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WELCOME リアル・ライフ ~ 奇跡の言葉を

Posted by 高見鈴虫 on 27.2016 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments
金曜の夜、午後11時半。
ようやく家に辿り着いて、アパートのドアを開けた時、
その隙間から飛び出して来た犬の顔を見た途端、
思わず膝が砕けそうなほどの虚脱感を覚えた。

生きていてくれたか・・

かみさんのいない日々。
なにが心配と言ってこの犬である。

たかが犬ころと言いながら、
この世で唯一絶対のバディ。
一緒に棺桶に入ろうな、と誓ったソウルメイト。

がしかし、この犬、
かみさんがいなくなってからというもの、
ふと姿が見えないと思えば、
いつも玄関の前で寝ている、この律義者。

いつものトレードマークたる全開ニカニカ笑いもいつしか影を潜め、
ふて寝をしてはため息ばかりをついている、ってのも、
実は、そう、俺の鏡ということなんだろうがな。

仕事中、あいつ、こうしている今もああやって玄関の前で寝ているのだろうか・・
そう思えば思うほど、早く帰ってやらねば、
と気ばかりが焦るのだが、
こういう時に限って襲い掛かってくる面倒案件の山。
嵩む仕事と緊急呼び出しだけには抗うこともできず、
この糞リーマンぐらし、つくづく嫌気が射してくる。

糞ったれ、糞ったれ、と仕事をやっつけながら、
くそう、これが終わったら帰れる、これを終わったら帰ろう、
とかばんを引っ掴んだ途端に、
またまたの緊急呼び出し。
どこのバカがこんな時間に、とは思いながらも、
引きずり込まれたテレカンではまた飽きもせずに、
言い訳と責任回避と、
つまりはそう、愚劣な甘えと浅はかな狡猾ばかりの渦巻く
そんなおべんちゃらの洪水。
思わず、電話機を瓦割りしてしまいそうな苛立ちを覚えながら、
いやいやいかんいかん。
この場において俺はそいう人ではない、筈。
そしてミュートにした電話。思わず目を閉じて長い長い溜息・・
その繰り返し・・・

という訳で、ようやく一週間が終わった。
そして、犬は生きていてくれた。生きのびてくれた。

顔を合わせた途端に、
腹が減った!その前におしっこおしっこ、と急き立てる犬。

ああ、判った、ちょっと待っててな、いま着替えるから、
という間もなく、そのまま、HUGOBOSSのジャケットと、
ネクタイを引きちぎりるようにして床に叩きつけ、
そして走って駆け抜ける深夜の交差点。

うへえ、間に合った!
駆け込んだ公園の芝生の上で、長い長いおしっこを終えた途端、
満面の笑顔で振り返る犬。

ごめんな、悪かったな。いやあこんなつもりじゃなかったんだが、
とつくづくこの暮らしが恨めしくなる。



そのまま川沿いの遊歩道をくだって広場のオープン・カフェへ。
夜空に咲いたままのパラソルの下、テーブルに揺らめくキャンドルの灯り。
気の長い酔っぱらいたちの間延びした笑い声がまだ響いている夜更け。
なんかこの人たち、本当に幸せそうだな、とため息をひとつ。
ああ本当だったら、こんな夜はかみさんと一緒に、
このテーブルのどこかで、夜の風に吹かれてただろうな、と、そんな夏の夜。
そんなテーブルに集う人々が何故かとても眩しくも思えて、
そして妙に後ろめたい気持ちで、そそくさと通り過ぎる俺。
どしてなんだろう、この妙に裏ぶれた気分。

もうこんな時間、さすがにお巡りもいないだろうと、
リーシュを放したまま、川中に張り出したピアの先までそぞろ歩き。
そよぐ夜風の中を、はしゃぎきっては駆けまわる犬の姿を追いながら、
そんな犬の姿が妙に意地らしくも物悲しく思えてきて、
つくづく、このシングル・ダディの暮らしに、
疲れ果てている自分に気がついた。

ようやく一週間か。これがいつまで続くやら。
そして改めて、前に触れた世のシングル・マザーの気持ちを思う。

いやはや、これはもう、大変な大変な苦労であろう。

そう、人の痛みは、自分が味わってみなくては判らない。

その痛みの中で生きる人々は、
もしかしたらウェブ上に反乱するあの正論。
知りもしないことに、門切り調の説教口調を振りまわす、
品行方正な常識人たちの、
そのあまりの想像力の欠如と、人間としての底の浅さに、
思わず、殺意にも似た怒りを覚えながらも、
日々永遠と続くこの苦労。
そんな正論などに関わりあっている余裕さえもないほどに、
苦労に次ぐ苦労と、過労に次ぐ過労に苛まれては打ちのめされ、
それがまさに雪だるま式に膨れ上がっては息も絶え絶え。
その無我夢中のイタチごっこ。
それはまさに、ゴールの見えないマラソンのような・・

この絶望の中で打ちひしがれながら、
重い身体を引きずるように、そして家に帰り着いた時に見る、
このダイヤモンドの笑顔、その眩しさ。切なさ。いじましさ。

その笑顔だけが救いで、この日々を戦い続けているに違いないのだが、
そう、そんなダイヤモンドの笑顔が、
いつしか重荷として胸を締め付け始めたりもするのだろう。

幼児虐待もそうそうと頭ごなしに、
鬼だ畜生だと決めつけることも難しいのだな。

人間、助けが必要なときもあるのだ。
ただそれが、言い出せないだけなのだ。
それを言葉にする、余裕さえもなかったりするのだ。
だから人間は助け合わなければいけない。
助け合わねばいけないのだ。

とそんな当たり前のことに、
深く深く思い入る深夜のニューヨーク。

お偉い政治家の方々が、
日本の名士と見栄を張るのも必要なのだろうが、
せめて、その一泊いくらするか判らないその高級ホテルの代金で、
いったいどれだけの人々の労苦を労うことができるのか、
その重みを、しっかりと噛み締めながら名士面をして欲しい、
あるいはそう、
武士は食わねど高楊枝、その心意気を世界に示せる、
そんな政治家、このご時世、したり顔で勝ち組だ負け組だと勝手な自己責任論を繰り返すような、
そんな人々の前にあっては、雲を掴むような話なのかな。

と、そんなことを考えながら、
だとすれば、とまた余計なことを考える。

そう、また例に寄って、ベビーメタルの社会貢献である。

シングル・マザーの家族だけを限定したライブ、やら、
あるいはそう、いじめられっ子限定200名を無料招待とか。
まあそう、そんなこと今更に焼け石に水なのだろうが、
まずは身近な一人、二人だけでも救うことで、
少なくとも一人二人は救うことができる。
それが信じられなければ、社会になんの意味があるだろう。

そう、俺に金があればそういうこともしてあげられるのにな。
そう、人を救うためにはまず俺自身が強くなることだ。
俺は政治なんぞ信じないぞ。俺は民主主義に甘えないぞ。
まずは俺が金持ちになる。その金で救える者を救う。
だからまずは俺が強くなることだ。
世界中の捨て犬と、
そして、シングル家庭といじめられっ子と、
そして少年犯罪者の社会復帰支援と難民問題と、
やることは満載である。
ああ早く、この拾った命、神様に恩返しをせねば、と思いながら、
自分で自分さえも救うことのできないこの体たらく。
挙句の果てにかみさんに逃げられていたら世話ねえよな。

暗い川の中洲にまで伸びたピア。
その突端のベンチ。
座り込んだ途端に、思わず弛緩した身体がそのままずり落ちそうなところを、
ねえ、ボール投げて、とはしゃぎ回る犬の笑顔。
暗がりのベンチからはいちゃつく若いカップルたち。
生々しく響くキスの音が煩わしく、
ああ、まったく、とため息。
俺はそんな世界から何故にこれほど遠く離れてしまったのか。

はい、次のボール、投げて投げて、と目を輝かせる犬の笑顔。
思わず見つめ合って、そうだよな。俺はお前が居てくれたらそれで十分。
お前が居てくれるだけでも感謝しなくっちゃな。
そう、お前が居なかったら、とふと考える。
お前が居なかったら、こんな暮らしどころか、
こんな俺なんかがどうなろうが、知ったことではないのだからな。

ふとそよぐ風。微かに漂う菩提樹の香り。
ワイシャツのボタンを腹まで外して、ようやく深い深い深呼吸。
そんな一抹の清涼感の中で、ふとそんな時、
なあ、こんな時、もしかして世のシングル家族、
ねえ、このまま死んじゃおうか、なんて、そんな気持ちにも、
なったりもするのかも知れないな。

見上げる摩天楼。川沿いに建ち並ぶ高級コンドミニアムの灯りが、
あまりも遠く、切なく、絶望的までに遠い世界にも思えてくる。

はぐれたな、と苦笑い。
セイヤ、ソイヤ、戦うんだ、と呟いてみる。
セイヤ、ソイヤ、戦うんだ、悲しくなって、立ち上がれなくなっても。

そう、憂いは戦いの中にこそあるんだよな。
負けた人間に慰めは無用、の筈だったんだよな。

そう、俺は・・

なにを、たかだかまだ一週間じゃねえか。
まずは仕事を変わることだ。いつまでも騙されている訳にはいかない。
そう、倍返し、大逆転、するんじゃなかったのかよ。

うっし、帰るぞ、と立ち上がった川風の中。
帰って、また求人サイトを見なおしてみよう。
え?と首を傾げる犬。
おい、帰るぞ。そう、ちょっと元気が出たんだ。この気分を壊さないでくれ。
いやだ、と犬。まだ帰らない。まだお散歩足りないし。
あのなあ、と思わず。
おい、頼むよ。俺は俺で大変なんだぜ・・
嫌だ、と犬。まだ帰らない。ずっと一日中部屋の中だったんだよ。
おしっこ我慢してお腹減らして、ずっと玄関の前で待ってたんだよ。
あのなあ、と俺。
あのなあ、頼むよ・・・

構わず歩き続ける夜の舗道。
灯りの下で意地を張って座り込んだままの犬。
その姿がどんどんどんどん、小さくなっていく。
このまま、もしも、どんどんどんどん、小さくなって、消えてなくなってしまったら。

そうやって、見失ってしまう人々も、いるのだろうな。

判ったよ、と引き返す舗道。
ああ、判ったよ、お前には勝てないよ。お前には、お前にだけは、勝てない。勝っちゃいけない。

とふと見れば、そんな犬の隣にゲイのカップル。
戻ってきた俺におーい、と手を振る酔っ払った二人。
迷子の犬かと思ったよ。
そしてたら連れて帰ってうちで飼おうかと思ったよ。
ああそうしてくれたら本当に嬉しいんだがな、と苦笑い。

そうそうやって、生きる支えを手放してしまう、そうならざるを得ない、
そういう人も、居るんだろうな。

おい、行くぞ、と声をかけた途端に夢中に走りだす犬。
凄い、とカップル。
そんな俺の後ろからいきなりケツバンをくれる犬。
ああ、判った判った。悪かったよ。
なんだよ、ひどいじゃないかよ、とケツバンを繰り返す犬。
判った判った、悪かったよ。
そんな俺達に手を振るゲイのカップル。

ベストカップルだぜ、あんたら。

ははは、悪いな、こいつ雄なんだよ。

だったら、とその隣りのおねえ。

だったらそう、ベスト・ゲイ・カップルじゃないの。素敵よ。

ベスト・ゲイ・カップル?おいおい、まあそう、ありがとうな。

そう、そんな言葉が、人を救うこともある。
そう、そんなこともあるんだ。
時として言葉は、そんな些細なコミュニケーションが、
人を救うこともある。
そう、そんなこともあるんだ。



ようやく辿り着いた部屋。
一人の部屋。この一週間ですっかりと裏ぶれきった部屋。
部屋の隅に積もった犬の毛と、そして流しに山になった洗い物。

犬の食事だけを用意して、そのままソファの中に倒れこんでは、
自分の寝息に吸い込まれるように、そのまま寝落ちしようとしていた、その時。

ふと見れば、あり?
まるで奇跡のようなかみさんからのメッセージである。

ロンドン橋が落ちて日本円暴騰?
ますますお金なくちゃっうね。ひとまず帰ることにする。

ばかやろうが・・・騙されやがって。
そんな訳ねえだろうが。
世の中、そうそうとヤワにはできちゃいない。
あるいは、そう、あのがっついた連中が、
こんなことで既得権益、あの莫大な金塊を、
みすみす手放したりするわけねえじゃねえか。

と大人の苦笑いを浮かべながら、
ふと、開け放たれたままの窓から、
さわさわと風が吹き込んできた。

熱気のこもったままだった淀んだ空気の中に、
あの川の風の、菩提樹の香りが甘く匂った。

おい、かあちゃん帰って来るってさ。
と言ったとたんに、え?どこどこ?と、
食いかけの皿を放り投げて玄関に走りだす犬。
その無邪気さ、意地らしさ。
ばーか、騙されやがって、と笑いながら、
と、そう思った途端に、いきなり、そう、いきなり、
津波のように、気も狂わんばかりに、空腹が襲いかかってきた。

そう、俺はかみさんが出て行ってから、まともに飯を食っていない。
男一人で飯など食ってやるものか、と意地になっていた訳でもないのだが、
そう、男なんてそんなものだ。
女がいなくなった途端に、生きる気力とともに食欲さえもが消え失せてしまう。
なにより、自分用の飯に手間をかけるなどバカバカしくてやっていられないじゃねえか。
そう、男なんてそんなものだ。
まったくそう、なんて情けない生き物なんだよ、人間って奴は。
だからこそ、そう、人間には、寄り添う人が必要なのだ。



という訳でこの週末、いきなり気が抜けて、
やることもなく、と言ったらなんなのだが、
日がな一日、セントラル・パークの芝生の上で日光浴。

手元のIPHONEであの長い長い駄文をチコチコと綴りながら、
その度に犬に邪魔をされては、顔中を舐められながら、
そう、かみさんが帰ってくると判ったとたん、
また脳内一杯にベビーメタルが鳴り響き始めた。

さあ今日は早く帰って掃除でもしよう。
帰ってきた途端に、部屋が汚いと小言を言われても堪らない。

とふと覗いた鏡。

なんと、その赤く日膨れした肌、その腹にいきなりのシックス・パックである。

おおお、なんか、これ、久しぶりに見るぜ。

この降って湧いたようなシックス・パック。
かみさんの家出の効用という奴か、
あるいはイギリスのネトウヨの悪ふざけ、その恩恵。
いやはや、世界の不幸がこんな置き土産をもたらすとは、
思っても見なかったぜ。

という訳で、長い長い旅が終わった気分。
どんな面して出迎えてやろうか、と見れば犬、
いきなり玄関の前に今か今かと陣取っている。

犬に予知能力があるってのは、まさに本当のようだな。

そう、奇跡はあるんだよ。
そんな奇跡は、実は当たり前のように存在していたりもするのだよ。

そしてそんな奇跡、実は誰にでもそれを作り出すことができる。
奇跡を作り出そう。それを誰かに届けよう。
その奇跡は、もしかしたらそう、
たったひとつの言葉、それだけでも奇跡たりうるのだ。

思い知ったよ。
人間はそう、本当に本当に弱い生き物だ。
それを忘れてしまっては、なにも始まらない。
そこから始めなくては、なにも始まらないんだよ。

そしてそう、助け合いは、奇跡は、必要なのだ。

WELCOME リアル・ライフ。

シックス・パックの浮いたその身体で、
久しぶりに鏡の前に、正拳を繰り出してみて、
馬鹿野郎、ざまあみやがれ、と一人笑った。

がんばろうな。俺もがんばらあ。

その奇跡の言葉を、届けよう。届け合おうぜ。
人の世はそこから始まるんだから。





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プロフィール

高見鈴虫

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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