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日本のロック列伝 ~ RC サクセション

Posted by 高見鈴虫 on 27.2016 音楽ねた   0 comments
はい、RCサクセション
確かに長らく触れていませんでしたね。

ただそう、RCサクセション、
俺的には、永ちゃんとならんで、まさに、鬼門。

あまりにもあまりにも、リアルにあの時代を思い出してしまう、
という、その因果から、
実は長い間、封印されていた、まさに、開かずの間、でした。

ただ、はい、あの時代、RCでした。
なにからなにまで、まさに、RCの世界、まったく、そのもの。

そして実はこのRCサクセション。
わたしの経験した中で、最も凄まじい神降ろし、でもあったのです。



改めて言います。

RC サクセション!

このバンド、本当の本当にすごかったんですよ!

まさに、日本のロックの、夜明け。

よーこーそー、のイントロが始まった時には、
まさに、客席は空っぽ。
会場いる全員が全員、席の番号の書いたチケットから、
荷物から冬物のコートから財布から、
男の子も女の子も良い子も悪い子も暴走族も学級委員も、
つまりは日常というもの、そのもの全て、
いっさいがっさいを投げ捨てて、
ガードマンの静止を振りきっては殺到するステージの下。

さすがにハイプこそは起こらなかったものの、
まさに、モッシュ。
シカンのカラテブのバイトのガードマンの、
なんてのと掴み合いをしながら、
ばかやろう、ロックだこのやろう、
と、そんな、般若面のガードマンに、愛し合ってるか~い!

赤点上等、謹慎覚悟の停学確定、
ただそう、まさにこのRCこそが、
自由、のちょっとした象徴であったかと。

そしてロックのもとに全てがはじけ飛んだ、
あの瞬間こそは、日本のロック元年、と言えるものだったな、かと。



そう、RCのライブで、歌なんて聴いてなかった。
全部が全部、なにからなにまで、完璧に覚えていたから。

最初から最後まで、ギターソロからドラム・ソロに至るまで、
なにからなにまでをすべて、ひとつのこらず、一緒に歌っていた。

そんな奴らばっかりの会場で、

きよしろー、歌詞間違えたぞ~、
なんて、そんなことを叫んでは、
それを、アレンジ、というんだぜ、ベイビー、と言い返されて。
だったら先に言ってくれよ、べいび~、と笑えば、
先に言っちゃったら、ロックとは言わないんだぜい!
思いつきでやるからロックなんだぜぃ、べいび~!(爆!!!

そんなステージと客席の会話が、実際に成り立っていた。
そして観客は、そんなステージのメンバーを操る、
主役の一人、あるいは、指揮者でさえあった。

そんなRCサクセションのライブ。

ライブの終わった後、ぎゃあああ、面白かった~と騒ぎ回る仲間の、
その顔の真ん中に、なんと靴跡、の波線。
ステージの上からガードマンに顔を蹴られていたらしく、
うっし、落とし前だ、で、そのガードマンさんがどうなったのか・・・

そんなRCのライブ、俺は何回行ったのか、思い出せない・・数えきれない・・



それまでのロック界、
矢沢永吉という、暴走族の暴走族による暴走族のための、
なんていうカルト的な祝祭空間も無かった訳ではないのですが、
一般的な意味では、
日本はまだまだロック後進国。
ともすると、椅子に座ったまま、シラフのままで、
おとなしく拍手を繰り返しては、メモなどさえもとってしまう、
そんなプールサイドの評論家風情のリサイタル形式であった日本のロックに、

いきなりあの神降ろしの熱狂を、これでもか~とぶちまけたのは、
まさに、あの、RCサクセションが最初、だったのではないかな、と。

結果、全国の会場から苦情が殺到。
殺到しながらも、発売と同時にチケットは売り切れ。
全国津々浦々、屋外球場から公民館までも、
くまなく回り回って回り続けながら、
愛し合ってるかい~、ロックって凄いだろ?自由って最高だろ?
と叫び続けた、忌野清志郎。

俺は高校の頃、本当に授業をサボった屋上で、
ヤニを咥えながら、トランジスタ・ラジオ、ならぬラジカセで、
FENを聴いていたんだぜ。

俺があの子を誘ったのは、不良に引きずりこむためでも、
あわよくばそこでチョメチョメ、なんてことなんか、では(多分)なくて、

ただただ、この気持ち、この場所で俺の感じたその気持を、
あの子にも知って欲しかった、ただそれだけだったんだぜ。

はい、このRCサクセション、
思い切り、もろに、生活そのものが、
実は当人は、その旨のうちは、
シド・ビジャスジム・モリソンで、ルー・リードで、そして、ジョン・レノンであり、キース・リチャーズで、
あるいはしょーけんであり、えーちゃんであり、
横浜銀縄のつもりではあったがなかったが、
実際には、その限界という意味でも、
俺たちは、やっぱり、良い意味でも悪い意味でも、
所詮は、RCサクセション、そのものだったんですよ。

そんな等身大のヒーロー。 RCサクセション。

まさに、親に追い出されては深夜の街。
ダチの車の中にしけこんで雨粒を眺めながら、
ねえ、この先、どうするの?
心配すんなよ、どうにかなるさ。してみせらあ、するしかねえだろ?
そんな会話を、実際に、していた、していたんだよ。

バンドマン、歌ってくれよ、
俺達のこのみじめな門出を、思い切り祝ってくれるのは、
あんたらしかいねえんだよ、と、誰もいないダンスフロアで、
スロー・バラードを踊った、そんな時代が、実際にあったんだぜ。

はい、俺たちにとっては、RCだったんですよ。
まさに、RCこそが、俺達の気持ちを、あるいはあのやるせない日常というドラマを、
そのまま歌にてくれた、バンドマン、であった訳です。



という訳で、長らく封印していたこの脳裏に、
いまになって、鳴り響き始めた、RCサクセション、
まさに、日本のロック!

ああ、やばい、やばい、始まってしまった、
リンコワッショーのベースのライン。
ニーダコーゾーのフィルが、
そして、そしてチャボのギターが、小川銀次が!!!
そして、あああ、きよしろ~、ぎええええ!

構うことはねえ、土曜の夜だ、ロックだ、RCだ、やっちまえ~!

がそう、そんなRCのライブが、ラフィン・ノーズの悲劇の後は、
あの日比谷の野音でさえ、席を立つことさえ許されなくなってしまった、
お陰で、コンサート半ばにして、ご退場願います、
なんだとバイトのくせしやがって、てめえ死ぬ気で言ってんだろうな、
なんてことにもなって、演奏がしばしストップする、なんていう事態が・・



ゲンパツはいらねえ、ぎゅーにゅーがのみてー

へいへい、WE ARE タイマーズ!タイマが大好き~

まさに、忌の際まで、ロックでありつづけてくれた清志郎。

まさに、ロックの聖人、であったと。

いまさら、こんな臭いことば、言いたくはないのだが、

青春をありがとう。

そんな言葉を贈れるのは、やはり、清志郎、しかいないんだろうな。

安らかに、なんて、言わねえぞ。

そこで待っててくれ。俺がそこに行くまで。

そして思い切り、また、あの、日本語のロック!一緒に歌わせてくれ!

あんたを死んだなんて言わせねえぞ。
ずっとずっと、俺のこの胸の中で、
思い切り、永遠に、歌って歌って歌って、
飛び跳ねさせてやるからそう思ってくれ。

忌の際まで、日本のロック!俺は死んでもやめねえ!



ああ、書いてしまった。
ついに開けてしまった禁断の扉、日本のロック!

ってことは、

この先、
アナーキー、から、スライダースから、暗黒大陸ジャガタラから、
テンソーから、子供ばんどから、カルメン・マキから、
憂歌団からブレイクダウンからサウストゥサウスからサンハウスから、
なにからなにからなにからなにから・・・ああああ、頭がパンクしそうだ。

RCに触れてしまったからには、この先、
日本のロックの全てを、書き綴らねばならないのか?

ああ、もういやだ。それだけは御免だ、許してくれ。

一生かかっても語り尽くせない、俺の日本のロックは、

俺、この俺、この俺そのものなんだから。

なので後は頼んだ。

勝手に語ってくれ、あんたのロック、日本のロック、つまり、あなた自身を・・・









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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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