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ロックの神様 - CATCH ME IF YOU CAN

Posted by 高見鈴虫 on 29.2016 音楽ねた   0 comments
そのスポットの仕事を頼まれた時、
バンド辞めてからなにやってたんですか?
と聞かれて、俺は一言、
極道、と答えた。

はああ、そおっすか、とギタリストは笑った。
顔は引きつってはいなかった。
おお、このバンドは行けるかもしれない、とその時思った。

ねえ、ゴクドーってなに?と
ギタリストの連れた金髪の少女が聞いた。
やくざ、のこと、とベーシストが代わって答えた。
へえ、と金髪の少女が笑った。
YAKUZA? UR SO COOL!
よろしくおねがいします、とつたない日本語で、
金髪の少女がペコリと頭を下げた。

日本人ばかりのバンドだった。
日本から来た、ロック狂いのお金持ちのボンボン、
その自称ボーカル兼ギタリストの男が、
ようやく捕まえた金髪白人のガールフレンド、
その前で、どうしても本物の日本のロックを見せてやりたい、
そう言い張ってのバンドだった。

あいつ、
日本人にロックなんて出来るはずないって言いやがってさ。
だったら、見せてやろうじゃねえかって。
だから、どうせなら最高のメンバー揃えてやろうと思って。

ガールフレンドへのお誕生日プレゼント?
おい、やれやれ、と俺はベーシストと顔を見合わせた。

日本を出てから、ステージなんてものからとんと遠ざかっていた俺は、
しかしこの、いかにも今風ロッカーなその軟弱な理由に、
ちょっと首を傾げたくもなったものだが、
そう、ギグである。
久しぶりにギグに出れる。
それも、知る人ぞ知る、ロックの歴史的な殿堂。
へえ、あの店でやるのかよ。
面白いじゃねえか。



新宿ロフトの最後のギグから7年間、
なんだかんだと紆余曲折の後に流れ着いたここニューヨーク。

仕事を探して働いて辞めて。
そんな中でふと転がり込んできた、
ブルックリンの練習スタジオのレンタルの話。
月極のスタジオで、夜と週末は使い放題。

あんたいい太鼓叩いたんだってな。
辞めちまうなんてさすがに勿体ねえだろう。
昔の話を伝え聞いた知人からの、
大してありがたくもないそんなプレゼントだった。

たかがドラム、されどドラム。

仕事の後、終わりのない残業に見切りをつけると、
俺は一人そのブルックリンの川沿いの倉庫街にあるスタジオに篭って、
そしてメトロノームだけを相手にドラムを叩くようになった。

さすがに毎日という訳には行かなかったが、
初めてしまうともう歯止めがきかなくなった。
仕事を終えてから三時間四時間。
帰りの時間を気にしながらも、五時間六時間。
しかしそのうち、なにもかもがどうでもよく思えてきて、
明日の仕事のことなど心底関係なくなってきて、
そのままスタジオで朝まで。
そしてそ欠伸を噛み殺しながら仕事に出かけ、
再びこの場所に戻ってくる。
そうやってただ一人、メトロノームだけを相手に、ドラムを叩いていた。
そう、あの二十歳の頃の、あの幽霊の出る地下室の倉庫。
スティック粕の積もった埃だらけのカーペットの上で犬のように寝ていた、
あの頃のことを思い出しながら。

ドラムを叩くことに何が目的である訳でもない。
今更それでどうなるかなど思ってはいなかった。
禅修行と俺は言った。
そう、これは禅修行、誰のためでもない、ただの、禅修行なのだ。

90から初めて、それを60で取り、120で取り、45で取り、180で取り。
4ビート、8ビート、6/8、16、32。
4 三連 8 16 6連 32。
その永遠なる繰り返し。

ちょっと息抜きにソロを回し、
ジョー・モレロにエルヴィン・ジョーンズ。
スティーヴ・ガッドに、デイブ・ウエックル。
おいおい、おっさん、
なかなかやるじゃねえかと自分を笑いながら、
さあ、お出ましの、ジョン・ボーナム(笑
そうやって俺は、ただ独り、ドラムを叩き続けていた。

こんなことやったからっていったい何になるんだ、
とはいつも思っていた。
知った事か、そう、これはただの禅修行。
そして、ロックに殉じた、友たちへのレクイエム。



会社の女の子に紹介された、
ちょっと弾けたギャル系の、ちょっと小悪魔入った美少女系。
バンドやってたんですか?プロだったんですか?
と妙に真剣な顔つきで聞かれてはお調子こいて、
おおお、一応な、と鼻で笑って受け流していたところ、
あの、実は、と回って来たのがこの仕事。

なに、じゃあ、俺のプレーが気に入ってくれたら、
一発やらしてくれるわけ?の軽口に、
笑いもせずにじっと見つめ返すその視線。
おっさん、やれるもんならやってみなよ。
あんたのドラムとやらで、あたしを本気にさせてみなよ。



ステージ前、地下にあったその楽屋というよりは見捨てられた倉庫。
ギタリストは、冗談か、と思える程、あからさまに緊張していた。
チューニング・メーターを覗き込んでは、さっきからため息ばかりついている。

壁から天井から隙間もないほどに殴り書かれたその落書きだらけの楽屋の中を、
ベーシストは、神経症のクマのようにウロウロと右に左に歩き回っては、
割れた鏡を相手にシャドーボクシングを繰り返していた。

俺はその立ち込めた便所の臭いに辟易しながら、
機材ケースの上に寝転がっては、
NO SMOKING のサインのその下で、
飽きたタバコを吸い続けていた。

あーあ、んだ、この待ち時間ってやつ、と生欠伸をしながら、
この妙な落ち着かなさがギグの前なんだよな、と、
あの新宿ロフトのステージ脇の楽屋を思い出していた。

ねえ、とギタリストが言った。
緊張しないんすか?
あ?緊張?
なんか凄いお客さん入ってるみたいだけど。
ああ、緊張ねえ、と俺は答える代わりに首の骨をコキコキと鳴らした。
もちろん緊張していないことはない。
ただ、下手に緊張したからと言って、
悪戯に力んだからと言って、
良い結果が出せるという訳ではない。

ただ、なんとなく、己の不謹慎を責められた気がして、
ああ、だったら、とスティックを持ちだして、
積まれたままになった機材ケースの上でスティックを転がした。

ダブルストロークからパラディドル、バズロールで間合いを取りながら、
そしてシングル・ストローク。それをロールまで。

そう、ギグはシングル・ストロークだ。
シングル・ストロークこそがギグにおけるドラムの全て。
それ以外の音は、全て轟音にかき消されてPAは通らない。
必要な音、それだけを、思い切り、
全身を鞭にして叩き込む。
ギグに必要なのはそれだけだ。

うっし、今日は手首が柔らかい。
変に力が入っていない証拠だ。
今日は調子が良いな。
貰ったぜ。

そんな俺を見て、ベーシストがニヤリと笑った。

階段の上から、HEY GUYS、と呼ばれた。

READY TO ROCK!? GO! GOOD LUCK!

さあ、待ちは終わった。
さあ、喧嘩だ、喧嘩。男の花道。

途端に奴らの顔つきが変わった。
行くぜ、と言われて、ギタリストが、押忍、と立ち上がった。
ぶっ飛ばしてやる、とベーシストが言って、
肩の先で、さあ先に行きな、と俺の背中をゴツリと小突いた。

ステージへの階段を登りながら、
女ここに連れ込んだら、おまんこできるかな、
と俺は言った。

オマンコ?とギタリストが振り返る。
いい女いたらここでやっちまおうぜ。
その前に喧嘩だろ、とベーシストが言った。
喧嘩はステージで。オマンコは楽屋で。
ああああ、とギタリストが言った。
もっとまじめにやってくださいよ。俺の米国デビューなんすよ。
真面目にやってんじゃんかよ、と俺はいった。
喧嘩とオマンコ。
そう、ライブは喧嘩とオマンコ。ロックだ。ぶっ飛ばそうぜ。



最初にステージに出たのは俺だ。
スネアとシンバル。フットペダルとスティックケース。
ドラムの席に座る前に、鮨詰めの客席を眺めて、
ほおお、埋まってる埋まってる、とニヤニヤ。

対バンのドラマーがリハの中でセットしたままの、
この無様な右側の糞タムを外しながら、
このド素人がと舌打ちしては、しかしそっと床に置き、
その場所にライドシンバルをセットしてよしよしとご満悦。
左右のクラッシュシンバルを思い切り上げ椰子の木のポジション。
フットペダルをセットして、スティックカバーをフロタムにぶら下げて、
んだよ、マイクチェックもやらねえのかよ。
まあその方が、俺にとっては都合がいいんだがよ。
間の抜けたMCと客のざわめきを聞きながら、
待ってろよ、ほくそ笑む。
待ってろよ、てめえら全員、ぶっ飛ばしてやるからな。

命より大切なスネア、そのご神体をそろりそろりとセットした後、
スナッピー上げて落として、思わず手を合わせて、
マイクの位置を確認してから、椅子を上げてそして下げて。
そして、クリックのイヤモニ。
うーん、と考えて、いや、今日はこいつはやめておこう、と思った。
たかがロックじゃねえか。そう、ロックだ。ロックなんだぜ。
改めてこの場所、このドラムという、世界で最高のコックピット。
そこから見渡すこのライブハウスという空間。
帰ってきたな。。
思わず、この場所に座れるその喜びが、湧き上がってきた。

ギタリストが、緊張に引きつった顔で、
アンプとエフェクターを覗き込んではおどおどとしている。
ベーシストはやはり神経症のクマのように、
ステージを左端から右端まで、うろうろと歩き回っているばかり。
そんな奴らに、こっちは用意できたぜ、と顎をしゃくる。
え?なに?とその呆然するギタリストのその顔、
首から下げたギターがまるでオモチャのようだ。
心配するな、と思わず。
てめえも一緒にぶっ飛ばしてやるからさ。
お前は俺に、素直にぶっ飛ばされてればいい、それだけで良いんだよ。

マイクチェックに向かったベーシストが、
ハロー、ファゴット、とへらへらと笑った。
待ちくたびれた客達の歓声を上げる中、
このアメリカで最も言ってはいけない言葉、
U FAGGOT!  SUCK MY DICK
 ~ このオカマ野郎。俺のちんぽこ、たっぷりしゃぶらせてやるぜ。
おおお、失笑が広がった。
なかなかやるじゃねえか。
間抜けたお調子者が、マダーファッカー!と吠えた。
この野郎、とペットボトルが飛んだ。
その客席に向かって、ベーシストがガムを吐きつけた。
この糞野郎、かかってこい、思い切りぶっ飛ばしてやるぜ。

振り返ったベーシストが、俺に向かって ロック!と叫んだ。
ロックだ、ぶっ飛ばそうぜ。
そんなベーシストに、
俺はスナッピーを上げながら渾身の笑顔を送って返す。
ったくこいつも筋金入りのロック野郎だな。
てめえのその面構え、普段とまったく別人じゃねえか。
帰ってきたぜ。俺たちはこの、ステージという場所に。

さあ、喧嘩だ!と両腕を上げた時、
それをスタートと勘違いして赤いスポットライトがステージを照らした。
と途端にマイクがハウリングを起こす。
スネアのスナッピーがびりびりと震え始める。
鼓膜を劈くその轟音の中で、構うことはねえと、
いきなり一発目のリムショットを思い切りぶち込んだ。
会場中にとんでもねえ音が響き渡った。
ざまあみやがれ。
両のシンバルとバスドラを力いっぱいにぶっ叩いて、
その爆音に会場中が歪んだように見えた。
くぅ 気持ちいい!このなんとも言えぬ快感的打感。
うっし、今日は行ける、と思った。
あああ、溜まらねえ!
そのまま、俺はビートを刻み始めた。
さあ始まったぜ、喧嘩だ、喧嘩、男の花道。

え?え?そんな筈じゃ、とギタリストが目を見開いている。
え?え?え? 1-2-3-4 のカウントで・・・
ベースが構わずビートを絡めてくる。
え?え?え?なに?なに、なんだよこれ、
と、ギタリストは目を見張ったままだ。

サングラスの奥からベーシストが視線を飛ばす。
いいグルーブだ。モニターもよく聞こえる。
ああ、良いハコだな、天井が低い。
ああ、このハコで、イギーが、ガンズが、
ジョニー・サンダースが、演ったのか。

やれやれ、と俺は苦笑いした。
なんてこった、俺はまたこんなところに戻ってきてしまった。

気をとり直したギタリストが、
ようやく一発、チューニングの外れたギターを掻き鳴らした。
ガンバッテと、ステージ袖の金髪のガールフレンドから黄色い声が飛んだ。

ARE YOU READY! とベースが叫ぶ。
YEAH と客が 返す。
ARE YOU READY TO ROCK!?
YEAH ROCK と歓声が跳ね上がる。

スネアに合わせてYEAHの歓声と拳が突き上がる。
客席がうねり始め、スポットライトがステージを舐め始める。

さあ、ボウヤ、と隣を振り返るベーシスト。
さあ、お膳立ては終わったぜ。後は好きにやりな。

ハロー、マダーファッカー!とギタリストが吠えた。
ちょっと声が裏返っていたが、声量だけはでていた。

ロック!ロック! ジャパニーズ、ロック!
てめえらに、本当の日本のロックを見せてやる!

ギタリストのリフが始まった。途端にベースと絡み始め、
二人の目が俺に注ぎ、
俺はその目を見返しながら笑っていた。
馬鹿野郎、いきなり走ってるぜ!
まあいい、ロックだ、そうロックなんだ。
ぶっ飛ばしてやろうぜ。
こいつら全員、思い切りぶっ飛ばしてやろうぜ。
ガキども、早くステージの上に飛び込んでこい。
全員、思い切り、一撃で、ぶっ飛ばしてやる。

スネアのフィルが弾けた。
PAを返してとんでもない音でそれが会場中に響き渡った。
そう、そう、そのままで良い。
ドラムの音しか聞こえないだろう。最高じゃねえか。

対バンのあの珍カスドラマー。
あのフロントにタムを2つもぶら下げていた、
そう、それだけで判る。つまりは、ド素人ってことだ。
そのヘナヘナなドラムでは、音を通すことなんかできねえ。
こんな小さなハコでは、まさに、
スネアのリムショットと、そして思い切り踏み込んだバスドラこそが全て。
そんなへなちょこ野郎に合わせたマイクのレベル。
そこにこの、俺の渾身のリムショットとバスドラ。
そのドラムの音量だけでも、客の鼓膜を劈いて、
スネアが鳴る度に、横面をぶん殴られ、
バスドラのキックに、みぞおちに蹴りぶち込まれてるような、
そんな気がする筈だ。

馬鹿野郎、ドラムの音しか聞こえねえだろう?
それでいいんだよ。
見てろ、ドラムだけでぶっ飛ばしてやる。

会場が揺れ始めた。波をうってうねり始めた。
その鮨詰めの客席の中に、あれ、と知った顔を見つけてちょっと驚いた。
ジョーイ・ラモーンじゃねえか。
ひしめき合った客席の、その上に頭がひとつ。
うねる群集の海の中、波に流されたビーチボールのように、
ぽっかりと浮かんでいたのだ。

はっはは、と俺は笑った。てめえ、その頭でかすぎだぜ。

よお、と俺は挨拶をした。
よお、とサングラスの中からジョーイ・ラモーンが挨拶を返した。

ドラムス!とギタリストが吠えた。

ジョーイ・ラモーンへのプレゼントのつもりで、
俺はロックの常識ではあり得ないオカズを披露してくれた。

パンカーたちにはちょっと勿体なさ過ぎる掟破りの超絶的フレーズ、
バスドラのダブルを中心にした、
六連と32分とのコンビネーション。
それもすべてシングル・ストローク。
その訳の判らない乱打の轟音が、
崩れ落ちる壁のように鳴り響く。

メンバーには、俺のフィルインの時、
俺の音はなんにも聴くな、と言ってあった。
足踏みをしながらカウントだけ数えていろ、
絶対に俺に合わせようとするな。
1-2-3-4を8っつ。
信じろ、それだけを信じて、
何も考えずに足踏みをしていれば良いんだ。

思い切り叩き落としたシンバルの中で、
ギタリトが、おおお、っと驚きの声を上げた。
ベーシストがニヤリと笑った。
客席に歓声のうえから、どよめきが広がった。
ジョーイ・ラモーンがぴょんぴょんと飛び跳ねては、
喉を上げてゲラゲラと笑っている。
ベーシストがステージを走り回っていた。
ギタリストが頭を振り、
すでにその目から正気の色が失せていた。

いつの間にかステージに神様が降りてきていた。
あとはそう、もうこのままでいい。
このままこのまま、あとはなにをやっても、やらなくてもいい。
あとは神様と踊るだけだ。

ああ、やれやれ、と俺は再び天井を見上げた。
なんの因果かまたこんなところに帰って来ちまったぜ。

ふと見ると、ステージ脇の、あの地下の楽屋に降りる階段の口で、
次に出演する筈の対バンの連中が踊り狂っていた。
ただ一人、目を見開いて俺を見つめるのは多分あのへなちょこドラマー。

おい、とそのドラマーに言った。
悪い、ヤニ、タバコくれねえか?

そうやって俺はステージに戻ってきた。
よりによって、神様からの歓迎も受けた。

ロックの神様、ステージの神様。
この世で最も邪悪な、そして、魅力的な神様。
ああ、また、これが何年続くのか。

あのボンボンのガールフレンドへのプレゼントは、
俺にとって、やはり悪魔のような代物だった。

ああ、これで、とドラムを叩きながら思っていた。

これでまた、仕事と揉めて、かみさんと揉めて、
なにと揉めて、なにと揉めて、なにと揉めて。。。。

まあ、いいか、と思った。
なあ、神様、ロックの神様。
まあいいやな、
そう、俺の人生、たかだがそんなもんだよ。
それだけで十分だろう。
なあ、ロックの神様。









**祈御冥福 CBGB、DON HILL そして、ジョーイ・ラモーン あんたらこそがロックの神様だったんだな。






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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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