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I AM JAPANESE! ~ わたしは日本人だ、の意味するところ

Posted by 高見鈴虫 on 03.2016 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments
建国記念日の連休を前にした間延びした金曜の午後、
会社のカフェテリアのテレビに、
また例によっていかにも不愉快な光景が映し出されていた。

ダッカ・バングラデシュの人質立て篭もり事件。

だが、もはや誰もそんなテレビを見ようともしない。
そう、もう沢山なのだ。

先のフロリダといい、その前のパリといい、なにからなにまで、
もう世界中がそんなことばかりだ。

特に選挙が近づくとな、と皮肉な声も聞こえてくる。

ニュース番組ももうそんなことでは金は稼げないに違いない。
喜ぶのはそれをダシに票集めを企む政治家だけだろう。
そんな政治屋からの金を目当てに世界中の騒動屋・扇動屋が大騒ぎ。
なにもかもが相変わらず、と言ったところ。

すれ違いざまにインド人が呟く。
馬鹿なバングラデシュ人。
日本に経済援助を引き上げられたら、あんな国はもう一瞬で破滅だろう。

そう言うなら、バングラデシュも立派になったものじゃねえか。
あんな国に機関銃持ってるやつがいるとはな。
その方が驚きだぜ、と思い切りの毒で返してやる。

そう、バングラデシュもちょっとはまともになってきたってことだろ?
と訳知り顔の湯田屋人。
昔はそれこそ、飢え死に寸前のゾンビーばかりの国だったからな。
理想や現実を振り回せるぐらいにちょっとは血の巡りがよくなった、
ってことなんだろうが、その結果がこれだとすれば、
いやはや、ろくなものじゃねえな。

キッチンに足を踏み入れた人々が、
そんな映像を前に、
これ以上に無い、というぐらいに不愉快な表情で眉を顰めては、
そして、肩をすくめて目を背ける。

バングラデシュ?あんな国でいったなにが起こったのだ。
だがそう、こんなご時世だ。
選挙も近いしな。
そう、毎度の事だろ。

まったく、嫌な渡世だぜ。

そして人気の失せたカフェテリア、
その不愉快な映像だけが、永遠と流れ続けているばかり・・・・



嘗て、アジアのドブの底、
バンコックからイスタンブールへと抜けるアジアン・ハイウェイをケンケンパ横断していた当時、
まさに社会の底の底を這いずりまわるような、
そんな究極的な貧乏旅行の中にあっては、
時として、妙なトラブルに巻き込まれることも、多かった。

スリ・カッパライ、押し売り強盗、置き引きから、お釣りの誤魔化しから、
ちゃちな喧嘩から、そして、夜道でいきなりナイフを突きつけられて、
あるいは、そう、
どこぞの武装勢力などに、訳もわからぬままに拉致をされては、
有無を言わせぬままに地下の牢屋に叩きこまれて。

そんな局面が、無かった訳ではない。

というよりは、そう、日本という国を一歩出た以上、
そんな危険はまさに表裏一体の紙一重。

一度日本を出た以上、個人旅行者とはつまりは、自由な旅行者
その自由さの中には、当然のことながら、
死ぬ自由、殺される自由、も含まれていた筈だ。

そんな中、しかし、そんな海外において個人となった者にとって、
懐の奥底に秘めた菊の紋章が、いざという時になると、
実はテンでまったく当てにならない無用の長物と成り果てる、
そんな話は、実は個人旅行者達の間ではつと有名であって、
つまり、外務省は、あるいは、日本国家は、
個人として行動するものは、絶対に守ってはくれない。
時として、平気で、薄笑いさえも浮かべて見捨てられ、
棄て去されることになる。

なぜならば、自己責任、であるから、というのがその理屈であるらしい。

ただ、俺だってそれを知らなかった訳ではない。
知らないわけではない以上、それに四の五の言うのもしゃらくさい。
日本国家?知った事か、といなせなみなしごハッチを気取っては、
これ見よがしに肩で風を切っていた、そんなつもりでもあった。

ただそう、
だがしかし、
もしも、もしも、もしもの時、
もしも、もしも、街の喧嘩やら、ちょっとした揉め事やら、
なんてそんなものではなく、

相手が、時として軍隊、あるいは、武装集団、
などという、一種、日の丸とは別の色の旗を掲げた、
別の次元に生きるプロ集団であった場合、
そんなとき、
最後の最後になってすがれるのは、まさにこの言葉、であった筈だ。

わたしは、日本人だ。







わたしは、日本人だ。

アイム・ジャパニーズ、ソイ・ハポネス、ウォシー・リーベンレン。

俺は実に、世界中の言葉でのこのセリフ、
わたしは 日本人だ、を今なお覚えている。

なぜかといえば、
つまりはそう、日本人である、ということこそが、
最後の最後になって頼りになる筈の、命綱である、と信じていたからだ。

そしてその状況は、現在この2016年に至っても、変わっていない筈だ。

本人の意志に因る因らないに関わらず、
今や、世界中を飛び回る、
時として、ドサ回りを余儀なくされるこのジャパニーズたち。

そんな世界の隅々を駆けずり回る、
まさにアリンコ集団であるところの俺達日本人は、
そんな孤立無援の異国の地において、
いまだに、日本人であること、こそが、
いや、日本人であること、それだけが、
命の最後の絆、である筈だ。

では改めて聞こう、
世界において、日本人である、と我々が明言する、
その言葉の裏にあるもの、

それが何なのか、改めて、よーく、考えて欲しい。



わたしは日本人だ、

で?

わたしは日本人だ、金ならある、という意味か?
わたしは日本人だ、もしかしたらカラテをやってるかも、だぞ、という意味なのか?

わたしは日本人だ、で、だから何なんだ?

答えは言わずもがな。。
日本人なら、誰でも判るだろう。

その、わたしは日本人だ、の言葉に託されたその意味。

わたしは日本人だ。 故に、わたしは 「平和主義者」 だ。

世界でもっとも、おとなしく、礼儀正しくあるところの日本人。
そんな日本人であるわたしは、あなたがたに危害は加える気は毛頭ないし、
わたしたちは、少しは、あなたがたの役に立つことができる、かもしれない、そういう人々だ。

だから、そんなわたしたち日本人を、殺さないでくれ。
それはあなた方にとっても、大きな損失になりうる。

そう、この、平和主義だ、の思いを込めた、
日本人だ、という金看板。

つまりはそう、軍備を捨てて、戦争の放棄を憲法で誓った
筋金入りの平和主義者である、という、そのぎりぎりの宣言なのだ。



改めて思い返して欲しい。

一度でも、日本を出たことのあるものなら、
たとえパッケージ旅行でのロンパリローマ一週間の旅、
であったとしても、その自由時間に、あるいは待ち時間に、
ふとした拍子で、集団からはぐれてしまった、
そんなことがもし起こったら、
最後の最後に頼れる言葉は、
まさしく、
わたしは日本人です、
それ以外にない、ということは、
経験的に骨身にしみて判っている筈であろう。

わたしは日本人だ。
最後の最後の土壇場になって、日本人が頼るこの言葉、
あるいはそう、
もしもの時のために、ポケットに秘めた紙片に書き綴ったその言葉。

I AM JAPANESE

全日本国民の、最後の命の砦、
日本人が、世界に向けて、日本人、と明言するその意味とは、

人畜無害の平和主義者である、ということ、それにつきる。

恥ずかしながら、俺も、この天下一の無法者を気取った俺でさえ、

わたしは日本人だ、

この言葉を、何度か使ったことがある。

そして、それによって、命を救われたことが、確かに、ある。

そう、その裏には、莫大な経済融資、
あるいは、湯水のごとくばらまかれる開発援助金、
そして、ソニーだトヨタだに代表される日本のイメージもあるだろう。

だがしかし、それにもまして、俺たち日本人が、
最後の最後に頼れるものとは、まさに、筋金入りの平和主義、
憲法に謳われた絶対的な平和主義者である、という明確な宣言、

ひとたび海外に出たことのあるものであれば、
最後に頼れるのは、
日本人である、ということ、それ以外にない、という俺の言葉に、
異論のある方はいない筈だ。



しかしながら、どうも、そう、去年あたりから、
この伝家の宝刀たる、日本人、のイメージが、
世界に通用しなくなってしまった、
という向きがある。

日々、スピーディーなテクノビートに乗せされて、
なにからなにまでを忘れ去ってしまう忙しい日本人の方々のことだ、
去年の2月に起こったこんな事件のことなど、
ほとんどの人々は、まるで夢のように忘れてしまっていることだろう。

俺の理解ではその事件、去年の冬のことだと記憶する。
テロ集団に拉致された友人のジャーナリストの救出に向かった一人の男がしっかりとミイラ盗りのミイラ。
イスラム系のテロリスト集団に拉致をされた上に、
インターネットメディアを通じてまた莫大な身代金の要求がなされた。

その要求に対し、政府は強硬姿勢を取ると同時に、
そんなとこにわざわざ出かけていく者の、自己責任である、
という世の論調に後押しされた上で、

我が母国、そして、人質の方の母国でもあった筈の日本国の首相は、
その最高責任者の名の元に、この不幸な人質を、完全に黙殺し、

それに加えてあろうことか、

その目と鼻の先における中東での国際会議の席で、
こんな演説をぶってしまった。



動画、2:00 ぐらいからふと流れたこの言葉。

「・・・胃楽・尻穴の難民・避難民支援
取る子 レバ呑んの支援をするのは、
愛死すのもたらす脅威を、
少しでも食い止めるためです・・・」

立派な演説である。
卑劣なテロリストに屈することなく、正義を貫く。
勇ましいじゃないか、アメリカさんも大喜び、
まさに新しき日本人像、そのプライドの発露。

そう、立派だ。立派すぎるぐらいに立派じゃないか。

ただそう、この演説の中に盛り込まれた、
この、どう考えても勇ましすぎる余計な一文としか思えないこの名セリフの、
その本当に意味したものがなにか、と言えば、

人質の見殺し、と同時に、
俺を含め世界中に存在する、日本人という個人、
その生命綱であるところの、

日本人は平和主義者である、という金看板を、
なんの未練もなく、いきなり取り下げてしまった、
その皮肉なのである。

このあまりの重大性に、
もしやこの演説の台本を書いた方は、
いったいどこまで気付いていたのであろうか。

案の定、この卑劣なテロリストからの回答は、

例の、アベ~
血に濡れたナイフを片手に、
首相個人に向けたの呪いの言葉。
そしてその結末がどんなものであったのか、
ここまで言えば、誰でもその衝撃的映像を思い出すに違いない。

俺がこのニュースを聞いた時、
この日本人という、世界民族の中でもまさにミュータント的にまで、
戦い、という事態に慣れていない、世界最弱の民族が、
もしかしたらいきなり直面することになるかもしれない、
この魑魅魍魎たる国際社会。
十重二十重tp謀略が渦を巻く妖怪戦争のその濁流のなかに、
いきなり、救命胴衣も無しに頭から放り込まれてしまう、
その悪夢のような展開を予想しては、
心底肝の冷える思いがしたものである。

だがどういった理由でか、
このあべ~首相の演説に、やんや、やんや、の拍手を送った、
幼気な俄愛国者の皆様。
その後いかがお過ごしですか?

あなたの身内が、友達が、あるいはあなた自身が、
いきなり、海外への単身出張、なんてことを言い渡された、
なんてことは起こってませんか?

その時、手帳の裏表紙に、

I AM JAPANESE なんて、いまさら、書きつけていませんか?

その言葉が、実は、もうすでに、これでもかというぐらいにまで、
ドロを塗られてしまった、という事実に、気がついていますか?



改めて、この、わたしは日本人だ、この金看板を支えていたもの、
について考えるに、

戦後の日本の歴史、その裏側。
米国からの莫大な基地使用料、おもいやり予算の押し付けの問題から始まり、
慰安婦問題から、賠償金問題から、
全てが全て、金カネかね、で解決しようとしてきた日本という国。

基地の街の生まれであった俺は、
その日本という国の政治屋達の、そのあまりの腰抜けぶりに、
この国は本当にどうしようもなく情けない奴らばかりだ、と、地団駄を踏んでは奥歯を噛み潰していた、
俺の身体には、そんな記憶が今も生々しく焼き付けられている。

が、そう、俺も少しは歳を取った。
世界放浪の末にそのまま日本を棄民されることになった俺は、
ここニューヨークという世界民族の糞溜まりのような街に暮らしながら、
実はひょんなことから、
嘗て俺があれだけ蔑んだ日本という国の、
その弱腰外交の裏にあった、まさに血の滲むような想い、
その本当のところ、ビハインドストーリーなんてものに、
いまになってから、ようやく、本当にようやくとして、
気付かされる機会を得た。

つまりは、だ、
俺が生きさせてもらっているのは、つまりはそう、
その戦後と言う時代を、
米つきバッタのようにして頭を下げ続けてきた、
そんなみじめなオヤジたちの、
その屈辱の、賜物であったのだと。

これは実に、まさに、俺の人生の価値観が、
そのままひっくり返ってしまうほどの、手痛いしっぺ返しであった。

そう、日本の戦後を貫いた信念とはこれ、

金なら、金など、いくらでも払う。
ただ、もう、日本人を、殺さないでくれ。

日本の戦後を支えたのは、先の負け戦に対するその大いなる後悔、
そして、その絶えざる屈辱と憤怒の狭間で、
鍛えに鍛えられた、まさにいぶし銀のような、一つの言葉。

つまりは、生命の、尊さ、なのだ。

あれほど、湯水のごとくに貴重な命を無駄死させ続けた旧日本軍のそのあまりの愚行。

その地獄の底を生きさらばえながらも、
しかし、おめおめと生き恥を晒し、あるいは、
この死にぞこねたこの生命、
血の涙を流し続けた昭和の人々

その全てを尽くしても、
なにがあっても、どんな目にあっても、
平和を、中立を、守りぬく。

たとえそれがどれだけの屈辱であったとしても、
もう、無闇に、身内を殺されてなるものか。

俺たちの爺さん、そして、オヤジたちの世代によって、
血の滲むような思いで守られてきたこの真実こそが、

俺たちのような、戦争を知らない糞ガキたちが、
世界を大手を振って歩ることができるようになった、
その理由なのだ。

憲法に平和を謳った、この一種、脳天気にもまったくもって情けない商人町人国家であるところの日本。

そのどうしようもなく情けない、国家の主権を売り渡してまで、
ただひたすらに命乞いを続けたこの日本の戦後。

がしかし、その裏にあるもの、

死んでいった英霊たちの姿を胸に刻んで、経済復興だけが救いの道、
プライドの全てを投げうっては、日本再興のその悲願の為に死に物狂いの猛進を続けた、
そんな昭和馬鹿一代の企業戦士たち、
その生命の灯火の一つ一つが、
実に憲法に刻まれた一つの言葉、

戦争の放棄、に託されている。

そして今なお、
異国の地において、土壇場に陥った日本人が、最後の最後にすがるこの言葉、

わたしは、日本人だ。

この意味するところの重さを、その尊さを守るために流されたどれだけの血の涙、
その凄みこそが、日本人が日本人である、そのプライドなのである、と思っている。



そして今になって、
最も凄惨な状況において、俺は再び、その言葉を聞くことになった。

ダッカ襲撃事件の最中で、叫ばれた、とされるその言葉。

アイ・アム・ジャパニーズ!

その悲痛な叫びが、逆の展開を観ることになたその理由について、
俺たちはいま、改めて、その居住まいを正して、考えるべきである。

わたしたちは日本人だ。

それがそう、机上の正論や歯の浮くような正義やら、
軍事やら政治やら地政学やら、そんな、ともすると、
実際に現実にいま陥ってるこの状況においては、
実は糞の役にも立たない、まさに机上の空論。
そんなお題目が、
改めて、裸一貫のひとりの人間として世界に対峙することになったとき、
どれだけの皮肉を持って、そのか弱い身体にのしかかってくるのだろうか。

俺たちは日本人だ。
普通の、どこにでもいる日本人である以上、
ゴルゴ13や、北斗の拳は、
絵空事の、アニメの中のお話にすぎない、
そんなことはガキでも判りきったこと。

現実の日本人とはこうだ

俺たちは、世界中のどの国の人々よりも喧嘩に弱く、
ひ弱で、メガネをかけ、ろくに100Mも走ることができない、
そんなどうしようもないぐらいに、頭でかっちの、町人国家の人々である。

つまりは、危機的状況に、からっきし、まったく、慣れていない、ろくな訓練さえ受けていない。
そもそもそんな危機的状況、なんてものがこの世にあるなんて、
誰も想定して生きてはこなかった、そんなおめでたい平和ボケ極まれリ、の民族である。

ただそんな俺達が世界に誇れるものは何か?

その頭脳と、そして、この貧弱な身体の全てをもって体現している、
まさに、全身これ、非武装中立、喧嘩はまるっきりできません、
そのなにが悪い?
俺たちは喧嘩こそ弱いが、頭の良い、おしゃれでシックな、モダンボーイズ。
そんな開き直りの権化のような、その日本の美意識、そのメッセージ、そのものなのだ。

その世界平和の広告塔であるところの日本人という人々に、
いまさら取ってつけたような、田舎臭い馬鹿げた勇ましい啖呵など、背負い込まさせないで欲しい。

正直なところ、あの、安倍首相の勇ましい演説を聞きながら、
このひとたち、本当に、世界を知らないんだな、自分の目で、何一つとしてなにも見ようとはしないのだな、
と、心の底から、ため息をつかされた。

そう、あんた、その勇ましい正論をぶち上げてるあんた、
いまこの場で、その暑苦しいスーツとネクタイをかなぐり捨てては、
Tシャツ一枚でサングラスをかけ、
そのホテルの裏口から、一歩だけでも、本当の世界というやつにむけて足を踏み出した途端、
自分がたったいまほざいたばかりのその勇ましい正論が、
いったいどれだけの毒を持って、あんたの背後からのしかかって来るのか、
そんなことを知ろうとする気は、さらさらないんだよな。

がそう、一度口から出てしまった言葉は、もう取り返すことはできない。

俺たちは、最後の最後の命綱であった、日本人としての金看板、その威力を、
戦後の全てを費やして築き上げてきた日本人の悲願、そのプライドの結晶を、
あの不用意な、どう考えても不必要だったとしか思えない、
あの取ってつけたような勇ましすぎる名セリフの一言によって、
すでに失ってしまったのかもしれない。

つまりは、一度日本を出たものは、それが企業からの出向であろうが、貧乏旅行者であろうが、
自己責任、の熨斗を背中に貼られて、命綱も無いまま濁流の中に飛び込むことになる、
そのあまりにも過酷な現実の意味するものを、もう一度、考えてみて欲しい。



嘗て、まったくどうしようもない馬鹿ヒッピーであった俺は、
世界各国の言葉における、ハロー・アイ・ラブ・ユーのセリフを、丸暗記していた。

君、可愛いね。
凄く魅力的だよ。
愛してる。
ねえ、結婚しないか?

HELLO I LOVE YOU
我爱你
TE AMO
JE T'AIME
ICH LIEBE
KIMI KAWAII NE - AISHI AOU ZE

そんな折、ふと知りあったイスラム教徒の男。

なあ、アラビア語で、I LOVE YOUってなんて言うんだ?
良かったらほら、ここに書いてくれよ。
いい女がいたら、それを見せるからさ。

男はその言葉、俺の差し出しだ手帳の一ページを丸々使って、
まったく訳の判らないミミズの這いつくばったような言葉を書き連ね、
そして、アラビア語圏においては、
街のねえちゃんに、I LOVE YOU と呼びかける、
なんて状況はあまり考えられないのだが、
ただそう、この言葉は、いつかきっと、お前の身を守ってくれる筈だ。
アラーの思し召しだ、と念を押された。

その後、イスラム教の風習、そのあまりに厳格な男女間の壁から始まって、
異文化を理解するという森の中を這いずりまわっていたのだが、
そんな中でふと迷い込んだ危険地帯

愚連隊を気取った治安維持軍のチンピラから絡まれては、
路地裏に連れ込まれてこれでもかと小突き回されていた時、

奪い去られた俺の荷物の中から、ひょんなことから開かれたそのページ。

つまりは嘗て、タイのパンパン屋敷で会っては意気投合して一飯を共にした、
そのいなせなイスラム教徒の男の書きなぐったその言葉。

そのページを晒して、
おい、見ろよ、と、と治安維持軍のチンピラたち。

がそう、その途端、まるで魔法のように、男たちの表情から魔が落ちた。

今日は見逃してやる。俺達に逆らうよなことはするんじゃねえぞ。判ったか。

立ち去っていく男たちを呆然として見送りながら、
助かった、と冷や汗を拭いながら、
改めて、このページにかかれていた言葉の意味。

ああ、これか、と同室のアリが言った。

この男は、日本人である。
アッラーの御加護があらんことを。

そう、書いてある、と教えられた。

I LOVE YOU じゃなかったのかよ・・
おかま掘られるかと思ったぜ・・

そしてその時になって改めて、
あの行きずりの旅人に過ぎなかったイスラム教徒の男の、
その深い叡智と人間愛、それを思い知っては、
まさに打ちひしがれるほどの、感動を覚えたものだ。



最後に、先にあげた、
俺の人生の価値観をそのままひっくり返した、
手痛いしっぺ返しについて、加えさせていただく。

ひょんなことから紹介された、
退役軍人の爺さんから聞きかじった、例によっての与太話だ。

マッカーサーとヒロヒト天皇が初めて対峙した時、
マッカーサーが質問した。

エンペラー・ヒロヒト、あなたの望みはなんだ?

ヒロヒト天皇の答えは、

これ以上、日本人を、死なせたくない、

だったそうだ。

そう言って、ヒロヒト天皇は、敵将の前、
この命預けます、とばかりに、震えながら頭を下げたのだそうだ。

そのあまりにもストレートな答えに虚を突かれたマッカーサーが、

そう、俺も、もう、これ以上、自分の部下を、死なせたくはない。

この奇跡が、戦後の日米関係の土台になった、という話である。

つまりはそう、
あの死に損ないの退役軍人の爺さんに言わせる所、
俺達がこうして息をしていられるのも、
そんなヒロヒト天皇の、己の命を貼った大博打、その御心の思し召し。
そしてヒロヒト天皇は生涯、その姿勢を貫いた。
我らの天皇はそういうお方だった。
そしてそのお気持ちは、今も変わらないと思うし、
それはしっかりと、今生天皇にも受け継がれている筈だ。

この馬鹿野郎の糞ガキが。
ちょっとは天皇に感謝したらどうだ。

退役軍人はそう言ったのだ。

退役軍人が言ったように、
俺は辛勝な見本的日本人でも、
ましてや天皇崇拝論者でも、
これ見よがしに日章旗を刺青したようなタイプの人間でもないが、
ヒロヒト天皇が命をかけて言い放ったとされるその言葉、
日本人として、その名誉とプライドの全てをかけて、改めて言わせてもらう。

戦争、反対!

俺は、絶対に戦争は、戦争だけは反対だ。

それが果たしてどんな理由であっても、
それが果たしてどんな結果をもたらしたとしても、
どんな屈辱的な事態を招く結果になっても、
戦争だけは、どんな方法を使ってでも、回避するべきだと思っている。

頑ななまでにそれを守ろうとすることを、日本人のプライド、と考えたい。

と同時に、
それを捻じ曲げようとする者、天皇の御心を踏みにじろうとする者、
そして、ああして死んでいった、
幾万の英霊たちの犠牲を無に還そうとするものを、
俺は、国賊、と蔑ませてもらうつもりだ。

金で買えないものなどない、という、
安易な金権主義に踊らされる金券政治屋。
そんな国賊たちに、好きなようにこの国をオモチャにされてはいけない。

そしてそう、先日のあの不幸な事件である。

改めて言わせてくれ。
これ以上、犠牲者を出しては、ならない。

暴力はペイしない。それを世界に対して知らしめること。
プライドを持って、その平和主義の主張を貫き通すこと、
それ以外に、日本の生き残る道はない、そう、断言させてもらう。



だがしかし、

この不穏なご時世である。

早々と、お花畑の理論ばかりでは、立ち行かないのは判っている。

という訳で、俺の意見はこうだ。

まさに、思い切り本気で、
つまりは、戦略に戦略を重ねながら、
平和主義、そして、非武装中立を貫き通すのである。

日本は、徹底的な非武装中立の姿勢をこれでもかとばかりに世界にアピールし、
その徹底的な丸腰ぶり、丸裸ぶりをもって、
世界中の平和主義者たちの支持を取り付け、
そして、世界中の平和主義者たちへの、
ひとつの見本として生きるべきだ、と俺は思う。

いや、そう、
過去にあの絶好のチャンスに、核武装のチャンスを逃した日本という国は、
最早、この徹底した平和主義者としてでしか、生きる伸びる道はない、
とも考える。

海外の人権団体との連携を深め、
海外からの客人たちを真の真心をもって持てなし、
その方々の支持と、そして、あるいは、人の盾となって戴いた上で、
人類の成し得なかった夢、つまりは、争いの無い世界への夢に向けて、
見果てぬ実験を繰り返す、そういう国であるべき、と思っている。

それこそが、もののあわれを、いろは、つまりは、物事の基本と定義した、
そんな素晴らしくも辛辣な無常観に貫かれた、
そんな深い文化を持ち得た、日本人が世界に示せる、一つのテーゼだと思っている。

そしてそう、改めて言おう。

俺はその夢の大きな役割を、
我らが中元すず香嬢に託したい。

ご本人はそんなつもりなどさらさら無いかも知れない。
そんなものを音楽に持ち込むことからして神への冒涜かもしれない。

ただ、そう、もしも、
先に上げた、にわか核武装主義者の言うように、
核兵器しか戦いの抑止力に成り得ない、
世界が本当にそんなギリギリの状況にあるとするならば
なおさら、もう、中元すず香さんぐらいしか、
頼れる人はいないのでは、という気にさえさせられる。

広島原爆ドームの前で、
あるいは、天安門広場の前で、
あるいはここ、ニューヨークのセントラル・パークで、

世界中の人々に対して、戦いの不毛さと、愛の大切さを訴える、

そんなことをお願いできるのは、もう中元さんしかいないだろうし、
そして、中元すず香さんは、
そう、彼女ならば、その大役を、
人類の歴史そのものを変えるような、
その大役を、あの天使のような歌声と、無垢な笑顔を以って、
十分に果たしてくれる、そう信じている。

俺にとって、中元すず香さんはそういう人だ。
日本国民の全てが、その命運をかけて、
心から大切にしなければいけない財産、と思っている。

そしてそんな思いは、あなたたちだって、同じ、と、そう信じている。

これまで、人類が七転八倒の歴史の中で、
そして我らが日本人が、幾万という英霊たちの犠牲の元に、
ようやく辿り着いた、この民主主義、というものの、その基本とはなにか。

それは、命の尊さ、である。

ニホンゴで言うところの、一寸の虫にも五分の魂。

そう、俺にだって、あんたにだって、そして兵隊さんたちにも、
そしてそう、わたしは日本人だ、と叫んでお亡くなりになられた方々にも、
そしてそう、あろうことか、民衆の敵、と名指しされる、
どこかでなにかを思い切り間違えてしまった人たちにも、
命の尊さは、等分にあった筈なのだ。

その命の尊さを、軽んじる、あるいは、踏みにじるものに対して、
どうやって、
あなたもわたしも、命の重さは変わらないのですよ、
という当たり前の事実を、
そして、価値観、あるいは、正義というのは、
その見方によって、いくらでも様変わりしていくものなのです、

そんな中、どうしても、絶対に変えてはいけない、
その最後の拠点は、

あなたの生命も、わたしの生命も、その重さは同じ、である、という定理。

という、まさに、当然のことを、
どうやって判ってもらうことができるのか?

その方法について、よく考えて欲しい。

それが、世界の、その99%を占めるありふれた貧民たちの、心からの希望でもある。

合言葉は勿論、BABYMETAL RESISTANCE だ。



改めて、日本人であることを叫びながら死んでいった方々に、
同じ、発展途上国の援助問題に骨身を削ったものとして、
心よりのご冥福をお祈りします。

そんな皆様の犠牲を弔う意味でも、
生き残った私達の使命は、
もう二度と、こんな悲劇を繰り返さない、
それだけ、だと思います。

その為にはなんとしても、
いまいちど、
わたしたちは日本人だ、
その伝家の宝刀の、その威光を、
その言葉の重みを、取り戻す必要がある、
と思っています。

日本人は、あなたたちの死を決して無駄にはしない、そう信じています。

生意気ですが、これからも、平和という見果てぬ夢に向けて、
たゆまぬ挑戦を続けることを、餞とさせて頂ければと存じます。

世界に平和を。

涙と共に、改めてこの言葉を綴らせて頂きます。




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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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