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夢の終焉、その瞬間 ~ 人権放棄記念日に向けて

Posted by 高見鈴虫 on 05.2016 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments

「アメリカの夢の終着点」

この独立記念日の連休中、
またいつものように、アップステイト、
つまりは、アメリカ裕福層が暮らす、
この世の別天地のような場所にご招待を戴いた。

夏の日差しの中、鬱蒼と茂る緑の街路樹。
よく刈り込まれた輝くばかりの芝生に、
虹を浮かべたスプリンクラー。
お城と見紛うような白亜の豪邸と、
パステルカラーのお菓子の家の建ち並ぶ、
まさに絵に描いたような幸せの風景。

つまりはそう、俺がガキの頃を過ごしたあの基地の街で、
目深にヘルメットを被った赤ら顔の兵隊たちの見守る、
そのフェンス一つの向こうに広がっていた、
あの夢のようなアメリカ。

そしてこのアップステートの風景は、
まさにあの日に見た天国の、
あっけらかんとした具現化、なのである。

まったくうらやましい限りだな、とは思いながら、
そう、実は俺はもう大人なのである。

つまりは、この天国のお値段。
1平方あたり幾ら、で、この家なら、多分・・幾ら。
で、タックスがどうの、で、その免除額がどうの。
月々の払いがいくらで、そして車。これにも保険がくっつく訳で・・・

という訳で、そう、この天国のような風景が、
つまりは未来を担保に入れた膨大なローン、
200歳を過ぎてもなおも払い終え無いような、
莫大な借金によって成り立っている、
という事実にもすぐに気がつくわけで。

このご時世、俺も含めて、
いつどんな理由からでもいきなり梯子を外される、
なんてことが、全く晴天の霹靂どころか、
当たり前のように普通に起こりうる現実を生きている訳で、
果てしてこの天国を手に入れるために、
いったいなにを引き換えにしたのか。
つまりは将来の全てを担保に入れても、
ただひたすらにいま現在の幸せを求める、
その刹那的とも言えるほど現世主義。
一種投げやりなまでの楽観主義。
その行く末さえもが透けて見えてくる、
そんな気さえしてしまうのである。

では、と改めて思う。

奴らは何故それほどのリスクを犯しながら、
わざわざこんな辺鄙な場所に、
自分用の天国を作る必要があったのか?

そう、その理由こそは、今日というこの日。

つまりは、独立記念日の休日に、
友達たちを集めて、バーベキュー・パーティをする、
そう、それこそが、人生のすべてを費やして成し得た、
幸福な人生の、その目的、そのもの、なのである。



という訳で、庭先の木立の中に車を停めて、
おお、凄い凄い、と見上げる家。

さあ、着いたよ、と言うが早いか、
ドアの間から飛び出した犬が、
いきなり緑の芝生の上をぐるぐると走り回り始める。

オンオンオン、家の中からも犬の吠え声が響き、
ああ、ブッチたちが来たみたいだわ、
と家族総出のお出迎え。

道、迷わなかった?
いやあ、久し振りだね、元気だったか?
さあさあ、入って入って、みんな待ってるよ。

キッチンのテーブルに所狭しと並んだ
ビールとポテトチップスと、
サングリアとワカモレと、
チーズとセビーチェとナッチョスとバッファロー・ウィング。

流しの窓に広がるバックヤードの風景。
眩い陽射しに包まれた中庭に立ち上るチャコールの煙。
エプロン姿で、よお、と手を上げる嘗ての盟友たち。
走り回る犬どもと、それを追いかける子どもたちの歓声。

まさにそう、これぞアメリカン・ドリーム。
ここアメリカで言わせるところの、
地上にこれ以上のものはない、という、
まさに地上における天国の風景、そのもの。

つまりは、ここアメリカという国における、
勝ち組の勝ち組による勝ち組のための、
その成功の証明、その瞬間。

よお、とエプロンを外した友がやってくる。
元気そうじゃねえか。
まあ相変わらずだがな。
握手を交わし、そして肩を抱き合い、
来てくれてありがとう。
そんな言葉に、思わず、
てめえ、ちょっと太ったんじゃねえのか?と笑う。
幸せ太りだろうが。
ただ、おめでとうな、と返す。

これ以上はねえよ。
これ以上の幸せの風景は、この世には存在しない。
そしてそれは、お前のものだ。

ばかやろう、とダチが笑う。
これは俺のものじゃない。
俺はこれを、お前の為に作ったんだぜ。
お前とここでこうしてビールを飲むために、
そのために建てたんじゃねえか。
だからこれは、お前のもんさ。俺達のものさ。

これ以上の友情の言葉があるだろうか。
そしてこれ以上の幸せがあるだろうか。

そしてようやく、こいつはそこに、辿りつけたのだ。

つまりはそう、アメリカにおける夢の終着点、
つまりは、ゴール、という奴。

あるいはそう、夢の終焉、その瞬間。




「アメリカン・ドリームの謎」

嘗て、俺がまだアメリカに来たばかりの頃、
祝祭日の度にこうして行われる、
豪邸の裏庭でのホーム・パーティに招かれては、
庭先のグリル、これでもかと山になった赤肉が次々と焼かれては皿に盛り上げられ、
その大して美味しいとも思えない肉の塊りに齧りつきながら、
そしてこの水っぽいビール。あるいは、甘すぎる果物漬ワインにチップスの山を前に、
これ以上なく当り障りのないタイプの音楽と、
際限なく続く、取ってつけたような社交辞令ばかりのお喋り。

話し相手にはぐれては、見知らぬ人々の間を心もとなく漂いながら、
こんなものにいったいなんの意味があるのだろう、
とちょっと不思議に思っていたりもしたものだ。

アメリカン・ビューティ、という奴なのだろうが、
果たしてこの祭日のホーム・パーティ。
こんなものをこれだけありがたがるアメリカ人ってのは、
いったいなんだ。

まったくわけが判らない・・・・

だがそう、俺は俺の中のそんな感情は、
実は、その目の前の風景が、
あまりも遠すぎて羨ましすぎて、
さっぱりと現実感を失っている、
ただの夢の映像に過ぎなかったからだろう。

そんな漠然とした夢の映像を前に、
心に浮かんだ違和感はいつしか、
嫉妬やっかみまじりの、俗にいう、アンタイ・アメリカ・センチメンタリズム、
という類のものに安易に移行していった、
というのも判らないではない。

あのなあ、アメリカ人、
いまこうしている時にも、世界中の人々が、
飢えに苦しみ戦火に焼かれて逃げ惑う。

そしてそう、その世界の不幸の原因が、
実はこのアメリカという国の欺瞞に満ちた帝国主義、
そこに起因しているという自覚が、
果たしてこいつらにあるのだろうか。



「アンタイ・アメリカ・センチメンタリズム」

言うまでもなくアメリカは、現代社会の中心となる、資本主義の王様である。
自らエンパイア、つまりは、帝国を自認する以上、そこはまさに帝国主義。

帝国主義がなにかと言えば、端的に言って、
飴と鞭を駆使して植民地から利潤を吸い上げ、
支配者はその利潤をもって贅沢の限りを尽くす、
その概念、というよりはシステムである。

いや待てよ、アメリカってのは、民主主義の国、じゃなかったのか?

つまりは、国民の一人ひとりに、人間として幸せになるための権利が与えられ、
そして、その為に、国からもいくばくかの援助さえもある。

ただそう、アメリカのそれは帝国主義に守られたうえでの民主主義である。

つまり、アメリカのこの素晴らしき民主主義は、
植民地の犠牲の上に成り立っている訳で、
その植民地において、啓蒙運動として、
これもかと喧伝されるアメリカ民主主義の正義は、
しかし、その植民地そのものにおける政治体制とは、
実は無縁のものであったりもするのである。

その皮肉に、植民地の人々は気がつかない。
毎日TVを通じてこれでもかと流布される、
幸せないっぱいなアメリカのイメージに酔いながら、
そんなアメリカ的世界に夢を馳せながら、
自身の暮らすこのフェンスのこちら側、
そのうんざりとした植民地の風景の中に、
そのアメリカの幸せなイメージの幻覚をないまぜにしては、
自ら率先してその甘いイメージに騙されようとする。

が、しかし、俺の産まれたのは基地の街である。

基地の街のその特異性とは、
テレビを通じて毎日垂れ流されるそのアメリカのイメージと、
そして目の前に広がる植民地としての現実が、まさに残酷なほどに、
その一枚のフェンス、たかだか、1センチにも見たないその金網によって分断されている、という、
その種明かしが、あっけらかんと目の前に広がっている、という皮肉なのである。

そしてその後に旅立ったあのアジアの国々、
人の世の底の底を這いずり回り続けた、あの長い長い旅の中で、
アメリカのイメージ、その裏に潜む、あるいはそのイメージそのものを支える、
アメリカ以外の世界の現実、そればかりを目の前につきつけられる、
そんな旅を続けていた俺にとって、
当然のことながら、
祭日に行われるこのアメリカン・ビューティ、
その具現化的な世界は、
早々と手放しに楽しむ気にはなれなかった、のである。



「貧困 とは何か」

改めて言うまでもなく、光あるところには必ず影ができる。
アメリカの光が眩しければ眩しいほどに、その影の闇も深くなる。
その影を、あるいは、貧困、と言い換えても良い。

貧困とは、現象ではなく、貧困感、という印象に過ぎない、と昔よく言っていた。

つまりは俗にいう、相対的貧困という奴。
そもそも比較する対象がなければ、そこに貧困はあり得ない。
比較するからこそ、そこに貧困の自覚が生まれ、
その自覚されたイメージこそが、
貧困感、つまりは、貧困の本質となる。 -> 不幸はどこからやってくるのか。
そして言うまでもなく、その貧困の原因とは、まさしく、格差である。

嘗ての駄文に散々書き散らしたが、
アジアの、アフリカの、そして中南米に、
まさに風土病のように広がるこの貧困という残酷 -> 貧困の悲しさとは

その貧困の悲劇性とは、現実的にはその目の前の、
フェンス一枚によって隔てられた象徴的な風景でありながら、
しかしその悲劇性の最もたるところは、
そのフェンス一枚の現実によって創作された、
貧困という現実を支える、その悲劇性というイメージ、そのものに騙されてしまった人々の、
その心の、つまりは、貧困感、における、貧困のイメージそのものなのである。
-> 徹底的に自分のこと以外考えられない人々

と同時に、その貧困によって、これでもか、と打ちひしがれた人々の、
その貧困の根源が、実は、貧困感によって裏打ちされた負のイメージによって創りだされる、
貧困の具現化的な象徴  -> クラウディア~中古のテレビと交換された少女
であったりもするわけで、
そう、言ってしまえば、
貧困感と、そして、不幸感は、実は別のものである、という概念さえあれば、
貧困そのものは、得てして、そのものが悲劇の原因となる、とは、言い切れない筈なのである。
ー>オクタビオ    ー>シエスタ



「カニバケツ・メンタリティ」

嘗てお世話になったフィリピンの方々に言われた言葉がある。

幸せになりたければ、誕生祝いのケーキを家族でみんなで分けなさい。
もっと幸せになりたければ、そのケーキを街中の人たちとみんなで分けなさい。
お金持ちになりたければ、そのケーキは誰にも渡さず、一人で食べなさい。

そう、つまりは、世界の貧困のその象徴的な現実、カニバケツの思想の根本理念である。
バケツに入れられたカニたちが、互いに足を引っ張り合っては、
バケツから逃げることができない、そんなカニバケツ。

がしかし、このカニバケツ思想こそ、が貧困つまりはゲトーと言われる社会の中でも、
人々が早々と自棄になることもなく暮らすことができる、最後の拠り所、なのである。

押し付けられた貧困と戦うのは、
革命でも暴動でもなく、
まずはそう、貧困感、という負のイメージを、不幸感から切り離す、
その努力、あるいは、思考の転換、に他ならない。

でもね、と先の逸話を語ってくれたフィリピン人の女の子がくすくすと笑った。
本当に幸せになりたければ、そんなケーキはさっさとみんなにばらまいて、
その隙に、二人で逃げちゃうことなのよ。

そう、幸せとは、つまりはそういうこと、極個人的な問題なのだ。
-> メキシコ人アパート
つまりはそう、不幸なのは自分のせいなのだ、と。



「貧乏でも幸せにはなれる、という残酷な詭弁」

改めて言おう。

貧困感と不幸感は、必ずしも関係がない、というのは、詭弁である。
-> 貧乏に生まれたガキへ
俺はもはや妄想的な理想主義者でもなく、->人間の醜悪さだけを凝縮させたような国
たとえどんな犠牲を払って世界をお花畑にしたとしても、
人々は三日でその楽園に飽々しては、また文句ばかりを言い始めるであろう ー>クバサンド
そんな皮肉なにもすっかりと気付いているつもりだ。
->誇りのためなら糞でも食う、なんて、糞しか食えない奴が良く言うぜ、と。

現実問題としてはこうだ。
-> 「富」や「豊かさ」に興味がない、などと言えるのは
実際のゲトー、つまりは貧困社会の本当に過酷な現実とは、
そのカニバケツの底の底に暮らす人々が、
一つのケーキをすべての人で分け合う、どころか、奪い合っては、
現実的には誰のもとにも爪の先ひとつぐらいのクリームしか行き渡らず、
そして誰もがまた腹を減らして途方に暮れるばかり。

つまりはそう、昔よく言われた、握り飯ひとつを皆で分けても皆が飢え死ぬだけ。
握り飯ひとつを一人の人間が食べれば、少なくともひとりだけは、飢え死にから逃れることができる。

これも確かにひとつの詭弁であはあるのだが、
どちらが現実的か、と言えば、あるいは、俺的な現実、
俺がこれまで這いずってきた世界の貧困という現実の中で、
どちらを選択するか、と言えば、後者を選ばざるを得ない、
そう思っていたことも事実である。

改めて、貧困の悲劇の最もたるものと言えば、
貧困を憎む人々は、自身の貧困を憎むあまり、互いの中にある貧困さえも憎み始め、
そしてゲトーは、お花畑どころか、憎悪と殺戮ばかりが渦を巻く無法地帯にすぎない、
そんな現状 ->パナマ de フルボッコ
あるいは、そんな元気さえもなくなった、重い重い疲労の影、それだけ、であったりもするのだろう。  ->グアテマラはちょっと疲れた

現実問題として、貧困こそは世界中で人類を蝕む最恐最凶の疫病であり、
しかしそれに抗い続けることは、ふとするとまたより強力なウィルスを発生させることにもなりうる。
その皮肉をとことん思い知らされたのは、不幸にもずっと後のことであったのだが。
->疲れているのかな。もう寝たほうがいいみたい



「ヒューマニズムこそが不幸の源泉」

そう、そして俺は言葉を失った。
あるいはそう、黙らされた、と言ったところなのだろう。

人間が平等であるなんて、そんな誰にでも判るであろう詭弁を振り回すことからして、
そもそもの不幸の原因だったのではないだろうか -> 猿にも劣る人間に、人権を認める必要などない
つまりはそう、全てを振りきってなんとか自分ひとりだけでも、
その特権階級という箱庭の中に逃げ込んでしまえば、
それはそれで幸せに過ごすことは十分に可能、
あるいはそう、敢えて言えば、それ以外に幸せになる方法などないのではないだろうか。
-> お手軽な貴族気分

それは多分、年貢の納め時、という奴であったのかもしれない。

そう思い始めていた時、象徴的な出来事として、振って湧いたようなWALL街の大バブル、
つまりは、あの、サブプライム・ブームが始まっていたのである。
-> 伽藍の虚城

気持ちは判るがよ、と似たような少年時代を過ごしてきた古くからの盟友が言った。
->リュウという男

下ばかり見ていたってきりが無いぜ。
人を救うには、まずは自分を救うこと。
そのお零れが出た時、初めて施しを考える余裕も出てくるって訳でさ。
てめえの尻も拭えねえ人間が、下を観る、なんて、そんな大それたことをしちゃ、罰が当たるぜ。
->力を持った者にしか、弱いものを救うことはできない

しかしそう、これもひとつも詭弁であった。
その一瞬後に、世界を襲ったあの大茶番。
->The Big Short (大空売り!)
結果として訪れたのが、
まさに、1%の金持ちが、人類の99%の人々の富を、すべて独占してしまう、というこのあまりにも茶番的な世界。
-> 地下鉄のゲバラ ~ 人類の99%が一斉にホームレスになったら



「格差こそが資本主義の正体」

貧困の不幸が実は貧困感にあり、
貧困の原因はつまりは、格差 にある、とすれば、
この1%対99%の中にある世界はまさに、
人類史上最低最悪の貧困社会の中にある、
ということなのだ。

そう、世の中の富が無尽蔵でないかぎり、
誰かが金持ちである分、誰かが貧乏になっている、
-> ボランティアとか始めるまえに
つまりはそういうことなのだ。

という訳で、この未曾有の貧困社会。
がしかし、もしも世界が本当に貧困をなくそうと思うならば、
この格差を是正することは、実は簡単なのである。
つまりはそう、富を独占する金持ちたちから、
その上前、つまりは税金をしっかりと徴収すること、
ただそれだけである訳なのだ  ->民主主義を倒壊から救うためには

しかしながら、ご存知なようにこれがどうにもこうにもうまく立ちゆかない。
こんな簡単なことが上手くいかない、ということ事態に、
この資本主義というシステムの悪徳のすべてが隠されている、
という事実が浮き彫りになるばかり -> パナマ紙リトマス紙

そう、格差こそが資本主義の正体なのだ。
こうして創りだされた格差こそが資本主義の原動力であり、
貧困は必要悪、あるいはそう、貧困こそが資本主義そのもの、なのである。

俺的にはそこでひとつの結末を見た思いがした。
あるいはそう、そんなことは、俺はすでに、高校生の頃に斜め読みした、
何世紀も前の世界名作文学全集の中で、すでにその結末を見ていた筈なのである。

俺の人生の徒労は、つまりはこれが原因。
俺は砂漠の地平線に浮かぶ蜃気楼を追いかけていただけ、
そして辿り着いたのが、まさにそう、振り出しへ戻る、その後ろ側、だったわけだ。

そう思った途端にすべてがバカバカしくなった。
俺を支えていたなにが、いきなり砂の城よろしく、
風に塵りながら、いきなり打ち寄せた波の中に脆くも崩れ初めていた。



「鏡の間」

俺の伽藍の砂廊に打ち寄せたひとつの波、
それこそは、アメリカの資本主義を代表する某巨大企業からのヘッドハント。
->TRAVEL AND RESEARCH

俺は世界の幸福と、そして、不幸の源泉であるところの、
米国資本主義のその箱庭の中、
つまりはそう、あのフェンスを隔てた向こう側の世界に、
いきなり、WELCOME と、迎い入れられてしまったのである。
->米系企業無期限出向

アメリカの企業での経験、それはまさに、鏡の間、であった。

俺のこれまでの葛藤のすべてが、まるでフラッシュバックのように、
米国資本主義、そのマジックミラーの向こう側に、
だまし絵のように透いて見えてくる。

そこにかつての俺自身が、
しかし、目の前にあるマジックミラーの、その裏側にある秘密の小部屋、
その存在にまったく気が付かないままに、
日々、汗にまみれ、泥を噛みながら、不毛な葛藤の中でのたうち、
しかしその苦労は、決して、報われることがない、
そのあまりにも残酷な、そしてともすると茶番じみた現実、
つまりは、はなから、奴隷のために用意された奴隷のための現実、
そのシナリオ、その轍、その、檻・・・
そのからくりの一端に気がついた途端、
世の不幸のすべてが、実は必然である、というありふれた真理を、
ついに認めざるを得なくなったのである。 ->悪夢の白日夢



「タイタニック」

がそう、世の中、実はそうそうと退屈なものではない。
あるいは、
一度叩いた大口は、必ずその高いツケを払わされることになる。

その定説通り、せっかく乗り込んだ筈のその米国資本主義という豪華客船、
そのものが、いきなり沈没、という憂き目にあったのである。
->ルンバの響き

そしていま、俺の身に起こっているこのスラップ・スティックとも言える断末魔のコメディが、
世界中の米国企業、強いては、アメリカの資本主義そのものの根底を揺るがせている。

つまりはそう、グローバリゼイション、という大波である。

アメリカはもう終わりなのではあるまいか、その素敵な疑念に、
思わずわくわくと、そう、嘗て思ったあのアメリカという国へのミックス・エモーション、
その倒錯にもにたギルティ・プレジャーを感じながらも、
しかし現実問題として、俺、この俺自身が、
そんな衰退するアメリカの余波をもろに食らうことになったのである。

そしてこの国際社会の荒波の中で、好き放題に翻弄される俺自身の姿こそ、
この後、アメリカの植民地国家を次々に襲うことになる、
紛れも無いその一例であることに気づいたのである。



「病めるクジラ」

退屈な問わず語りであった。

そう、俺が今になって再び我が祖国日本の現状を憂い始めたのは、実にそういう理由である。
日本が危ない、今度ばかりは、まじで危ない。
その事実をまさに実感した訳である。

この滅びつつあるアメリカという大国。
がしかし、その余波をいの一番に食らうのは、その植民地。つまりは衛星国なのである。

アメリカは、その崩壊に至る過程の中で、自らの生き残りをかけて、
それまで子飼いの植民地であった家来たちを、ひとり、またひとりと、
切り売り、あるいは、お祓い箱にしていく筈である。

そう、これは、民主主義が云々、資本主義の定理が云々、という道義的な問題ではない。

まさにアメリカそのものの生き残りをかけた戦い、なのである。

その巨体のすべてを疥癬に覆われ、内部に転移した癌に蝕まれるこの大国アメリカ。

嘗ては世界の覇権の全てを握り、その富を独占しては、世界中に甘い民主主義という幻想を流布し、
その現実は、そんな幻想に騙されては骨抜きにした亡者達から、
これでもか、と利権を絞りとっては、その分、
米国内の不平分子たちをゲットーに押し込めた上、ダブダブの生活保護で砂糖漬け。
あるいはキリスト教の洗脳のもと独善という檻の中で狂死を促す。
それを民主主義、と言い張る、この病める大国アメリカ。
その悪徳のすべてのツケが、日一日とこの巨体を蝕んでいるのである。



「アメリカの没落、という嘘」

だが改めて言う。

アメリカの没落が叫ばれるようになったのは、
今に始まったことではない。

そして、アメリカは、自分自身が生き残るためには、
世界中を犠牲にしてでも、自国の安泰を優先させる、
当然のことながら、そうならざるを得ない。

その顕著な表れが、これまで世界の全てを支配している、と豪語していた、その軍事費。
そして、ドル本意制を貴重とした、世界経済の番人の役どころ。

その全て権利を、これでもかと悪用しては、恥も外聞もなく、
嘗ての友好国、そして、嘗ての家来であった衛星国から、
毟り取るだけ毟り取る、
そんな姿勢を、もはや我武者羅と見えるまでに、硬化させていく筈である。

その一つの現われが、嘘とも真とも取れぬ、
極東防衛圏の縮小、つまりは、言うことを聞かないと、
アジアの防衛圏をハワイまで引き下げるぞ~、
というあの恫喝にも似た要求である。

これまで、基地使用料を条件に極東の番人を気取っていたアメリカが、
いきなり、一抜けた、とそっぽを向いて見せている。

アメリカがくしゃみをすれば日本は風邪を引く、どころか、上へ下への大騒ぎ。

ついには戦後体制の拠り所の全てであった、憲法にまで、改定を余儀なくされる、
そんなお家騒動にまで発展しているこのご時世。



「マジックミラーの内側と外側」

改めて言う。

こちらアメリカ、つまりは、そのマジックミラーの内側から観る限り、
この日本、そして、韓国、そして、中国を中心とするアジアの大騒ぎ、
その全ては、アメリカの企てた、ブラフ、つまりは、ひっかけ、のひとつに過ぎない。

よくよく考えれば、つまりはアメリカの側に立って考えてみれば、
答えは誰にでも判る。

アメリカは、その帝国主義は、衛星国、
つまりは、植民地から吸い上げる利潤によって賄われているのである。
そんな美味しい植民地経営の、そのドル箱でもある極東の市場を、
安々と手放すわけがないではないか。

アジアに自立をされて、一番困るのは、当のアメリカ自身なのである。

つまり、アメリカが一番恐れている状況とは、
基地使用料を払いたくないので、もう、出て行って戴いて結構です、
こっちはこっちで勝手に仲良くやりますから、
と、植民地側から逆に三行半をつきつけられる、その状況なのだ。
(田中角栄がそれを狙ったらしっかり密殺されたわな)

それを隠そうとするがあまりに、色々な騙し絵をチラつかせては、
騙されやすい奴から騙していこう、と安い脅しを繰り返し、
そうやって、せびった小銭をかき集めては、
議会へのおみやげに、つまりはバーター取引の条件にしよう。
アメリカにとって、極東とはその程度のものである。



「年増女のヒステリー」

日本が戦後の優等生として、妙にアメリカから猫かわいがりされてきた、
と同時に、
その逆に、まさに徒花というぐらいまで、徹底的にスパルタ式、
ともすると、お仕置きの体罰、あるいは、放置プレーのとばっちりを受けていた韓国は、
実はそんなアメリカの下心、その汚いやり口の全てを知り尽くしている筈だ。
韓国とアメリカ。
その長きに渡る愛憎劇の中で、互いの首根っこにあたる醜い本音、
そのむき出しの部分を、経験的に、熟知しているj筈である。

韓国のあの、お天気屋の糞女、まさに気まぐれなビッチを思わせる豹変ぶり、
その意味不明な行動の全ては、
実は、日本を越えたアメリカに向けた当て付け、
つまりは、すねて見せ、時としてヒステリーを起こして泣きじゃくり、
そうしながらなんとか男の気をひこうとする、年増女の狡猾さ、その表れなのだ。

まるで降って湧いたような、日本ブーム・韓流ブームも、
そして、いきなり手のひらを返したような、
嫌韓・反日運動、そのすべてが、日本向けというよりはアメリカ向け。
あるいはそう、こう言ってはまたどこかの陰謀論者ではないが、
韓国地盤の広域宗教団体を中心とした、米国鷹派の派閥連中、
本国アメリカでは今や完全に落ち目とされる、この古き好き軍事帝国主義の忘れ形見、
その一派閥の企てた、米国議会内での延命工作、そのひとつの交渉カード。

アジアの悶着は、アメリカにとってはその程度に過ぎない、というのが、
こちら米国、マジックミラーの内側からみた正直な印象である。



「アジアの悶着を待ち望む人々」

そう、ひとたび相手の立場に立って考えれば、誰もが判る筈だ。

アジアの脅威を煽れば煽るほど、そこで利を得るのは実はアメリカ、なのである。
力をつけすぎたアジアの大国同士を仲違いさせ、あわよくば同士討ち。
権力を腐敗させれば腐敗させるほどにその抱き込みは安易になる。
しーあいえーに担がれたお調子者が、その後乱心しては独裁者化し、
降って湧いたような民衆運動を米軍が後押しして攻め入っては元の黙阿弥。
そんな出来レースをどれだけ見てきたことか。

という訳で、このお粗末な出来レース。
その良い例が、まさにこの、いきなり降って湧いた様にな尖閣諸島問題、
実はその前に、不発に終わった、韓国との竹島問題、ってのがあって、
それもまさに、まったく同じ図式。同じシナリオ。

それが証拠に、尖閣問題において、
ついについに中国が行動を起こした時の、
アメリカ軍事ヲタたちの喜びようと言ったなかった。

あの馬鹿、ついにひっかかったぜ、
と小躍りして喜んではハイタッチ、まさにそんな感じであった。

そう、我々はそんな茶番の中に生きているのである。

それがマジックミラーを隔てた現実、と俺は思っている。



「アメリカのタブー」

改めて言えば、アメリカ、という国家、その概念、
ここアメリカにおいては、実はそんなものはこの世には存在しない。
アメリカは移民の国である。
世界中からの人々が、たまたまここに寄せ集まった、
その一時的な集合体にすぎない。

そんな新参者の移民たちを奴隷としてこれでもかとこき使い、
上層部の、つまりは先にやってきた奴らばかりが旨い汁をすする。

嘗て俺が在籍したような一流企業もその大いなる一例。
米国の威信のなんだ、と言いながら、その内部を見れば、
そのポジションにおける色分け、トップの白から、
底辺の黒に向けた、綺麗なグラデーションのピラミッドが描かれる、
そんなものであったのだ。

そう、アメリカは海外にめけての植民地経営の方式を、
まったくそのまま、国内、そして、企業内に投影しているのである。

そう、アメリカはまさしくそういう国だ。
そしてその利権を全て掌握しているのは、
まさに、WASP と言われる、アンタッチャブルな人々。

そのアンフェアさをごまかすために、ありとあらゆる詭弁と幻想を操っては、
歯の浮くようなおべんちゃらを並べ立て、そして最後の最後に来るのが、
つまりは、勝者の理論。
強い者が全てを独占してなにが悪い?の開き直りに至る訳だ。

911のテロ戦争を理由に、議会という歯止めを失ったジョージ・ブッシュ共和党政府が、
政権交代時、つまりは、前大統領であるビル・クリントンの時代には、
天文学的とさえ言われたアメリカの国庫を、一瞬のうちに食い荒らしては、
八年間に渡る無計画な散財のうちに、びた一文どころか、
とてつもないほどの大借金を抱えるに至ったのは、記憶に新しい。

それはまさに、豪華客船がいきなり大きな船火事に見舞われたようなもの。
そして火事の中を逃げまわる乗客たちを尻目に、
船頭たちがやっていたのは、火事場泥棒よろしく、国の利権という利権のぶん取り合いばかり。
あわや転覆寸前にあったこの巨船を、四苦八苦しながらなんとか持ち直したオバマという大統領。

しかしその大きなしっぺ返しとして、アメリカは最後の拠り所であった憲法、
移民同士の寄せ集めにすぎないこの仮住まいの開拓部落、
その一本の頼りない絆であった筈の憲法の概念が、揺らぎ初めてしまった。
つまりは、そう、エゴの爆発である。

そのエゴの爆発の根本にあるものは、目の前のオバマ政権に向けたもの、というよりは、
その前のジョージ・ブッシュ、つまり、あの時代にあれだけ上手いことやりやがった奴がいたのに、
俺たちはいったいなんなんだよ、というその僻みやっかみ。

そんな悪意の塊のようなエゴが、アメリカの真意、として炊きつけられては、
そんな悪意の受け皿となった、まさに、ルシファーを自認する徒花、
ドナルド・トランプ、という男が、アメリカ中を席巻し始めている。
 -> ドナルド・トランプ ロックンロール・スター!



「つまりは全てが出来レース」

これまで、アメリカの内情どころか、
利権のバーター取引以外では、まったく相手にされなかった日本。
つまりは、言われるままに吸い上げるだけ吸い上げられながら、
しかし、取り敢えず、商売の自由だけは御墨付きをもらっていたこの極東の島国。

命の保証=軍事関連、の全てをアメリカに依存した形で、
かろうじて確保してきた商売の権益。
かつての狂信的軍事国家が、いきなり、忍びがたきを偲ぶ一億総町人国家に早変わり。
それが功を奏して、あるいは、良い子良い子とほくそ笑まれては、実はケツを叩かれながら、
いきなり世界の一等国、と言われるまでの復興を果たしてきた訳だが、
それによって、米国産業界のたん瘤・ユニオン労働者たちの牙城であった米国車産業の倒壊を促す形になり、
その落とし前として画策されたプラザ合意から、そしてにわかに巻き起こった土地バブル。
その出来レースの中で、踊るに踊らされては、一瞬のうちに手のひらを返され、
あの馬鹿げたイカサマ博打、胴元の総取り、という形で、その全てを失うに至った。

そう、これ、つまりは全てが出来レース。

そしてそう、そんな筋書きが、まんまと上手く行ったのは、
日々訳も分からず踊らされるばかりの奴隷たち、
その中にも、しっかりと内情に通じる協力者があった、ということで、
その悪意の筋書きに抗おうとしたグループ、つまりは、経世会と、
そして、その忠実な下僕であった、清和会、
この同じ自民党内のふたつの派閥の、その明暗の様を見ただけでも、
あるいは経世会のメンバーたちが、なぜ、どのようにしてその末路を辿ったか、
それを思い出すだけでも、全ての筋書きが見えてくる、というものではないか。

だったらそう、寄らば大樹のかげ。
事情=台本を知っている、つまりは、行く末を知っている風にも見える、
清和会の方々に、全ての舵取りを任せてしまえば良い、
と、甘く見た結果が、
小泉政権における、郵貯の切り崩しと、労働法改定。
一億総中流的な、日本人の勤労意欲の礎であった終身雇用を、
半ば強引に叩き潰した後、
あの狭い島国の中で勝ち組負け組を煽っては狂気じみたキャビンフィーバーを煽り、
挙句の果てに、昭和を通じで爪に火を灯して蓄え続けた虎の子貯金は、
いつしかサブプライムのイカサマ博打にひっかかって全てはまたまた胴元の総取り。
そしていま、また改たなイカサマ博打の筋書きに、
独裁者気取りのお調子者が、背中にネギを背負って踊りを踊っている訳である。

そのあまりもあからさまなやり方に、
さすがに疑問を持ち始めた幼気な植民地の方々。
ようやくようやく、そんな悪魔の手から逃れては、
しかし手探りばかりの素人集団。
途端に資金繰りに行き詰まって同じ穴のムジナのずぶずぶ穴。
挙句に、まさに息の根を止めるように起こったあの東北での大震災。

そういえば、以前の関西での地震も、村山社会党政権であった筈で、
あれによって起こったことが、社会党の壊滅、であった訳で、

この東北大震災もそう。

そして忘れてはならない、
そんな日本史上始まって以来の危機的状況の中にあって、
同じ日本人として協調を、呼びかけた民主党政権の断末魔の叫びを、
薄ら笑いを浮かべて、ご冗談を、とそっぽを向いた上でできあがったのが、
そう、安倍第二政権と、そして、この自民党というよりは、清和会政権、な訳で。
結果起こったことが、そう、民主党の崩壊。

まったく同じシナリオ。

あの地震は、アメリカの差金なのではないか、
なんていうお伽話のような陰謀論さえもがニワカに信憑性を帯びてくる、
まさにそう、できすぎたシナリオの中に俺たちは生きている。



「日本の悲劇 韓国の悲劇」

という訳で、そう、まあ、どちらさんも気持ちは判るじゃねえか、な訳だ。

特にそう、このアメリカというマジックミラーの内側から対岸の火事を見物する限り、
そう、日本の方々、本当に本当に、がんばってる、と思う。
つまりはそう、言い方は悪いが、
これほどまでに徹底的に騙されながらも、よくもそこまで耐えられるものだな、
やっぱり日本の美学はこの忍耐力、それに尽きるな、と関心しながら、
ではいったい、誰が誰のために耐えさせられているのか、
その縮図に気づいていないだけの話なのではないか、
あるいはそう、
この人達にはもう、耐える以外にはなにもできないだけなのではないだろうか、
なんていう悲しい理由にも気付かされてしまうわけで、

そして、そう、あの隣人たち、
あの日々豹変に豹変を繰り返す、まったく訳の判らないヒステリックな人々が、
実はあの、異様なほどの忍耐力のなさ、というのが、
実はそのからくりを嫌というほどに知り尽くした末の、
その素直な感情吐露に過ぎないのではないか、というのは買いかぶり過ぎだろうか。

そしてそう、そんな隣人の不幸の源泉であるところの旧財閥。
それに密着した某宗教団体と、アメリカの共和党の一弱小派閥あるところの極東マフィアのロビースト達、
その不気味な癒着。
その邪悪な輪の中に、いったい日本がどんな役割で絡まされているのか。

現政権を異様なほどの熱意を持ってサポートする人々の、
そのスポンサーを見れば一目瞭然である。

つまりはそういうこと。
つまりはそう、そんな茶番劇、それに過ぎない、
全てが出来レースの中に仕組まれたコップの中の嵐なのである。



「カモられるだけカモられて」

まあそう、良いんだよ。
これまで通り、カモられるだけカモられて、耐え難きを耐え、忍びがたきを偲ぶ、
耐えることこそが美徳、と、
そんな暮らしが、幸せ、と自己満足できるのであれば、
それはそれで十分に結構。

ただ、そうやって吸い上げられた利権が、実際にどこに向かうのか、

つまりはそう、あの赤い羽根募金ではないが、気持よく寄付をさせてもらった、その募金が、
いったいどこでどう使われているのか、それを知るものは、実は誰もいなかったり、もする訳で。

で、そう、日本人の忍耐の結晶であるその血税が、いったいどこでどう使われているのか、
それを知っている納税者が、いったい日本に何人存在するのか。

金だけ払って、その使い道を問いたださない、
そんな素敵な人たちってのが実にこの世には存在している訳で、
そして実は、俺もそう。俺もその一人。
日々、これでもかというぐらいに、税金を搾り取られながら、
そうやって青色吐息の幼気な納税者が99%の貧民として蔑まれ、
そして1%の金持ちに共通するのが、誰もまともに税金を払っていない、というこの事実。

まったく馬鹿馬鹿しくてやってられない、ってのが、正直なところながら、
だったらどうすればよいのか、という有効な手段が、講じられた途端に法律で罰せられてしまう。

政治がまさに、そのスポンサーであるところ、世界企業、その便利な代理人、
つまりは小間使いに過ぎなくなった、というこの21世紀の現状の中で、
人間の資源化、が嘆かれるのも、それが理由なはずだ。

そう、今はもう、自民党がどうの、アメリカがどうの、
ましてや、共和党のトランプが、民主党のヒラリーが、
と、そんな状況では実は全然ない、というのが俺の考え。

つまりはそう、国境をまたいだグローバル企業というバケモノが、全てを飲みつくそうとしている、
ただそれだけのこと。

そのお金の筋道、世界中の植民地から搾り取られた金が、アメリカを経由、しているだけの話で、
当然のことながら、その金の流れ、その経過点のひとつひとつに、ピンはねする悪党がいる、ってのも周知の事実で、
その税金の集金人に過ぎない国家というもの、その番頭であるはずの政治家が、
嬉々としてピンはねを繰り返してはパナマ紙に名前が晒されていたのでは、まったくやっていられない訳で、
そのうちには、マネーロンダリングなんてことばがまったくバカバカしくなるぐらいに、
露骨にこの国際間の資金隠しが常習化してしまうのも誰もが気付いているだろう。

バーニー・サンダースやらが、あれほどの支持を受けてしまったってのも、実はそういう理由である。



「人命第一主義、という命綱」

という訳で、この長文にもそろそろ飽きてきた。
パワー切れである。

結論を急ごう。

現在日本で起こっているこの憲法改正から始まる茶番的なお家騒動。

吸い上げられる血税が、いつのまにか某なんとか代理店を通じては世界中の幽霊会社を通じてカリブ海に流れ着き、
隣国の脅威を謳っては恐怖を煽っているその張本人が隣国そのものと、そしてその番頭であったりもして、
トリクルダウンのおこぼれだけを楽しみに、枯れた水道の下で口を開けてはいるが、
いつまで待っても泥水一滴さえも落ちてはこない。
そんな茶番的な出来レースの、その小間使いをしているのが、隣人の某宗教団体であったり、と、
まあそう、まともに考えたら、もうなにもかもがバカバカしくてやっていられない、訳なのだが、
それにさえも、耐えて耐えて耐えぬいてしまうまさにイソップの童話に出てきそうな純真な人々 -> ふと、イソップの童話が読みたくなった


そんなバカバカしくてやってられない世の中で、
搾取に搾取を続けられた後に綺麗さっぱり丸裸。
その最後の最後に毟り取られるのがなにか、と言えば、
まさに、生命、なのである。

戦後70年を通じた、あの、訳の判らないうねうね外交。
あの詭弁に詭弁を重ねては、まるで妖怪の様に变化を繰り返してきたあの奇妙奇天烈な対外政策が、
実はそう、このあまりにも馬鹿馬鹿しい国際社会、ぶっちゃけ、アメリカとの関係を、
なんとかして騙して透かして逃げまわる、その狡猾さ、その悪あがきの全てであった、
というのが、正直なところで、
その最後の拠り所とされていた、つまりは、理由、言い訳とされていたのが、
人命の尊重、つまりは、生命と尊さ、であったりもしたわけだ。

そう、人命は、なににもまして・・
世界中からこれでもか、とその弱腰を叩かれながら、
決して変えることのなかった、この人命第一主義。

実はそれこそが、日本の戦後を支えてきた、一つの命綱、であったのである。



「状況が変わったって、なにが変わったのか?」

がしかし、時代は、状況は変わったのだ。
そうそうと、そんな脳天気なことばかりは言ってられなくなってしまった。

最近事あるごとに繰り返されるそんな言い訳。

ぶっちゃけ、その変わったものってのは、
米国の衰退と、軍事的な政略転換、なのだろうだが、

改めて聞こう。
その情報元ってのは、いったいどこなのかな?

つまりは、米国の内部で、極東を諦めても良い、と思っている人って、いったいだれ?
で、そういう馬鹿なことをいってる政治家が、
あるいは、軍人が、ロビーストが、それでもなければ自称しーあいえー・えーじぇんととかが、
果たして、その組織、この米国内で、どんな位置にある人なのか、
いったい誰から資金・基金を得ている人なのか、
で、そういうことを言っている人が、時期大統領選の、その展開如何で、
どういった立場に置かれることになる人なのか?

そういう、ちゃんと具体的な情報を、しっかりと把握している人、いるんですか?

その訳知り顔の野郎の人脈とそしてスポンサー、
それを見ただけで、全てが全て、あっけらかんとあからさまになる、
と思っているのは、俺だけではないだろう。

そう、アメリカ、と聞いただけで頭がカランカランになってしまうこの日本人という人たち。
海外の、という謳い文句で全て手放し、になってしまう、このいたいけな島国人たち。

あるいはそう、日本人の下手な英語にも腹を立てずに、
辛抱強くちゃんと話を聞いてくれる、というだけで、
優しい外人さん、この人いい人、とかと、妙な勘違いをしているだけ、
という気がするのだが、どうだろうか。

結局その、アメリカの協力者の、って人たち、
まじで、グーグルでサーチかけてごらん。
五秒もしないうちに、なんじゃこりゃ、っていう、胡散臭い人達、
ってのが、あっけらかん、と転がり出たりする、とおもうんだけどね~。
でそのなかにうちゅーこくじんの方の名前とかあったらまじ笑える。

ただ、そう、百歩譲って、そのジャパン・ハンドラーズってのが、
本当の本当に、日本の行く末を案じてくれている、
まさに、神や仏のような慈悲深いお人好しであったとしてみよう。

だが、そう、誰にも先のことなどわかりはしない、ってのがこのご時世。

ぶっちゃけたところ、時期大統領選が、
果たしてどっちに転がるのか、実は誰にもわかっていない。

そしてその転がり次第では、そんなジャパン・ハンドラーズ自身が、
すっかりとお払い箱のおじゃま虫になってしまう、
その時には、これまで聞いていたシナリオがすべてちゃらになってしまう、
そういうことも、実は十分に予想ができる筈だ。



「次期大統領選の行方」

そう、今の大統領選。世界中の誰一人、予想出来ている人はいないと思う。

いや、本当のところ、そんな筈じゃなかったのだ。
今回もしっかりと出来レース、その予定であったのだ。
民主党のひらりーと共和党のジェブ・ブッシュ。
で、予定としては、僅差でヒラリーが全米初の女性大統領。
その時のために、共和党の一大スポンサーのような、
俗にいうところのウォール街のジンベイザメのような奴らも、
しっかりと敵方である筈のヒラリーに、
それこそめんたまの飛び出そうな巨額の献金を続けていたわけでさ。

なあに、共和党も民主党も、所詮は同じ穴のムジナ。
つまりはそう、スポンサーは同じ人たち、であったりもする訳で、
それにそう、選挙なんてみんなまやかし。
なにがあっても最後の最後には、
その気になれば投票箱誤魔化せばなんとでもなる、
っいう、民主主義の裏工作の必殺技。
つまりは、伝家の宝刀を、
かのジョージ・ブッシュ大先生が露骨なまでに使ってしまった訳で、
ちょっと出しづらくもなったが、
まあもしもの時には、そんな大技を大手を振ってまかり通る、
ってのも、今に始まったことでもない筈。

なので、まあ、どっちに転んでも、まあ、似たようなもの、
つまりは筋書き通りの出来レース、であった筈だったのだが・・



「馬鹿の時代」

それがそう、誰も予想だにしなかった、ドナルド・トランプの出現で、
全ての筋書きがひっくり返ってしまった。

言うまでもなく、ドナルド・トランプはまさに、白痴王、である。
トランプ自身が白痴、という意味ではなく、
トランプの支持層ってのが、米国の白痴層の人々なのである。

見渡す限りとうもろこしとじゃがいもしかない、ような不毛な大地で、
日がな一日、口の端から噛みタバコのヨダレを垂らしているような、
俗にいう、トラッシュ=ゴミ、と言われた人々。
読み書きどころか、自分の名前さえろくに書けないような、
そんな徹底的なバカの中のバカ。
民主主義の悲しさか、そんな徹底的な馬鹿も、
そして、博士号とっているような勤勉家も、
一票は一票、それに変わりはない訳で、
そんな民主主義の汚濁の全てを逆利用したトランプ氏。
アメリカ中の馬鹿というバカを親衛隊につけては、
まさに飛ぶ鳥を落とすような勢い。

そしてそんなアメリカを震撼させた先日の出来事。
そう、かのブレキジットである。

誰がどう考えても、誰のためにもならない、
あまりにも馬鹿げすぎているこの冗談のようなことが、
まさにあっけらかんと起こってしまった訳で、

なぜそんな計算違いが起こったのか?

つまりはそう、その計算違いの最もたるものが、
実は、誰も予想だにしなかった、馬鹿。
そうこのバカたちの突然の政治参加、

ぶっちゃけ、SNSを通じた冗談票、つまりは悪ふざけ。

今まで、投票どころか、政治、と聞いただけで顔をそむけていた筈の馬鹿、
この人たちが、SNSの悪ふざけに乗せられては、
冗談半分に投票場に向かってしまった、
それによって起こった茶番的な珍事、な訳である。

でそう、そんな馬鹿の望んでいるものはなにか?

ぶっちゃけそれは、悪、である。
悪ふざけ、悪い冗談、そして、悪徳。

こんな世の中、どうせ俺なんかには関係ねえんだ。
好きにぶっ壊れてしまえ、知った事か、
この大いなる投げやりこそが、馬鹿の原動力、そのもの。

つまりそう、それこそは実は民衆の真意でもあったりするのである。
誰ももう、政治、あるいは民主主義なんてものに、これっぽっちの理想も希望も持っていない訳だ。

民主主義発祥の地が、民主主義を終わらせる場所でもあったというこの皮肉。
つまりはそう、民主主義そのものが幻想だったんだよ、という筋書きなのだが、

だがしかし、そんな馬鹿ばかりを攻めてはいられない。

そう、そんな馬鹿をこれでもか、と量産してしまった、その根本的な理由がなにかと言えば、
政治家こそが、一番民主主義をなめていた、その報い、それにつきる。

果たして、そう、国家そのものが、民主主義を甘く見て、民主主義を悪用し、
国家そのものをマネーマシーン化してしまった結果。

誰もが誰もが、バカバカしくてやってらんねえ、もう好きにしてくれよ、俺は知らない、
と、まあそう、そんな気持ちはなにも英国、あるいは、アメリカ、あるいは日本に限ったことでもない。

今や、世界中の人々が、心の底から、
民主主義という概念に、絶望、あるいは、うんざり、しているのである。

そんななにもかもにうんざりしていた者たちが、
いま、馬鹿の力として結集しては、世界を茶番で覆そうとしている訳だ。



「民主主義を葬った後に来るもの」

そう、そして俺も、実はその一人である。
まともな人間だったら、もう、まじで、なにも見たくない、聞きたくない、放っておいてくれ、
世界がどうあろうが、俺はベビメタ聞いてるんだよ、と、
そんなになってしまうのは、当然のことなのだ。

そうそれだけ民主主義は、そして政治家たちは、人々を裏切り続けた。
全世界の人類をこれでもか、と愚弄し続けた。

つくづく嫌になってしまう、ってのは、世界人類共通の心情なのだ。

がしかし、

ここでちょっと知恵の回る人間であれば、
果たしてそうやって、民主主義をあざ笑った結果、
その後に起こるもの、待ち受けている未来がなにか、

と考えたことがあるだろう。

ぶっちゃけ、それは、民主主義がなかった時代に戻るだけの話。

つまりは、王政時代。
貴族とゴミ、という身分制の中で既得権益を世襲制にして絶対保存。
貴族が良い所を全部取りするのは貴族だから、つまりは血筋だから、
なんていうなんとも判りやすすぎる独善ですべてを勝手に取り仕切られる、
つまりは魔女狩り的な中世社会。

あるいは、産業革命時、
資本家たちに一方的な事情だけで好き放題にこき使われては使い捨てにされる労働者。
血も涙もなく、徹底的に使い捨てにしては、人の家畜化、物か、資源化が大暴走。

なんで?と問う度に、
え?血筋だから、とか、え?だってそれはこっちの都合だから、
とまったくどこにも取り付く島もない、そんな盲社会。

既得権益の血縁ヲタ、やら、資本家さんの好きなようにさせらたら、
そんな方向に向かうのに決まっている、っては誰にでも判ること。

いや、そんなこと、もうとっくの昔に始まっているじゃないか、
という声も聞こえてくるが、
それが実はトリックなのである。

そう、なぜそんな世界になってしまったか、と言えば、
そういう目にあっている人々が、選挙に行かなかったから、
実にそれだけの理由。

そして、そんな世界に心底うんざりさせられては、
民主主義なんてものに絶望しては世を儚む、
そんな方向に世界を引きずり込んで行くのも、

実はそう、
そうやって誰も選挙に行かないように仕向けている、ってのが、
実は血縁ヲタ、やら、資本家さんたち、その人たち。
実はそう、好き放題やりたいやつらの策略、
なんてことも、実は誰もが気がついている筈。



「ジョーカー達の末路」

そもそも、
民主主義は形骸化し、絶望させることになったその理由は、
民主主義の基本であるところの多数決、
その原則であるところ、選挙、その投票に行かなかったから、
それだけの理由ではないのかな。

どうせ俺の一票なんて、あってもなくても同じだし、
それが民主主義への絶望の理由であったとすれば、
今回のブレキジット。
そんな民主主義を舐めきった奴らが、
悪ふざけで投じた一票がまさか、己の乗る船の底に大穴を開けることになった、
なんて、この茶番劇、おかしくておかしくて、といったところ。

いやあ、事実は小説より奇なり。

一番驚いているのは、悪ふざけで投票したその人たちなんだろうが、
再投票、なんて、ちょっと、ご法度だぜ、それは、とは思うよな。

選挙にやり直しがあるのなら、2000年の米国大統領選、
ブッシュかアル・ゴアか、の大接戦の中で、
フロリダ州における投票箱のごまかし、なんていう場外乱闘の中で
無理やり決着がついてしまったのだが、
あれさえ無ければ、
世界はインフォメーション・スーパーハイウエィに繋がれ、
世界が一丸となって環境保護に邁進し、
アルカイダのあのテロだって、未然に防げた、と俺は思っている。

そうしかし、歴史にたらればは持ち込まないのがルール。

ということで、英国の方々。
民主主義を舐めたその落とし前の中で、存分に身悶えてほしいものだ。



「死にたくなったら投票に行け」

でそう、そんなことをつらつらと思えば思うほどに、

だったらどうすればいいんだよ、ということはすでに述べた。

そう、投票に行けばよいのである。

民主主義の基本は投票だ。

投票にも行かないで、
最近の俺、ぜんぜんついてないし。運に見放されたのか、
と愚痴ばかり言ってるのは、まったく馬鹿な話。

スイッチを押さなければ電気が点かないように、
投票に行かなければ、あんたは一生欲しいものは手に入らない。

当然だろう。あんたが投票に行かなかったら、
その権利をみすみす放棄した以上は、
あんたの取り分までかっさらって自分だけいい思いをしようって奴らばかりが得をする、
当然のことじゃねえか。

あなたの不幸は、つまりは、あなたが投票に行かなかったから、それだけ。それだけなんだよ。

という訳で、

あんたがまだ投票に行かなかったら、いったいどういうことになるのか、
ってことについて、考えてみよう。



「それでも投票に行かなかったら」

先のジョージ・ブッシュ。
でっちあげのテロ騒ぎに便乗しては、非常事態を理由に一挙に議会を無力化したこのサル。
民主主義の最後のよりどころであった議会、
つまり邪魔くさい話し合いによるプロセスを一挙にかっ飛ばし、
その歯止めを失った世界がどうなったか、と言えば、
そう、あの通り。
でっち上げのテロリストとでっちあげの戦争とでっち上げの軍事費と、
そんなでっちあげのでっちあげの中で、やっていたことといえば、
国庫とそして税金のぶん取りあいばかり。
挙句の果てに、俺にも一枚噛ませろ、とやってきた金融マフィア。
その暴走で一夜のうちに世界経済が大転覆。

あのな、民主主義ってのはそういうことにならないためにある、必要悪なんだよ。
お調子者が、調子に乗りすぎて世界をひっくり返さないための、最後の拠り所。

それを失ってしまったが途端、かのジョージ・ブッシュ、あるいはヒトラーのように、
一つの意思、とか言ってしまえば聞こえは良いが、
つまりはそう、一部の無法者に、好き放題にやられてしまう、だけの話。

そんな無法者が必ず上げるのが、勝者の理論、ってのももはや定番。

という訳で、戦後日本で唯一の歯止め、つまりは、抑止力であった憲法という、
この面倒くさくも、まるで漬物石のように、日本人の頭押さえつけていたもの。

この歯止めがなくなった途端にどうなるのか。

それはまさに勝てば官軍。
お調子者たちの高笑いのもと、誰も止められない大暴走が始まるよ、ってな訳で
なにが起こるかと言えば、
言わずと知れた、血も涙もない、仁義無用の徹底的な搾取社会。

情け容赦なく、ぶんどれるものはなにをも分捕り、
坊主の袈裟から、按摩盧増えから、病人の毛布から、バナナの皮まで、
取れるものは全て、徹底的にふんだくるだけふんだくった後に、
最後の最後になってぶんどれるもの、
まさに、人間という、その身体、その臓器から、おまんこから、尻の穴から、
人間のパーツそのものまでもが完全に商品化しては、たたき売り、を余儀なくされる、

で、その金がどこに流れていくのか?

当然のこと、つまりは胴元、その貢物にされるだけの話。
そんな悪夢のような世の中である、と俺は思っている。



「具体的に未来はどうなるのか」

具体的に言えば、
まず最初に起こるのが、言わずと知れた兵器産業の花盛りと、
そして、それとタイアップ、あるいはバーターで行われるところの人間の盾化、
つまりは、商業的権益を守るために、兵隊が現地に派遣される訳で、
そんな事態が誰の目にも判っている以上、誰も好き好んでそんな場所には行きたくない。
誰も行きたがらない以上は、行かざるを得ない人間を無理やり行かせることになるわけで、
それが強引になればなるほど、基本的人権を謳った憲法やらが邪魔になる訳だ。

だとすれば、労働コストが安い、つまりは、コスパ、つまりは利潤の為にリスクを犯している企業が、
独自で警備会社を雇って警備に当たらせれば良いものを、それがコスパに悪い、
あるいは、国際法規、なんてものが出てくると面倒になる訳で、
だったら、国を買収しては、そこから無理やりにでも人を送り込む、なんてことにもなるわけで、
そのあまりにもバカバカしい縮図があからさまにならないように、
やれ正義だ正論だロマンだ、というまやかしがこれでもか、と流布される。

それがいったい何のため?

金だよカネ。つまりは、グローバル企業がその生き残りの為にかき集める金。
そうやって集まったカネは、トリクルダウンなんていう馬鹿な幻想に騙されては、
かき集められるやいなや、一瞬のうちに国境を飛び越えて世界中に四散し、
誰の目にも判らない抜け道を通って、世界のどこかにたどり着く、
カネがカネを生むだけの、幻想社会。

そう、そのマネーゲームのただのダシ、あるいは肥やし。

で俺の予想。

最前線のハイテク軍備、あるいは、ロボットはコストがかかる。ので、一番安いもの、つまりは余った人間。
一番安い人間ってのが誰、というと、ぶっちゃけ、老人。

という訳で、傭兵。つまりは海外から安い兵隊を買ってくる。
あるいはそう、姥捨てソルジャー

戦争の最前線は俺たちのような老いぼればかりになる、なんて世界が実際にやってくるのかこないのか。

とか思ってたら、そのうち、戦死者という戦死者の全てから、利用価値のある臓器が転売されていた、
なんてことになったら、まじで、グロいが、それはそれでとても儲かるに違いなひ。



「結局は戦争ってわけね、とニヤニヤ笑う人々」

悪い悪い、またいつもの糞で、いや、癖で、妄想の暴走を見た。

ちゅう訳ではい、TPPから始まって、そして、今回の選挙の焦点の、憲法改正。

全てはその筋書きに向けた、つまりはグローバル企業による、人間の資源化。

1% と 99% どころか、0.1%と、99.9% なんてことになったら、まさにもう、教育さえもが必要とない世界、
なんてことになるわけで、いやあ、儲かるだろうな。そうなったら本当に儲かるんだろうな。

とか思うと、まさか~、だろ?

そう、そんな世界やってくるわけなんだよ。ではなぜ?
つまり、そんな世界になる前に、そんな世界はなんらかの理由、つまりはそう、戦争によって、綺麗サッパリなくなっちまうだろう、
ってのが普通の考えでさ。

だた、そう、覚えておいて欲しい。

そうなったらなったで、この7月10日こそが、全ての悪夢が具現化する、その誕生日、となる。

あの日、最後の砦だった、憲法を、日本国民は、その、自分の意志で、放棄してしまった、その記念すべき、人権放棄記念日。

その滝壺に向けて、時計ばかりが、チックタック、なんて、そう、そんな音たてつものなんて、もう、誰も使っちゃいない。

そう、誰の目にも見えないうちに、それは密かに、密かに、流れていくのである。



「終わりに ~ 世界が平和であった最後の瞬間」

という訳で、そう、アメリカンドリームの全てを満喫させていただいたこの連休。

ああ、まさにこれ、ピクチャー・パーフェクト。

思わずみんなで写真なんてものを撮ってしまったのだが、

その写真を胸に、未来の地獄から俺を訪ねてくるソルジャーなんてのがいて、
あの時、この写真が撮られた時、あんたがこれをやっていてくれたら、
あんな未来になってしまうこともなかったのに・・

なんてことが、なんとなく脳裏をよぎった。

この瞬間を俺はずっとずっと覚えているだろう。

生焼けのラムチョップをかじりつきながら、
あー、腹いっぱいだ、はらいっぱいだ、と言いながら、
ついつい食っちまうんだよな、と悲鳴を上げながら、
食って食って食いまくったこの三連休。

この幸せの全てのような夏のひかりに満たされたバックヤードで、
アメリカの夢の終焉を噛みしめる午後。

もうこれ以上はありえないな、というその瞬間。

そういえば、と俺は妙なことを思いついた。

あの2001年の夏、USオープンの会場で、晴れ渡った空を見上げながら、
俺はちょうどそんなことを考えて、そして、その青空だけの写真を一枚、撮っておいたのだ。

世界が平和であった、その最後の瞬間の、青空、一枚。

まさかその青空から、世界の崩壊を告げる銀翼の大鷲が舞い降りてくるなんて、
誰にも気付いてはいなかったのだが、
そう、そういうことを、俺は考えていた。

これが虫の予感ってやつなのかな、と、
チャコールの煙に咽びながら、そんなことを考えていた午後であった。



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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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