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日本の夏、ニューヨークの夏、ベビーメタルの夏

Posted by 高見鈴虫 on 15.2016 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments
熱帯夜の続く真夏のニューヨーク。
そして今夜も、残業明けの深夜の地下鉄の人である。

世界中からの人々の、その体臭が充満してはむせ返る、
このニューヨークの地下鉄。

そんな人々の間で、
俺は今日も、耳の奥深くにまでめり込ませたイヤパッド、
鳴り響くベビーメタルに五感の全てを集中させて、
そしてこれ以上無く不機嫌そうに腕を組んでは、
まるで修行僧のように、じっと目を閉じているばかり。



いきなりだが、
皆様は、ベビーメタルを、いったいどういう顔をして聴いているのだろうか。

聴いている音楽って顔に出るだろ?
俺は出るよ。

東映ヤクザ映画を観た人が、みんな肩を怒らせて映画館から出てきたように、
聴いている音楽、まさに、身も心も、その世界。

俺はベビーメタルに出会うまでは、ずっと、ロック、の人であった。

ロックの人ってのがどういうのかっていうと、つまりは、そう、ならず者、である。

スーツを着ていようが、黒縁のメガネをかけていようが、
頭の中にはいつも、It's Only Rock'n'Roll。
思い切り顎を突き上げて、ガムを噛みながら、足を放り出し、
廻りの迷惑など知った事か。
文句でもいわれようなら、いや実はそれを待っていたりもするんだが、
なんだと、この野郎、と、まさにそう、チンピラの美学、
つまりはそう、ニューヨーク・アティテュード、という奴である。



がそう、実はそんな俺が、いきなりのベビーメタル、つまりは改心、したのである。

俺はもう、無法者でも、ロッカーでもなんでもない。
そんなものは、糞食らえ、なのである。

ただ、どういう訳か、
どうもそう、ベビーメタルを聴きながら、深夜の地下鉄に揺られていると、
なんとなく、妙なバツの悪さ、を感じる時がある。

このニューヨークの深夜の地下鉄、
そこに蠢く人々。
全身刺青だらけの与太者から、酔っ払ったラテンのあんちゃんから、
泥のように疲れきった深夜勤務の低賃金労働者、
やたらと陽気なお掃除おばちゃんの軍団、
そして、影のように潜むホームレスたち、
つまりはそう、都市の汚濁である。

そんな中で、いったいこのベビーメタル。

言わずと知れた、LONDON LIVE - O2 Brixton
DVDから落とし込んだ珠玉のライブ・サウンド、
前田神迫真の超絶ビート、その爆裂的ライブである。
ここのところ、もう、中毒のようにこればかりを聴いているのだが、
このニューヨークの胡乱な地下鉄の中にあって、
ゴリゴリのツーバス・メタルに乗せた、
キャピキャピ、ランランの天使の絶唱、である。
こうして聴いてみると、改めてまったく訳の判らないバンドである。
このまったく訳の判らなさの絶妙なバランス、
それを、思い切り、大真面目で、本気本チャンでぶっ飛ばす、
それこそが、ベビーメタルな訳である。

ただ、そう、この可憐さ、この清廉さ、
そして、この、辛辣なほどの生真面目さ、
これが、この真夏のニューヨーク、
うだるような暑さの中で、誰もが不埒に、自堕落に、
思わず身体中が腐って溶け出してしまいそうな、
そんなニューヨークの重い重い夏には、
ちょっとなんとなく、GAP を感じたりもするのである。

とそんな時、ふと閃いた。

生活感、あるいは、そう、風景感、あるいは、季節感。

ベビーメタルに無いものとは、つまりは、その現実感、なのではないだろうか。






そう、ベビメタの音って、季節感がない、と、思わないか?

つまりはそこに、生活感、あるいは、体臭、つまりは、現実感が感じられない。

現実感?

音楽に現実感って必要なの?
じゃあ、現実ってなに?

この時代だぜ。21世紀、
現実が、仮想世界の一部にさえなっているこのご時世。
そして、ヴァーチャル・リアリティだぜ。
そんな時代に、現実感?生活感?体臭?
おいおい、かんべんしてくれよ。

ただそう、現実は確実にそこに存在する。

そうつまりは、鏡に映った、その顔。
いま目の前の、地下鉄の窓ガラスに映っては消えた、その顔。
まさに、その姿こそが、生活感、つまりは、現実感、なのである。

つまり、ベビーメタルには、
音楽に対する自己投影という概念がないのである。



確かに、ヘビーメタルというジャンル自体が、
悪魔、やら、原罪、やら、未来社会やら、
つまりは妄想、あるいは幻想、
強いてはファンタージーを拠り所にしている訳で、
つまりはベビーメタルだってそう。
そのファンタジーの背景を共有させる為に、
ああして一種退屈な紙芝居を挿入している訳なのだが、
それはまさに、お伽話の世界であり、

生活にどっぷりと根ざした、あるいはそこからにじみ出る音、
それを切り取って、というジャンルの音楽ではない。

という訳で、なぜか妙に世間の目が白い、そんな夏の夜の地下鉄。
隣りに立つ黒人のあんちゃん、
うっぷ、こいつ、無茶苦茶臭い、と思わず顔をそむけてしまう、
そんなセンシティブさんになってしまった俺にとって、
このニューヨークの地下鉄、
まさに、車内中の隠しに隠し切れぬ体臭、そして、生活感が充満した、
そんな地獄のような風景。

思わず、ちょっと、あまりの醜悪さに、顔を背けたくなる、
そんな柔な気が、起こらないでもないのである。

で、そんな時、ちょっと、魔が刺した、というか、気分を変えてこんな曲。





おおおお、黒人、これぞまさに、黒人の音、じゃねえか。

した途端、この車内にむっと充満したこの空気が、
まるでねっとりと絡みつくように、身体を包み込んで。

このやるせなさ、この鬱屈した、しかし、抑えきれないエネルギー。
黒人である。
BLACK POWER である。
この、BLACK LIVES MATTER のご時世、
怒れる黒人たちの熱帯夜、
いまだ、部屋にエアコンの無い21世紀を生きる、
そんな黒人の怒りの逆噴射、
俺達はそういう現実を生きているのである。

そう思った途端、さっきまであれだけ疎ましかった、
この生活感満載の貧民たちが、
妙に、微笑ましく、妙に、色っぽく、生々しく、
そして俺は、つかの間の親和感を思い出すのである。

そう、忘れていた、音楽にはそういうの愉しみ方ってのも、あったのだ。

つまりは目の前のこのやるせない現実との、
親和的、あるいは、中和的な要素、という奴である。



ただ、しかし、そう、この妙な欠落感。
あるいは、宙ぶらりん感、とでも言うのだろうか。

なんだよこの中途半端なリズムは。
なんだこの出来損ないの音は。

そう、これはまさに、ベビーメタル病である。

ベビーメタルを聴き始めてから、
耳に入ってくる音楽の全てが、
なぜか妙に、スカスカ、つまりは、物足りないのである。

つまりはベビーメタルが、
今までの音楽がすべて、製作途中のデモテープに思えるぐらいにまで、
ぶっちりに完成度が高い、ということ、その証明である訳なのだが。

で、そのベビーメタルの完成度って、
いったいなんだろう、と考えてもみる。

マユピュレーター、というのもある。
進化するテクノロジー、そのディバイスを駆使し、
生音とデジタルのその奇跡的なまでの融合。
これまでの音楽ではまるで考えられなかった、
脅威の完成度にまで突き抜けてしまったこのベビーメタル。
そのあまりにも計算されたアレンジ。
目くるめくように変化を繰り返す構成と、
これでもか、と襲いかかるキメキメキメ、の嵐。

それはまさに、一曲の中に、十曲二十曲分のアイデアを、
切り貼りしては、一挙に圧縮して凝縮して、
グウの音も出ないほどに、ギチギチに詰め込みまくった、
まさに、ロックの良い所取り、その総集編、ダイジェスト版、
ということなのであろうか。

そう、ベビーメタルは、
一人のアーティストが、問わず語りに己の想いを語る、
そういったバンドではない。

かみさんの好きな、ONE OK ROCK。
俺にはどうしても、間延びした、そして独りよがりの、
これまで飽き飽きするぐらいに聴いてきた、
そんなありきたりな音楽、その沿線上に思えてしまうのだが、

そう、そこがBABYMETALの大いなる違いである。

BABYMETALは、一人の人間の音楽ではない。
つまりは、その寄せ集め、あるいは、総合作品なのである。

という訳で、この古のソウル・ミュージック。
かつてあれほど心を震わせた、
真夏のニューヨークの、その胡乱な空気をまるまると切り取った、
そんなフォルクローレとまで言える、この生々しい音が、
いつの間にか、耐え切れない程に、間延びして思えては、
そしていそいそと、再びベビーメタル。

ああ、そう、これ、この音なんだよ。
もう、この音以外には、満足できなくなってるんだよ。

という訳で、ベビーメタル。

さすがに、二枚のCDと、そして4枚のDVD、
こればかりでは、ちょっと疲れも出てきた。

なににも増して、いまやステージの主役となる、
BABYMETAL RESISTANCEの名曲の数々、
これのLIVE版が出ていないのである。

もしかして、WEMBLEY ARENA、の、
あるいは、東京ドームの、DVD発売を予定しているのだろうか。

待ち遠しいばかりである。

という訳で、俺は再び、ベビーメタル。

超絶壮絶なメタルの綴織りの中で、
天使の歌声に包まれては、いつしか、世界が遠のいて、
いつしか降りる駅さえも、忘れているのである。








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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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