慎太郎?んだそれ、あのゆらゆら帝国の?
と二度度肝を抜かれた訳だ。





で、くそ、また例のよって前置きばかりが長くなった。

そう、ゆらゆら帝国を上がった後のこの坂本慎太郎のソロ活動。

まさに、珠玉、のとてつもなく気持ちの良い音楽に、
とてつもなく気持ちの悪い歌詞を乗っけている訳で、
いやあ、やるなあ、というよりは、まさに脱帽。
参りました、とひれ伏したくなるほどの珠玉ぶりである。

「人類滅亡後に流れている常磐ハワイアンセンターのハコバンの音楽」

そう、そう、それなんだよ。まさに、それ!

いやあ、才能のある人って居るんだなあ、
人類、まだまだ捨てたものじゃねえ、と改めて。





と同時に、この虚栄心から気張りからやる気からその気から、
その他、すべての邪魔くさい「力み」を徹底的に排除した、
これこそはまさに、涅槃の音。

ルー・リードから、チェット・ベイカーから、
あるいは、ブラッド・メルドウにも通じる、
道を極めた者のみの成しうるこの虚脱的音楽。
いやあ、極意。まさに、極意、を極めた感がある。

久しぶりに、風景と気分、
そして時代と音楽の間の恐ろしいほどのシンクロを経験してしまった。

いやあ、癖になるなあ、これ(笑




プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

月別アーカイブ

検索フォーム