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「渋谷駅前のブラック・シープ」

Posted by 高見鈴虫 on 12.2016 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments
ウエブ上には、勇ましいことをいう方々の
勇ましい暴言が満ちている。

なにに腹を立ててるのか、それほどまでにストレスが溜まっているのか、
憎しみが憎しみを呼び、怒りが新たな怒りを呼び込み、
一度始まった怒りの輪が、見る見ると人々を巻き込んで行く。

そんな人々からの、熱く煮えたぎるような怒りに駆られたコメントを、かの、ベビメタル表彰式での珍事に向けた俺の駄文に添えて、お送り頂いている。

まあその気持ち、確かに判らないでもないのだが・・

だが、と思う。

果たしてこの人たち、本当に喧嘩をしたことがあるのだろうか?
次々と寄せられるそのあまりにも勇ましすぎるお言葉の中に、ふと、よぎる一抹の不安。
一撃で粉砕? 全員抹殺!?
おいおい、何を言ってるんだよ。
漫画じゃあるまいし、そんな事が現実に起こる訳ねえじゃねえか。
そんなあまりの勇まし過ぎる啖呵を前に、
もしかしてこの人たち、実はただのふかし。
威勢が良いのは口だけ口だけ、
或いはネットの上、つまりはキーボード上の指力だけなんじゃねえのか?
とそんな素朴な疑問が湧き上がってくるのである。

この人たちには、怒りの、
あるいはその結果として転げ落ちる、
喧嘩という泥仕合の、
その意味することが判っているのか?

喧嘩どころか、
サンドバッグを撫でただけで手首が折れるような、叩けるものはキーボードだけのような
そんなか弱い手で、
K1やら、プライドやら、そんなプロレスというか、格闘技の動画を漁っては、
やれ、あーだこーだと薀蓄を叩いているが、
果たしてこの人たちの知り得る喧嘩のすべて。
そのあまりの勇ましさに透けて見える劇画性、つまりはそのいたいけな自己陶酔に浸っているだけで、
本当にその人生の中で、
喧嘩という狂気の中に身を置いたことがあるのだろうか?

そう、一度でもそんなちゃちな喧嘩に巻き込まれたことのある人間であれば、
怒りに駆られて起こした喧嘩を発端に、
いったいどれだけ七面倒な事態に巻き込まれる事になるのか、
そしてその後に襲ってくるあのどうしようもない自己嫌悪、
その無様な醜態を骨身にしみている筈なのに。

そう、俺は感情論に走る人々には、生理的に嫌悪を感じる。
感情にかられた喧嘩で、勝てるのは街の喧嘩、
それも最初の一発目のパンチが当たれば、
そして直後に、うまくずらかれれば、の話である。

その一発目の奇襲攻撃が、功を奏さなかった時、
或いはそう、事の済んだ後に、速やかに脱出路を見つけ出せなかった場合、
その戦いは、まさしく無様な泥仕合の中、
笑うに笑えない茶番の中へと、転がり落ちる事になる。

その顛末を知っていながら、なおも喧嘩を仕掛ける、
というのであれば、そこに感情が絡む必要はないし、
感情に駆られて思わず巻き込まれた喧嘩では、
本当の本当にろくなことになった試しがない。

戦いには戦略が必要だ。
怒りが絡んではその戦略が揺らぐ。

本気で喧嘩を仕掛けるのであれば、
感情は挟むべきではないのだ。

ただ、そんなこといくらいっても、
喧嘩の一つもしたことのない奴にはなにも判らないだろう。

という訳で、老婆心とは知りながら、
そんな感情に駆られて始まった喧嘩、
その無様な茶番的結末までを、疑似体験して頂く。

俺の鼻たれ時代の最後を飾った、まさに抱腹絶倒の大茶番劇。

ウエブ上に反乱する、そんなキーボードの猛者の方々に、
毒を以って毒を制する、
これでもか、とリア充の醍醐味を味わって頂ければと思う。

題して、渋谷駅前のブラック・シープ、だ。
俺の19歳の時の出来事だ。
思い切り笑ってやってくれ。

♪ ♪ ♪

俺は嘗て、渋谷の駅近く、万人の囲む中で、
公然と絞め殺されかけたことがある。

夜も7時を過ぎた渋谷駅前の末期的な雑踏。
スタジオの仕事に遅れそうな中、
両肩に食い込んだ山のようなドラムの機材を抱えては、
焦りまくって原宿に抜けるファイアー通りの坂道を急いでいた、
そんな時、
すれ違った通行人、その二人組の酔っぱらいの中年おとこたちから、
荷物がぶつかったのなんのと因縁をつけられ、
そしていきなり胸ぐらを掴まれた。

見るからにたちの悪そうなおっさんたちであった。
俺よりも歳をとっているとはいっても、
身体もデカく、そしてゴツかった。
さすがにマッポではなく、本ちゃんでもなさそうだが、
そうカタギの中にも、
俺のような見るからに面倒そうな輩を相手に喧嘩をしかけてくる、
そんな厄介なタイプの人間はいるにはいる。
そう、つまりは酔っぱらい、という連中だ。

悪かった、俺は急いでいる。
謝るから見逃してくれ、と俺は言ったのだが、
こんな時間からすっかり酒が入って気が大きくなったのその二人。

なんだと、ガキ、ごめんで済んだら警察はいらねえ、
といきり立つばかり。

くっそたれ、よりによって妙な奴に引っかかった、
と舌打ちをしながらも、俺の頭の中は、
これからこなさなくてはいけない仕事、
つまりは音楽のことで一杯だったのだ。

だから謝ってるんだ。悪いけど俺は急いでいる。
金をよこせと言われてもご覧の通り金なんか持ってない。
悪かった。見逃してくれ。

なんだとこのガキ、と酔っ払いは笑った。
ごめんなさいっていうんだよ、そういう時には。
躾のなってねえ糞ガキが。
土下座して謝れ。おお、ここに土下座しろって言うんだよ。

二人連れの酔っぱらい。
ひとりは無様に太った、ハナ肇ににたカバのような男。
そしてもうひとり。
そんな連れの激高の様子を、爪楊枝を咥えてせせら笑っている、
冷酷という仮面がべったりと顔に張り付いたような、
そんな体育会系サディストを絵に描いたようなこの男。

土下座?
そんなことしてる暇ねえんだよ。
じゃな、あばよ、と振り切ろうとしたところを、
腕を捕まれ、そして強く引かれた。

逃げようってのか、がき。ふざけやがって。

あのなあ・・俺は急いでるんだよ。

てめえこの野郎、とハナ肇はご立腹だ。
俺はこういう奴が大嫌いなんだよ。

やれやれ・・・

心の底からため息をつきながら、
そう、俺は急いでいた。

本来なら走って逃げればよいところを、
この雑踏の中、この機材を担いで逃げまわるのは、
考えただけでもうんざりした。

だったら、とばかりに、
俺は愚かにも、一番簡単な方法を選ばざるを得なかった。

ちょっと待ってろ。

俺は両肩に担いだドラムの機材を道端の隅にそっと下ろし、
ついでに、こんなちゃちな喧嘩で汚したくない一張羅の上っ張り、つまりはダブルの革ジャンを
その上にきちんと畳んで置いて、

おっさん、ちょっと待ってな、とブルー・スリー宜しく、
首を回して、軽く屈伸運動をして、
おい、ゴング鳴らせ、と言った。

そんな俺の動作を、唖然として見つめるハナ肇。

この糞間抜け野郎が。
そんなに殴られたいなら、さっさと済ませてやる。
下手なところ殴られたくないなら、そこを動くな。
いいか動くなよ。

なんだよ、なんだよ、やるのかよ、と、
その時になって狼狽え始めたハナ肇に視点を定めながら、
ひとつふたつ、と前に後ろにステップを踏み、

そらよ、とばかりに、ハナ肇、
ではなく、
隣で爪楊枝を加えていたそのサディスト野郎、
カーン、と勝手に言った途端、
俺は振り向きザマに、
その見るからにごつい男の腹に軽い蹴りを見舞い、
意表を突かれて身を折ったところを、
すかさず左右のワンツーを見舞った。

そう、軽いジャブだが、通常ならばそれで十分だ。
三分もすれば、膨らみ上がった青タンで両目が見えなくなる。

案の定、へなへなと尻もちをついたそのサディスト野郎。
痛え痛え~、と唇に爪楊枝をぶら下げたまま、両手で顔を覆っては身悶えていやがる。

さあ、一丁上がりだ。

で、と振り返ったところでハナ肇。
待ってろ、てめえはゆっくりと料理してやらあ。

明らかにおろおろと立ち尽くしたハナ肇野郎。

馬鹿が。

左、と見せかけた、ちゃちなフェイント、
で、がら空きになったその横面を、
思い切り踏み込んで肘を入れた右のパンチ、
これでもかと振り切ってやった。

会心の一撃だったが、その分厚い面の皮にぶち当たった拳に、
不穏な激痛が肘まで突き抜けた。
糞ったれ、これから仕事だってのに、指折っちまったら話にならねえ。
その苛立ちが俺の怒りに油を注いた。

ぐらついた身体が倒れるところを押さえてやったのは情けではない。
このまま妙なところに頭などぶつけられてぽっくりいかれても面倒臭い。
よろめいたハナ肇の身体を抱きかかえながら、足をかけて仰向けにして突き飛ばし、
コンクリートの上、これでもかと尻もちをついて身悶えるハナ肇の脇腹に蹴りをぶち込み、
じゃなあばよ、と走り去ればよかったのだが・・・

そう、さっきまでのバイト先での不愉快な悶着と、
そしてスタジオに遅れた苛立ちと、
そしてこの痺れた指。
こんなところで馬鹿な喧嘩に巻き込まれたその忌々しさの中で、
思わず、無様に転がったハナ肇の顔に蹴り上げ、
そしてその上からのしかかってしまった。

鼻血を吹き出したハナ肇の目には明らかに恐怖があった。
キチガイだ、殺される、とでも思ったのだろう。
そう、喧嘩はそんなものなんだぜ、おっさん。
正気じゃ喧嘩はできねえ。
俺を小僧呼ばわりしてくれた御礼に、
一生忘れられねえヤキを刻んでやるからそう思え。

ハナ肇には戦意の欠片もなかった。
ただ怯えだけに引きつった顔。
汚え鼻血ぶっこきやがって。
恐怖に朦朧とした意識の中で、
自身の命が俺の手に握られていることだけは、
はっきりと意識していた筈だ。

だがそう、俺は若かった。
旅の間に、本気の殺し合いを、「技術」、として学んだのは、このずっと後の話だ。
あの旅の後であったら、その気になれば俺はなんの躊躇もなく、
このハナ肇の息の根を止めていたであろうし、
同時に、旅の後の俺であったら、
こんなみじめな中年ごときに手間をかけさせられることもなかっただろう。

そして、この経験がなかったら、
俺はわざわざあんなところまで出かけていって、
ろくでもないことに人生を無駄使いすることもなかったとも思う。

そう、つまりはすべてが悪のスパイラル。
俺はもうこの時点で、その人生の大半を、こんなくだらない悶着の中で終止する、
そんな宿命を背負ってしまっていたのだろう。

怯えて引きつったハナ肇は、その血まみれの鼻先に翳してやった拳に震えながら固く目を閉じていた。
おい、おっさん、どうでもいいが喧嘩の最中に目を瞑っちまったらそれでアウトだぜ。

そんなハナ肇の無様さを前に、
こんなどうしようもない奴に時間を取らされている自分がつくづく情けなくなった。

こんなカバ野郎の汚え血に汚される前に、
さっさととどめを刺しちまえ、とも思った。
だがそう、こんなどうしようもないおっさんを相手に、
ぷるぷると震えながら目をつむっているような、
こんなまったくどうしようもない中年のおやじに、
とどめなど刺す必要があるのか、とも思っていた。

なによりも全てが馬鹿馬鹿しかった。
俺はこんなことに関わりあっている時間はねえんだ。
あのスタジオの連中からいったいどんな罵声を浴びせかけられることか。

やめてやらあ、ありがたいと思え。
俺は拳を落とした。
銭よこせ、とも言わねえ。俺は急いでるんだ。俺に構わないでくれ。

魔が落ちてしまった俺。
そう言って力を抜いたその時に、ふと身体が浮き上がった。

それはまさに、釣られた魚が海面に投げ出される、そんな感覚だった。

首の周りにがっちりと回されたそのぶっとい腕。
それがあろうことか、顎の下から首そのものを完全に巻き込んでいて、
まさに身動きがとれない、というのはこの状態か、と思わず関心さえもしてしまった。

相手はそう、もう一人の片割れ。
さっきのワンツーで青タンだらけにしてやった筈のあの爪楊枝を咥えたごつい方、
あの、人を痛めることが好きで好きでたまらない、
場末のヤクザ者やら、警官やら、暴力体育教官やらに、よくいるタイプの、
あの最もたちの悪いタイプ、そのおっさん。

てめえ、ちょっと手加減してやったのを調子に乗りやがって。
もうちょっとだけでも、本気で〆ておいてやるべきだった、
と悔やんでも後の祭りであった。

がそう、現実には、その瞬間において事態はすでに全てが決着していた。

柔道か、と思った。やっぱりな。
柔道家だけとは喧嘩するな、と散々言われてきたあの言葉が蘇った。

やれやれ、よりによって柔道かよ。

放せ、この野郎!声に出ない声でいくら叫んでも、
相手は柔道家である。
つまりは、人を殺すことを技術として切磋琢磨して来た輩である。
その柔道家の腕が、俺の首をがっちりと食わえこんだまま離さない。
動けば動くほどに腕が喉の奥深くまで食い込んでくる。
にわかに鬱血を始めた顔が膨れ始めているのが判った。
このまま落とそうとしているのだな、と気づいた。
苦し紛れに両肘を叩き込みながら、
両足がふらついた状態ではそんな攻撃には猫パンチほどの意味もない。
伸ばした腕で柔道家の顔をひっかいた。
鼻のある場所に検討を付けては闇雲にパンチを繰り出すが、
ヌメヌメと滑るのは多分すでに鼻血を噴き出しているのだろう。
こんなになりながらも喧嘩を続けるなんて、このオヤジ、相当のタマだな。
そうつまりは、柔道家。最もたちの悪い格闘家なのだ。

つくづく俺が下手を踏んだ事実を思い知らされていたのだが、
どう思おうと、この首に食い込んだ腕だけはどうすることもできなかった。

痛えこのガキ、とふらついた足でようやくハナ肇が立ち上がった。
立ち上がりながら右にふらふら左にふらふらと蹌踉めいてやがる。
馬鹿かこいつは、あれぐらいのことで、とは思ったが、
こういう一方的な劣勢の展開の中、
一番張り切り始めるのがこういうタイプであることも判っていた。

この野郎、と短い足で蹴りをくれてきた。
羽交い締めにされた俺の顔にめがけてパンチをくれてきたが、
きしむ首に耐えながらなんとかその攻撃をしのいだ。
俺は明日ライブなんだぜ、と思っていた。
俺はこれから朝までリハをやって、
そして明日は朝の7時からバイトで、
3時に切り上げてそれで新宿までかっ飛んで、
リハが4時、本番が8時。
そんな俺が、いったいこんなところでなにをやっているんだ。

繰り出してきたハナ肇のパンチを寸でのところで額で受けた。
いてえ、とハナ肇が言った。馬鹿が。指を挫いたのだろう。
人の殴り方ひとつも知らねえのかこいつは、
と、つくづくこのどうしようもなくこのオヤジが疎ましかった。
ああ、こんなことなら、さっさととどめを刺しちまえば良かった。

いつの間にか、沿道には人だかりができていた。

仕事帰りのサラリーマン、酔っぱらい、はしゃいだ学生。買い物客、デート中のカップル。
そんな連中が、遠巻きながら、この圧倒的な劣勢の中で身悶える俺の姿を、
ニヤニヤと笑いながら見物していた。

やっちまえ、と誰かがいった。
殺しちまえよそんな奴、とまた誰かが続けた。

そうかよ、そういうことかよ。

俺は街のダニで、
日夜勤労に励む一般人に下手な因縁をつけて、返り討ちにあった、
惨めな鶏野郎、薄汚え痩せっぽちのチンピラ野郎、
観客たちはそう思っていたのだろう。

殺せ、やっちまえ。

信じられないことに、そんな言葉が耳に響いてきた。

それに調子をこいたハナ肇が、腫れ上がった右手を振りながら、この野郎、と左手のパンチをくれてきた。
鼻に当たるのだけはなんとか避けたが、ほっぺたから下がジーンと痺れた。

その時になって、ようやく殺意が込み上げてきた。
このハナ肇野郎。
本当だったらお前は死んでいたんだぜ。助かったのは俺のお情けだったってことは、
お前が一番良く知っているはずだろうが。

そして沿道を囲んだ無責任な観客たち。

あのなあ、あんたらが俺をどう観ているか知らないが、俺は立派な被害者なんだぜ。

そう、俺はただ、スタジオに行かねばならなかった、それだけだったんだぜ。

それしてもこの柔道野郎。この食い込んだ腕。
疲れが出てくるどころか、いまだに、ぐいぐいと首を締め付けてくる。

このガキ、しぶといな、まだ落ちねえ、とでも思っているだろう。
そう、意識が遠のき始めていた。
その気になれば、この柔道家がちょっと腕の角度を変えるだけで、
俺の首はポキリとへし折れる、その事実も判っていた。

殺す覚悟がないなら喧嘩はするな、
嘗て出会った喧嘩の達人から聞いた言葉を思い出した。

こうして殺されるぐらいなら、殺しておけば良かった。
いまになってそんなことを思っても全てが後の祭りだった。

やれやれ!殺しちまえ、そんな奴、はははは。
周りを囲んだ酔っぱらいの人々の嘲り笑いの中で、
俺はまさに屠殺寸前の家畜だった。

遠のく意識の中で、殺してやりたい、と心底思った。

こいつら全員殺してやりたい。

俺がその気になったら、
この糞忌々しい、この柔道野郎の腕が外れた途端に、
俺はそう、てめえら全員を一瞬のうちに、
血祭りに上げてやれる、その筈なのに。

指をくじいたハナ肇野郎。
惨めに膨れ上がって幽霊のように膨れ上がった青タンに目をしかめながら、
ケリがパンチが俺をなぶり続けている。
そんなことは良いんだよ。そんなパンチ、ぜんぜん効いてはこない。
ただこの腕、この柔道家の腕。

ゼイゼイと膝を折って肩で息をするハナ肇が、俺の背後にいる柔道家を見つめた。

こいつ、どうする?

どするもこうするも、と詰まった声のままで柔道家が答えた。

こんなことになっちまって、下手に放したら・・・

そう、その通り、この腕が離れた途端、お前らの命はない。

例えどんな方法を使っても、何を用いても、俺はてめえらをぶち殺す。

そしてこの、無責任な観客たち。こいつらも全員、ひとり残らず、ぶっ殺す。

そして全てが終わった血だまりの中で、俺はつくづくため息をつくだろう。

俺はただ、スタジオに行かねばならなかった、それだけなんだぜ・・・

殺しちまえ、と誰かがいった。

ははは、殺しちまえ。

やめなよ、と女の声がした。本当に死んじゃうよ。

死ね死ね、と声がした。ははは、死ね死ね、ばーか。

どうするんだよ、とハナ肇が言った。

どうするもこうするも・・

事務所に運ぼう、とハナ肇が言った。

事務所で誰か呼ぼう。

おいおい、そういうことかよ。

つまりその筋に関係がある、そういうことかよ。
そこで、コンクリート詰め、ってことかよ。

ただそう、これだけの人が観ているのだ。
そんな俺の死体があがったらこいつらだってろくなことにはならないだろう。

ただそう、それは死体が上がれば、の話。
そしてその道のプロと言われる連中が、しのぎの上でそんな下手を踏まないことは、俺にだって判っていた。

ハナ肇の蚊がとまるような攻撃はやんだが、
その変わりに、柔道家の腕に殺気が宿った。

とりあえずこいつをここで落として、事務所に運ぶ。
そしてなんとか組のなんとか組長に連絡をして・・

不気味なきしみをあげつづける首。
鬱血を通り越して頭の中が冷たく痺れてきた。
意識が遠のき始めている。
ただ、それに抗がおうとこの身体をちょっとひねるだけで、
俺の首の骨はぽきり、と行く。

これだけの人が観ているんだぜ。
これだけの人が、この哀れな、スタジオに急いでいただけのバンドマンを、
公然と密殺し、そしてコンクリート詰めにして海にドボン、
そんな馬鹿なことが、いま実際に起ころうとしているということか。

生まれ変われたらライオンになりたい、と思った。
ライオンになって、こいつら全員を、ひとり残らず、かたっぱしから食い殺してやろう。
薄らぐ意識の中で、俺は妙なことにヘミングウェイの短編を思い出していた。

老いた漁師の見たライオンの姿。
ああ、アフリカに行きたかったな、とそう思った。
死ぬ前に、アフリカに行ってライオンが見たかったな。

うんざりするほどの断末魔の中で、ようやく人垣の中から警官たちが現れた。

ああ、やれやれ、と警官たちは笑っていた。

あーあ、終わっちゃった、と観客の奴らの輪からあらたな笑いが漏れた。
いきなり魔が落ちた。茶番は終わったのだ。

ご苦労様です、とハナ肇が鼻血を拭いながらペコペコと頭を下げた。

で、あんたら、これなんですか?
とその見るからに万年巡査風情の警官が言った。

なにって・・とハナ肇が言葉を失っている。

いい大人が、二人がかりで、こんな子供を。。

子供!?てめえ、子供って誰のことだよ!
とは思いながらも、せっかくやって来たこの正義の乱入者、巧く使わない手はねえと、
その時になって俺は産まれて初めて、公僕に媚びる、という恥を晒した。

おい、おまわりさん、助けてくれ、こいつ、この後ろのやつ、殺されちまう。

柔道家の腕がようやく首を離れた。

思わずずるずると座り込みそうになって、
がしかし、残された意識の中に、
死にかけた野獣の断末魔の狂気が一挙に蘇った。

振り返りざまに柔道家をぶん殴った。
右から左から、頭突きをくれて鼻をへし折り、
耳を嚙みきちぎり、押し倒して上から跳びかかって、
繰り返しザマにパンチをくれながら、
その後頭部をアスファルトに叩きつけて喉を食い破り・・・

そんな光景が脳裏をよぎりながら、
しかしそう、現実には、よろめく膝に両脇を警官たちに羽交い締めにされ、
俺はそのまま、好奇の目を光らせる群衆の中を、
始末の済んだ屠殺場の家畜宜しく、
ずるずると引きずられるように、
駅前の警察署まで連行される羽目になった。

機材、俺の機材は・・・

見るからに新米の警官が、俺のドラムの機材。
スネアからシンバルから、そして、ペダルからスティックケースから譜面からの一切合切がぶち込まれた巨大な糞バッグ、
そのあまりの重さに顔を歪めながら足元をふらつかせている、そんな新米警官の姿が、なんとも微笑ましくも思えた。



だから俺はバンドマンで、青山のスタジオに急いでいて、
そしてたら、荷物がぶつかったのなんのってあいつらが因縁をつけてきて。

最初に殴ったのはあんただね?

だから、胸ぐらを掴まれたんで。

あの人達はあんたが突然殴りかかってきたって言ってるけど?

そんな訳ないじゃないか。俺はスタジオに行かなくちゃいけないんだよ。
いまもみんな待っているんだよ。こんなことをしてる場合じゃないんだよ。

あの人たち、凄いことになってるよ。顔中青タンで血だらけだし。
どう考えてもあんたの方が。

売られた喧嘩を買っただけだろう。因縁をつけてきたのは向こうだ。
謝ったんだが、ごめんで済んだら、とか、土下座しろとか、いちいちしつこく絡んできやがって、
仕掛けてきたのはあの酔っぱらいの方じゃねえか。
俺は急いでいるんだよ。こう見えても忙しいんだよ。やることが山程あるんだよ。

先の新米の警官が、俺のドラムの機材を運んできた。

中、見てもいいかな?

どうぞ、どうせなにも判らないだろうけど。

太鼓がひとつ。シンバル大小多数。
で、こっちのバッグにはなんかバネのついた

フットペダルっていうんだよ。

ドラムの道具だね?

そうだよ。俺はバンドマンなんだよ。

で、これにはスティック。で、文庫本数冊。
臨床心理学特講、なんだよ、あんた学生か?
ウォークマンと、カセットテープ、そして、楽譜。
で、これはなに?

かんべんしてくれ、俺は急いでるんだ。スタジオに遅れているんだよ。

念のために住所、と言われて、
俺はやばいと思いながらも、
転がり込み先である友人宅の住所を言わされた。

住所不定。職業不詳。立派なバンドマンだな。

あの、とドアの間から顔を出した別の巡査。

あちらはもう良いって言ってます。
ただの酔っぱらいの喧嘩でしょ。

馬鹿野郎、と俺は言った。
俺は酔ってなんかねえ。これから仕事なんだよ。急いでるんだよ。
それをあいつらが。

でもねえ、と取り調べを担当していた万年巡査。

あの人達、もう顔中風船みたいで。
鼻血まだ止まらないらしいよ。
指の骨折ったらしくて、グローブみたいに腫れあがってて。

そんなことは俺の知ったことじゃねえって。
俺は被害者なんだよ。正当防衛。
酔っぱらいに絡まれて、スタジオに遅刻して、いい迷惑だぜ。勘弁してくれよ。

ちなみにそのスタジオとやらに、電話してくれるかな。

ここから?そんなこと出来るわけないじゃないか。
ガキじゃねえんだから、身元引受人なんて必要ないだろう。

と悶着の末に、やはりスタジオの名前を白状させられた俺。

受話器の向こうから、聞き覚えのあるバンマスの声が響いてきた。

はあ?あいつなにやってんですかそんなところで。喧嘩?馬鹿野郎が。
とっと来い、と伝えて下さい。はあ?知りませんよそんなこと。
はい、そうです。はい、音楽事務所?はい、そうですよ。
はい、その通り。うちのドラマーです。はい、それだけですか?

そのあからさまに不機嫌なバンマスの声に、腹の底がきゅんとせり上がった。
つくづく馬鹿をやった、と思った。
泣けてくるほどに情けなくなった。

という訳で、と受話器を置いた警官が言った。

まあ、あちらさんもそう言っていることだし。

ふざけんな、と俺ため息をついた。
俺はただスタジオに行きたかっただけなんだぜ。

という訳で、無事釈放となった訳だが、
そう言えば、お詫びを言いたいので、あの人達の住所を教えて貰えないか、
と聞いてみた。

そんな馬鹿なことを、と警官たちが声を揃えた。

たかが酔っぱらいの喧嘩で、いちいち落とし前なんかつけてる場合じゃないだろ。
あんたの住所も向こうには渡さない。心配するな。
妙な気を起こすなよ。たかが酔っぱらいの喧嘩だ。犬に噛まれたようなもんだ。

糞ったれが、と機材を担いた時に、ずきんと首筋に痛みが走った。
やばいな、もしもムチ打ちをやってたたとしたら、明日のギグどころか、この先真っ暗だ。
だが、そう、俺にはスタジオが待っていた。
俺はバンドマンなのだ。こんなことをしている場合じゃない。

交番を出たところで、あの、と若い警官が後を追ってきた。
これ、横浜銀蠅、と手渡された革ジャン。

ああ、どうも、とそれを忘れた自分が可笑しかった。

あの、なんてバンド?と若い警官が聞いてきた。その言葉の中に北の訛りがあった。

あの人達ね、相手、もう顔パンパンに腫らしてさ、いま氷で冷やしているけど。
まるで風船見たいで。あれは家族にはちょっと見せられないよね。
会社もしばらく休むことになるんじゃないのかな。

あんな奴ら、本当だったら負ける筈じゃなかったんだぜ。
カタギだと思って手加減してやったら調子に乗りやがって。

まあまあ、と警官が言った。
でも、まあ、よくもあれだけぶん殴ったね。悪いけど笑っちゃったよ。

あのなあ、俺は殺されかけたんだぜ・・

なんたら、と俺はバンドの名前を答えた。
明日、ロフトで8時。来るんならその制服とその帽子だけは勘弁してくださいよ。
入り口で俺を呼んでくれたら、顔パスで入れますよ。
ボーヤやってくれた御礼です。
俺の名前は、そう、さっきのあの書類に書いてあるでしょ。

ははは、と警官は笑った。ありがとう。

がんばってな、とその若い警官が言った。
がんばってな。ロックンロール。俺、えーちゃんのファンだったんだ。

思わず、調子に乗って、黒く塗りつぶせ、を歌い出しそうになって、
そんなことをしている場合じゃない、と思い返した。

よろしく、と俺は言った。

ガンバッテな、がんばって、がんばってな。ロックンロール。

そして再び放り出された渋谷駅前の末期的雑踏。
人混みの中で前から後ろから押され押されて、
両肩に食い込むこの糞重い機材を揺すりながら、
ああ、バンマスにどうやって言い訳しようか、とそればかり考えていた。

この人混み、この幼気な人混み。幸せそうな人々。
俺を、殺せ、と笑った、そんな人々。

だがそう、矢沢永吉が好きだと言った、あの若い警官の、
はにかみながらの笑顔にほだされて、
水に流してやっても良いか、とそんなことを考えていた。

ああ、これが権力に巻かれるということか、とも思ったが、
そう、不思議なことに、怒りも恐怖も、そして腸をにじるような悔しさも、
いつの間にか消え失せていた。

あの風船のような顔をした二人、
果たして家族に、仕事先に、どんな言い訳をでっち上げるのだろう。

そして俺、見る見ると腫れを増していくこの首。もうろくに声さえも出ない。
明日、ライブなんだぜ、とつくづく身体の力が抜けていく。

とどめ刺さなくて良かったのかな。
刺すべきだったのかな。
刺してたら、どうなっていたのかな・・

渋谷駅のまるで津波のように押し寄せる人混みに揉まれながら、
こいつら全員ぶっ殺してやりたいと思っていたあの狂気に思わず笑ってしまった。

殺すほどの価値もねえよ。この家畜たち・・

そしてそう、その中にあって、この横浜銀蠅と渡された革ジャンの襟を立てた俺。

立派なブラック・シープだな、と自分で自分がつくづく情けなくなった。

殺す覚悟のない喧嘩はやらない、その境地にようやく辿りつけたかと思った。

アフリカに行きたいな、とふと、あの断末魔の中で思った戯言を振り返った。
こんな暮らしを続けていたら、そんなこと一生無理なんだろうが、
でも、もしも、これが終わることになったら、
その時はいつか、アフリカに行ってみたいな。
アフリカでライブ?それも凄いけどな。
ライオンを前にドラムを叩いてやるか。

そんな戯言を、その数年後、かのポリスのスチュワード・コーポランドが現実化することになった。

思わず笑ってしまった。

♪ ♪ ♪

さあ、お楽しみ頂けただろうか。

もしかしたら、これを読んでいるベビメタファンの中にも、
あの、鶏ガラのように締めあげられた俺の醜態を垣間見て、
死ね死ね、殺してやれ、と笑っていた何人かが含まれているのだろうか。

あんたの嘲笑った俺は、悪い、今もこうして、あの頃からなにも変わらないどころか、
なお一層アップグレードして、ここニューヨークでしぶとく生きている。

そんな俺を、死ね、と笑った幼気な一般人の方々。

その時の、あなたたちの幼気な狂気が、
あなた自身の身を滅ぼすことになる、そんな茶番劇の終焉が、
いまあなたの背後から近づいている、という事実に気がついているのかな?

殺すと覚悟するまで、喧嘩はやならい。
そして、怒りに巻かれた喧嘩は必ず負ける。

あるいはそう、幼気な家畜たち、
あんたの嘲笑った、あの醜態の姿こそが、明日のあなたの姿だ、
と言ってやるのは、俺のせめてもの、武士の情けだ。

改めて言えば、あの時に感じた怒り、
俺を嘲笑ったあんたらに対する怒りは、
今も俺の胸の中、何十年の時を越えて、
いまだに燻り続けている。

さあ、家畜たち、いくらでも勇ましいことを言ってくれ。

言って言って、好きなだけ言いまくれ。

俺は知ったことじゃねえ。馬鹿、勝手に死に腐れ、と嘲笑ってやるよ。

そんな馬鹿に巻き込まれたくないあんた。
そう、ベビメタルの意味することをしっかりと認識している聡明な方々。

喧嘩は、憎しみは、争いは、ペイしないぞ。
いつまでたっても、
その理由は、きっかけはなんであれ、
その至る結果の前には、
絶対にペイしないぞ、
とそれだけは覚えておいてくれ。







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プロフィール

高見鈴虫

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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