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あの殺人狂の、自信満々な理由とは、つまりはこれ、と。

Posted by 高見鈴虫 on 23.2016 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments

いきなりだが、ちょっと、あまりにも、笑わせていただので、共有させて頂く。

かのゴーマニズム宣言でゆーめーな、ヨシノリ・コヴァヤシ氏によるこのご発言。

「下流老人の解決方法」

その締めの言葉、

「若者の迷惑にしかならない老人は安楽死するのが一番いい」

おおおっ!

いやあ、立派なご意見ですなあ。はいはい。

誰もが思っていながら、口に出せないその正論とやらを、
正義の味方のつもりで言い切った、と、まあそんなおつもりなんですね?

いやあ、偉い偉い、ぱちぱち、と。

で、

はーい、この論法、役に立たねえ奴は死ね、と。
ただこれ、
最近、どこかで、聴いた覚えがありませんかあ。

はい、そうですねえ、相模原のあの方です。

社会の迷惑になる障害者は、安楽死させるのが一番良い、

はい、あの殺人狂の、妙に妙にはつらつとした笑顔と自信満々なご態度、
その理由。

はい、あの殺人狂は、この、ヨシノリ・コヴァヤシ大先生のおしゃることを、そのまま、
老人を、障害者に変えて、ご実行された、それだけなんですよね。
ちょっと、順番が逆になりましたが、
あの殺人狂の方も、世界中の障害者を始末した後には、
次は老人、となったんじゃないでしょうか?

はい、そうです。

あの殺人狂の自信満々な態度は、こんなヨシノリ・コヴァヤシのような方の御墨付き、
なので、自分は世界に対して、とても良いことをやった、と思ってらっしゃる、と。

はい、そのとおりなんです。
あの不遜なご態度のその理由こそが、このヨシノリ・コヴァヤシさんの論調にある、と。

で、俺から、一言、しぬのはテメエだよ、このカスが、と。




で、なんだったら、
相模原のあの殺人狂の裁判に、このヨシノリ・コヴァヤシさんて人も、
弁護人として出廷してもらうってのはどうかな?

でそのご立派なご持論とやら、社会のためにならねえ奴は死ね、
と、思い切り吠えてもらったらどうだろうか?
で、傍聴席に、あんたの、老いぼれたご両親と、ご親戚一同も、
雁首揃えてご出席頂くというのはどうかな?

で、言ってみろよ、自分の血縁者に、おめえら、役に立たねえから死ね、と。

俺は実は、このヨシノリ・コヴァヤシってのが、
東大一直線で出てきた時から嫌いであったが、
そっか、いまはもう、殺人狂と同じようなことを宣いながら、
それにまったく気がついてない、
ただの、あぽーんってことなんだんだよな。

なんか、ちょっと、悲しくなるどころか、寒々としたものを感じる。
ってか、この人、まじに、病院はいったほうがいいんじゃねえのか?
つまり、そのご立派な妄想的正論と現実が、まったく噛み合ってない、
そういう分裂症的な方、なんじゃねえのかな、と。

ちなみに、老人は自然発生的に貧乏になったわけでも孤独になったわけでもねえだろ、と。
福祉を削って、その分、金持ちを優遇しまくった悪政の結果がこれ、というところまでは、
どうもお知恵が回らなかったってのは、あんたの頭が老衰はじめてるからなんじゃねえのか?

で、こんな妖怪野郎、
あの、ゴーマニズム宣言に騙されたいたいけなあぽーん少年も、
今となっては、にたような感じであぽーんな老人になっているんだろうが、
さあ、あんたの大好きだったヨシノリ・コヴァヤシから、
役に立たねえ爺は死ねや、と言われた、そのご気分は、いかがでしょうか?

ってか、こういう老害こそ、早めに手をうたないと、
また知恵足らずの餓鬼が本気にして同じことするぞ、と。



また犬と人間を一緒くたにさせてもらうが、
俺の犬仲間では敢えて片足の犬を飼っているような人々も多いのだが、
犬は、例え片足であっても、凄く幸せそうだぜ。

溌剌とした笑顔を輝かせながら、ぴょこたんぴょこたんと、セントラルパークを走り回ってるんだぜと。

でそんな片足の犬を、差別する犬なんて、ひとりもいないんだぜ。
一緒にボール遊びやりながら、なら、次、お前の番な、
なんて、順番でボール追っかけたりしてるんだぜ。

あるいはそう、いっちゃなんだが、テキサス時代の友人に、
戦争で片足ふっ飛ばされた英兵がいた。
俺とつるんでいた頃はまさに人生もどん底のどん底だったが、
しかし、しぶとくも、奴はいまもしっかりと自分の人生を生きている。
いまでは孫に囲まれて、死ぬほど幸せそうだ。
そんなカタワの英兵を、家族たちはここのそこから誇りにしている。
なぜかといえば、奴のそんな姿が、思い切り、人々に勇気を与えたからだよ。

つまり、片足か、片足じゃないか、
あるいは、障害があるか、ないかは、幸せを図る基準にはならねえんだよ。

幸せを図る基準とは、愛、なんだよ、愛。

で、こういう輩、役に立たねえ老人は死ね、やら、可哀想な障害者は天国へ、
なんていう、輩こそが、そういうおせっかいな考え方自体が、不幸の元凶なんだよ。

俺は善人ぶりたい訳でも、宗教家でもなんでもねえが、
こういう自分の狭い了見で勝手に人に優越つけては、おせっかいにも横から余計な口を挟んでは、
死ぬだ生きるだ、と宣う野郎は死ぬほど嫌いだ。

あのなあ、人は他人から幸せにしてもらう、以上に、
まずは自分から、勝手に、幸せなるってのも、一つの方法なんだよ。

で、そうやって、自分自身が幸せになるってことには、
誰も口はだしちゃいけない、それが個人の尊厳ってやつなんだよ。

で、それが判らねえ奴ら、社会のために死ねだ?ふざけろってんだよ。

社会は人間があって初めて社会。人間がいてこその社会であって、
社会からどうのこうの、言われってのはお門違いだばかたれが。

そういう奴らは結局、自分が嫌いなだけ。
自分の嫌いな奴は、廻りの人間全てが嫌いで、
そんな廻りの奴らをすべて悪者にするために、
社会、なんてお題目を言い訳に利用しようとしているだけ、なんだよ。

そんなちゃちな逆説に、まだ気づかねえんだな。

いい年こいて、もうちょっと、世界を広く・・・ 
見れないんだろうな、見れないからそんなこと言ってんだろうな。

可哀想なやつだ。
こんな精神的なカタワは、一思いに楽にしてやった、幸せなんじゃねえのか?

なんてことを、俺なんかに言われたら、どう思う?え?大先生さんよ。



ただ、そう、実は、こんな糞野郎のページに至ってしまったのには訳がある。

そう、俺たち自身のことである。

実はそう、死ぬほど辛い目を見ながら、
この先、どう考えてもろくな進展が得られねえだろう、
つまりは老いぼれた男たち、
夏も終わったみてえだし、そろそろ死ぬかな、
なんてことを、ふと言われたりもしたのかしなかったのか。

で、そんな中、俺達のこの糞のような人生、
どうやって幕を引いてやろうか、なんて具合から、
男の死に様、なんてことを、つらつらと考えていた訳だ。

前に、ベビメタ聞きながら単車でぶっ飛ばして、書いた覚えがあるが、

そう、この世のアンバランスの全ては、
自分から死を選ぶことを原罪、としてることなんだよね。

ああ、もういいか、さっさとばっくれよう、とばかりに、
えいやあと、12ゲージのショットガン咥えて自分で自分にカタをつける、ってのが、
それほど悪いことなのか、と。

そう、つまりはまあ、ヘミングウェイの美学な訳だが。

いやあ、あっぱれな死に様だったぜ、って奴、廻りにいるかい?
病院でこれでもか、と身体中にチューブをぶっ刺されて、
殺してくれとも言えずに位きさらば得ることが幸せってやつなのか?

ただ、そう、人の価値観は色々だ。
尊厳のある死、を望んでいるものの、邪魔をしてはいけない、

そうだよな、あのインドのサドゥ、つまりは、乞食ジジイたち、格好良かったよな、

そう、自分で死に際を決められる自由さえあれば、
老後の蓄えなんてこと、ちまちま心配することもねえだろう、と。

そうやって潔く逝く人々を、原罪なんて、いっちゃいけねえんじゃねえか?

なんてことを、思っていたら・・・

おいおい、こんな、屑みてえな野郎に、こんな余計なこと言われちまったぜ、ってな訳で、

それを他人には言われたくねえよ、ってのが、まあ誰もが思うことだろうが。

という訳で、思わず、目が覚めたぜ、ありがとうよ、と。



という訳で、ヨシノリ・コヴァヤシ、
テメエだってもうよぼよぼの爺い、ちんこだってたちはしねえだろ?
つまり、こんな戯言をぶちまいて、世間に殺人狂を増殖する、なんざ、
役に立たねえどころか百害あって一利なし。
そう思ったら、一思いに腹かっ切ってみろよ、と。したらちょっとはほめてやらあ。

という訳で、嘗て書きなぐった駄文をご参考にして欲しい。

全てを正直に語る男、である。

我ながら、自信作であったが、誰もほめてはくれなかったので自己宣伝だ。

人間の尊厳は、手足の数や、どこぞの馬鹿がでっちあげた、赤勝て白勝て、なんてもんじゃ、ねえんだぜ。

どんな状況であろうと、幸せになろうと努力すること、それ以外になにがある?

という訳で、社会のために死ね、とか言ってるあふぉ、
もっと自分自身を愛してくれ。








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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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