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究極の狐火文体 ~ まさに糞壺のような妄想の爆走

Posted by 高見鈴虫 on 05.2016 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments
あまりの長文、と言うよりは、この妄想の暴走、
もうちょっとなんとかできませんか?

という数々のご不満の中で、
だったら小ネタに分けるか、と考えない訳でもないのだが、
いちいち記事に分けるのもなんとなく面倒なので、
小ネタをいっぺんに凝縮、ならぬ羅列してみてはどうか、
と考えて、
思い切り、気の向くままに、妄想を暴走させてみた。

結果として、つまりはそう、俺を 別名、長文さん、とあざ笑う、
そんなご賢明且つご多忙な背筋の曲がった紳士淑女たちへの思い切りの倍返し。

そのテーマは、まさに、中元すず香という人について、思い当たるところ、である。
どうせ読んでもろくな結論は出てこないだろう。
そう、最近流行りの狐火文体へのオマージュである。

こんな糞のような個人ブログ、人呼んで糞の巨塔、付き合うだけ時間のむだだぜ、と予め言っておく。





「スーメタル:中元すず香 厳選写真集」

あろうことか、数あるコメンターの方々の中、
スーメタルの写真ばかり、
それも、ご本人の厳選したキメキメの写真ばかりを、
どどっとお送り頂く栄誉にあずかった。
改めて、家宝とさせて頂きます。
ありがとうございます。

で、この厳選された中元すず香写真集、
見れば見るほどにこの中元すず香嬢、
また炎上を覚悟で言わせて頂ければ、
実に意外なことに、
改めて俺はこの中元すず香という人、
その顔のつくりそのものだけ取ってみれば、
じっとじっとそればかりを見つめさせて頂ければ、
実は俺のタイプではない!?
スーオタどもよ、おおお、と驚け!

がしかし、個人ブログというこの極個人の独壇場という利点を盾に、
極個人的趣味だけで言わせて頂ければ、
顔のつくりそのものだけ、を限定すると、
その美形、というか美意識だけを取ってみれば、
俺は多分、ユイちゃんなんだろうな、と思う。
ユイオタどもよ、どうだ思い知ったか!

以前にも書いたが、俺個人の女の趣味
そんなもの誰も知りたいとは思わないだろうが、
個人ブログだ勝手に語らせて頂くぞ、
そう、俺的な極個人的趣味で言えば、
究極的美女とは、なんと、入れパイ前の後藤真希
或いは、蛯ちゃん
誰も知らない通的に言えば、
フレンズのアニセー・アルヴィナであり、
夏の日の体験のシャーロット・ランプリングであり、
そしてそう、翔んだカップルの武田久美子!
であったりもした訳で、
今になってみると、なんでそんな女に萌えたのか、
自分でも訳判らない訳でもあるのだが、
まあ、そう、俺はそういう人であったらしい。


「むむむ!武田久美子!?」

かつて、思わずこの武田久美子の名前を口に滑らせた時、
いきなりかみさんがブチ切れた。

だったらあたしは何だって言うのよ!

かみさんが武田久美子にどんなイメージを持っていたのかは知らない。
が、超肉食系イケイケ淫乱女、その象徴と思っていた節がある。

あたしと全然タイプが違うじゃないの、
あるいは、あたしが実は、そんな超肉食系淫乱貝殻女、
だとでも思ってるわけ?
という訳で、これは顰蹙である。
その影響度を見れば、
因縁をつけてきたヤクザの延髄にハイキックを見舞ってしまった、
あるいは、小言ばかりのオカメみじんこ二世社長の腹に、
はっと気付いた時には蹴りをぶち込んでしまった
なんてのは、
これに比べれば序の口

武田久美子?あなたは、わたしを、そんな人だと、思ってたの!?

いや、だから、俺が好きな武田久美子は、
翔んだカップルの武田久美子であって、
あの爆乳イケイケ貝殻女の武田久美子ではないんだよ、
と、いくら言っても判っては貰えず、
どころか聞く耳そのものさえ持って貰えず、
三日ぐらいはおあずけ、どころか口もきいてもらえなかった。

が改めて言う、
俺は翔んだカップルに限ってだが、
あの武田久美子が好きだった。
その後の彼女がどうなったなど関係がない。
あの時点、つまりは一八歳限定の武田久美子が好きだったのだ。

その後、時は流れて紆余曲折の後、
今となっては顰蹙淫乱女どころか、
美熟女の代表格、
アンチ・エイジングの奇跡の伝道者として、
同世代の女性たちの間で神格化された人気を誇る、
なんてのにも進化を遂げているようでもあるので、
そう、
芸能人の方々、その生き様によって、
その時代の変遷によって、
世間の受け取られ方もいろいろ違う。
そう人間は変わるのだ。
細胞だって入れ替わるし、
日々の経験によって、DNAの情報だって変化していく、
そう、人間とは、変化を繰り返すものなのだ。

とまあ、また妙な世界に入った。
妄想の暴走だ。

で、そう武田久美子、ではない、
そう、中元すず香嬢である。


「ヒーローとはなにか、アイドルとはなにか」

俺はそう、
つまりこの数多の間違いに彩ろられた人生において、
その諸悪の根源になるところが、
つまりはその妄想の暴走。
テレビやら映画やらで見たその夢のようなドラマを、
ついつい現実問題と混同、つまりは、本気にしてしまう、
馬鹿なところがあった。
ガキの頃には、と言えばすぐに察しが付くだろうが、
小学校に上がるまで、俺はいつも風呂敷マント、
いついかなる時にも、風呂敷マント無くして俺はありえん、
とまで心に決めていたそんなガキであったりもしたのである。


テレビのヒーローを現実と混同し、
後に、ジュリーを見たら赤い革のつなぎがどうしても欲しくなり、
キャロルを知ったらリーゼント。
ジミーペイジを見て髪を伸ばし始め、
それがシド・ヴィシャスで、ザクザクに切り刻み、
それ以降は、ライダースの革ジャンを襟を立てて、
それにキース・リチャーズが加わっては、
鏡を見ずに髪を切る、ことに美学を見出した末に、
結果としてまるで狂犬病のジャンキーのような顔をして、
人生の殆どを過ごしてしまった訳だが、
人生余年幾ばくかの歳になっていきなりのベビーメタルである。

え?俺が、この俺が、いきなりベビーメタルのコスプレ?

いやいや、それはないだろう。
俺は男だし、少なくとも中元すず香は正直いって、
うちのかみさんは元より、世界中どんな人よりも好きな訳で、
そう俺的に、この世界中でも、
中元すず香に勝てるのは、
まさに、うちの犬だけ、になってしまっているのだが、
だからと言って俺が、
白と黒のまだら模様の犬のかぶりもの、あるいは、
黒とタイトはシルバーのゴシック系トップに、
紅いフリルのミニスカートで、会社に行きたいか?
というと、うーん、と悩んでしまうが、
秋のハロウィンまでにはなんとか間に合わせる、
そんな奴らがここニューヨークにもわんさか居るのではないか。

あのニューヨーク・グリニッジビレッジのハロウィン・パレードに、
あるいは、ニューヨーク・シティーマラソンに、
ビール腹に落ち武者のようなざんばらロン毛をポニーテールにした、
そんな倒錯的ベビーメタルファンのおさん、を見かけた日には、
多分俺は、セキュリティーの制止を振りきって、
思わず、そんな似非ベビーメタルのおさんを、
思い切り抱きしめてしまう、
そんな蛮行に及ぶことは必至である。

ベビーメタルのコスチュームをしたおさん、気をつけたほうが良い。
ついこの間まで、全身刺青の命知らずのメタラー、
あるいは、狂犬病のジャンキーのようだったパンク野郎に、
いきなり抱きしめられる、
そんなリスクを犯していることを、重々ご認識頂きたいわけである。

で、そう、なんの話をしていたのだっけ、
そうそう、それで中元すず香嬢のことであった。


「右手の恋人というその罠」

そう、そうなんだよ、見ればみるほど、俺、実はこの子、
顔だち的にはあんまりタイプじゃないんじゃないのかな?
と思ってしまう訳だ。

少なくともかみさんの目を盗んでは、中元すず香嬢のことも思って、
右手がもそもそと、という形では、中元すず香嬢のことを捉えてはいない。
捉えている人がいたら、俺はそいつを、アブナイ、と思う。
アナタは間違っている。
少なくともBABYMETALは、或いは中元すず香は、
君の右手の恋人にふさわしい女性ではない。
そう、
たかが右手の恋人、されど右手の恋人
クラスメートを、知人の紹介の、あるいは、そう、会社のあの子を、
ふとした気の迷いで不埒な右手の恋人として登場させてしまった時、
すでにあなたはその時点で陥落しているのである。
間違いはそこから始まる。
それは罠だ。
仕掛けたのが誰だとしても、それが罠であることに変わりはない。
それを知った以上は、初めてはいけない。
それを人間の意志力というのだ。
人間は理性の動物だ。
その理性とはなにかと言えば、欲望の、強いては妄想の制御
その日頃の制御力を一挙に暴走させるその右手と共に過ごす甘美なひと時に、
だがしかし、
決して登場させてはいけない人々を、しっかりとフィルターすること
こそが、人間の意志の力の真髄
幸せな人生を送る上での大切な秘訣。
我が人生で学んだ最も貴重な教訓、老婆心ながら共有させて頂く。

でそう、右手の恋人、じゃなかった
そう中元すず香嬢である。

右手の恋人ともなりえず、或いは、
思わず自己と同一化してしまうヒーローでもなく、
ましてや、実はあんまり好みでもない、というこの中元すず香嬢、
そんな中元すず香嬢の写真を、
この残業明けにくたびれきった身体で、夜を徹して眺め続けてしまう、
そこにあるものはいったい何なのだろうか?
と改めて自分に問い直す訳である。

つまりはそう、俺は中元すず香に、見た目だけ、その表層だけとは違う、
別の物を観ているのである。
その別のもの、の正体こそが、スーメタル、つまりは中元すず香嬢の魅力、
その真髄なのである。


「性格悪い美人vs性格よいブス という愚問」

そう言えば、とこの狐火的思考が次には有ろうことかふと我妻に飛び火する。
正直言って、我妻は俺の好みのタイプでもなんでもなかった
つまりは、武田久美子とは似ても似つかない、あるいはその対極にあたるタイプ。
言ってみれば、勉強メガネの優等生タイプであった我妻は、
もしも中学高校で同じクラスメイトであったら、結婚はおろか、
口も利かない敵同士であった筈だ。

中学高校のクラスを通じて、
俺はいつも、絶対の特等席、つまりは、一番後ろの窓際の席、
その席だけは、度重なる席替えにおいても、
ああ、ここは、教壇と同じで席の対象とはなりません、と誰からも認知された、
俺だけの特等席であった訳だが、
我が勉強メガネの妻にとっては、
一番前のちょっと右側、こそが彼女にとっての特等席であり、つまりは対角線上。
クラスにおいて最も遠い席、つまりは遠い存在であったりもした。
そんな水と油のタイプであっただろう俺達が、
どういう訳でここ数十年も、
喧嘩ばかりしながら腐れ縁でやってこれたのか、
と言えば、
ぶっちゃけのところ、性格ではないのか、と思う。

そう、性格。
たかが性格、されど性格。

見た目綺麗でもビッチな女と、見た目ブスでも性格の良い子、どっちがいい?
というのは、人類始まって以来、繰り返され続けてきた難問であるのだが、
ここに俺は、例によってひとつの混ぜ返しを投じたい。

性格は顔に現れる
見た目ビッチ、な女は、がしかし、その性格はしっかりと顔に、その容姿にも刻まれている。
がしかし、見た目ビッチでも、性格は悪くても、そこに自分を失っていない女
つまりは、プライドを持っている女
それを、人々は、タカビーな、性悪女、と言いながらも、
ついついその甘い罠を罠と知りながら誘い込まれてしまう、その理由とは、
つまりはそんなビッチ面をしたタカビー女の、その性格、そのプライド、或いは、その鉄のプライドに隠された弱さ
そんなものを垣間見た時にこそ、あるいは、見た、と勘違いしてしまった、させられた、時にこそ、
間違いが始まる訳で、おい、糞ガキ、良く聞いとけよ。お前も絶対にそれに嵌まるんだからな。

人間、どんなに自分を特別なものと思っても、
嵌り込む罠ってのは実はすごくありふれたことで、
人類始まって以来、時を変え、場所を変えながら、同じような間違いを永遠と繰り返している生き物。
そして君もそのひとり。
殆どの男が、それで人生を不意にする。その程度のもの、と認識しておいて間違いはない。
で、そう、見た目は悪いけど、性格の良い女、ってのを俺は実は信じない。
性格の良い女は、絶対に見た目も良い。
見た目、つまりは顔こそが、心の現れであり、その視線、その表情、その全体を包む雰囲気こそが、
性格、強いては人格、あるいは、魂も含めたうえでのオーラそのもの

多少足が太かろうが、おっぱいが小さすぎたり大きすぎたり、あるいは、手足の、あるいは、首の長短、
ウエストの有る無し、乳輪の大きさ、乳首の色、陰毛の形から、あそこの匂いまで、
全てをひっくるめた上でも、その人の持つ性格、強いては人格は、その表層をすべてすっぽりと包み込む。

表層こそ、つまりは見た目こそが、その人格の最も素直な反映であるのだ。


「人間というこの摩訶不思議な」

前に上げた伝説のナンパ師・マエタケさんではないが、
人は本当に千差万別、その魅力もまさに千差万別どころか、
ひとりの人格の中に、その魅力はまさにカレイドスコープのように満ち満ちている訳で、
それはまさに無限大
それに加えて、嘗て記述した寂しい女ではないが、
自分の思っている自分自身と、本当の自分自身は違う、
あるいは、自分自身のことを一番良く知らないのは自分自身、その当人であったりもする、
というこの逆説の中にあって、同じ人間の中に、別の人格が入り込んでいたり、
ということも十分にありえる、いや、ほとんどの人間が実はそうであったりする訳で、

まさにそう、人間の魅力というのは、この摩訶不思議な心理の万華鏡、
と同時に魑魅魍魎の魔物の棲む沼、であったりもするのである。

でそんな、性格、その体現となる見た目こそが、深淵なる人格のその入口、つまりは看板。
それに、無意識化の、やらなにやらが加わるとまさに訳判らないのではあるが、
そんな訳のわからない人間同士が相まみれるる時、
そこにまた、社会というまた違う訳のわからない人間たち、つまり他人が介在することにより、
そこにまた訳の判らない化学反応やら、深層心理の目覚めやら、電気的反応、その誤動作が始まる訳で、
そんな訳の判らないことを、いちいち考えても面倒くさい、という訳で、
それを宿命、あるいは、赤い糸、なんてことばで、ひとくくりにしてしまった訳だが、
そう、いくら考えてもそんなもの真相は判らない。考えるだけ無駄、とばっさりやってしまった昔の人、
それこそが、生きる知恵、というものなのであって、
それについて、やれゲシュタルトだ、やれプラグマティズムだ、エクトプラズムだ、
テーゼだアンチだアウフヘーベンだ、とやってみても、
結局のところ、男で言わせるところの したいやりたい
あるいはそれを女の子的に解釈すれば 赤い糸、
であったりもするのだろうなあ、と思ってしまうのが、俺が勉強をしなかった理由である。

なぬ?
なんだよ、ちゃかっとまとめるつもりがまたまたこの狐火文体。
いったいなにが言いたいわけ?な訳で、ごめんなさい。
そうですね、中元すず香、その人の話でした。え?そうだったっけ?
と思いながらも、読み返すのも面倒なのでこのまま続けさせて頂くが、


「中元すず香は、とても怖い人である」


で、そう、中元すず香さんのお写真。

これを一晩中見続けて、思ったのは、つくづく怖い人なんだろうな、ということなのである。

怖い人?中元すず香が?

先に上げた、ポニテの大親分、あれを超誤解した人がいるとすれば、
つまりは中元すず香が、ダンビラを振り回しては、
借りた金返せないないならエンコ飛ばすぞソープに沈めるぞ
シャブだオレオレだ人身売買だ臓器売買だ保険金詐欺だ企業誘拐だ、
その大元締め?まさか・・
という方向に妄想が爆走する人がいるわけもないだろうが、
そう、つまりは強面=コワモテ、的な意味での怖さでは全然ない。

中元すず香嬢はライブは戦いだ、とおっしゃっているが、
うっしゃ、そうあれば、と、もしも中元すず香嬢とK1のリングで戦ったらどうなるか?

あの足首を見ろ。あの細く長い首を見ろ。
あの鞭のような手足で殴られ蹴られしたとしても、
おお、もっともっと、とは思うだろうが、
彼女の物理的な攻撃によって、肋が折れたり頭蓋骨が砕けたり、
というのはまずないに違いない。

つまり、中元すず香は格闘技の人ではない

そんな中元すず香をなにゆえに怖い、と思うのか。


「中元すず香のその魅力の真髄とは、日本女性の底力と見つけたり」

中元すず香はどうみても、意地悪なタイプには思えない。
なんといっても、イジメ駄目駄目な人なのである。

あの普段のまるでこっちまで蕩けてしまいそうな甘い笑顔。
この人ほど、イジメやら意地悪、やらと程遠い人もいないであろう。
あの普段のおっとりとした顔つきを見ると、お小言を言うタイプにも見えず、
ご出身は広島の方と聞くが、顔立ちとその雰囲気的には九州

つまりは南国っぽい人なのではないのかな、と勝手に拡大解釈をする訳なのだが、
そんな中元すず香嬢には、
あの東京の、まるでカマキリのような顔をした、
ギスギスとした罠に嵌ったメギツネ、あるいは、飢え死に寸前の化け猫
のような、つまりは意地悪と高飛車とくだらない小言とイジメの巣窟のようなな末期的都会女
その対極にあたるような、そんなお人柄に見える訳だ。

よかよか、なんでんよか、やら、まあ、なるようにしかならんさ、

と、にこっと笑ってすべてを丸く収めてしまう、
そんなゆるくも絶対的な揺るぎなき大地の、あるいは、大海の、
無限の強さを秘めた九州女の底力、強いては、日本女性の本当の魅力
表面上は、はいはい、判りましたよ、と暴君たる家長の顔を立てその影に隠れながら、
しかしその深層心理から根源的欲望のそのコアな部分をがっちりと掌握したまま、
知らぬうちにそんな暴走マシンたる男心を言葉も無いままに操っては、
いつのまにか全てを丸く収めてしまう、その魔術のような人心操作術
そんな日本女性の底力、魔性とまで思えるその狡猾さ、と同時に、芯の強さ。
中元すず香が、何故に俺のような不良おやじの心をここまで時めかせるのか、
その謎の中に、中元すず香の持つ、そんな太古の時代からの日本女性の持つ底力、
その源泉、その魔術性を感じるから、ではないだろうか。


「中元すず香というリーダー ~ 上杉謙信の生まれ変わりと見つけたり」

という訳で、中元すず香はまさに俺の一番弱いタイプである。
その華奢な身体つき、思わず、支えてあげたくなるその痩せた背中。
そしてそう、彼女のその表情からにじみ出るのは、まさにその人格

あまりにも一本気で、一途で、生真面目過ぎて、
手を触れれば思わず血がにじむような、
思わず感電してしまいそうな、
そして、いまにも、パーンと弾け散ってしまいそうな、
そんな危うさを秘めた、そのあまりの真剣さ
馬鹿がいくつ付いても足りないぐらいの、その生真面目さの
そのいじらしさに、思わず観ている者たちが身悶えてしまうほどの一途さ。

彼女の魅力、その表面に滲み出した人格、その真髄となるのは、
まさに、そう、その怖いぐらいの生真面目さ、つまりは、真剣さ。

その姿はまさに、鋼の輝きを湛えた、日本刀、そのもの。
そんな女の子を見ると、男は、特に俺のような根っからいい加減な男は、放っておけないのである。
判った判った、判ったから、もうそんなに無理しないで、自分の身体のこともちゃんと考えて、
いや、まあ、はい、はい、判りました、はい、その通り、はい、その通りです、
でも、あの、でも、でも、ああ、俺はもう、君のことが心配でしょうがないんだよ。

仕事柄、チームのモチベーションを保つには、なんてことを日夜考え続けている俺ではあるのだが、
チームを率いるリーダー、その資質、そのタイプを様々な角度から観察する機会に恵まれてきた。

つまりはそう、信長タイプ、あるいは、秀吉、そして家康。
だが、この中元すず香嬢、そんな典型的なリーダー像にはちょっとそぐわない気がしていたのだが、
こんな駄文を綴りながら、ふと思いついたのが、上杉謙信。

家来たちの全てをぶっちぎっては、単身で敵の本陣まで突入し、
憎き敵将の額に、一太刀を見舞った、この典型的単独暴走型の天才武将。

そのあまりにも刹那的過ぎる、まさに一本の槍、あるいは、サムライの魂のその具現化である日本刀そのもの。
チームを束ねるリーダーたち、その幾多のタイプの中にあっても、
この最も厄介、かつ、実は最強の、この単独暴走型の天才タイプ。

実は時代の全ては、そんな単独暴走型の天才が切り開いてきた、
というこの人類の歴史を省みる上でも、
こんなリーダー、確かにここのところとんとお目にかかれないよな、
と思わざるを得ない、その稀有にして典型的な天才タイプ。

その天才型のリーダー、その本質とはなにか、と考える上で、

まさに、そう、この中元すず香、そのあまりにも、観ていて涙が滲んできそうな程の真剣さ、その生真面目さ。

それこそが、全ての男たち、そして女達、そんな魑魅魍魎とした人格の沼を抱えた人々を、
一挙に束ねあげては、そこに超時限的なパワーの相乗効果を産み出す、
その源泉なのでは、と思い当たった。


「真面目さこそが、日本人の唯一絶対の武器、と心得るべし」

そう、リーダーはそうあらねば、と思う。
狡猾に部下たちを操っては、手を変え品を変え、飴と鞭を使い分けては、
時として、悪い噂と風評を武器に、イジメ的な恐怖政治の体制を引く、
そんな魑魅魍魎型、妖怪たぬき变化型のリーダー達ばかりが羽振りをきかせるこの世の中にあって、
まさに、上杉謙信、うちの大将は本当に困った人で、と笑われながらも、
いざ大将が動いた時には、まさに命知らずの野郎どもが、
その身を捨てて馳せ参じる、
そんな、一種典型的な、しかし、最近とんと見ないタイプの、そんな一途なリーダー像。

そんなドラマ性に、思わず、イニシエのロマンを感じない訳にはいかない。

そう、リーダーこそが、真面目であることなのだ。

俺たち、日本人、俺たちには、そういう狡猾なタイプのリーダーって、
実はあんまり似合わないじゃねえのかな、
と勝手に思ってきた。

俺たちってやっぱ、真面目なんだよ。真面目過ぎるぐらいに真面目なんだよね、つまるところ。

日本人同士でやっている時には、そんな同じ馬鹿正直な資質を共有していることを知っているから、
そこにまさに魔法のような空気読み術の上で、摩訶不思議にも完璧な棲み分けがなされる訳なのだが、
ひとたび海外に出て、そんな空気を読むどころか、その基本的認識に根本的な差異がある、
多人種の中に放り込まれた途端、日本人はそのサガとも言うべき、生真面目さ、に火がついてしまうところがある。

その生真面目さ、なにかにつけて、あまりにも一途な、時として頑固で、時として優柔不断で、
しかしそれは、空気を読みつつ、互いの和を守りながらも、その中に、確実に存在する、真実を信じる信念。
つまりはそう、真面目さ、なのだが。


「日本の迷走の根本的原因」

どう言う間違いでか、そんな真面目さ以外になにもないようなこの島国に、
とってつけたように不真面目な国の不真面目な文化の、
そのやり方をそのまま周到させようとした馬鹿がいた。
不真面目な国の不真面目な文化、
つまりは、人、あるいは土地という資源は無尽蔵で、
焼き畑を繰り返しては新たな大地を切り開き、その原動力は外から流れ込む奴隷たち、
それに単純労働を押し付けては、潰れた途端に切っては捨て。
その徹底的な使い捨て文化、つまりは大陸的文化、

それと、

我が母国、島国という限定された条件の中で、
少ない土地を大切に大切に使い、そして、ひとりの人間というこの無限の可能性を秘めた資産を、
大切に大切に育て上げ、そこにマルチ性の権化のような、スーパーなんでもできる人間をつくりあげようとしてきた、
この日本という島国国家、

大陸と島国、というあまりにも違いすぎる条件であることをわきまえずに、
悪戯に、そんな、大陸型管理システムを導入しては、
少ない資源を悪戯に疲弊させ、使い捨てにしてしまった、
そこにこそ、日本の迷走の根本的原因がある、と俺は思っていたのだが、
それは違う、という方があれば、ご意見をお伺いしたい

そんな、日本人が日本人に優越を付けて差別化する、など愚の骨頂である。
我々は島国の人なのだ。
その島国という限定された国土の中で、熟しに熟しきっては、
世界に類を見ない、テレパシーとまで言われるほどの、
高度なコミュニケーション能力を身につけた、まさに特殊な才能を培ってきた民族なのである。
その根本にあるのは、少ない人的資源を、国をあげて大切に大切に育て上げる、
その思いやりであった、と思うのは間違いであろうか?

俺は日本人である。
同じ日本人である以上、ドキュンであろうがタカビーであろうが、金持ちであろうが生活保護であろうが、
日本人である以上は俺の親戚筋である。
自分の親戚筋である以上、そんな人々、あるいは子どもたちを放っておく訳にはいかない。

それはまさに、ノー・マン・レフト・ビハインド
ここ軍事大国アメリカの、その精神的な基盤をなすこの精神。
アメリカ人である以上、誰も戦場にその屍を晒させることはしない。

焼畑型大陸的思考であるアメリカを、しかし支え続けてきたのは、
実はこの精神なのだ、ということを、いったい何人の海外通日本人が理解していたのか、
改めてお伺いしたい。

そしてそんな日本型の人員育成システムに回帰することは今更無理、
と言う方がいれば、それがなぜ無理なのか、なぜ現実味に欠けるのか、
特に中小企業の叩き上げ社長の方々、ご意見をご拝聴させていただきたい。


「BABYMETALというひとつの回答」

という訳で、そうそう、その中元すず香であった。

俺はそう、この中元すず香の中に、
そんな熟して熟しきって、
しかし、その出口を失っては迷走を続ける日本という国家、と同時に、
今や滅亡を待つばかりという悲観論にさえ満たされた、この日本人という人種
しかしこの断末魔の絶体絶命の中にあって、
一種救世主的に現れたこの中元すず香というカリスマ、
その中には、まさに一種典型的な日本人の美学、その究極形を垣間みるのである。

そう、日本人の美とはなにか。良い意味でも悪い意味でも、その真剣さだ。
世界に大して、俺達が勝負できるその根本的な資質とは、

生真面目さと、気配り、それ以外にはない、と断言できる。

それを見誤った、自称海外通を気取る、実は日本人という本質がまったく見えていなかった似非学者
つまりはアメリカ人というものが理解できるほどまでにアメリカ人に相手にしてもらえなかった人々、
誰かと肚を割って、とことん話をすることができなかった人々、と断言させて頂く。

あるいは、そんな日本人の生真面目さを逆手に取り、
宇陀屋的流民文化の極みのような金融詐欺師たちに売っぱらってしまった国賊達、
そんな人々により好き放題に食い荒らされてしまった日本という国に対して、
この土壇場での回答が、まさにBABYMETAL

日本の職人的プライドに裏打ちされたその超絶的演奏技術、
その粋であるところの、神バンドとそしてそれを支えるマニュピレーターの神業的な融合。

そして、和を持って力となす、その超絶的なシンクロを繰り返す三姫、
まさに、ロボットというよりも、細胞の分裂のを思わせる程のその目眩く変化の中に、
まさにご神体として鎮座した、一本の日本刀。
その触れれば血が出るほどの、そのあまりにも見事な真剣そのものの姿。
その人こそ、我らが中元すず香、その人である。

それこそが、まさに、日本の美、その真髄なのだ、と改めて断言させて頂いた上で、

似非外来文化に騙され切った、日本人を妙に卑下することで妙な人気を煽り続けた詐欺師、
そして、
我が民族のその一番の弱点である、真面目過ぎるが故に騙されやすい、
その揚げ足を取っては、真面目な人々の真面目な蓄えであった、
つまりは日本人の生真面目さのその真髄であったところのタンス預金を、
事もあろうに、あの糞詐欺師たる宇陀屋糞金融なんてものに騙し取られた国賊ども、
それに翻弄され続けたこの二十年余

日本人よ、目を覚ませ。俺たちは、実は、本当の本当に美しい民族であった、筈じゃなかったのか?

日々の葛藤、時として、人間そのものにとことん嫌気が指してしまうようなこの現実を前に、
それが実は、先に上げた、詐欺師、あるいは国賊たちの、罠に嵌った結果である、ということ、
実はそれが、人為的に画策された悪夢に過ぎない、という事実に、早く気付いて欲しい。
テレビを観るな、自分を信じろ、とはまさに、そういうことである。


「BABYMETALに観る 日本人の美学」

そう痩せても枯れても俺たちは日本人だ。
生真面目で馬鹿正直で、時として、騙されやすくもあるが、
しかし、そう、真実を真実として信じられる、
そんな底力を持った類まれな民族なのだ。
日本人にとっては、え?と思うぐらいに当然のことが、
世界にでてみると、げええ!?と思うぐらいに欠けていたりする。
その顕著な例が、日本語によるコミュニケーション伝達のその早さであり、
共通認識の徹底ぶりであり、つまりは、基本的な教養度の高さであった訳だが、
そこが崩れた、つまりは日本人の中に無理やり優劣をつけてアメリカ化=奴隷化、
を図ろうとした人格カタワ的馬鹿、
日本の失速は、そいつのおかげだ、と思っている。
いや、日本人自体、それほどパワーダウンしたとは思わない。
ただ、そこに疑問を持たされた、そこに自己疑念が発生した訳だが、
いやいや、海外に出れはそんなこと嘘だ、とすぐに判る。
つまり、日本人の優越性にすぐに気づくという訳だ。

という訳で、
俺たちが日本人であるということの一種この特異性を、誇りこそすれ、
世界中の誰に対しても、決して引け目を感じるなんてことは微塵もない
胸を張って、俺達は日本人だ、と笑顔のサムライを以って、世界を歩こうではないか、と思っている。

そう、BABYMETALだ。

BABYMETALは、世界武者修行の中で、そんな日本人の真の美学を体現している、
俺はそう思っている。
だからこそ、俺はBABYMETALを応援し続ける。

そしてその象徴こそが、中元すず香、その人なのである。

BABYMETALを聞けば聞くほど、どころか、
中元すず香の姿を見れば見るほどに、涙が滲んで来てしまうのは、
つまりはそういう理由なのである。

俺たちはまだまだ負けた訳じゃないんだぜ
負けたと泣きを入れるまでは、勝負はつかねえんだぜ!
それを信じさせてくれる、まさに蘇った日本、
BABYMETALこそは、その象徴なのだ。

真剣さを失わないこと、それこそが、唯一絶対の武器である、
中元すず香の姿は、その真実を思い起こさせてくれるのである。

という訳で、ああ、俺はいったい何を書いているのだろう。
自分でも訳が判らなくなってきたが、読み返すことだけは勘弁させて頂きたい。
そう、このブログは糞壺なのだ。
俺の思ったことを好き勝手に吐き出すだけの糞壺。
誰になにを思われようが知った事か。

それにそう、この忙しいご時世である。
こんなところまで俺の妄想に付き合ってくれる人間などそれこそ変人である。
そんな人間はいない、読んでいるあんたが悪い、それはわかっているよな?

と、それを踏まえた上で、
また例によって、激しい蛇足を追加する。


「メタ太郎に見るベビーメタルに対する不安」

実はそう、予てより、このBABYMETAL熱、

その異常な程の人気と同時に、
その象徴たる、この中元すず香の姿に、実はちょっとした不安を抱いていた。

それは何かと言えば、つまりは、そう、そのあまりにもカリスマ的な姿に、
下手をすれば、教祖、あるいは、ファシストの姿さえもが垣間見えてしまうからである。

実はニューヨーク公演において、メタ太郎のパフォーマンス。

その行進曲風な出だしから、旗を掲げて行進、というダンスに、
思わず、おいおい、まじかよ、これ、ヒトラー・ユーゲントじゃねえか、
と、ちょっと驚いた覚えがある。

俺は個人的には、ファシズムに対して偏見も拒絶反応もない
村上龍の「愛と幻想のファシズム」は時代を超えた愛読書であるし
訳も分からず人権だ、平等だ、などと現実味に欠ける愚痴を並べるばかりで、
ならどうすりゃいいんだよ、の実質的な方法論をまったく伴わない自称平和主義者よりは、
例えそれがどんなに危険なことであったとしても、
いまやらねばならないことを断行せざるを得ない、
つまりはリスクを負いながらも現状を前進させることに骨身を削る人々を、
指示せざるを得ない状況にあるということもわかっているし、
その現状が最早ひとつの偶像化されたリーダーを人身御供にしないと
人心を束ねられないという過酷な状況であるならば、
その方法もいたしかたがない、
あるいは、世界をお花畑に、ではないが、実行論を伴わない理想主義の中で、
迷走を続けるうちでの集団自決なんてことになるぐらいなら、
万歳突撃でも一億火の玉総玉砕でも、戦って討ち死にの方法を選ぶほうが、
ストレス値も低いであろうことも予想がつく。
のだが、この妄想暴走系の俺自身が、
実はその過酷な現状の中に自分自身含まれるか?というと話は別である。
俺はそう、最早誰の手にも負えないほどの超個人主義者である訳で、
それが人権といえども法であろうとも、国家的宿命であろうが民主主義でもファシズムでも、
俺のやりたいことに下手な口を挟む奴は、まあ仕事上では別だが、
そう、一度仕事を離れれば、俺のやることには誰にも絶対に一言の文句を挟ませない。
俺はそう、つまりはとてつもないぐらいの無責任男なのである。
いざ俺が万歳突撃など強要されたら、俺はさっさと敵前逃亡を遂げて、
やあやあ、と敵の奴らに握手の手を差し伸べては、やってられねえ、俺は帰るぜ、
ビーチで葉っぱでも巻いているであろう。
そんなどうしようもない人間のクズである俺が、これまで生き延びてこれたのは、
そんな俺を、はいはい、判りましたよ、ただ馬鹿で我儘なだけでしょう、
と知らず知らずのうちに罠に嵌めては誘導し籠絡させるかみさんの成せるわざ、
というのもわかっている。
嘗てはかみさんが里帰りをした途端、
不思議なことにひとりになった直後からそんな厄介な奴らがわらわらと集まってきてはあわや警察沙汰、
なんてことを繰り返してきたが為に、俺が陥るその過ちのパターンは知り尽くしている。
なので、そう、俺はファシストは嫌いじゃないが、自分がその党員になろとは思わない。
ファシストは好きだがファシズムは好きではない、ということである。
平和も人権も確かに大切なのだろうが、その為に自分を曲げてまで、とはこれっぽっちも考えてはいない。
そう、俺は個人と公的なものを分けるタイプなのである。
言っていることとやっていることが全然違う、困った馬鹿、な訳である。

それを踏まえた上で、そう、あのBABYMETALを巡るあの狂信的な信奉者の方々。
特にそう、中元すず香の、ゆいの最愛の、
あるいは、BABYMETALに対するまさに妄信的なファン、あるいは信者達。
そのあまりの妄信ぶり。
全てのメタルは宗教に至る、という俺の持論の、
その典型を、このBABYMETAL信者の暴走にも垣間見てしまうのだが。

ヒトラーが言ったように、私は独裁者になろうと望んだことはない。彼らが、つまりは民衆がそうさせたのだ。

この言葉の真実が、これまで、なんとなく眉唾だよな、と思っていたそのヒトラーの言葉の真実が、
中元すず香の姿を見ると、妙に納得してしまうのである。

どれだけ人気が出ようが、どれだけ外野が騒ごうが、中元すず香その本人は変わらない。
つまりはそう、俺達のような熱狂的なファンが、中元すず香をアイドルに、あるいはスーパースターに、
そして、まかり間違えばファシストなどというものに、祭りあげてしまうのである。

嘗て、あの911のワートレの出来事から、アメリカ国中が、強いては世界そのものが、
見事な思考停止というエアポケットに嵌り込み、
その時代のドサクサの中で、狭間を付いた悪人たちが好き放題に世界を食い荒らしてしまった。

そんな地獄の沙汰的なまでの茶番を思い切り引っ被った経験を有する俺としては、
日本を取り巻く現代社会のこの末期的な飽和状態が、
強いては戦争という滝つぼに向かわざるをえない、という状況を、
その手の人々からの専門的な知識も含めた上で、
あるいは時としてせせら笑いを浮かべながら、そんなことを宣うフェラーリのオーナー達から、
とくとご拝聴してきた訳なのだが、

このBABYMETALという現象を観るに当って、また同時に、
俺のこの糞ブログにご投稿頂く、反射的な狂信的ファンのその思考停止ぶりの中にも、
明らかに、ガキじみたなファッショごっこへの危険な息吹を感じてしまう訳である。
そんな状況の中で、
改めて、BABYMETALの掲げた、レジスタンスとはなにか?
そのレジスタンスの意味する所、それについて、今一度考えて頂ければ、と思う。

俺にとってのレジスタンスとは、俺の邪魔をするな、である。
俺はBABYMETALを聴いているんだ。そんな俺の邪魔をするな
それ以上でも以下でもない。以上でも以下でもあるべきではない、と思っている。

という訳で、だったらどうするんだよ、という混ぜ返し、

だったらどうすんだよ!?


「だったらどうすりゃいいんだよ」

俺はそう、この俺的な行き当たりばっかりのハチャメチャな印象主義的人生において、
ただひとつ言える経験的助言はばっくれ、つまりは 移民、である。
今のうちに外に出れるパワーのあるものは、外に出るべきだ、と思う。
このグローバル社会の中で、すでに国家、あるいは、政治は、なんの意味ももたなくなって来ている。
或いは、国家、あるいは、愛国が、少なくとも現政権だけを限定して指すものではない、と思っている。
愛する象徴は政治とは別にある、と信じているのである。
そしてこのグローバル社会の中、国家、あるいは政治の轍を抜けだした人々にとっては、
つまりは、国籍自由選択の時代の到来、をも意味する。


そう、あんたは自由なのだ。
そんな島国のかにバケツのそこで、すっかり勝手に棄民されては、
煮詰まり切った人々、あるいは、時代の狭間の中で見捨てられた人々。
そんな中で、イジメと風評の罠にはまり、自分が日本民族であることの誇りさえも忘れつつある方々。

そんな人々に、俺は、極俺的な意見を以って、移民をお薦めしたい
たったひとりの日本人として、世界に存在する、
そんな人生も、己の日本人力を鍛える上では必要不可欠なことだ。
そう、BABYMETALが世界武者修行の中であの神業的な力をパワーアップさせていったように、
世界の中に単独で戦いを挑んではじめて、日本という国、あるいはその民族の美学を知りうる、ということもあり得る。
あるいは、そうしなければ見えてこないものがたくさんある。


「BABYMETALは世界に出たからこそ、BABYMETALになり得た」

この日本人の自由移民化、非常に無責任な言い方ではあるが、これはある種のリスクの分散である。
現実問題として、あの困った隣人との間にもしも本当に武力衝突が起こった場合、
或いは、出来レースとは判っていながら、限定的代理戦争も含めたうえでの、衝突に巻き込まれた場合、
そして日本という国が、徹底的な袋小路の中で出口を見失ってしまった場合、
海外に確固たる地盤を築いた元棄民たちが、改めて祖国再建の礎に成りうる、
その可能性を改めて検討頂きたい、ということである。

BABYMETALのこの評価が、もしも、BABYMETALが、
日本という国を離れず、ドメスティックなアイドルだけだったとしたら、
果たしてこれほどの成功を勝ち得ただろうか?

BABYMETALは単身で世界に渡り、そこでガチンコの勝負を挑んだのである。

その心意気に、人々は心を打たれた。

その世界を相手にした戦いぶりの、そのあまりの見事さに、
日本人はおろか、世界中の人々の大絶賛を浴びたのである。

つまりは、BABYMETALは世界に出たからこそ、
BABYMETALになり得た、ということを、忘れてはいけない。

そしてそう、決して自分自身のステージに上がること無く、他人の批評だけでストレスを発散させていた方々、
改めて、貴方自身のステージを見つけ出し、そこで自分自身の評価を見出して欲しい。
その最も簡単な方法は、たったひとりで海外に出ること、である。

「世界でたった一人、BABYMETALを叫ぶ勇気」

世界にたった一人で立ったその時に、全身BABYMETAL!
世界の中にたった一人で、日の丸を、あるいは、BABYMETALを、飾る度胸があんたに有るか?

それこそが、まさに、あんた自身の人生の土壇場勝負でもありうる。

それができた時初めて、俺のブログを訪れて欲しい。

ったく、このおさん、と苦笑いすることが度々であろう。

そうなった時、初めて俺たちは膝を寄せて、肚を割って話すことができる。

そして改めてこう言おう。

俺もいろいろやって来たけどさ、考えれば考えるほど、

あの中元すず香って人は、そしてBABYMETALって奴らは、本当の本当に、すげえ人たちだよな。

ドルオタと呼ばれている方々、ネトウヨと呼ばれている方々、ブサヨクと言われている方々、
その他、幾万の日本という籠の鳥の中で憤死を間近にした方々、

BABYMETALが世界を相手にしたこの大活躍こそが、
日本の、そしてあなた自身の、活路に成りうる。
それを踏まえて上で、
もう少しだけでも、BABYMETALを、身近に感じてみないか?


幾多のコメントを寄せていただいた皆様、ありがとうございます。
この友情に心から感謝しております。
とりあえず、至らぬながら、いまのところ、俺はそのように思っているところです。

改めて、俺のこの暴走的妄想をご査定頂ければ幸いです。
なんて、ここまで読んでる人なんて誰もいないだろけどね(笑

という訳で好きなことを書かせて頂いた。久しぶりにすっとした(笑

まさに、糞壺って奴だったが、まあ俺らしくていいや、と勝手に思っている。








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プロフィール

高見鈴虫

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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