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アンチ・ベビメタに送る R.I.P ~ ロックよ安らかに眠れ  副題:キース・リチャーズがBABYMETALを見たら

Posted by 高見鈴虫 on 13.2016 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments
俺はこれまで、宗教、つまりは、
あなたの神様は誰?
と聞かれる度に、
俺のジーザスは、キース・リチャーズだ、
と答えて来た。

確かに、嘗てパンカーであった俺にとって、
まさに憎むべき大御所のその筆頭であったローリング・ストーンズ。
それを認めることは、
当時のパンカーとしては明らかな敗北であると判っていながらも、
しかし俺たちは敢えてこのローリング・ストーンズ、
この小憎たらしいクソジジイたちにだけは、心服せざるを得なかった。

なんだよ結局ストーンズかよ。
詰まるところはストーンズに至ると言うか訳か。
ドン詰まった先がストーンズだっただけの話だろ。
・・・なんだよ、またかよ・・・・

ロックに深入りすればする程に、
それを極めようとすればする程に、
演奏テクニックだ、ファッションだ、などというチンケな枠を外れ、
ステージで人になにかを伝える、ということの奥深さを思えば思うほどに、
その行き着く先には必ず、
キース・リチャーズのあの、しゃがれた苦笑いが待ち受けていた。

小僧、まだまだ青いな。

ピストルズから始まるロンドン・パンクというムーブメントの中で音楽に首を突っ込んだそのほとんどの奴らが、
或いはガンズ、ニルヴァーナ、パール・ジャム、STP、
あのグランジ・ロックの猛者たち、その殆どが、
しかし、結局は、キース・リチャーズという男の呪縛から逃れることができなかった。

痩せても枯れても、キース・リチャーズこそはロックそのものであり、
まさにロックの美学その体現者たりえた、
ロック界のジーザスに他ならない。
幾年にも渡る葛藤の果てに、
遂には誰もがそれを認めざるを得なかったのだ。

ご多分にもれず、
ロックをやればやるほど、ギグを重ねれば重ねる程に、
いつしか俺は、そんなストーンズに絡め捕られては、
時として調子外れの音に、その燻し銀のようなビートに心酔を深め、
ともすると、四六時中ストーンズが鳴っていないと、生活自体が成り行かない程にまで、
この醜聞にまみれたこ汚い無法者たちを、
こよなく愛し始めていた。

ストーンズが鳴り止んだ途端、
身体を包む空気が棘をはらみはじめ、
俺はそれに苛立ち、
なにかをぶち壊さないではいられなくなる。

ある時期、俺にとってストーンズは嗜好というよりは、まさにライフライン。
まるで、水、あるいは、空気のように、
この糞溜まりの世界でなんとか正気を保つため、
生きるための糧としてそれを必要としていたのだ。

ローリング・ストーンズ、あるいは、キース・リチャーズという人、
俺の人生にどれほどの影響を与えてきたのか。
それはまさに計り知れない。
いついかなる時にも、キース・リチャーズだったらどうするだろう、
そんな考えが頭をよぎる。

渡る世間との間に例えどんな軋轢が生じても、
俺が俺として俺を貫いて来れた、その大きな要因のひとつに、
キース・リチャーズの存在があった。

てめえらに何を言われようが知ったことか。
俺にはキース・リチャーズがいる。




ただ、
俺の場合においてのこのキース・リチャーズが、
人によっては、
例えば、X-JAPANのヨシキ、あるいはHIDEであったり、
例えば、カート・コバーンであったり、アクセル・ローズであったり、
例えば、浜崎あゆみであったり、尾崎豊であったり、
あるいは、矢沢永吉であったり、吉田拓郎であったり。。。
果ては、EXILEであったり、嵐であったり、AKなんとかであったり。

そう、並べ上げればきりがないというよりは、
つまりは世に棲む人々の数だけ、
その胸のうちには、
実はそんなヒーローが存在している、筈だ。

そう、俺達にとってヒーローたちとは、まさにそんな存在。

我が我として我の道を行く。
それを貫く無法者たちにとって、
時として世間の人々との間に生じる大いなる軋轢、
価値観、美意識、思想、生き方、そのすれ違い。
その果てしなき戦いの中、
唯一の支えとなるのが、まさにそんな心のヒーローであった筈だ。

ロックとは音楽にあらず。生き方なり。

俺は死んでも、ロックをやめねえ。
ロックをやめたら、俺はただの糞。
ただロックがある限り、
俺のこの狂気にも似た暴虐武人風情にも、
なんらかの箔でもついてくれるかも、
そう信じることのできる最後の土壇場であったのだ。

俺のこの糞ブログの過去の糞記事を垣間見た方々。
ほとんど全ての普通人は、
そこに書いてある意味がさっぱり判らない筈である。

セックス・ドラッグス そしてロックンロール

なんでこいつはここまで世間を罵倒し悪態をつき続けるのだ?
なんでこいつは誰が考えても判る馬鹿な罠にみすみす嵌り込んでは悶着ばかり起こすんだ?
なんでこいつは我らがあべちんぞー先生をここまで無茶苦茶に罵倒するのだ?
馬鹿じゃねえのか、狂ってやがる。

そう、そんな疑問に答えることのできる唯一の言葉、ロック。

その理由が全て、こいつはロックだからさ、の一言で片付いてしまう筈だ。
俺は所詮はその程度の男だ。
だがしかし、己もロックという生き方に覚えのある方々にとっては、
俺がロックであり続けようとしたその七転八倒の様には、
少なからず、共感を覚えてくれる筈、とそう信じている。

BABYMETALという地雷を踏んで以来、
俺のこの糞ブログに、それこそ山のような、罵倒と中傷と冷笑と、時として恫喝(笑、
それと同時に、幾多のラブコールを頂いて来たが、
その殆どが、
ロックを知るものと、ロックを知らぬもの、その価値観の相違、
そこに終始している、と片付けてしまってもよろしいかとさえ思う。

少年の頃、ロックの洗礼を受けて以来、
俺は男として、侠として、
そして一人のパフォーマーとして、アーティストとして、
ドラム職人として、そして、人間として、
ただひたすらにロックであろうとした。

ロックであろうと修行を積み、至る所で軋轢にぶち当りながら、
しかしそれでも、ロックであることを忘れることができず、
そしてこうして、こんなアメリカくんだりなんてところにまで流れ着く羽目になった、
と言ったら調子の良い言い訳であろうか。

という訳で、相変わらずクドい文章だ。まったくロックらしくねえ。

そう、ロックに御託は要らねえ。

好きなものは好き。嫌いなものは嫌い。
つまり自分の美意識を信じ、それを貫く。

ジャンルを問わず、
ストーンズ・フリークも、ジャズ・ファンも、クラッシク愛好家も、パンカーも、そしてメタルヘッドも、
この己の価値観、あるいは美意識を貫く、という姿勢そのものには変わりない筈だ。

そんな頑固なライフ・ミュージックな人々が、ここに来て、一つの大きな選択に迫られている。

BABYMETAL

今になって、これまでの価値観の全てを覆す、とてつもない存在が世に現れ、
その新たな価値観を認めることが、これまでの己の人生そのもの、
その美意識、そしてその存在理由さえも揺るがしかねない時、
果たしてどのような態度を持って、
その新たなる価値観に対峙するべきなのだろうか。

そこにとてつもない軋轢、そして、逆説に次ぐ逆説が渦を巻く。

ある者はヒステリーにもにた拒絶を叫び、
ある者は見猿聞か猿を決め込み、
私の安息を乱さないでと井戸の底。

そしてあるものはこう結論付ける。

俺が俺としてあり続けてきたその理由は、
俺が俺としてその美意識と価値観に基づき、
俺が正しいと思ったものを貫く。
である以上、
それがなんであれ、その結果がどうあれ、
素直に認め、受け止め、そしてそれを支持するべきだ。

つまりは、己を貫く、我は我にあり、その道を極める、という意味での極道性。
その極道性がこそがロック。
そしてそもそもその極道の美学を教えてくれたヒーロー達と、
この新たなるアイコンが、相反するものであったとしても、
その極道性を貫くが為に、敢えて、これまでのヒーローを闇に葬る、
その苦渋の決断を固めることになるのである。

この糞ブログの中で、綴りに綴り続けた俺の葛藤。
ベビメタを知って以来、俺の中に渦巻いたその逆説に逆説を重ねては、
堂々巡りを繰り返すこの無限地獄の果てに、
ご覧のとおり、
ついに俺は、ああ、判った、と潔くケツをまくった。

友よ。 俺と共にストーンズを愛し、ロックを愛し、
それが為にともすると人生そのものをなげうってしまい、
或いは、そう、それを言葉にするのはとても辛いが、
ロックの美学の中で死んでいった者達、
そんな、俺の人生を飾ってくれた全ての人々に対して、
別れの言葉を叩きつける、その決断を、俺は敢えて下した。

さらばストーンズ。さらばキース・リチャーズ。
さらばジョン・コルトレーン。さらばシド・ヴィシャス。
さらばマイルス、さらばガンザンローゼス、
さらばジョアン・ジルベルト、さらばイニシエの巨匠たち。

そして、さらばロック。
俺はもう、貴方達には魅力を感じることができなくなった。
ベビメタのステージを見て以来、
これまでの俺の支えていた全ての美意識、
ロック、ファンク、ボサノバ、サルサ、そしてジャズ。
そのいちいちが、これ以上無く色褪せ、
児童唱歌に思えるほど退屈で、
冷や汗が滲むほどにみっともなく思えてならない。

それはまさに、長年連れ添った相方に絶縁状を突きつけるように、
しかし俺は敢えて、それをしないわけにはいかない、そう判断した、
せざるを得なかった。

がしかし、そんなことを思っているのは、
この酔狂なブチ切れおっさんだけとは限らない。

ロブ・ゾンビ流のアンチBABYMETALの黙らせ方

ひと様の記事を無断借用するのは、
他人のふんどしで相撲を取るようで誠に心苦しいのではあるが、
ここにある、ロブ・ゾンビーの言葉。
この記事を読む限り、
まさに、良い男だな、と思わざるを得ない。

確かに、見ようによっては落ち目の人気を取り戻すために、
新たなファン層獲得のための大博打、良く有るこすい計算だろ、
なんていう見方もあるのだろうが、

それを差し置いても、

自身のファンに対して、
つまりは、自分が育て、自分を愛し、支え、
そしてそんな人々によって飯を食ってきた、
つまりはファン=顧客に対して、
絶縁状を叩きつけてしまうこのロブ・ゾビンという男。

Hey, they are nice kids out on the road touring. What are you doing besides being a grumpy old fuck?"

あの子たちはすっげえいい子だぜ。
てめえこそ不機嫌な糞オヤジこいてる以外に何やってやがんだよ。

大爆笑である。

思わずこう口走ってしまう程に、ベビメタのステージに衝撃を受け、
そこに、俺と同じものを見た、と理解している。

つまりは、なにがあっても凄いものは凄い。
そう思う俺の目、耳、美意識、価値観に揺るぎはねえ。
例えそれが俺自身を、そしてそんな俺を愛してくれた人々を否定するという、
パラドックスに至るとしてもだ。

これはまさに、とんでもないことである。

そしてそんなまさにとんでもないことが、
今、ベビメタのライブを体験した殆どすべてのロッカーたち、
あるいはロックの派生産業に従事してきた人々の胸のうちに、
一様に起こっていることなのだ。

これはヤバイ。
身の振り方ひとつで、俺のキャリアはおしまい。
あるいは、これこそが一世一代のチャンス。
乗るか反るか。。

そして、それは、俺のような(元X∞)のような、ロックの化石のような男にとっても同じこと。

そして、俺は信じる。
ほとんど全ての人々。彼らがもしも本当に自身の目を持っていれば、
あるいは、己の中の、ロックというものを愛していれば、
いずれはBABYMETALという怪物を
そしてスーという類い稀絶なカリスマを、
素直に受け入れ、そして打ちのめされ、そして心の底からその幻影を愛することになる。
そしてそんな時代はそう遠くない。


改めて、BABYMETALという怪物。
この新たな価値観、あるいは美意識、あるいはスーパーパワーに対し、
ロッカーとしての信念を貫いた上で、仁義を切る、その極道性の狭間で、そしそれを受け入れるまで、
俺がこの糞ブログを通して垂れ流してきた、この無様な葛藤。
なんのフィルターも無しにありのままぶちまかれたこのチンプな悶絶に、
一抹のシンパシーを感じ、あるいは自身の経験と照らしあわせては、
そうそう、俺もそうだったし、と苦笑いを浮かべる人々からのその暖かい冷笑の数々。
そんな俺のブログに花を添えて下さる方々と、
改めてこの固めの盃を交わさせて頂く。

また、こんな死にぞこないの無様な葛藤を、
狂気、としてしか理解できないかもしれない純真無垢な普通人の方々に対しても、
この半端な新入りに情けの一輪の餞でも投げていただければ幸いである。


嘗てのハードロック、今で言う所の、クラッシック・ロックが、
あのパンクというまったくもってどうしようもない糞ガキたちに息の根を止められては、
その看板に、クラッシック、つまりは過去の遺物、というレッテルを貼られたのと同時に、
その音楽性そして演奏技術を、極限までにハードコア化したヘビーメタルという音楽。
その二つの間の近親憎悪にもにた愛憎劇が、いまここに決着を見ようとしている。

パンクだメタルだなどいうチンケなジャンル分けを遥かに超越した、
このスーメタルというカリスマ、そしてBABYMETALという怪物を前に、
そんなこたあどうだって良いじゃないか、と思わず顔を見合わせて笑ってしまう、
そんな時代がようやくやって来たのだ。

いま改めて、これまであった全ての音楽、
すべてのロックヒーロー、すべてのその他様々な美意識に対して、
用済み、と殴り書いて、クローゼットにぶち込むか、
あるいはそう、この週末にブックオフにでも持っていくつもりである、
ってのは、あまりにもちと、早まりすぎか(爆


技術の革新の度に、それまでの主流がレガシーとなり、
旧産業に従事していた人々が次々とお払い箱になっていくのが進化、
つまりは適者生存の理であるのだが、
いま、俺が人生の殆ど全てを捧げてきたこのロックという世界に、
地殻変動どころか、惑星衝突のような大異変が生じ、
そしていま、恐竜たちの時代が終わろうとしているのである。

それはまさに新たなる夜明けである。

このBABYMETALという新たなるアイコンが、いったい我々をどこに導いていくのか、
その主役であるこの18歳の大親分にさえ、さっぱり検討もつかない、に違いない。
ただそう、恐竜を討ち滅ぼしたこの新たなる新生物。
討ち滅ぼした以上は、チンケなところで終わられては困る。

イニシエのロッカーたち。パンカー、あるいはメタルヘッドたち。
これまでの代紋をドブに捨てた以上、
俺達はもう、この新しい親分、
この天真爛漫なポニーテールの大親分に、命を張るしかなくなってしまったのだ。
そうなった以上は、肚は決まった。
命、預けます。
暴れるだけ暴れてやろうじゃねえか、とほくそ笑んでいる訳である。


追記:
とそんな時
ふと、キース・リチャーズがもしBABYMETALを見たら、
果たしてどう言っただろう、と考えてみた。

そう、答えはひとつ。

凄え、こいつは凄え。最高じゃねえか!

そう、キース・リチャーズであれば、必ずそう言うに違いない。
そう、キース・リチャーズはそういう奴だ。
だからキース・リチャーズなのだ。

そう思ったらとたんにおかしくなった。

キース爺さん、そうこなくっちゃな。

いやあ、うちの孫が、ひ孫が、ベビメタのファンなもんでよ。

そう言って、しゃがれ声でカラカラと笑う、
あの麗しのロック野郎の顔が浮かんできそうな気がした。

REST IN PEACE ~ ロックよ安らかに眠れ。




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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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