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レディー・ガガと中元すず香 ~ 歌い続けることの意味

Posted by 高見鈴虫 on 26.2016 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments
かつて、ニューヨーク・ソーホー地区の西の外れに、
DON HILL's(ドン・ヒルズ) という名のライブハウスがあった。

九十年代初めのオープンというから
CBGB や MAX KANSAS CITY 程ではないにしても、
ここニューヨークにおいては一種、生きる伝説とも言える、
ロックの殿堂の一つであったことに間違いない。

ただでさえ虫の息のロック界。
CBGBから始まりそんな大御所たちが次々と閉鎖に追い込まれる中、
このドンヒルズだけがロック界の最後の牙城という向きさえもあった。

このドン・ヒルズ、
再開発から取り残された川沿いのゲトーエリア、
川風に煽られたゴミだらけの一角に、
夜ともなると、鉛色のハレー・デビッドソンと、
そして一見してホームレスと見まごうような、
全身刺青だらけの無法達がたむろを始める、
その鄙びた感がいかにも場末のロックバー、
見るからにロックなハコであった。

良い意味でも悪い意味でも、
そのあまりにもロック然とした佇まいに、
思わず嘗て親しんだ新宿ロフトの情景を思い出し、
と同時に、ステージにおけるモニターの聞こえなさもロフト同様、
まったくなあとステージに登るたびに苦笑いをすることになる、
つまりはそうロック。
そんなことから俺は、なんとなくこのドン・ヒルズという店には、
それなりに妙な愛着を覚えていたのである。

店の隅にあったバー、
その止り木の端には、
いつも、白髪の痩せた老人が座っていた。
その見るからにハグれ切った姿。
任侠映画によくいる裏社会の影の顔役、
あるいは、伝説の博打打ちを連想させる、
老いたとは言え、いまだにいかにもヤバそうな雰囲気が匂い立つような、
その枯れ果てた老人。
言わずと知れたこの店のオーナー、ドン・ヒル氏。
そう、ドン・ヒルズはそんな店であった。



俺が初めてこの店に出た時、
それはもう十数年も前の話ではあるが、
日本からやってきた妙なロック小僧達、そのサポートの仕事。
そのガキども、
格好ばかりは一丁前ながら、
その自慢にするのは取ってつけたような小手先のテクばかり。
妙な事をやればやるほどに底が明けて、弱点ばかりが露呈する。
かと言ってこのリズム感、グルーヴどころかリフさえも合わせられない。
そもそも人の音を聴く、という訓練をまるでやっていないのだ。

日本なんて所であったらいざ知らず、ここニューヨーク、
まさにロックを子守唄にして育ってきた、そんな輩ばかり。
特にそう、今更になってまでいまだにロックなんて音楽に拘っている連中だ。
つまりはそう、ロックという音楽と共に育ち、
そしてそのロックという音楽に人生を狂わされた連中。
そんなしぶといロッカーたちが、いまだにロックなんてものにしがみついている理由、
奴らはそれを探しに、今日も今日とてこんな鄙びたロック・バーなんてところに、
集まってくるのである。
そんな筋金入りのロック野郎たちの前で、
東洋から来た小僧達が、お釜のように化粧をしては尻を振り、
なんて姿を見せられたのでは、それこそやっていられないだろうな、と思う。
そう、何よりもこの俺自身が、そんな糞ガキどもの、
いかにもロックを舐めた様が、どうしても気に入らなかった、というのもある。

という訳で、そんな糞ガキどものサポートとして、
ステージに上がることになってしまった俺。
だがしかし、いまさらそんなガキ共を相手に、
ロックとは何か、なんぞと、四の五の要らぬ口を叩くのも気が引けて、
とりあえずはそう、俺は俺。
俺は俺なりにドラマーとしてやらねばならないことだけを徹底する、
と心に決めた。

つまりそう、ドラムに関して言えば、
余計なことは一切やらず、ただただドンカン、だけ。

速いドンカン遅いドンカン。
跳ねたドンカン、ベタのドンカン。
4分のドンカン、8分のドンカン、ただひたすら、それだけ。

しかしながら、
最初と終わりのシンバルだけは思い切り溜めて叩き落とすから、
その時だけは全員で顔を揃えて、全身で合わせろ。

まあそう、それぐらいのバンド。
ステージの前には、チューニングのことよりも、
メイクと髪型ばかりに気が行っていたような、
まあよく居るところの、その程度のバンドであったのだが。

だがしかし、いったいどういった風の吹き回しか、妙な具合から、
ガキどもの狙っていたファン層、
つまりはキャピキャピした金髪のギャル、
なんかよりはむしろ、
ちょっとすると、いかにも危ないタイプのトラッシュ系ロッカーたちから、
意外なほどの支持を受けていた、
その皮肉がなんとも可笑しかったのだが。



そのバンドにおいて、俺はまあ添え物と割り切っていた。

サングラスをかけて、頭には海賊巻のバンダナ。
髪を染めるわけでもなく光り物の衣装を着るわけでもなく、
ましてや化粧などする筈もなく。
ただただ、そう、ドラムを、叩く。

スティックも回さず、頭も振らず、
必要とされる場所に必要な音を入れる、その為のドラマー。

いつも上辺ばかりで走りがちなガキどもを抑える為に、
オカズもシンバルのアクセントも極力抑えに抑え、
スネアも、そしてバスドラさえも、溜めに溜めては
ともすると後ろにひっくり返りそうなぐらいにまで溜めまくって、
そしてここぞと言う時には、おい、とベーシストに顎をしゃくり、
ステージの上で足踏み合わせ。
ボーカルがギターがなにをやってもいい。
どうせ俺には聞こえない。
ただベース、お前だけは絶対に俺から目を反らすな。
そればかりを繰り返していた。

あのなあ、おっさん。
このご時世、だれもドラムだ、リズムだ、なんてこと、
気にしている奴はいないんだぜ、
と文句ばかり言うメンバーを尻目に、
俺はドラマーとしてやらねばならないことだけを頑なに守り続け、
と同時に、それ以外のことは極力こそぎ落とし、
そして黙々とそんな、退屈なドラム、という奴を叩き続けていた。

なんでなんだよ、とガキ共は口々に文句を並べた。
知ってんだぜ、あんたが凄い奴だって。
ほら、一人で篭ってる時とかやってる、あのとんでもねえこと。
何やってるかさっぱりわからねえような事、やってんじゃんかよ。
ライブであれやってくれよ、思いっきりさ。
ガーって、ダーって、ババババってさ。
ぶっ飛ぶぜ、マジでさ。

何の為に?と俺は聞いた。
何の為にそのガーやらダーやらが必要なんだ?

だから出し惜しみすんなって。
思い切りやってくれよ。思い切り、派手にさ。

やってるよ、この人、とベーシストがぼそりと呟いた。
この人、やってるんだよ。思い切り。

ったくよお、とギタリスト。
なんだよお前まで。
言いたくはねえけど、
最近のお前、そのベース、無茶地味だぜ。
ジャズべだか何だか知らねえけどさ、
もっと昔みたく、思い切りストラップ下げまくってさ、
ピックでガンガン弾いてた方がずっと格好良かったぜ。

虚栄だよね、とベーシストが返した。
それってみんな虚栄だろ?

きょえー?きょえーってなんだよ。

だからそう、目立ちたいとか、上手く見せたいとか、
テクを見せびらかしたいとか、格好つけたい、とかさ、
そう言うのってさ、ただの虚栄なんだよ。
ロックってさ、そう言うものじゃねえんじゃねえかって、思い始めてさ。
だって・・

まあ良いんだよ、とさすがに口を挟んだ。

まあその気になったらやってやるさ。
だからおめえらも、俺をその気にさせて見ろよ。
話はそれからだ。



とまあいろいろあったのだが、
結果だけ見れば、そのライブは思いのほかに好評で、
ステージを下りたメンバー達が、
とたんに観客たちから囲まれて握手ぜめになっていた時、
俺は一人、灯りの落ちたステージで自身の機材を片付け、
そして汗に濡れた身体のまま、
バーのカウンターに向かう。

熱気冷めやらず、と沸き返っていた観客たちにも、
しかし俺の姿はまるで透明人間のようで、
ステージ脇で次々と写真を撮られるメンバーたちを尻目に、
俺はだれに気づかれることもなく、
バーテンダーのメタルの兄ちゃんに、ビールを注文する順番を待っていた。

ふと見れば、カウンター端の壁際に座っていた老人。
おい、とバーテンダーを呼びつけて、
ビールで良いのか?と俺に聴いた。
ああ、なんでもいい、喉が渇いた、と俺がいうと、
ビール5本、x 2 、広げた指を結んで開いて。

ハウスだ、とその老人は言った。
久しぶりに良いドラムを聴かせて貰った。
気分がすっとしたぜ。

俺はその老人と乾杯し、そして勧められるままに隣のスツールに座った。

あんた、プロではやってないのか?
ああ、食えないからな。
このバンドもサポートだろ?
ああ、まあそんなものだ。
もしもその気があるなら、いいバンド世話するぜ。
食えるならやるよ。食えないなら、ありがとう、気持ちだけは頂いとく。
ああ、まあ、そう、そういうことだな。ロックでは食えないよな。

そうこうするうちに対バンのセットアップが終わり、
またあらたな客層が入れ替わった後、
ようやくファンから開放されては、
そのはしゃいだのりのままバーに雪崩れ込んできたガキども。
ほらよ、このビール、ハウスだとさ。
やあ、どうも、とメンバーたちは相変わらずの若気の至りの屈託の無さで、
ドン・ヒル爺さんに顎をしゃくった。

お前ら、次の予定は入ってるのか?
とドン・ヒル爺さんは俺に聞き、
いや俺はサポートだからな、と苦笑いで肩をすくめ、
次のギグの予定は?と改めてメンバーに聞けば、
いや、まあ、そのうちというか、
と今更ながら間の抜けたことを言う。

だったら良い、とドン・ヒルズが言った。
電話番号を寄越せ。
うちの奴から電話させる。

次のバンドが始まった。
まあよくいるタイプのよくいるバンド。
余計なことばかりに気をとられ、最も必要なところが、きれいさっぱり抜け落ちている、
まあそんなバンド。

じゃあな、とドン・ヒルの親父が俺の肩に手をおいた。
また会おう。またお前のドラムが聴きたい。
こんなこと言うのは、本当に久しぶりだぜ。ありがとうよ。

そういうとドン・ヒルは、ステージを照らす赤いスポットライトに横顔を照らされては、
鳴り響き始めた轟音の中、タバコを咥えたままゆらゆらと足をもつれさせながら、
店の奥にある、地下へと向かう階段を降りていった。

誰、あれ?
ドン・ヒル、この店のオーナーだとさ。
へえ、爺さんなんだ。
で、なんだって?



それから、ドン・ヒルズのブッキングマネージャからちょくちょく電話がかかるようになった。
週に一度、あるいは二度。
メインバンドの前座や、あるいは、ジョイントパーティの穴埋め。
バンドは相変わらずぱっとしなかったが、しかし着実に、
それもメンバーたちのもっとも迷惑がる、
無法者風のトラッシュ・ロッカー、
この店に長く巣食い続けてきた、そんな地縛霊のようなイニシエのロッカー達からは、
妙に固い支持を受け続けていたようだ。

ただしかし、そのドン・ヒルズこそが、俺へのアダ、あるいは救いともなった。

仕事中にいきなり電話をもらい、
今日、これから8時だって、大丈夫?

いや、今日?これから?
会議室のテーブルに山になったドキュメント。
苦虫を潰したように黙りこくるビズィネスマンたち。
で、どうするつもりなんですか?この不始末。
いや、どうするもこうするも・・

とそんな話をやっていたそばから、
いきなり、という訳で、あとはよろしく、俺は帰ります、
とは、なかなか言えない。言えるわけがない。

いや、今日は、悪い、ちょっと・・

と口ごもる俺に、ああ、判った、とガキ。
だったら、と思わせぶりな沈黙の後、
じゃあまた電話する。

そう、少年たちは新しいドラマーを見つけたのである。

果たしてどんな奴なんだろう、もしかして俺よりも上手かったりな、
なんてことを思わないでもなかったのだが、
ロン毛の金髪でツーバスでドカドカやってくれるご機嫌な奴、
であったらしい。
ツーバスでドカドカか、と思わず長い溜息をついては、
虚栄なんだよね、と呟いたあのベーシストの横顔が過る。

行ってやるべきだろうか。
いやそう、それもこれも、つまりはガキども選択の自由だろう。

という訳でまあ予想通りというか、そのバンド、
ドン・ヒルズの連中にはちょっとした話題となっていた。

良い時は良い、酷い時には、まさに糞。
まじで見てらんない聴いてらんない。

そう、誰もドラマーなんて存在に鼻のひとつもひっかけることのなくなったこの時代である。
ドラマーこそがライブの全て、と、その真理さえにも気づかない、にわかロッカーばかりのご時世。

その良い時、酷い時、その真相を知るのは、まさにドン・ヒル、その人だけ。

何度も肩透かしを食らいながらも、
たまに登場するこのおっさんサポート・ドラマー、
その登場をただ一人心待ちにしてくれていたドン・ヒルズの爺さん。

よおよお、ついに真打ち登場かよ。最近ずっとひどかったからな、と苦笑い。
またあの世界の全てを見下したような仏頂面で、
そんなことをボソリと言っては、期待してるぜ。
こんな店、みんなぶっ壊しても良いからな。思い切りやってくれ。

そしてライブの後、そのご褒美と言う訳でもないのだろうが、
トラッシュ系ロッカーたちに囲まれては、
そのグルーピーたち。
まさに本ちゃんのイケイケやりやり娘に囲まれた少年たち。

おいおい、いきなりコケイン?
おいおいいきなりトイレでシャブラれちゃったぜ、
ねえねえ、この近くにラブホ知らない?
ねえねえ、このピル、さっき貰ったんだけどなにかな?
とそう、つまりはロックの洗礼を受けては、舞い上がるだけ舞い上がる少年たち。

そんなガキどもを尻目に、さあ、待ってました、ここに座れ、
とひとり上機嫌のドン・ヒルの爺さん。

ライブの終わった後、そんなドン・ヒルの爺さんが問わず語りに呟く、
この店の出来事、つまりはロックの歴史そのもの。

不穏なロッカーたちに溢れたそんな街の外れの川沿いの、
鄙びに鄙びきった年代物のロックバーのそのカウンターの隅で、
今夜もドン・ヒル爺さんの、問わず語りのロックヒストリーが始まるのである。



という訳で、例によって長い長い前置きだった。

実はここからが本題である。

中元すず香の今後を占う意味で、そんなドン・ヒルの爺さんから聞いた、
ひとつの逸話をご紹介させていただく。

なあお前、レディー・ガガって知ってるか?
とドン・ヒルの爺さんが鼻をすすった。

レディー・ガガ?あのレディー・ガガ?

そう、あのレディー・ガガ。






そう、あのレディー・ガガ。知らねえ筈はねえよな。
がしかし、というかまあ俺に取っては、そんな名前、知ったことではないんだがな。
でそう、あのレディー・ガガがな、実はいつも、その席に座ってたんだよ。

この席?

そう、お前の座っている、その席。
カウンターの上に顎を乗せてな、足をぶらぶらさせながら、
まるでパブで飲みつぶれるよっぱらいの親父を迎えに来た女の子。
まったくそんな風だったよな。

レディー・ガガ?あのレディー・ガガが?

あの子はな、まあそう、変わった子だった、っていう話だが、
俺にしてみればそう、可愛いかわいい孫娘みたいなもんでな。
色々な話を聞いてやったよ。

という訳でレディー・ガガである。
今をときめく世界のスーパースターであるレディー・ガガ。
どうもそのレディー・ガガが、まだ学生であった時代、
よくこの店に出入りしていた、ということなのだ。

嘘か真か、まあそう、よくあるタイプの爺さんの昔話、
戯言であるのだが、ドン・ヒルの爺さんに言わせる所、
レディー・ガガが現在のレディー・ガガに成り得たのは、
つまりはこのドン・ヒルの爺さんによることろが大きい、というのだ。

泣いてばかりいたな、あの子は、とタバコを咥えるドン・ヒル爺さん。
あれ、ここ、禁煙じゃなかったのか?という俺にも、ほらよ、とその赤いマルボロ。

そう、あの子は泣いてばかりいた。
俺の前で思い切り泣くためにここに来ている、そんな感じだったな。

当時まだ中学生であったレディー・ガガが、
イジメに会っていた、というのは有名な話である。

なにをされてなにをされてなにをされてなにをされて・・
そんな話をしながら、泣きじゃくるレディー・ガガを、
ドン・ヒル爺さんは多分、このいつもの白髪頭の仏頂面のまま、
聞くともなしにマルボロを燻らせていたに違いない。

いい話じゃねえか、と俺は言ってやったんだよ。

いい話?イジメがか?

そう、いい話だ。

あんたいま、レディー・ガガがレイプされかかって、なんて話をしたばかりだったじゃねえか。

そう、いい話だろ?つまりはそう、ロックの肥やしじゃねえか。

イジメやレイプがロックの肥やし?

全ての傷がロックの肥やしさ。
傷がなかったらロック、あるいは音楽なんてなんの意味もねえ。
俺はな、その傷を歌え、と言ってやったんだ。
その傷を糧にして、なにかを作り出せ、と。
その傷がなんなのか、それを考えて考えて考えぬいて、
それを形にしてみろって。

それじゃまるで、生傷に塩をすり込むようなものじゃねえか。

なにが悪い?とドン・ヒルの爺さん。
生傷に塩をすり込んでなにが悪い?
そう、人間は傷を負って生きている。
その傷こそが人間を作るんだぜ。
お前にだってあるだろう?そんな傷が。
いまだにジクジクと痛み続けるそんな傷があるからこそ、
お前はいまだにロックなんてものに拘っている。
そう、傷。傷こそが人間なんだよ。
傷を受け止めることだ。傷を愛することだ。
それはつまりは自分を愛するってことだからな。
傷とともに生きる。
それを、教えてやったのさ。

いい加減泣き飽きるとな、あの子はいつもあのステージ、
灯りの落ちたステージにひとりで昇って、
そして踊り出すんだよ。
今から思えばまったく酷いものだったけどな。
そう、受けた心の傷を誰もいないステージの上で吐き出し始めた。
あのステージでさ。灯りの落ちたステージの上でさ。

誰もいないステージを見やりながら、
一人で踊るレディー・ガガの姿を想像してみる。

あの子はな、そうやって傷を晒し始めたんだ。
ステージに立たないと、その傷を癒やすことができない。
それに気付いたのさ。

いまもあの子は変わっちゃいない。
あの子が歌っているのは傷さ。
心の生傷に塩を擦り込むように、
あの子はその傷を歌い続ける。
同じように傷を背負った奴らに向けて、な。

レディー・ガガが傷を吐き出し始めたこの場末のライブハウスで、
トラッシュ系のロッカーたちと、そしてビッチな女たち。
そんな人々に囲まれながら、その傷という傷の全てを抱え込むようにして、
レディー・ガガは、ニューヨークの夜の毒をこれでもかと吸収していった。
セックス・ドラッグス・ロックンロール。
その根本にあるものが、実は傷である、ことに気がついたレディー・ガガ。

レディー・ガガはそれを歌にした。
心の傷を、傷のまんまに、ステージから世界にぶちまけた。
そして今日もレディー・ガガは、世界中の傷に向けて歌い続けている。
フリークス、ゲイ、ジャンキー、そして社会の底辺で蠢くトラッシュたち。
そして世界の全ての、傷を背負って生きる人々。
レディー・ガガはその傷のために歌い続けているのである。

ドン・ヒルの爺さんに言わせるところ、
レディー・ガガとはつまりはそういう娘、であったらしいのだ。

そしてそれは今も変わらない。
多少有名になろうが、金が入ろうが、
それだけは変わらない、変えることはできない、
つまりそう、それがロックだからさ。

ロック、そうロックだ。
お前だってそうだろ?
ロックが無かった生きていけなかった、その口だろ?
この店に来るのはそんな奴らばかりさ。
だから、俺はいつまでたっても、この店が閉められない。
これだけ赤字を抱えて、これだけ糞みたいな目に会いながらな。
ここを閉めちまったら、この世にどこにも行き場のなくなっちまう奴らが、これだけ居るんだ。
だから、いつまでたっても、ロックを葬り去ることが、できねえんだ。



という訳で、例によってこの糞話だった。

その解毒、という意味でも、そして言い訳という意味でも、
最後の最後になって、我らがベビーメタル、
中元すず香嬢にこじつけさせていただく。

そんなレディー・ガガに関する逸話は、
ここニューヨークでは嫌が上でも聞かされることになる。
そしてそのレディー・ガガに関する逸話を聞く度に、
俺はこのドン・ヒルの爺さんから聞いた言葉、
心の生傷、の逸話を思い出さないわけにはいかない。

そう、レディー・ガガはそういう人なのだ。
心の生傷に塩を摺りこみながら、傷ついた人々為に、歌い続けるフリークスなのである。

そんなレディー・ガガは、人間を見分ける。
傷を負ったものか、負わせたものか、あるいはそのどちらもか。
そしてレディー・ガガは、いつもいつも、傷の味方なのである。
心に傷を持つもの、その傷が大きければ大きい程、
レディー・ガガはその対象を偏愛するのである。

そしてそう、
我がベビーメタルの、その世界への架け橋ともなった、
あの突然の、レディー・ガガからのサポーティング・バンドとしての依頼。

レディー・ガガはユーチューブでの映像を見てベビーメタルが気に入った、
という話が広まっている。
が、レディー・ガガは実はそういう人ではない。

ドン・ヒルに言わせる所、レディー・ガガは0か100か、の人であるらしい。
つまり、気に入った対象のことは徹底的に調べあげるのだ。

そのレディー・ガガのお目にかかったのが、我らが中元すず香嬢であった。

レディー・ガガが、そんな中元すず香嬢に、
いったいどんな傷を見出したのか、それは多分レディー・ガガにしか判らないであろう。

ただそう、そんな傷に生きるスーパースターが、
中元すず香の中に、なにかを見出したことだけは確かなようだ。

そしてそう、レディー・ガガのそんな目が、
いつも間違いがないことは歴史が証明している。

そしそう、そんなレディー・ガガが、いったい中元すず香の中になにを見つけたのか、
それこそが、中元すず香の今後の展開の、実は鍵になるのでは、と思っているのだ。

心に傷を受けたものは、それから逃げることはできない。
隠せば隠すほどに傷は癒えるどころか化膿を繰り返す。
傷をさらけ出し、風に当て、太陽に晒すことでしか、傷が癒えることはない。
あるいはそう、
傷を負った者同士が、それを舐め合うことで、癒える傷もある、ということだ。

という訳で、中元すず香の目指すもの、とは、もしかしてレディー・ガガなのではないだろうか、
と思っている。

いやなに、あの突飛なファッションや、あの支離滅裂な言動だけを見て、
レディー・ガガを判断してもらっては困る。

最近のレディー・ガガを見て欲しい。
あのアカデミー賞での神がかり的なパフォーマンス
そして、スーパーボールでのナショナル・アンセムにおいては、
主役のハーフタイムショーどころか、試合そのものさえも飲み尽くしてしまったではないか。

そう、現在のこの糞のようなおんがく界。
今やただのマネーマシーン。
その実態は、まさに瀕死の状態にあるアメリカの音楽界において、
唯一、気を吐きつづけるこのレディー・ガガ。

これまでのその奇行の数々ばかりが話題をさらっていた感のあるレディー・ガガというアーティストの、
本領、あるいはその目的が、どうも現在の音楽界の人々とはひと味も二味も違う、
つまりは、金とは関係のない、もっと違う目的の為に存在している、という、
当たり前のの事実に気づきはじめている。

そしてそう、この時になって、俺は改めて、あのドン・ヒルの爺さんの言葉が蘇ってくる。

多少有名になろうが、金が入ろうが、
心に受けた傷をだけは変わらない、変えることはできない。
傷とともに生きること、
つまりそう、それがロックなのだ。

レディー・ガガ
いまになってそれが判る。
自身の中の傷と闘いながら、あるいは、その傷を糧として、
世界の傷を負った人々のために歌い続ける、
アーティストとして、あるいは人間としての、その生き様そのものが。



今後、もしも何かがあって、
果たして中元すず香が、道に迷う、なんてことが起こった時、
つまりはそう、歌い続ける事の意味を見失いそうになった時、
ニューヨークに来たら良い。

この街の魅力の最もたるものは、
傷を持った人々に優しい、ということなのだから。
そしてそう、
ぜひともレディー・ガガにコンタクトをして欲しい。

バイを明言しているレディー・ガガのことだ、
ちょっとアブナイ目にあうこともあるかもしれないが、
そう、それも経験、これも経験。

そこまで割り切れるぐらいにまで、
その傷が、迷いが大きければ、
レディー・ガガ、この人は必ずや、
力になってくれるはずである。

ドン・ヒルの爺さんの言葉を信じるならば、
レディー・ガガは、つまりはそう言う人である。



という訳で、
へっへっへ、実は俺はレディー・ガガの住所も、
そして親父の経営するレストランの場所も知っているんだぜ。
いやそう、ニューヨーカーなら誰でも知っている。
そう、ニューヨーカーにとって、レディー・ガガはそういう人。
つまりは、あの妙な感じの、歌のうまかった小娘。
今は立派になっちゃって、と、まあそんな感じ。
つまりは下町小町。

深夜のドッグランに集う、70、80の老婆でさえ、
レディー・ガガの唄うその歌詞は、誰もが空で唄うことができる、
そう、レディー・ガガとはそんな人なのだ。

そしてそう、我らが中元すず香。
彼女の歌を聞く度に涙が流れてしまうのは、
もしかするとそんな理由もあるのかもな、
と思ったりしている訳だ。

先の911時のユニオンスクエアでの逸話にも書いたが、
深い絶望の底にあって、人々の心の傷を癒せるのは、音楽しかない。
あるいはそう、音楽はまさにその為に存在しているのだ。

世界の傷を癒やすことのできる歌声。

中元すず香の方向性として、ひとつのテーマとして頂ければ幸いである。

以上、お粗末な戯れ言であった。




追記:

追悼、ドン・ヒルの爺さん。
まあ色々あったが、世話になったな。

がしかし、爺さん、ちょっくら早まったようだぜ。
ベビーメタル、見ないで死んじまうなんてさ。

そう、だが心配するな。
あんたの守り続けたロックへの夢は、
レディー・ガガが、
そしてベビーメタル、中元すず香が、
きっときっと、実現してくれる筈だ。

RIP 安らかに眠ってくれ。







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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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