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初めてやられたBABYMETAL ~ このベビーメタル熱とはいったいなんなのか!?

Posted by 高見鈴虫 on 07.2016 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments
ロックイン・ジャパン で 初めてベビーメタルを体験した方々から、
驚きの声が続いている。

んだこれ、
すっげええ、
わけわかんねえ
とにかくすげえ、
とりあえず走ってみる
ぎええええ
むちゃすげえなんかすっげええすっげええすっげええすっげええ

ただただ、凄い凄い、ばかりの、ベビーメタル。

そう!だろ?
そう、そうなんだよ、俺もそうだったんだよ。
ベビーメタルが登場した、その途端、
もう頭カランカランで、まさに、なんじゃこりゃ~って叫びながら、
ただただモッシュの中に揉まれ揉まれて大騒ぎ。

そこでなにが起こったかなんて、まるでなんにも覚えてなくて、
自分でもなにをやってたかなんてさっぱり覚えてなくて、
ライブが終わった時に思ったことってのが、

うひゃあ、助かったあ、まだ生きてるぜ・・・

後になってYOUTUBEの動画を見返しながら、
あああ、そうだったあ、そうそう、この曲、やってたよなあ、と。

なんだよそれ、ベビーメタルをせっかく目の前にしながら、
なんにも見てなかったの?

いや、見ていたよ、みたみた。
神バンドも、そして、ゆいちゃんも最愛ちゃんも、
あの、目の眩むような笑顔も、見た見た、見たさ。
いまも脳裏に焼き付いてる。
うへえ、ほんと、まじ、まじで、可愛かった、
すげえええ可愛かったよベビーメタル。

だたそれだけ?ただそれだけなのかよ。
言ってくれよ、いったいなにを観た?
なにがあったのベビーメタル?

だからそれが判らない。いったい何があったのか、
自分の身体に何が起こってしまったのか、
さっぱり判らない。

ただ・・ただ、言えることは、
あれ以来、頭の中に、胸のうちに、
まるで、充満してしまったように、
ベビーメタルの歌、

つまりは、スーメタルの、中元すず香の声が、
ずっとずっと、流れ続けている・・・ それだけは確かなんだけど・・・

それってまるで熱病のように、
まさにそれ、ベビーメタル熱・・

それが冷めるどころか、
日に日に悪化の一途を辿るばかり・・・




ベビーメタルのファンがなぜ熱狂するのかって?

そして、そんな熱狂の渦に巻き込まれた人々が、
一人残らず、重度に感染するこのベビーメタル熱って奴。

という訳で、そんな衝撃を共有するものとして、
ちょっとした先輩ヅラなんてのを晒させて頂ければ、

そりゃおまえ、ベビーメタルが、心の歌、だからだよ。

心の歌。。

つまり、ベビーメタルは、心に訴える、という事実。

ベビーメタルの歌は、心に触れる。
それを、直接、鷲掴みにする。

ベビーメタルはまさに、心を、震わせる、からなんだよ。

心? 心って、いったい、なんだよ。。。

フジロックで、あるいは、ロッキン・ジャパンで、
初めてベビーメタルを知ったその衝撃の中で、
カランカランになった頭の中で、

果たしてあのベビーメタル、いったいなんだったのか、
そう思い返しながら、
今更そんなこと、

つまりはこの打ち震え続けているこの熱、
あるいは、いまだに熱を持って慄え続けている、
この心って、いったいなんなんだ?

そんな根本的な疑問に、思わず立ち返ってみたくもなる、
そんな気持ちに、なったりもしないか?




改めて言えば、ベビーメタルの本質、
それは、心の歌、である。

ベビーメタルは、音楽であって、しかし、音、ではない。
ベビーメタルは、波長でも、周波数でも、数字でさえ、ない。

つまり、ベビーメタルは、
データ、あるいは、プロツールでは測れない、心、ってもの、
つまりは、目に見えないもの、
誰もがその胸の中に抱えながら、
それが、自分自身の中心、と判っていながら、
しかし、
誰ひとりとして、それを形にすることさえできない、
そんな、心、という存在。
その訳の判らない、人間の心、というやつ。

ベビーメタルは、その心に、直接作用する、力、を持った人たちなんだよ。

つまりはそう、ここ数十年来の音楽シーン。

モニターの画面に、波長として並んだ、音、というデータを、
切ったり貼ったり、結んで開いて、押して戻して、
目の前にずらりとならんだその「ツマミ」
指先でちょいちょいと回して戻してするそのLEVEL。
デジタル表示に、上がって下がってするその」値:VALUE」のカウンター。

いやあ21世紀、本当の本当に便利になったもんだよな。
なんてったって、
楽器なんて演奏できなくてもさ、
あるいは、楽器のひとつも演奏したこともない、
音楽理論どころか、ABC も ド・ミ・ソさえも知らない、
そんな自称音楽通たちが、
楽器の習得の手間暇をすべてかっ飛ばしては鼻でせせら笑って、
そんなことできなくて、そんな苦労などすることもなく、
音楽ってのは、こうやって、
他人のふんどしを切り貼りするだけで、
つまりは、銭さえかければいくらでもなんとでも、
でっちあげられるものなんだぜ。

そんな嘯きを、才能、と勘違いした、
そんな音楽の冒涜者たち、
つまりはそうやって捏造される音楽の残骸を、
$売上げ$ というゲームの得点ポイント・ゲッターと勘違いしては、
暴走の限りを尽くしてはドンづまった、この音楽界。

そんな$音楽$、というものが、すっかりと忘れていた、
つまりは、心。

その心を、震撼させるなにか、
それを、思い出させてくれたのが、
まさに、ベビーメタル。

ベビーメタルを聞いて改めて思い知る、
音楽の目的とは、
つまりは強いて言えば、
音楽によって導かれる、
あるいは、音楽によって気付かされる、
人間という生き物の、コア。
その中心しなるところの、心、というもの。

その存在に気づかせてくれた、
あるいは、思い出せてくれた、
ベビーメタルは、
また、懺悔の後に光明がさすような、そんな人々。
つまりは、救世主。



改めてこの、心、という奴。
この摩訶不思議なもの。
それは確実に人間の中に存在し、
存在しながら、それに誰もが気付いていながら、
しかして決して、形にすることができなかった、
ましてや、波長にして可視化したり、計測して測定したり、
あるいは、切ったり貼ったり、入れたり出したり、
ここをガバっとカットして、んで、こっちを、どさっとコピーして、
それを二回四回、八回一六回。。

そうやって擦り切れるだけ擦り切れて、
陳腐の坂を転げ落ちてくばかりの$音楽界$。

違うだろ?
そもそも音楽の目的って、そんことじゃなかった筈だろ?
そんなことが一切できない、
つまりは、目に見えない、数字で表すことのできない、
それでいながら、実は人間の、その行動原理の全てを司る、
つまりは、音楽を感じ、それを受け取る、その心、という奴、
それを形にするのが、音楽の目的じゃなかったのかよ。

ベビーメタルが触れたのは、揺れ動かしたのは、
まさに、その、心、だった。
ベビーメタルに、触れられて、
ここのところずっとずっと、長いこと、震わせることがなかった、
あるいは、ともすると、その存在自体も忘れかけていた、
心という存在。

あるいはそう、世にある現象、
その全てを透明化、可視化、することばかりに躍起になっていた、
この現代という潮流の中で、
そんな人々に、いきなり水をぶっかけては、
まるで稲妻で串刺しにしたような
見事なちゃぶ台返しを演じてみせたこのベビーメタル現象。

ねえ、わたしたちは、人間でしょ?
気持ち、いっぱい、あるんでしょ?
心があるから、人間、なんでしょ?

そのあったり前田のバックビートの中に、

あああああ、そおおおおだったああああ、と思わず呆然自失のライトニング・ストライク。

身体中に電流が走るように、心、の存在に気付いてしまった人々。

ベビーメタルが、これほどまでに人々を熱狂させるのは、

つまりはそう、

ベビーメタルが、波長でも、可視化されたデータでも、透明化でも客観性でもなく、
あるいはそんなもの、すべてを覆して、
いきなりその原則、つまりは、心、という奴そのものを震わせる、
震わせることのできる、音、ではなく、音楽、でありえたから、

だからじゃなかったのかよ。

譜面を追っているだけじゃそれはただの音、なんだよ。
そこに魂を吹き込んで、初めて、音楽、に成りうるんだよ。
魂を吹き込んで初めて、心に触れることが、できるんだよ。

魂ってなにか?
心ってなにか?

それはどうやってやるの?マニュアルとかあるの?普遍的データとして証明できるの?

それが、できないからこそ、魂とか、心とか、なんじゃないのか?

ベビーメタルの謎に挑む人々は、ただたんに、その音楽の目的、その大原則、

つまりは、魂とはなにか、心とはなにか、人間とはなにか、あるいは、神とはなにか、

その疑問、つまりは、人間というものが産まれて以来、ずっとずっと、追い求めてきた謎。

ねえ、ベビーメタル聴くといつも思う、この慄えるようななにかって、いったいなんなんだろうね?
なんで、ベビーメタルは、それを奮わせる、ことができるんだろうね?

そんなありふれた、ありふれていながら、いまだに誰も解明されていない
人間としての究極的な謎、その命題。
ベビーメタルによって突き動かされた、この心とは、いったいなんなんだろう、
そんな命題に、ただ立ち返っただけ、それだけの話しなんだよ。



という訳で、世に棲まう、全てのミュージシャンが、全てのパフォーマーが、
全ての表現者が、そして、すべての人間、人類というこの摩訶不思議な生物が、

いま、ベビーメタルを前にして、再び、人類発祥以来の謎解きに立ち返ったのである。

魂とはなにか、心とはなにか、そして、人間とはなにか。

そして、ベビーメタルを知って以来、永遠と繰り返されるこの命題、

ベビーメタルが、触れることのできた、人間のコア、あるいは、聖域。

なぜ、ベビーメタルには、それができた、のか?



という訳で、あまりにも当たり前な、
ありにもありふれた、あまりにもバカバカしくも、
しかし、誰もことのできないその疑問。

ベビーメタルとは、いったい、なんなのか?

たかだか半年足らずのこのベビメタ熱の中で、
馬鹿な頭で考えぬいて至った、いまのところの結論って奴を、
恥を承知で再び、ご披露さえて頂ければ、と思う。

ベビーメタルの、特異性、あるいは、その秘密の真髄とは?

それは奇しくも、ベビーメタルの中核である、スーメタルこと、中元すず香嬢が発した、
あの言葉に、すべてが凝縮されている。

「ねえ、みんなの声聞かせて! 一緒に歌ってくれる?」



俺はこのどうしようもない人生の、そのほとんどの時間を、
いかに、上手にドラムという楽器を操れるか、
そればかりに固執しながら、
しかし結局、自分で満足の行く結果、にさえ至ることのできなかった、
クズの中の屑。
そんな目に見えないものに、人生の全てを注ぎ込んでは敗れ去った、
馬鹿の中の馬鹿、徒労の中の徒労の、
そんな絵に書いたようなルーザーである。

その原因、つまりは、LESSON LEARNED、
原因の特定と分析と究明と対策。
ドラムという楽器から遠ざかってすでに何年を経た今になっても、
その轍から抜け出すことができない。

そんな俺が至った、ひとつの回答が、実にこの言葉である。

「ねえ、みんなの声聞かせて! 一緒に歌ってくれる?」

改めて、俺の追い求めていた、音楽という幻想とはなんだったのか。

上手に演奏がしたい。二つを三つに、四つを、五つに。
90を120に。120を240に。
強さを、弱さを、速さを、遅さを、そして長さを短さを、
その自己の限界に挑戦しながらも、
その挑戦を続けるその源、あるいは、理由とはなんだったのか。

つまりそれ、結局は、虚栄心、あるいは、ちゃちなプライド。
そして俺が敗れ去ったその理由とは、
ぶっちゃけた話、その自閉、にあったのではないのか?

俺は、そのちんけなプライドを増幅させれば増幅せるほどに、
自己を開放する、という命題から遠ざかっていただけ、ではなかったのか?

その至った先、というのが、
ああ、そんなことは、ほら、この波長の中で、ここをこうして、コピー&ペイスト、
ほら、どうだ、ちょっと、スネアが溜まって、バスドラのキックが強調された、
そんな気がするだろ?だってほら、この周波数、これが、ほら、ここと比較すると・・・



音楽が忘れていたもの。
社会が忘れていたもの。
そして、人間が忘れていたもの。

それがいつからなのか、なにゆえになのか、
しかしながら、いつしか、忘れ去っていたもの。

その全てが、実はこの一言に表されている。

「ねえ、みんなの声聞かせて! 一緒に歌ってくれる?」

改めて言う。

音楽の命題とは、あるいは、心の、魂の、そして神への命題、
その全てが、この中元すず香の発した、この言葉に凝縮されている。
その事実に、気づいた方々。

そうあなた。

その日本語のメッセージに、思わず涙を流す、あなた。

なぜあなたは、この言葉に涙を流すのか。

俺の場合はそう、この言葉こそが、音と音楽の違いだから。

人間と、AI:人工知能の、
あるいは、そう、つまりは、人間の心の、魂の、その本質だからだよ。

つまりそれは、

人が、人に、なにかを、伝えたい。
伝えたなにかを、また、受け取りたい。
そしてそれを、一緒に、分かち合いたい。

ベビーメタルが揺れ動かした、人間の心、というもの。

なぜベビーメタルがそれを成し得たのか。

結論はそれだ。

「ねえ、みんなの声聞かせて! 一緒に歌ってくれる?」

人になにかを与え、その答えを受け取り、そして共有する。

そのあたりまえのプロセス、そのあたりまえのプロセスに歪みが出たところに、
そのあたりまえのプロセスへの歪み、その疑念の暴走の果てに至ったのが、
現代のこの姿、つまりは、
客観的な可視化されたデータの中に、という例のこの聞き飽きた茶番。
あんなあ、そういうデータってのは、
本質を見出すための、というよりは、実はその逆、
本質を煙に巻くための、ただの言い訳、そのための星の数ほど複製を繰り返す、
そんなまやかしのペテンの言い訳の、その一つに過ぎないんだよ。
なぜそんなことに気づかないんだ。なぜそんなことに騙されてしまうのか。
客観視出来る可視化されたデータなんてのは、すべて詭弁。
真実をどうやって包み隠すか、そのペテンを土台にしているんだぜ。
つまりは、既に知った結末に向けての誘い水に過ぎない、と。
やっている俺本人がそう言っているんだから間違いはねえってよ(笑



ちゅうわけで、そんなことはいまさら言われなくても判っていた、筈だろ?
判っていながら、それがなんなのか判らない。
判らないながらも、それがなにか知りたくて知りたくて、
そしてこうして、今日も明日もベビーメタル。

そして思わう、見惚れて聞き惚れて、そして思わず揺れる身体に、滲む涙に、
ねえ、これっていったいなんなのかな?と改めて首をかしげるベビーメタル。

ベビーメタルのファンと、初音ミクのファン、その違いっていったいなに?
なんで、ベビーメタルのファンって、こうも熱心過ぎるの?
なんで、ベビーメタルのファンって、朝の6時に起きて開演と同時にステージ前に陣取って、
そして、目も眩むような、意識も遠のくような炎天下の中で、
まるで、地響きを立てるようなモッシュを繰り返したり、そういう馬鹿なことをするの?
まったく訳が判らない・・・

そんな疑問を持つ方に、改めてお伺いしたい。

あなたに、心は、ありますか?
あなたは、気持ちを、どれだけ持っていますか?
その心を、気持ちを、魂を、つまりは、あなた自身を、
あなたはどれだけ愛していますか?

ベビーメタルが揺れ動かすのは、まさにあなた自身、の心、である。
ベビーメタルの放った光を、反射させるのは、己の心の輝きである。

あなたの心が曇っていれば、ベビーメタルの光は乱反射するばかりで、
あるいは、可視化した透明化した客観的なデータの、
なんて自閉に逃げ込もうとする、結局のところただ対人恐怖症なだけのテクヲタ、
あるいは、
あいつのこいつのこいつらのあたしを馬鹿にして舐めてるんじゃないのか、
ってなところでぐるぐるしている自虐的感情論者。
あるいは、これにこうしてちょこっと揚げ足取りの中傷カキコでいくら貰えて、
つまりは、ペテンを必要悪として黙認することを社会正義と解く、
そんなヤマ師にすっかり騙されたアホ。
そんな現代社会の屑、あるいは哀れな残骸、
その腐ったカニバケツの底に世界の全てを引きずり込んでは、
その腐臭の中でかき集めた汚水を美味しい汁と勘違いしながら、
既得権益の独占に躍起になる、そんな現代の吸血鬼のような方々。

ベビーメタルのその輝きは、そんな闇に巣食うバンパイヤのような奴らにとっては、
まさに、立ち込めた黒雲の中から差し込む、一条の眩しい陽光。

あるいはそう、あの中元すず香嬢の姿こそが、まさに、十字架、なのではないか?

だからこそ、あなた達はこのポニーテールの少女たちを、これほどまでに恐れ続ける、
それがその理由なのではないのか?



人間は、たかが肉の塊りだ。
ただ、そんな肉の塊が、
時としてダイヤモンドにも似た輝きを示すことができるのは、

そこに、心が、あるいは、魂が、あるからだ。

人間はただの肉の塊りではない。そこに心が、魂がある限り。

そして、その心は、魂は、空を飛ぶことが出来る。海を渡ることができる。

それを与え、受けてとり、投げ返し、それを共有することができる。

ベビーメタルが、なぜ人々をここまで熱狂せしめるのか。

そこに、心、があるから、なのだ。

その心の本質とはなにか?

それはつまりは、CALL AND RESPONSE

「ねえ、みんなの声聞かせて! 一緒に歌ってくれる?」

それこそが、人間が忘れていた、その本質であるに違いない。

その本質を隠し、卑下し、貶め、
それを忘れるようにと罠に嵌め、
それを忘れたところから始めようとさせていた悪巧み。

ベビーメタルの歌は、現代人が迷い込んでいるその迷宮からの、
一つの脱出口、つまりは、救済なのだ。

その救済の本質とは?いまさら言うまでもない。

心、その人間の本質である、心、魂、そのコール&レスポンス。

善なる心を分け与え、善なる心を分かち合う、魂のレスポンス。

人間ってのはどうしようもない生き物だ。
不純で、卑しく、強欲に塗れ、闘争心の塊りの、残酷極まりない、ただの糞袋。
そう思った人々が、社会の規定の中に、悪なる人間たちをがんじがらめにしては、
好き放題にすりつぶしては「利用価値を高めよう」などと空論を振り回す。

そんな魂を失った人々にとっては、人間個人個人の中に潜む、
その善なる心、それこそが、まさに、ドラキュラに向けられた十字架、なのだ。

ベビーメタルによって揺れ動かされた、その心、その心について、もう一度考えて欲しい。

ベビーメタルによって、揺すぶられ、煤を払われ、つまりは、洗われて、
瑞々しい光を取り戻したその心が、いったいなにを求めているのか、
改めて、考えてみて欲しい。

「ねえ、みんなの声聞かせて! 一緒に歌ってくれる?」

なぜ?なぜ、あの天使の言葉が、ここまで、心、を揺さぶるのか?

その理由は、ただひとつ、そこに、愛 があるから、だろ?

だったら愛ってなに?と、問うことからしてナンセンスだ。

それはつまり、あなたがいま、目の前で見て、そして体験したこと。

ベビーメタルが好きだ。
ベビーメタルに感動した。
ベビーメタルになにかを伝えたい。
ベビーメタルとなにかを共有したい。
ベビーメタルに幸せになって欲しい。
ベビーメタルと幸せを分かち合いたい。

俺は、わたしは、ベビーメタルが好きだ。凄く好きだ。
どう言っていいか、なにをしていいか、さっぱり訳わからないけど、
だからこうして、砂埃の中を走り回ったり、なんてしてるんだけど。

言ったかったのはただひとつ。
ベビーメタルに感動した。
ベビーメタルに揺り動かされた。
ベビーメタルが好きだ。凄く好きだ。
好きすぎて、こうして走り回る以外、なにもできない。

それを、ひとつの、愛のカタチ、って言うんじゃないのかな?

愛とは、ベビーメタル。

ベビーメタルの中にこそ、その愛を、見つけることができるんじゃないのか?

ベビーメタルによって気付かされたこと。

つまりは、心、あるいは愛。

人間ってのはね、心の生き物。ただの肉でも、ただの糞袋でもないだぜ。

そこに、心、あってこそ、の人間。

そしてその心を輝かせるのは、愛。

ベビーメタルを体験して、気付かされたのは、まさに、そのこと、なんだよ。

まあ当たり前のことなんだけどさ。
当たり前のことだからこそ、わけわからないんだけど。

で、そう、ひとたび、ベビーメタルを知った人々が、
まさに、中毒になるほどにベビーメタルを求め続けるのは、

つまりはその心、あるいは、愛を、見失いたくないから、なんだよ。

強いては、それを見失わせようとするこの邪悪な社会と、戦い続けているっていう話でさ。

それを俺たちは、ベビーメタル・レジスタンス、と呼んでいる、と。

そういう訳さ。



ベビーメタルとは、心の歌。
心を揺さぶる、心の存在に気づかせ、それを洗ってくれる、
そんな唯一の存在。

それに気づかせてくれた、まさに、人類の宝、なんだよ。

ベビーメタルを大切にしよう。

ベビーメタルによって開かれた心の扉。

まるで身体に羽根が生えたような、あの高揚感、あの解放感を、忘れないように、
ベビーメタルを聞き続けよう。

ベビーメタルが鳴り止んだ時、
WHEN THE MUSIC'S OVER。。。

世界の灯りが消えてしまう。

そう思っているのは、俺だけではない筈だ。

そうならないためにも、互いの心の存在を、認め合おう。

「ねえ、みんなの声聞かせて! 一緒に歌ってくれる?」

あるいはそう、

なにをぐだぐた、くだらねえこと書いてるんだよ。

ベビーメタルの教えてくれたこと?

つまりそう、この一言。

生きているって、すっげええ、楽しい!

それこそが、ベビーメタル レジスタンス なの  DEATH





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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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