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二十歳の頃 ~ 枯れ木も鶏ガラもシャンパンの泡に揺れ

Posted by 高見鈴虫 on 17.2016 ニューヨーク徒然
超野生児プードルのレミー、
その飼主さんであるアイリーン婆さんが、
なんと今年で八十歳になるという。

で、その八十歳の誕生パーティを、
今や凄腕の辣腕女社長であるところの娘が主催するってな話で、
普段から犬の散歩に借り出されている俺たち「犬仲間」も、
そのパーティのご招待を受けることとなった。

俺達にとって、このアイリーン婆さんは、
史上最低のバカ犬であるところのレミー、その飼い主さん、それ以上でも以下でもなく、
レミーの飼い主であった亡夫のピーターさん亡き後、
そんな哀れな犬たちがシェルター送りになることを防ぐべく、
犬のことなどなにも知らぬこの未亡人に変わって、
俺達犬仲間がなんだかんだと世話を焼き続けた、という付き合いである。

という訳で、そのパーティ、
で、犬は連れて行っていいの?
なんて質問を真顔でしていた俺達がつくづく馬鹿に思える程、
その会場はなんと、ミラーボールとシャンデリアの煌めく大ボールルームである。

このパーティの真の主役はと言えばまさに、
アイリーンの一人娘たるアビーである。
凄腕ファイナンシャル・プランナーとして、
某ユダヤ系財閥の資産管理を一手に任されては、
今やニューヨークの財界を震わせる泣く子も黙る辣腕女社長。
その権威を誇るかのように、
老いた母を主賓に添えては繰り広げられた大パーティ。

全米津々浦々は当然のこと、
ヨーロッパ各地から中東アフリカまで、
この時とばかりにかき集められた縁の招待客達。

そしてその正面の特大スクリーンに映しだされた、
アイリーン婆さん自身の八十年の軌跡。

エルヴィス・プレスリーに憧れて歌手を志した彼女は、
その頃流行であったシンガーソングライターとして、
フォークギター片手に反戦歌を歌っていたが、
あのジョーン・バエズを、生意気な小娘、と吐き捨てるように、
歌手としては泣かず飛ばず。
その後、アメリカン・ニューシネマの波に乗って女優としてデビューし、
数々の名作に脇役として登場。
あのジェーン・フォンダを、小賢しい雌狐、と嘲笑しながらも陽の目を見ず。
その後、一捻奮起して商業不動産業界に転身。
かのドナルド・トランプの片腕として巨万の富を稼ぎながら、
その嘗ての盟友を、あの油ぎった糞野郎、とばっさり。

とまあそんなアイリーン婆さんの与太話は、
ドッグランでの暇つぶしにちょくちょくと聞いてはいたのだが、
果たしてこの八十歳のパーティにおいて映しだされた彼女の人生路。

幼少の頃の邸宅住まいから始まり、
その後の歌手時代からアルバム・ジャケットから、
ジョン・レノンからミック・ジャガーからレーナード・バーンスタインから、
アルフレッド・ヒッチコックからエリザベス・テイラーからロバート・レッドフォードまで、
そのアルバムを飾るまさに錚々たる人々。

そしてそんなアルバムの中で、これ以上ないぐらいにハツラツとして、
と同時に神秘的なぐらいにまで妖艶で、
謎めいた理知的魅力に溢れたこの切れ長の瞳の少女。

まさか・・・とまさに目がぱちくりで口があんぐり。

スクリーンに映しだされるそのアルバムの一枚一枚が、
まさに、まさかまさかまさか、の連続。
新しい写真が映し出される度に、きゃあ、あれ見てみて私だわ、
と黄色い声を上げる老婆たち。

そして、そんなアルバムの中の随所に登場するあの人、この人、その人、
ええ、まさか、あの人もしかしてジェニファー?
で、あれがエレイン?げええ、この人、まさかあのルイーズさん?

みんなみんな、なんというか、とてつもないぐらいに若く、美しく、
まさに、そう、銀幕の女優、そのもの、の姿なのである。

そして極めつけは、そのアイリーンの出演した映画、そのシーンの寄せ集め。

長い足を惜しげも無く晒しては、スリムなボディにキュートなヒップライン。
スクリーン一杯にぶちまけるそのお色気。
あるときは謎の女スパイ、ある時は無法者酒場の歌姫、あるときは摩天楼のマドンナ。
上目遣いの流し目でカメラを睨むその視線、
濡れた睫毛に潤んだ瞳を泳がせながら、物ありげに赤い唇を舐めるその様、
サテンのドレスの裾を擡げては、これでもかと焦らし続けるそのビッチな微笑、
まさに悩殺パンチ、場内がひっくり返るぐらいの大爆笑である。

映画が終わり、DJが登場しては、ロカビリーから始まり、モータウンを経て、
そしてあの70年台のディスコブームの頃の名曲の数々。

まさに、アメリカのポップミュージックの歴史、そのもの。

もしや、と思わず。

もしかして、あんた達、あのケネディ暗殺から、ベトナム反戦から、
ウッドストックから、ジョンレノンの大集会から、そしてスタジオ54からまで、
あなた達はまさに、そんな歴史のエポックをリアルタイムに経験していたのか?

そんな俺達の驚愕をものともせずに、鳴り響くディスコに乗って歌い踊る老婆達。

まさにそう、アメリカの黄金時代を飾った、その全てを、このニューヨークという街でリアルタイムに体験してきた、
まさに生き証人。俺の憧れたアメリカの全てを担ってきたのはつまりはこの人たちだったのである。

鶏ガラのような老婆に、ねえ踊りましょうよ、と腕を引かれて転がりでたダンスフロア。

いまにも転んで骨を折りそうなシワだらけシミだらけの爺婆たちが、
あるいはついさっきまで、杖を片手に入れ歯を鳴らしていた御人たちが、
冗談のように見事なステップを決めては喉を開けてゲラゲラと笑い続けている。

チークダンスに頬を寄せたアイリーン。
いやあ、見違えたよ。昔のあんたを見て思わず恋に落ちちゃったぜ、
と言ってみれば、

なによ失礼な。いまだって全然変わってないじゃない、とまじめにお冠である。

そっか、この人たち、八十歳を迎えた老婆たちにも、確かに二十歳の頃はあったのである。
そして、そんな二十歳の頃の彼女は、いまでも確実に彼女たちの中に存在するのだ。

うーん、爺婆、侮れない、と思わず。

とは言いながら、ふとスポットライトに浮かんだ俺自身の姿。

なるべく派手な服装で、という条件どおり、昔とった杵柄とばかりに、
光物満載の嘗てのステージ衣装の上から、アルマーニのジャケットを小粋に引っ掛けてきた筈の俺。

まさに、歳を考えずに時代を間違えた若作りの勘違いのバブルおじさん、そのもの。

その醜態、まさに唖然である。

とそんな時、はい、交代、とやってきた我妻。

へへへ、あのおじいさんに真顔で口説かれちゃった。ハリウッドのプロデューサーなんだって。
女優にして上げるだってさ。ねえあたし、今からでもデビューできるかな?

そんな軽口を叩いてケラケラと笑う我妻。
最近の疲れきった姿とはまさに別人の、そう、つまりは出会った頃の彼女そのもの。

ふざけやがって、どこのどいつだ。俺が焼きを入れてやる、と眉間に皺を寄せるのもあの頃の俺そのものである。

そう、まわりを囲む全ての人々に、二十歳の頃はあったのである。
そしてそんな二十歳の頃は、彼らの中にいまでも確実に存在しているのである。

そんな二十歳の頃と、そしていま現在のこの姿の、そのあまりの格差に気づかないのは実は本人自身、ただ一人。

ふと見渡せばシャンパンの泡の中に包み込まれたようなダンスフロア。

嘗ての美男美女、それも、まさに、アイドル歌手や銀幕の美人女優であった頃の、そんな淡い夢の中に浸っては踊り続ける老婆達。

あの頃に聴いた曲とその思い出に満たされながら、八十歳のセクシースターの夜は更けて行くのであった。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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