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GOD SPEED YOU! BABYMETAL! ~ ベビーメタルが体現するロックの真髄 

Posted by 高見鈴虫 on 13.2016 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments

実は例の、LAのダチ、
なにも知らないままに、
BABYMETAL LOS ANGELES
THE WILTERM のギグに叩き込んでくれた、
あの哀れなロック馬鹿一代男。

ベビーメタルを体験したその感想を、
「宿題」とさせてもらっていたのだが、
予想通りというかなんというか、
未だに回答がない。

生きてはいる。
早く感想寄越せ、とテキマを送る度に、
いま考え中、と返ってくる。

あの無法者を絵に描いたような男には、
徹底的に似合わない、この、「考え中」、
という言い草に、
奴の葛藤のその凄まじさ思い知る気がして、
思わずちょっと、ほくそ笑んでしまっている、
そんな意地の悪い気持ちも、あったりなかったり。

そう、彼の中でなにが起こっているのか、
その葛藤の様、
そして、その思考回路から変遷さえも、
まさに手に取るように判る気がするのである。

俺達は同じステージを共にした戦友なのだ。
つまりは美意識を共有している、という事、
強いては互いに底が知れている、という奴。

ガンズとストテンとモートリー・クルーと、
モーターヘッドと、AC/DCにZZTOPに、ジューダス・プリースト
ぶっちゃけそれは、バイカー・ロック、
無毛者の無法者による無法者の為の、ロックという音楽、
その美学に象徴される、その権化のような男。

そんな、まさに、ロック馬鹿一代、で生きてきた、
正真正銘のロック馬鹿の中のロック馬鹿野郎が、
まさか、このベビーメタルに、ぶっ飛ばない、訳がない。








という訳でそう、奴は奴で、
俺が初めてベビメタを知ってからのあの葛藤を、
いまもなお、悶々と繰り返している筈だ。

ただ、ベビーメタルに受けた衝撃は、
考えてばかりいても、結論など出るわけがない。

それを素直に認識し、分析し、そして昇華させるためには、
まずはその衝撃の深層たる、己の美意識の拠り所を再確認する必要があるのだ。

その辛く長い葛藤を経て、その衝撃を噛む砕き飲みくだし、
消化して初めて、新たな価値観を血と肉として吸収しては、
強いてはそれを還元し、そして作品として排出、
あるいは、抽出することができるのだ。

俺の場合に限って言えば、
俺は正直に、ベビーメタルを前にした時、
これは、ヤバイ、と思った。

これはまさしく、とんでもない価値観の大変換。
まさに、惑星大衝突ではないが、
ロック馬鹿、その存亡の危機、
これまでの美意識のその全てに抜本的な変革を求められる、
その事実を、その危機的なまでに切実な状況を、
これでもか、と思い知ったのである。





考えても見ろ。
このロックという音楽は、まさに世界一の無法者の美学、
つまりはアニメだ、アイドルだ、ロリコンだ、
なんて世界からは、最も遠い所に存在する、
まさにそんな美学であった筈だ。

だがそんな遠い存在である筈のベビーメタル、
このふざけたロリコンのアイドルの、
ともすれば、
あの気持ちの悪いAKBやらモーコやら秋元やらの、
キモデブのドルヲタのうじゃうじゃ群れた、
訳のわからねえげーのーかいのジャパニメの・・

はっきり言って知った事じゃねえ、どころか、
そんな奴らを以ってロック界に殴りこんで来たベビーメタル、
こいつらマジで、ロックを、つまりは俺たちを、舐めてるんじゃねえのか!?
そんな事さえ思った、
そのあっけらかんと笑う赤いスカートのお姫様。

それが、である。

その目の前に見たベビーメタル。
紛れもしないそのポニーテールの天使たちのステージは、
これまで観てきたどんなロック野郎の、どんな壮絶なライブよりも、
壮絶且つ鮮烈、破壊的なまでに衝撃的な、
まさにロック、ロックそのもの。

俺の愛してきたあの無法者の無法者による無法者の為のロック、
その美学が、ガラガラと音を立てては瓦礫と化す、
ベビーメタルはまさに、そんなとてつもないライブを、
これでもか!とばかりに叩きつけてきた、
それはまさに、ロックの完敗の、その瞬間であったのだ。



という訳で、ベビーメタルを知ったその衝撃を、
俺は素直に、愚痴、として吐き出すことにした。

吐き出さないことにはどうしようもないことは、
自分でもよく判っていた。
判っているからこそ、その葛藤の全てを、
吐き出しに吐き出し尽くした。

それはまさに、愚痴の糞だまりだった。
言い訳と泣き言と、詭弁と欺瞞と屁理屈を、
これでもかと並べたてては、
そうやって、この混沌とした胸の内を、
なんとか整理しようと、
あるいは、吐き出して吐き出し尽くしたときに、
いったいなにが残っているのか、
自分でもまるで見当がつかなかったのだが、
その行き着くところが、いったいどこであるのか、
いまだによく判ってはいないのではあるが、
取り敢えずは、このベビーメタルの衝撃から、
自分自身に起こる変化を記録することによって、
その衝撃を見極めるべき、と思ったのである。





そう、俺達はロックの申し子だった。
そんな俺達にとって、
こうして辿り着いたアメリカは、まさに ロック大国。
アメリカこそはロックの大陸であった筈。
そして、俺達の過ごしたアメリカは、
その期待を裏切らなかった。

ガンズ、ニルヴァナ、ストテン、
レイジに、ジェーンズに、モトリー・クルー。

見るからに思い切りヤバそうな奴らが、
見るからに思い切りヤバそうな連中を相手に、
見るからに思い切りヤバそうなステージを、これでもか、と展開し、
麻薬と、暴力と、セックスと、
そのあまりにも破滅的なケイオス。
その破壊と再生の果てに、
ロックが自滅に自滅を繰り返し、
そして燃え尽きていく過程を、
この目で見てきた、そんな自負心さえも、
あったりもしたのだ。





そして、ロックが死に絶えた時、
いったい俺たちが、なにを求めていたのか、
それさえも見失ってしまった中、
ふと見れば世界は、まったく違う次元に、
あっけらかんと、移行していた。

そんな時代の溺れ谷に取り残されたまま、
俺はいつしか、姑息にも、仮想的世界の中に、
別の現実を生き始め、
そして、奴は奴で、
ロックの自滅と運命をともにする、
そんな選択を、選ばざるを得ないところに、
自分自身を追い込んでいった、
そんなちょっとしたドラマが、
あったかなかったか。










という訳で、あのLAのダチを叩き込んだ、
このベビーメタルというメガトン級のモンスターこそは、
そんな俺からの、まさに、悪意さえも感じられるほどの、
まったくどうしよもないプレゼントであった訳だ。

そう、俺達はステージを共にした戦友だ。
隠すところなどなにもない、そんな関係であった筈だ。

ベビーメタルを知って以来、俺の過ごしてきた七転八倒の日々を、
奴にも、そっくりそのまま味あわせてやりたい、
それこそが、俺の心からの、贈り物、あるいはそう、
悪意の塊、とまでいえる程の、
挑戦状、であったのかもしれない。

という訳で、

奴から連絡はこない。
当然だ、と思う。

俺たちはそう、ロック馬鹿一代である。
ロックによって、思い切り人生を狂わされた、
そんな馬鹿の中の馬鹿を自称し、
それだけが誇りであった、
そんな俺達である。

そんな俺達が、果たしてこのベビーメタルに、
いったいどの面を下げて対峙するのか、するべきなのか。

そんな答えが、簡単にほいほいと、出てくるわけなど、ないではないか。

そう、いまでこそ、ベビーメタルの親衛隊を自認する、
嘗てのロック野郎、つまりは、バンドヲタの諸氏。

そのほとんど全ての方々が、
まさに、俺の過ごしてきたあの七転八倒の葛藤、
あの時を、確かに経験されていた筈である。





そう、ベビーメタルは、あまりの衝撃だった。

なにが衝撃であったのか。

その美意識が、その美学、その方向が、
これまでのロックとは、
あまりにも、あまりにも、あまりにも、
まったくなにもかもが、
ふざけているのか、というぐらいまで、
かけ離れ過ぎていた。

過ぎていながら、
しかしなぜ、
俺達はこれほどまでに衝撃を受けてしまったのか!?

俺はそれを、
ぶっちゃけそれは、ベビーメタルが、
ただたんに優れていたから、と結論づけた。

その企画力から、方法論から、
その技術力から、意識から、根性から、
その実力から、その組織力から、
その構築方法から、
そして、なによりも、そのパフォーマーたちの真摯さ、
つまりは、練習のその密度の度合い、
強いては、音楽というものに対する真剣さ、そのもの、

全てが全て、あまりにも、
これまでのロックに比べ、ダントツに、優れすぎていた。

それはまさに完敗過ぎるほどの完敗。

ポニーテールのお嬢ちゃまを前に
薄笑いを浮かべては、やってられねえと肩をすくめていた無法者が、
ゴングが鳴ったと同時に、いきなり、
どこから来たかも判らないパンチ一発で、完全にノックアウトされた、
まさにそんな感じ。

その事実を、殆ど大抵のロック馬鹿達は、
素直に受け入れることができなかった、
そういう訳なのである。



ベビーメタルという赤いスカートを履いたお嬢様に、いきなり大の男が一撃でノックアウトされた。
その茶番とも言える完敗の中で、

俺はベビーメタルの特異性ばかりを挙げ連ねる、
そんな偏狭なロック馬鹿の逆を打ち、
ベビーメタルとロックとの、その共通点とはなにか、
そこに着目するべきだ、と考えた。
それはつまりは、
改めて、ロックの方法論とはなにか、
あるいはその美学の真髄とはなんなのか、
そこに立ち返ることを意味する。

改めて、ロックとはなにか!?

ぶっちゃけ、その構成、或いは方法論的には、
エレキ・ギター、エレキ・ベース、ドラム、の演奏をバックに、ボーカリストが歌を謳う、
とまあ、ただそれだけのものなのだが、

そこに例えば、8ビート、やら、
デカイ音、やら、
長過ぎる、或いは、短すぎる髪、やら、
生意気そうな面構え、やら、傍若無人な態度やら、
そんなものがないまぜになりながら、
そこにまさしく、

パワー あるいは、エネルギー が、
時として、暴力性を生み出すまでの、
相乗効果を成しうる。

つまりロックとはそんな音楽であった筈だ。





とまあ、そう言ってしまえばそれまでよ、
な訳なのだが、

そう、そこにまさに、忘れてならないのが、
まあ、俺、あるいは、俺のまわりのロック馬鹿に共通していた、
一つの真理。

このロックの魅力の中にあった、まさに「ドライブ感」と言う奴。

ぶっちゃけ、俺達は、
ロック馬鹿、であると同時に、
単車バカ、つまりは、スピード狂!
でもあった訳だ。

オートバイに象徴されるこのスピード感。
俺たちはまさしく、ロックという音楽の中に、
この単車でぶっ飛ばす、その快感と、
同一視、していた、のである。

この単車で思い切りぶっ飛ばす、
これを体現しえた音楽というのは、
まさに、ロックにしか存在しない。

自殺バイクのアクセル全開、
風に殴られるままに風そのものと化す、
これこそが、ロックの魅力の真髄でもあった訳だ。



そして、いま、改めてベビーメタルである。

この一見して、麻薬や暴力や、
ともするとエロチシズム、
なんてものからさえも遠く、遠すぎ、
つまりはこれまでロックの、
その看板的なものからは、
まさに対極を成す美学であったにも関わらず、
俺達がこのベビーメタルに心底打ちのめされたその理由とは、
実はまさに、その、スピード感、ではなかったのか、と思い当たった。



改めて言う。

俺はロックの象徴の中になにを見ていたのか。
そしてロックを失うことによって、
音楽からなにを見失ってしまったのだろう。

愛?平和?自由?創造性?
セックス?ドラッグス?バイオレンス?
革ジャン?長い髪?不遜な態度?

それは全て、表層的なものだ。

改めて言おう、
ロックを失った音楽界が失速したその理由は、
まさに、スピードだ。

スピードこそが、ロックの象徴した、
刹那性、暴力性、あるいは、解放感、
その、パワーの、「礎」 であったのだ。

スピード、その魅力。

俺はベビーメタルを知ってそれに気づいた。

そう、俺は、元来のスピード狂であったのだ。

ロックだ、グルーヴだ、裏乗りだ、ドラムのテクニックだ、
メタルだパンクだハードロックだ、
そんなもののまず最初に、
俺がロックに求めていたものは、まさにこの疾走感。

俺はスピードが好きだった。
なににもまして、スピードが好きだった。
いや、停まっている状態に耐えられなかったのだ。





改めて、暴言を承知で勝手に言わせてもらう。

疾走感、つまりは、スピードこそがロックの魂である。

スピードを失ったロックはロックじゃない、
と俺はそこまで言い切ってしまう。

ロックのビートの、そのドライブ感の、その疾走感の、その狂乱の、
真髄とはまさにスピード感、それに尽きる。

そしてこの、ベビーメタル。

ご存知のようにこのリズム、このビートである。

しかもそのドライブ感が、まさにハンパではない。





ベビーメタルの魅力の中に、
やれ、ユイ最愛の可愛さだ、すぅの歌の巧さだ、という意見が主流である。
たしかにそれも判る。判っていながら、俺は俺なりの持論を展開させてもらう。

俺の愛するベビーメタル、それはまさに、このスピード感。
この終わることのない、まさに、すべてを倍速回転にしたような、
まさに、あの自殺バイクで狂走する、時として視界がすべて、
風に流れて融和してしまう、あの、真空状態をも思わせる、
時として、錐揉み状態をも引き起こす、あの凄まじいばかりの疾走感。

俺がベビーメタルに痺れたのは、まさにその狂乱的なまでのドライブ感であった訳だ。

という訳で、俺は改めて、世界のロック馬鹿に聴きたい。

お前が好きだったロック、その名曲ってやつを並べて見ろよ。

そこにもしかして、スピード狂のパラダイス、そんなものなっちまったり、しないか?

そしてそんなスピード狂的ないままでのロックと、このベビーメタル、比べて見ろよ。

ベビーメタルのスピード感覚、まさにハンバじゃねえ、
まさに、そう、これこそが、21世紀のスピード、なんじゃねえのか?



とまあ、それが取り敢えず、今のところ俺が辿り着いた、現時点での回答である。

それこそが、世界中のロック馬鹿たちに、胸を張って言えること、でもある。

ベビーメタルのこの疾走感、このドライブ感、このスピード、まさにハンパではない。

そのグルーヴ、まさに、これまでのどんなバンドも成し得なかった、超絶的なドライヴ感、なのである。

それに気づいた奴ら。

賭けても良い、ベビーメタルの魅力に気づいた奴らのその殆どが、実は、スピード狂、であったりもしないか?

ロックの魅力のその一番に、このスピード感、を上げる、そんなスピード狂が、そろっていたりもしねえのかな?

そして、そう、あんたも、実は、そうだったり、しないかい?





ベビーメタル、そのステージの全てが、
実はこのスピード感、あるいは、疾走感に貫かれている。

あの超絶なまでのドライブ感の中で、
ステージは異様とも言える緊張にみなぎっている。
そのあまりに危ういバランスが、ひとたび崩れたとたん、
一瞬のうちに身体がバラバラに崩壊してしまいそうな、
そんな破壊的なまでの緊張感。

神バンドのあの壮絶なスラッシュ・メタル・ビート、でありながら、
その神業テクニックの中で、滑らない、つまりは、骨を失わない、
タイヤがしっかりと地を噛み、時としてウィリーを繰り返し、ケツを振りながらも、
そのスピード感の中に、確実な安定性が貫かれている。

そして、三姫。その踊り、そのキメキメの踊りの中で、
そのキメの真髄とは、まさに、細胞分裂のように繰り返され、
しかし、決して同じところにとどまらない、その変幻自在さ、
つまりはそう、スピード感、ではないのか?

そして、SU-METALの声。
バックの強烈なビートの中にあって、
すぅの歌だけは、全音を多用した、まさに流れるように響き渡るような、
まさにそれは、あの飛び散る視界の中で唯一絶対的に流れ続ける、
あの風、あるいは、世界、そのものを満たす、
夢のような解放感、あるいは、親和感である。

海岸通をぶっ飛ばしているあの時、
俺達が感じていた、あの絶対的なまでの永続性、
つまりは、ホメオスタシス、なのだ。

すぅのあの響き渡る声こそは、スピードの中で、
風に身体が溶けた、あの透明感覚の、体現ではないのか?

あの快感、あの至福感、
あの、一瞬の刹那の中に永久を感じる、あのホメオスタシスを、
俺達はベビーメタルの中に、感じているのではないのか?

ドルオタでも、ロリコンでもない、ロック馬鹿一代の俺達が、
ベビーメタルの中にみた何かとは、まさに、この、スピードの中の、
あの超絶的なまでの 解放感、
つまりは、身体そのものが風に変わる、、あの一瞬のなにか、ではなかったのか。





という訳で、「考え中」 を繰り返す、あの馬鹿野郎、
まだ気づかねえのかよ、と、ひとりほくそ笑んでいる、俺である。

バカヤロウ、海岸通りを、ベビーメタルを大音響で聞きながら、ぶっ飛ばしてみろよ。

そして、夜の風の中に、そして辿り着いた海、あの潮風の中で、THE ONE 聴いてみろよ。

忘れていたなにかを、確実に、思い出すぜ。

という訳で、種明かしだぜ、バカヤロウ。

俺はベビーメタルの中に、あの夜な夜な、ぶっ飛ばしていた、あの湘南の、辻堂の、茅ヶ崎の、
あの夜の海、あの、至福の時を、思い出していたのさ。

俺にとって、ベビーメタルはそんな音楽でもある。

まあ確かに、それだけでもないけどね。

ただそう、ベビーメタルはスピード狂のための音楽だ、それだけは確か。

ああくそ、単車乗りてえな、と、実はこの歳になって、
そんなことばかり考えている俺なのである。

GODSPEED YOU BABYMETAL!


またまた、最低最悪の戯れ言、失礼仕った。





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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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