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ニューヨークの完璧な春の朝の風景

Posted by 高見鈴虫 on 02.2016 ニューヨーク徒然
昨夜までの雨も上がり、晴れ渡った土曜日の朝。
セントラルパーク。

新緑の芝生の上をこれでもかと走り回る犬たちに目を細めながら、
友人たちと囲んだカフェのテーブル。

春の陽射しに包まれたボートハウス脇のカフェテラスで、
焼きたてのパンケーキにたっぷりとバターとシロップを落とし、
その香りに居てもたってもいられずに身悶える犬たちを宥めながら、
何の気なしの会話がいつの間にかまた大統領選の話題に流れる。

やっぱりトランプとヒラリーなのかしらね?


トランプでもヒラリーでも知った事じゃねえが、いずれにしろ茶番だよな。

でもさあ、本当にトランプなんてのが大統領になっちゃったら、この世はどうなるわけ?

どうなるもこうなるもなるようにしかならないだろ?

まああんたは日本人だからね。その時にはどこにでも逃げられるだろうしね。

あんただって同じさ。トランプが気に入らなければトランプのいないところに行けばよいだけの話。

まあでも、そんな上手い具合には行くのかしらね。

だとしたらヒラリーだったらもっと良い訳?その根拠は?

いや、それはだね、と隣のテーブルから声がかかる。
聞いたこともない経済用語を並べ立てながら、学者風を吹かせる初老の男。
どうでも良いけどあんたの犬、さっきから俺の膝の上に頭を乗せてヨダレだらけなんだけど。
で、そう、実はそういうわけで、私はまんざらバーニーの言っていることはそれほど間違っているとも思えないんだよ。

バーニー?あなた、今更なにを言ってるのよ、と筋金入りの民主党員。
でもそう、あたしも個人的にはヒラリーはあんまり好きじゃないのよね。

とそんな時、仲間内で一番のお金持ち、大富豪のご婦人。
実はあたし、この間の共和党のパーティに行ってきたんだけどさ、といきなりの爆弾発言。

共和党?あんたリパブリカンだったの?

仕事よ、仕事。主人の仕事の関係でね、しかたなしに。

あんたの旦那、なんの仕事してたっけ?金融系じゃなかったわよね?

まあいいじゃ無い、旦那のことなんて。で、まあそう、それでね、その共和党のパーティ。
もう行くまでが大変でさ。

なに?またあのトランプのデモ?

そうそう、そこら中で通行止めになっては、持ち物チェックからなにから、もう大変。
で、そのパーティだったんだけどさ、やっぱりトランプよね、と思ったのよ。

ええええっ!?と一同。
なんでえ?

だってね、トランプ、やっぱり面白いのよ。凄く。
ほら、クルーズとか、あとなんてったっけ?名前も知らないけど、もう一人。
もうあんなのねえ、全然。陰気だしさあ、仏頂面して偉そうで言うことも全然つまらないしさ。
パーティでもなんか、ぽつーん、と取り残されてる感じでね。
それに引き換えトランプ。
もうどこに行っても人たちに囲まれててさ。
もうねえ、ホント、あの人の話、大笑いよ。
なんていうのか、本当にこう、人を楽しませることに長けてるっていうかね。
そう、退屈させないのよ、あのひとは。
華があるっていうか、なんていうかさ。つまり、良い人だったのよ。

なんかそんな話、他でも聞いたことあるわよね。
そうそう、あんたじゃない?トランプそんな悪いひとじゃないって。

といきなり話を振られた俺。
ああ、一緒にストーンズのライブ観たんだよ、昔。
俺の後ろに座っててさ。良い奴だったよ。いい年してはしゃいでたし。

ああ、とさっきのバーニー支持者。
実は私もトランプには何度か会ったことがある。まあ良い人かどうかは別としても、なんというか、そう、トランプだよね。

そうそう、なんともトランプっていうか。まあああいう人、男にとっては退屈しなくていいんだよ。ガキの頃の悪ガキ仲間そのもの。

あら女にとってだって魅力的よ。妙な頭してるけどさ。話も上手で面白い人だったわ。私ちょっとファンになっちゃったの。

その過剰なエンターテイナー性が問題なんだけどね、あの人の場合。

あれが大統領になったら、国家首脳会談でワイ談して帰ってきたり、とかするんじゃないのかな。

そうそう、本当にそういうひと。

メキシコの大統領とだって、実際に話したら酔っ払ってゲラゲラ笑って、まあいいじゃねえか、そんなこと、なんてことになっちゃったりすると思うしね。

本当にそれで済むのかしら?

笑って済ませらたらそれこそ堪んない人たちとかたくさん出てきそうだけど。

という訳で、そう、トランプ。
いまアメリカ中を騒がすこのファシストは、実に陽気な人なのである。
人が集まれば冗談ばかり言っては爆笑の渦を巻き起こし、どういう訳か誰とでも友達になってしまう、
そういう妙な特技を持った風変わりなファシストなのである。

ああ、でも良い天気よね。
ああ、明日は雨らしいけどね。

テーブルの下からクンクンと鼻を鳴らす犬たち。
ねえ、そのベーコン、少しくれない?
自分たちばかり食べてずるいぞ。
ねえ、そのベーグル、もう食べないの?食べないならちょっと頂戴。

という訳で、いい加減に腹を減らせた犬どもが騒ぎ始める前に、
この天国のように長閑なテーブルから重い腰を上げることになる。

いったいどういうことになっちゃうのかしらね、とかみさん。

いま俺達がこうしているこの瞬間にも、世界中では色々な人達が実にとんでもない目に会ってたりするんだよな。
まったくお可愛いそうに、というか、ご苦労様ってところだけどな。

そういう人たちににも、不幸なのは自分が悪い、なんて言える?

だから、と、俺。

土地やら、国家なんかにに縛られるのが悪いのさ。そこが嫌ならすぐに、とっとと出て行ってしまえばいいんだ。
俺は本当に訳がわからないよ。愚痴愚痴文句を言う前に、嫌ならとっとと出てっちまえばいい、それだけだろ。

あんたそんなのだからいつまでたっても腰が座らないのよ。

妙なところにしがみついては、放射能漬けになったり戦火に焼かれたりするよりはマシだろ。

あんたトランプが大統領になったらどうする?

どうするもこうするも、嫌なら出て行くさ。で、トランプがいなくなったらまた戻ってくれば良いじゃねえか。

馬鹿馬鹿しい。

なにが馬鹿なもんか。俺達は自由。なにがあっても自由。
人間が一処にしがみついてなくちゃいけない理由なんてなにもないんだ。
いまこの瞬間にもカリブの海には気持ちの良い風が吹いて沖ではイルカが跳ねているだしさ。
だからもう、そんな話やめねえか。こんな良い天気の朝に。

いい天気だね、ブー君、といきなり話を振られた犬。
すかさず思い切りの笑顔で振り返る。
なに?ボール?またボールやるのか?
といきなり見当違いに芝生の丘の上にまで駆け上がって行く。

くそったれ、まさしく完璧な土曜日の朝だな。

と、言ってから、そう言えば、と妙な既視感にとらわれた。

そう言えば以前にも、なんかこんなことを言っていた気がするぞ。

そう、それはまさに完璧なぐらいに完璧な夏の週末で、
そうそう、俺たちは夜遅くまでUSOPENを満喫して、
ナイターのグランド・スタジアムでセリナとビーナスのダブルスの試合なんて観てたんだよ。
で、ああこんな幸せな瞬間が人生に訪れるなんて、なんだか怖いみたいだな、
とかなんとか、思っていたのだ。

ああでも、家についたら明日からの出張の準備をしなくてはいけないな。
この季節、まさにニューヨークが一番輝いている季節。
こんな素晴らしいニューヨークを離れて、わざわざ出張に行かされるなんて、
まったくついてないぜ。

そう、2001年の夏の終わり、9月のレイバーデイの連休の中にあった俺達は、実にそんな感じだったのだ。

まさかその数日後に、ハイジャックされた旅客機がワートレに突っ込んで来るなど、
少なくともあの場所に居た人たちの中で、そんな光景を予想できた人は一人もいなかった筈だ。

そんなことを思うと、妙な胸騒ぎのする、完璧な春の朝の風景であった。

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
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