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瞳にスティング BABYMETAL ~ 中元すず香の眼差し力

Posted by 高見鈴虫 on 18.2016 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments
たまには女の話でもしないか?

改めて、今まで本気で好きになった女の子ってのを並べてみると、
そのあまりの一貫性の無さに、我ながら驚かされる。

つまりはそう、俺が思い切り節操がないだけの話か、
というと、実はそんなことなくて、
そう、実は誰でもそうだったりとか、するんじゃない、
と思ってんだけど、どう?

まあそう、選べる立場にないから、
という現状もたしかにそうなんだが、

例えば、痩せ型が好き、とか、乳の大きさこそが美のバロメーターとか、
まあそういうのも人それぞれなんだろうけど、

今更ながら、俺が恋に落ちた女の子たちを並べてみると、
体型から髪型から顔の形から血液型から人種から年齢から、
実はもう千差万別であったりもする。

かのマエタケさんじゃあるまいし、
日々苦行のように百人斬りのノルマ達成に大奮闘、
なんてタイプでもなく、
むしろその逆、
もてない男ほど見る目が厳しい、の定説通り、
俺が本当に人を好きになるのって、
実に稀のその稀。
ほとんど数えるぐらいしかいない筈で、
その数えるぐらいにしかいない筈の本当に好きになった子ってのが、
実は、そのタイプが千差万別過ぎ、というか、
所謂一つの節操が無さ杉、な訳である。

で、改めて、俺はいったい、
そんなタイプの違う女の子たちの、
何が気に入って恋に落ちたのだろう、と考えてみるに、
それはつまりは、「眼差し」であったりしたのではないだろうか、
と思い当たった。

瞳にスティング、と良く言う、
と言ってるのは実は俺だけであるようなのだが、
そう、こちらの古い記事にもあるように、
俺はそう、瞳にスティング を持った人に弱い。



瞳にスティング、
このまるでSTING=刺す、ような、というよりも、
本当に、君の瞳は百万ボルト、ではないが、
目が合った途端に電流がビリビリ、
とくるような、眼差し力、を持った人、
ってのが、たまに、ごくたまにだが、この地球上には存在する訳で、
実はそう、俺がこれまでに好きになった女に共通するのが、
その瞳にスティング、であったりもする訳だ。

この瞳にスティング、その視線力。

ことあるごとに色々な女性にそのことを尋ねているのだが、

よく聞くのに、
ああ、もしかして視線ホールド? それなら良くやるけど、
という割りと軽いお答え。

つまりほら、ちょっと目が合った時にさ、その視線をね、微妙にホールドする、と。
好感度が無茶無茶アップするのよねえ、とかなんとか。

なんだよ、そういうことか、
つまりはそう、またいつもの、
女の小賢しい策略ってやつか、とも思うのだが、
いや、実はそんなことないだろう、とは思っている。

そう、だって、確かにそういう視線、
あからさまにホールドされることもあるけれど、
でも、ほら、そこに電圧が走っているか、というのは、別の話でさ。
なのでやはり、視線ホールド、と、瞳にスティング、
それ、やっぱ、根本的に違う、と言い切ってしまう。

そう、やっぱり居るんだよ、
瞳にスティング、
あのレーザービーム光線みたいな、
強烈な視線を持った人って。

で、この視線力を持つ女性。
実は妙な共通点があって、
よくよく聞いてみると、海外に暮らしたことの長かった人、
であったりもすることに、後になって気がついた。

なんだよ、そういうこと?とも思うのだが、
そう、海外に暮らしていた人の目って、実は日本人とは違う。



初夏のニューヨーク、
金曜日も午後を過ぎると外の陽射しに当てられてか、
オフィス中がなんとなくのほほんモード。

で、今日も今日とて同僚と誘われるがままに、
お喋りばかりして過ごしている訳なのだが、

そんな中、自他ともに認める日本フリークのジョージ君。
彼は実は知る人は知っている、実はゲイ、な訳で、
それで好みの子が、実に日本人のプリチーボーイ、というそんな人。

まさに、絵に描いたようなパワー系のリッチ・ニグロ。
その稼ぎだす給料は明らかに俺の二倍三倍。
ニューヨーク中の高級寿司屋に彼用の特等席が決まっている、
というぐらいの、ニューヨークのナイトライフ界では知る人ぞ知るの遊び人。

そんなジョージから、
お前さあ、言わせてもらえば、本当の本当にに日本人じゃないよな、と。

で、なにが違うかってずっと考えてたんだけどさ、
で、いま気づいたんだけど、言わせてもらって良いか?

日本人ってさ、人の顔を見て話さないだろ?

人の顔を見て話さない?

そう、俺の知っている日本人って、みんなそう、人の顔を見て話さない、
それにいま、お前を見てて初めて気がついた。

そうなのか?

ああ、そうだ。日本人は人の顔を見ない。目を合わせない。

とそんな俺達の会話にすぐに口を挟む周りの人々。

そう、それ私も感じてた。
日本からの人って、絶対に人の顔を見て話さない。

本当に?

ああ、そう、俺もそう思う、とまさに全員が同意。

すごくシャイっていうか、臆病と言うか、
ちょっとそう、神経症の子猫みたい。
或いはなにか隠してるんじゃないのかって、
凄くスニーキー=腹黒く見えたり。
その態度があんまりオドオドしてるんで、
思わず苛々して、
ねえ、あんた!あたしの話、ちゃんと聞いてるの?
なんて怒鳴りたくなるぐらい。
それもこれも、
人の顔をみて話さないから、それが理由。

いや、そうは言うけど、とジョージ。
俺から言わせれば、その慎み深さが日本人の魅力なんだよな。
まるで風にそよぐように、真実を匂わせる。
その方がずっとカンファタブル。
知的魅力って奴だよな。
まあお前らみたいな赤首にはわからないだろうが、
そう、俺ってほら、凄くソフィスティケートなタイプ、だからさ。

とそんなジョージのスノッブ笑いも眼中になし、という風に、
何が何でも我道を行くのコントロール・フリークなおばちゃん連中、
あらあたし駄目だわ、と一同に声を上げる。

話し相手の目が見えないと、不安になってくる。
女ってそういうものよ。
特に目を反らす男は信じないわ。
そいつは嘘つきだってことだから。
そーよね~!

うん、俺もそうだな。あたしもそうね、と、まさに全員一致。
だってさ、話の内容よりも、その目から受け取る情報ってすごく大切だろ?
この人、話をちゃんと判ってるのかなって、その確認がすごく曖昧でさ、
このまま話を進めて良いのかどうか、いつもすごく悩むんだよな。

で挙句の果てに、結論は一旦持ち帰ってから、改めて連絡しますって。
結局いまの話、全部なんだったの?って。がっくり来ちゃう。

で、俺は?

といった途端、ははは、と顔を合わせて大笑い。

そう、俺はそういう周りのアメ人たちを、人種によらず性別によらず、
まさにガチ目で話しているようなのである。

んだよ、そんなこと全然気づかなかった。なんで言ってくれねえんだよ。

あら、あたしもそう言われていま気づいた。
あんたとは妙に話しやすいなって思っていたのは、結局それが理由なのよね。

そのひどいアクセントと無茶苦茶な文法は相変わらずだけどな。
はっきり言って何言ってるか判らないが、まあ話しやすくはある、と。

でもそう、少なくとも目を見て話すしさ。

俺やっぱり目を見て話してる?

YES、と全員。
あんたはちゃんと、人の目を見て話しをする、この世で唯一の日本人。

これはちょっと衝撃であった。
つまりそれこそが、
日本社会に受け入れられなかった、その根本原因である、という訳か、
と今更になって気付いても後の祭り。

俺もしかして、そんな洗練の極致のような日本の人たち、
そのひとりひとりに、
思い切りガンをくれながら話してたんだな。

そりゃ、駄目だわ・・



嘗て、日本でサラリーマンになったばかりの頃、
俺は本当に、耳からタコがぞろぞろと這い出てくるぐらいに、
お前は視線がきつすぎる、と言われ続けていた覚えがある。

いいか、喧嘩売ってるんじゃないんだぞ。
他人様とお話をするときには、絶対に相手の目を見ては駄目だ。
ちょうどそう、このネクタイを見ながら話す、それぐらいがちょうど良いのだ。

元々チンピラ風情のバンドマン、
世の中の目に映るものすべてにガンくれまくって歩いていたところを持ってきて、
その後、ヒッピー旅行。
その旅の中、世界津々浦々、
実に様々な人種の人々とお付き合いさせて頂いたのだが、
その中でも特に、イスラム圏の方々、
この人たちの眼圧、と言ったら凄まじいものがあって、
まさに、チンピラヤクザのガチンコ喧嘩ではないが、
思い切りの思い切りに眼圧を込めて込めきっても、
思わずタジタジとなるぐらいに、
彼の地の人々の眼圧はキツイ。

そしてそう、俺が最も憧れたパシュトゥーンの人々。
あの眼差しときたら、もう、それこそ、鷹、を思わせるものがあって、
まさに、刺すような直線的な瞳で相手の視線を射すくめる、
それが礼儀、となっている部分もあって、
そんな視線をガチでまじ合わせながら、
サラームアレイコム、アレイコムサラーム、
とやり続けていた、とそんな経験から、
俺はいつの間にか、日本人としてはありえない程の、
とてつもない眼圧を培ってしまったようなのである。

そして帰り着いたジャパン。
そこで最初に言われたのが、
その目つきを変えなくては、
この国ではまともな生活ができないぞ、と、
そんなお説教だったのだ。

改めて言えば、この眼圧、
実は、その国の文化の洗練度にもよる訳で、
そしてそう、日本のように狭い島国の中で、
熟しに熟しきった洗練を培ってきた、その真逆。
まさに、戦場やら、砂漠やら、
そんなもっとも洗練からかけ離れたところに暮らしをしている人種ほど、
この眼圧という奴がそのパワーを増す。
あるいはそう、恐怖、或いは熱狂、
そんな絶え間ない緊張を強いられる状況に長く居ると、
いつのまにか、黒目がだんだんと小さくなり絞られるだけ絞られ、
そして、その眼差しの中に、まさに電気というか、スティングが宿るようになる。
つまりはそう、戦士の目、という奴だ。

とここまで来て、はた、と気がついた。

なんだ、そっか、そういうことか。

俺の周りに、ろくでもない奴、
つまりはその特徴的なものとして、
ガンのきつい奴が多いのは、
つまりはそういう理由。

俺がダチと選んだ人間も、
そして、俺が惚れてしまった女も、
つまりはそう、俺のこの眼圧。
パシュトゥーン仕込みの、鷹の目、
この礼儀を弁えない無作法極まりない、
洗練の欠片さえもない野蛮人の目、
これに耐えられる人間しか、
俺の周りには寄ってこなかった、
ということなのだな。

そう、俺のダチの基準、
そして、惚れる女のタイプというのも、
つまりは俺自身が原因となっていた訳で、
まあこう言ってみれば当然のことなのだが、
そう、改めて、あなたはわたしの鏡、ではないが、
人間は互いの姿を互いの瞳の中に映しながら暮らしている訳なのである。

という訳で、そう、瞳にスティングのある女性。

あるいはそう、
この俺の遠慮のかけらもない、
洗練の欠片もない視線を、
ガチで受け止めてくれる女、
ともすると、それに、
思い切りの眼圧で返してくるような、
そんな女。
おれが本気になれる人がいなかったのは、
実はそういう人があんまりいないから、
という理由なんだよね、つまるところ。

で改めて、はっはは、と笑わせてもらうが、
断っておくがその理由がなんであろうと、
俺は人の目も見ずに話をする奴が、
当然のことながら好きではないし、
信用もできない。
女となれば尚更である。
目と目で通じあう、そういう二人になりたいの、
ではないが、
そう、目と目で会話ができなくて、
どこに愛が芽生えるものか、
と思っているし、
端的に言って、
人の目を見れないというのは弱さだ。
その瞬間にも敵が攻撃を仕掛けて来たらどうするのだ。
だがそう、日本においてはそんな心配のない、
平和で平和で平和過ぎる時代が長く続いた。
そこで文化は熟され、すべての牙は抜かれ、その洗練さが故に、
口を利かないどころか顔も見ないことで平和裏に人を密殺する術まで体得し得た、
という訳なのか。

そんな中、人の目を見て話す、そういう人、日本人では実に稀。
時として、危険であったりもするんだよな、確かに。。



そう、改めて、良い意味でも悪い意味でも、
日本人の眼圧は弱い。

それはそう、先のサラリーマン時代の訓辞ではないが、
そのようにトレーニングされてきた、というのもあり、
つまりは躾、
日本人というのは特に、
視線の直接的交錯を礼儀知らずとして嫌う民族なのである。

でそう、俺と付き合いのあった人々、
バンドマンやら、チンピラやら、
そんな躾のなっていない連中の特徴的なものは、
まさにその眼圧勝負、であったりもした訳で、
そっか、俺はまさに、そんな理由もあって、
とても沢山の人たちから胡散臭がられたていたのだな、
それが日本があまりカンファタブルでなかった理由でもあったのか。

今更ながら目から鱗であったのだが。

だがだが、俺は改めて、そして、敢えて言いたい。

俺はしかし、でも、やっぱり、だけど、

目と目で話しのできない人には、
絶対に心は許さないし、
俺の視線に、ガチでスティングを返す、
返せる女の子にしか、
やっぱり興味はもたないのだろう、と思う。

そしてこのグローバル化された世界の中で、
改めて試して欲しい。

あなたは、相手の瞳を見ながら、話をすることができますか?

あるいは、面と向かった外人たちを相手に、
得意な英語を駆使しながらも、
もしかして、外人相手のコミュニケーションの最も大切なこと、
相手の目を見ながらの話、を、実はしていないのではないですか?

まあそう、それはタイプ、というか、好き好き、というか、
ともすると、まさに礼儀、であったりもして、
だがそう、それが礼儀であればこそ、

日本人同士て目を合わせるな、の礼儀は、
ここアメリカ、というか、日本という国を一歩でれば、
通用しない、どころかまさにその真逆。

相手の目を見ないで話すこの日本流洗練が、
海外の人々に対しては、実はとてもとても失礼であったりもするんじゃないか、
と勝手に思っているのだが、
それが俺が人生をしくじった理由、と言われると返す言葉も無い。



で、いやあ、長くなった。
ここまではすべて前フリであった。

ほとんど大抵の人たちが、俺がこのとりとめのない話を、
どうやって落とそうとしているのか、
すでに筒抜けのように、ばればれ、であるだろう。

はい、ネタがばれました。

日本でピカ一の視線力の持ち主、と言えば、
まさに我らが中元すず香、この人をおいて他にはない!

俺が中元すず香ちゃんが、これほどまでに好きになった理由、
まさに、その眼差し力。
その視線であったりもする訳で、
顔のつくりやら、体つきやら、
そんなことは全てかっ飛ばして、
まさにそう、こんな眼差しをした子、
本当に本当にいないからね。

すず香ちゃんは、その瞳にスティング、
万人にひとりあるかないかのその特殊な眼差し力、
この俺という男を一撃で虜にしてきた、
そんな、必殺目力を、
まさに、世界中に向けて、これでもか、とぶち撒けている訳だ。

そして、このベビーメタルの海外での成功の裏には、
まさに、このすず香嬢のこの日本人離れした強烈な視線、
そのまるですべてを焼き焦がすような真っ直ぐな、
まさに真っ直ぐすぎるほどに真っ直ぐな、
強烈なレーザービーム光線のスティング、
逃げも隠れもしない、
隠すものなど何もない、
その研ぎ澄まされた姿勢、
これこそがBABYMETALが海外に認められた、
大きな理由である、と断言させて貰う。



顔は人格の表れ、と前にどこかで書いた覚えがあるが、
その中でも、目、そして、瞳こそが、心の全てを映し出す魔法の鏡。

その瞳と言う鏡について、嘗て知った賢人の言葉を添えたい。

YOU ARE MY MIRROR ~ 貴方は私の鏡。

「あなたはわたしの鏡。 あなたの瞳を鏡にして、わたしはわたしを見ているのだから」

わたしの瞳を鏡にしてあなたは自身を見なさい。
わたしはあなたの瞳を鏡にして、わたし自身を知るのです。
あなたが幸せそうならば、そんなあなたの幸せがわたしの瞳に映り、
わたしはそれで幸せになり、そんな幸せに映しだされたあなたが、
そしてより幸せになる。
そしてその逆も然り。

人と人の関係はまさにそういうもの。
だから、思い切り、幸せな顔をして生きなさい。
それ以外に、幸せになる方法などないんだよ。

これは実は、カルカッタのドヤ街で知り合ったひとりのヤクザもの。
ドラッグ・ディーラーの元締めから聞いた言葉である。

昔世話になった、サドゥ=修験者 に教わったのだ、という。

乞食の一家に生まれた男は、
物心持つかぬうちに、より実入りの良い乞食になれるようにと、
実の母親から、その片腕と、そして片目を、奪われた。

そんな体のまま道端に捨てられ、
野良犬同然、どころか、時として犬と残飯を奪い合い、
時として分けて貰いながら、しかし男は生き延びた。

妙な出会いから似たように路上で暮らす、
ひとりのサドゥ=修験者に知り合い、
その老人からこんな言葉を聞いた。

いいか、おまえの瞳は俺の鏡。
おまえが自分の顔を見たければ、
俺の瞳を使うが良い。

おまえの瞳に幸せが灯れば俺の瞳にも幸せが灯る。
憎しみも悲しみも恐怖も、そして喜びも、
人は互いの瞳にそれを映しあって広げていく。

全ての理由はお前自身にあるんだよ。
幸せも不幸も、お前自身から始まっている、
お前が変われば、世界はどんな色にも変わるんだ。
それを忘れてはいけない。

そのたったひとつの目を、大切に大切に磨き上げることだ。

片目片腕の乞食は、この言葉だけを頼りに生き抜いた。
あなたはわたしの鏡、その真理を信じて、精一杯に幸せをばら撒き、
人と人がつながり、その人とひとがつながりあって、
そしていつしか、幸せの粉を世界にばらまく、
悪魔の商人として一財を成した訳だ。



あなたはわたしの鏡。

ステージにおけるスーメタル、すず香嬢の姿を観ていると、
まさに、そう、彼女のあの神がかったパフォーマンスは、
嘗て聞いたインドの修験者たちの、そんな極意
幸せの真理というやつを、
激しく実践している、そんな気がしている。

ステージにおいて、スーメタル、すず香嬢は、
まさに、神から遣わされた巫女であると同時に、
俺達の鏡でもあるのだ。
その鏡に映されて、
スーメタルはますます輝きを増し、
その輝きが世界を、目も眩むほどの光で俺達を照らし尽くす。

そうあなたも、スーメタルの姿に当てられてばかりもいられない。

CALL AND RESPONSE

ライブこそは、ステージは観客席の鏡であり、その逆でもある。
観客は傍観者ではなく、その主役の一人なのだ。

神は内在する。つまりは貴方も神の細胞の一部、
で、あるとすれば、
そう、貴方自身も、ベビーメタルの一部、その大切な構成要素なのだ。
そっか、俺ももしかすると、すーちゃんの一部なのか、
そう思うとそうそうと、自分を蔑んではイジメてばかり、
あるいは、甘やかしてばかりもいられない。

瞳が人の心の全てを映し出す魔法の鏡であるならば、
そして、そんな瞳が、世界の鏡であるならば、
この世とはまさに、CALL AND RESPONSE。
目を開け。
そして他人の瞳を鏡だと知れ。
悪戯に他人を攻める前に、
そんな他人の目に写った自分の姿を思い浮かべてみる。
あるいは、そう、まずは自分を慈み、
その瞳が曇ることがないように、
まずは心を正すべきなのだ。
自分を慈しみ、その慈しみを相手の瞳に映し出す。
憎しみが伝染するように、愛だって伝染する。
勇気や、希望や、意志力が、
あなたの瞳を伝わって世界に伝染して行くのである。

その言葉を噛み締めながら、
ベビーメタルの一部として、
自分自身を見なおさねば、
と思う今日このごろ。

で、そう、好みの女の話、から、いつの間にかそんな話になってしまったな。

相変わらず支離滅裂の狐火的駄文だ。

つまりはそう、端的に言って、
俺はすず香ちゃんこそが宿命の女神、と、
それが言いたかっただけだったのかもしれない。

とまあ、予定調和の結論でくくらせていただく。

愛は、BABYMETAL CALL AND RESPONSE DEATH



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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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